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2007年12月23日 (日)

弁護士先生

 「三尺さがって師の陰を踏まず」。先生はたとえ陰であろうと踏まないよう三尺(約1メートル)間隔をおいて歩いた、という儒教の教えである。戦前の教育を受けたものなら、小さいときから身に付いていた常識である。

 学校の先生をはじめ、お医者先生、弁護士先生、すべて「師」である。その反面、「先生といわれるほど馬鹿でなし」という俗諺もあり、決して先生すべてが尊敬や信頼に値する人だといいきれないのは、今と同じである。

 「先生」と呼ばれる人には敬語を使い、権威を認める。つまり、その人格を無条件に信頼することで最善の給付を期待するという、素朴な社会的規範というか、約束事のようなものがあった。しかし、最近はその仕事ぶりが監視を受けようになり、委任者から訴訟を起こされたり、仕事そっちのけで人気番組のタレントになったり、政党の目玉候補になったりして、すっかり様変わりした。

 それらの先生の中で、もっとも庶民が直接接する機会が少ないのが弁護士先生である。私は仕事上で相談に乗ってもらったことが数回あるが、法曹界ということになると全く知識がない。ここ何年か前から、司法改革だとか弁護士の増員だとか陪審員制度だとか、あるいは法科大学院だとかいわれているがさっぱりわからない。

 アメリカの訴訟社会なんて、いやな社会だなあと思っていたら、日本もアメリカ人弁護士に門戸を開放せよ、なんていう要求があると聞いた覚えがある。また、著名な弁護士がいつの間にか悪徳弁護士になってしまった、などということも聞くようになった。これはどうやら、日本もアメリカ並になれということだったのだろうか。

 ここに『私の体験的日本弁護士論序説=司法改革の王道を歩んで』(日本評論社)という本がある。著者は、今井敬彌弁護士で私の出身高校の同窓生である。その「はしがき」から同書を紹介しておきたいと思う。

      私は、一九九〇年代初頭から始まった
         日本弁護士連合会の「司法改革」路線に、
         初めから危惧を持っていました。二〇〇五
         年秋に、アメリカンセンター・レファレンス資
         料室で、一九九四年以降、アメリカ政府が
    日本政府に送付した年次改革要望書の原
        文に接し、日弁連が九四年一二月からほ
        ぼ毎年開いてきた臨時総会の法曹人口問
        題や、行政改革委員会規制緩和小委員
        会、法曹養成制度等改革協議会意見書あ
        るいは司法制度改革審議会意見書等の人
    口増の数値が奇妙に一致していることに気
        づきました。(中略)

     また、この「司法改革」は、司法にアメリカ
       流の市場原理主義を貫徹させ、弁護士人口
       は市場にまかせよという簿記・会計を専門と
       称する商学者やアメリカ社会学を翻訳してこ
       れをわが国にあてはめようとするしか考えら
       れない法社会学者等によって主導されてき
       た感は否めないと思います。これらの人達
       は、果たして、われわれが営々と積み上げ
       てきた裁判と弁護の実務や、依頼者という
       国民との関係を正しく理解して発言し論述
        しているのでしょうか。(中略)

     わが国の実務家にも、徒らに市場原理主
      義の諸学者に追随するのではなく、わが国
      の裁判・弁護実務を体系的に整理するとと
      もに、わが国にとって裁判先進国の制度の
      何が好ましく、何が好ましからざるかを議論
    し、発言する責務が大いにあるのではない
    かと思います。

 述べていることばはやさしいが、アメリカの要望は別としても、これらがあからさまにされないまま、政府、国会をはじめ、自民党関係者への献金問題が明るみにでた日弁連の幹部や、諸審議会等に参画する国立大学教授等が、政府の考える方向に流されていく様子がえがかれており、事情にうとい国民のひとりとして背筋の寒い思いを禁じえなかった。 

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