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2007年12月

2007年12月31日 (月)

中東関係粗年表

 旧「反戦老年委員会」に収録したイラン関係年表を当塾に移転し、カテゴリ「データ・年表」に置いて適宜修正を加えながら考察の糧とする。

1914           第一次世界大戦勃発、イギリス、明日万帝国に侵攻
1915/10   フサイン=マクマホン協定 中東地域のアラブ人独野津支持
1916/5    イギリス・フランス・ロシア サクセス・ピコ秘密協定。中東地域の分割

1917/11   イギリスによるユダヤ人のためのナショナル・ホームの建設に賛成したバルフォア宣言。
1947/2/7  ユダヤ人・アラブ人武力衝突続発、イギリス委任当時終了表明
1947/11   国連のパレスチナ分割決議案・国連総会決議181号


1948/5/14 イスラエル国家独立宣言 第一次中東戦争(対・エジプト、サウジ、イラク、ヨルダン、シリア、レバノン)
1949/6    国連の停戦勧告受け入れ

1956/10/29 第2次中東戦争 スエズ運河国有化仁関連しイスラエル、シナイ半島進撃
    11/6  国連の停戦決議受け入れ
1967/6/5  イスラエル、エジプト・シリア・イラク・ヨルダンの空軍基地を先制攻撃。6日で勝敗が決したので「6日戦争」と呼ばれる

1973/10/6 エジプト・シリア失地回復のため先制攻撃、OAPEC石油禁輸政策で第一次オイルショック

1990/08/03 イラク軍クウェート侵入、全土制圧。
1990/08/30 日本、多国籍軍の後方支援に10億ドル支出を決定。
1990/11/29 国連安保理決議678。【コメント】クウェートに軍事侵攻したイラクに対し多国籍軍が武力行使することを授権した。その撤退期限が切れた1991/01/17、多国籍軍による戦闘を開始。


1991/04/03 国連安保理決議687。【コメント】イラクが大量破壊兵器を廃棄し国連の査察に応ずることを義務づけた。
1991/04/06 湾岸戦争終結(国連安保理確認)。

1991/12/30 ソ連解体 
1993/01/01 EC発足
1994/04/10 ボスニア紛争でNATO軍が空爆
1998/08/07 ケニア、ナイロビの米大使館付近で爆発。274人死亡。
1998/08/20 米、アフガニスタン、スーダンの「テロ関係施設」を報復攻撃。
1998/08/31 北朝鮮「テポドン1号」発射、三陸沖に落下。 
1998/12/17  米英軍、査察妨害等を理由に20日までに97ヶ所に対し「湾岸戦争」時を上回る巡航ミサイル数でイラク攻撃、「砂漠のキツネ作戦」。日本政府は攻撃支持を表明。【コメント】イラク攻撃はこのころからの既定方針か。

2001/09/11 米国同時多発テロ。国防総省、世界貿易センター等で3000人近くが死亡。

2001/09/12 国連安保理決議1368。【コメント】9.11の翌日ななされたもの。テロの非難と「テロリズムと闘うため必要な手順をとる用意がある」という内容で、特定の武力行使をさしたものではない。
2001/10/07 米・英の率いる連合軍がアフガニスタンに軍事介入(不朽の自由作戦=OEF)。
2001/10/26 米議会、国民の自由を制限する「パトリオット(愛国者)法」を可決。
2001/10/29 日本で「テロ対策特措法」成立。安保理決議1368を根拠にしている。
2001/11/  アフガン、タリバン政権崩壊。
2001/12/  海上自衛隊、米艦船等への洋上給油開始。
      /12/20 国連安保理決議1386(アフガンの治安維持活動等を承認)【コメント】当初は有志国によるものであったがNATO軍統括に変更。
  
2002/01/29 ブッシュ大統領がイラク、イラン、北朝鮮を「悪の枢軸」と呼び対抗策を確約。
2002/06/  アフガン、カルザイ大統領就任。
2002/10/11 米議会、イラクに対する武力使用を承認。
2002/11/08 国連安保理決議1441。
【コメント】イラクが安保理決議違反を繰り返しているとして、大量破壊兵器対する査察再開の受け入れと、査察妨害など重大な義務違反をしないよう命じたもの。重大な義務違反があった場合「安保理は直ちに招集され、事態を検討する」とのべており、自動的な武力行使を避ける趣旨を含んでいる。大量破壊兵器へのでっち上げは前回の年表を参照。

2003/03/20 イラクへの軍事侵攻(イラクの自由作戦)、米軍24万人、英軍26000人。
【コメント】国連決議のない戦争突入として、自衛権行使、先制攻撃、人道的介入、体制変更そのいずれも合法性が認められない。そこで直前の国連決議1441に、湾岸戦争当時の国連決議687、678を結びつけ3つの決議をセットにして合法性があるという主張をアメリカも日本もしている。7年前の青信号は黄色から赤に変わり、また青になるに決まっているから無視して当然、というしろうと考えでも無茶な話なのである。湾岸戦争は一旦終わっているのだ。

2003/05/01 ブッシュ大統領、イラク大規模戦闘終結宣言
2003/07/26 アメリカの圧力のもと、日本のイラク特措法成立。【コメント】目的は人道復興支援活動と安全確保支援活動で陸自のサマワ派遣部隊は撤退したが、航空機による物資、人員の輸送活動はいまだに続けている。
2003/12  リビア大量破壊兵器廃棄を宣言
2003/12/13 フセイン元イラク大統領、米軍により国内で拘束。

2004/6/   イラク暫定政府発足
2004/7/   イラク戦争開戦の根拠になった大量破壊兵器所持疑惑について、米情報特別委員会と英独立調査委員会が「根拠がない」と断定。
2004/03/11 スペインで列車に対するテロ事件。死者191人。
2004/03~04 米兵によるイラク人捕虜に対する虐待写真流出、公開される。
2004/09/30 CIAダルファー報告(上記の「大量破壊兵器の隠匿と実戦配備の即応性」を否定)。
2004/11/  アフガン大統領選でカルザイ氏当選確定。

2005/12/  NATOがISAFの南部展開と増派計画を決定。
2006/1   パレスチナ評議会(国会に相当)選挙でハマス圧勝、3月に単独内閣が発足。
2006/05/20 イラク、マリキ首相政府発足
2006/12/30 イラク元大統領フセイン死刑執行
2007/3  サウジの仲介でハマス、ファタハ連立の統一政府樹立。
2007/6  ハマスがガザ地区を武力制圧。統一政府が崩壊して自治区も分裂。
2007/07/  タリバン武装勢力が韓国人23人を誘拐し、うち2人を殺害。
2007/07/11 参院選で自民党大敗、2007/09/12安倍首相辞任。
2007/08/  自衛隊による海上給油、01年11月から8月までの間、船舶用燃料777回、約48万㌔㍑、約220億円、航空機用燃料、65回、約960㌔㍑、約5630万円、計11カ国向け。無償。(文藝春秋編・日本の論点)
2007/09/  上旬までにアフガンISAF所属の戦死者、アメリカ440人、イギリス78人、カナダ70人、ドイツ26人(ロイター)

2008/3/20 米英イラク開戦5周年。現状のまとめはこちら
2008/3  イスラエル軍がガザ地区を攻撃。住民100人以上死亡。
2008/6  エジプトの仲介で6か月のガザ地区停戦。
2008/11 米大統領選でオバマ氏当選
2008/12 ガザ地区停戦期限切れ。イスラエル領にロケット弾、ガザ地区空爆。

2009/1 イスラエル、ガザに地上軍侵攻。
2009/1/8 国連安保理、イスラエル・ハマスに停戦決議。アメリカ棄権
2009/1/21 米国オバマ大統領就任。ガザ、自主停戦、イスラエル撤兵
2009/02/27 オバマ10年8月までに戦闘部隊撤退を発表

2009/03/16 イラク民間人死者、開戦以来当日まで99692人
2009/03/17 イラク多国籍軍兵士死者、開戦→当日4577人(以上2件ロイター)
2010/05/31 イスラエル海軍、民間ガザ救援船を襲撃。トルコ人、アメリカ国籍人1名を含むトルコ人など9名死亡、6名行方不明。アメリカは国連による調査に反対。
2010/08/19 アメリカの戦闘部隊5000人、イラクから最後の撤退。30日戦闘行為終結宣言

2010/9/2 パレスチナ和平直接交渉開始
2010/12/18 チュニジア暴動発生、翌年1月ベンアリ独裁政権崩壊
2011/1/26 シリア、アサド政権に対抗する内戦発生
2011/2/11 エジプトムバラク大統領、1月に始まったチュニジアの大衆運動による独裁政権転覆に次ぎ、デモ拡大に抵抗できず辞任を表明
2011/1/中旬 イエメン・サレハ大統領辞任を求めるデモ続発
2011/2/中旬 バーレーンイスラム教シーア派主導のデモ発生。武力弾圧

2011/2/中旬 リビア最高指導者・カダフィ大佐に反対するデモが続発、NATO武力弾圧に空爆で対抗
2011/3/中旬 シリア民主化要求デモ各地で発生、武力弾圧で死者多数(800人とも)
2011/5/2 パキスタンで米特殊部隊がビン・ラデインを殺害。死体を水葬
2011/5/19 オバマ大統領、イスラエルがヨルダン川西岸を占領する第3次中東戦争以前の1967年の境界線に基づき双方の境界をさだめるべきだ、と演説

2011/7/9 南スーダン共和国が独立。スーダン南部はアラブ系政府との内戦や住民投票をへて分離独立が決まった
2011/7/ 米軍アフガンからの撤収開始
2011/7/22 ノルウェーのオスロで連続爆破・銃撃テロ。犯人は右翼系現地人
2011/10/20 カダフィ大佐がリビア北部のシルトで死亡
2010/10/31 ユネスコの総会で、パレスチナから出されていた加盟申請が大多数の賛成をもって承認される。反対は米国など少数。日本は棄権

2011/12/14 米オバマ大統領イラク戦争終結宣言、開戦から8年9か月、投入米兵150万人、米兵・文官死者4487人イラク民間人犠牲者推計10万4080~11万3728人(イラク・ボディー・カウント)

2012/10/9 実名で女子教育の必要性を訴えていたパキスタンのマララ・ユスフザイ(14)が、バスに乗車中、パキスタン・タリバーン運動(TTP)によって銃撃される
2013/1/16 アルジェリア、イナメナスの天然ガス関連施設をイスラム武装勢力「覆面旅団」が襲撃し、従業員らを人質にとった。人質の中にプラント建設会社「日揮」の社員が含まれる。20日にアルジェリア軍により完全制圧され、多数の人質が犠牲となり、日本人の犠牲者は10人
2013/7/3 エジプトの国軍によるクーデターで、ムルシ大統領は拘束され、解任させられる。最高憲法裁判所のマンスール長官が暫定大統領に

2013/9/9 ロシアのラブロフ外相は9日、シリアのアサド政権に対し同国が保有する化学兵器を国際監視下に置く、化学兵器を廃棄する、化学兵器禁止同盟に加盟するよう求めた。オバマ大統領は「前向きな展開となる可能性がある」「これは我々が過去数年間にわたって求めてきたものだ」とロシアの提案に一定の評価を与えた。国連の潘基文(バンキムン)事務総長は9日の会見で、シリアでの化学兵器使用が確認された場合、廃棄や気なし条約に加盟させるための措置を安保理に要請する考えを表明

2013/10 サウジアラビアが国連安保理非常任理事国に選ばれたのに、それを辞退した
2013/11/24 イラン核開発問題で、同国と国連安保理常任理事国・ドイツ6か国間における第1回目の合意が成立

2014/6/29 イラク・シリアの一部武装勢力が、バグダディーをカリフとする「イスラム国」樹立を宣言。その後各国にまたがる過激派組織や戦闘員を加えて拡大、イスラム・ステート・イラク・レバント(ISIL)と自称するようになる。

2014/8~11 ジャーナリスト後藤健二など日本人2人がイスラム国に拘束されていることが判明。
2015/1~2 安倍首相の中東各国訪問でイスラム国に対敵する国などへ2億ドルを難民援助等の名目で支出する演説をしたことをとらえ、イスラム国がネット画像を利用して人質殺害を警告。政府はヨルダンに対策本部を置き救助を図るが、2月1日までに殺害映像を流し、日本へのテロを示唆する

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2007年12月29日 (土)

この一年

 「この一年をふりかえって」というような企画・番組は私の趣味に合わない。ふつうなら考えもしないのだが、今年だけは例外である。それは、やはり7月に行われた参院選の結果である。安倍内閣打倒は、ブログ管理人(当時は「反戦老年委員会」)の悲願だったからである。

 同ブログでは05年4月、中国における反日デモ発生に関する記事を最初に、日本の右傾化、戦前回帰の傾向に警鐘を鳴らす(といっても、どれほどの人に聞こえるわけではないが)つもりで、ほとんど毎日記事を書いた。

 タイトルのつけ方を見てわかるとおり、明らかに目的意識をもって出発したブログではあるが、昨年末から今年にかけて、自民党の無定見な改憲指向、米軍再編にともなう日米安保の変容などに、かつてない危機感を抱いた。

 その危機感の中には、対抗すべき野党第一党の民主党が、首相の選挙に向けた政策のトップに掲げた「改憲」に明確な対案を示さず、改憲阻止勢力となるべき参院3分の1以上の当選者が確保できるかどうかが甚だ心許ない状況だったことも含まれる。ブログだけではなく、野党民主党、社民党には質問や、意見、提案などの手紙をだして訴えた。特に社民党の某議員には、メールなどではなく私信の形で懇願したが完全に無視された。

 選挙の結果は、民主党の圧勝で終わった。しかし、ブログには「護憲派の敗北」という題の記事を書いた。「反戦な家づくり」さんこご尽力によるアンケートその他のアンケートデータなどを分析し、9条擁護を掲げる当選者がふえていないことを指摘した。これは、ブログ開設以来の反響を得たと自負しているが、念のためその部分を抜粋しておく。

       参院選の結果、アベ自民党の凋落を喜ん
        でいる向きは多いと思う。ご同慶の至りと言
    いたいところだが、わが委員会としては「護
    憲派の敗北」と評価せざるを得ない。その
    理由は、護憲を正面にかかげた社民党・共
    産党が改選議席を確保できず、9条ネットも
    泡沫扱いの票しかとれなかったことである。

          それに加えて、民主党(推薦を含む)は、
    わが委員会のカウントによると9条護持、
    集団的自衛権不可とするハト派議員39人
    を当選させた一方、安倍一派なみのタカ
    派議員9名が当選した。態度不明者も9
    名いるが、ハト派当選者は7割を切り、野
    党、そして公明党まで含め9条擁護派議
    員をふやしたことになっていないからであ
    る。

 しかし、9月に突然首相辞任の怪挙に出、自民党総裁選で良識派と目される福田氏が当選、安倍路線承継を目論んだ麻生氏が敗退して、与党の空気が一変した。この状態が続き戦後をふくめて公正な歴史認識が定着すれば、自民ばり改憲は一旦お蔵入りせざるを得ないと見たのである。

 そこで、年初来の臨戦態勢を解き「反戦老年委員会」に一応の決着を着ける意味もあって、「反戦塾」と名を変え、プロバイダーも変更した。こういうと一応もっともらしいが、他の同種ブログと同様に攻撃目標を見失い、一種の虚脱感があったことも告白しておこう。

 ともあれ、この変更によりバックナンバー検索が不可能になり、来訪された皆様にご迷惑をかけていることをお詫びしたい。ここで、変更以来2カ月を経過したが今後は肩の荷をおろし、フリーハンドを得たつもりでこれからもがんばりたい。

 それにしては変わっていないじゃないか、といわれそうだが、来年は安倍色復活を封じ込めるため、改憲反対という受け身のものではなく、安保見直し、平和貢献と自衛隊活用、軍縮先行、アジア重視といった前向き攻撃的戦略を野党が持つよう主張することかな、と思っている。 

 

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2007年12月28日 (金)

入門編・戦争とは3

 戦争とは人を殺すことです。普通の人は、人を殺すことになれていません。したがって人を平気で殺せるような訓練をしたり相手をにくむようにしむけます。それが軍隊です。これまで、カッコいい戦争はアニメやゲーム、あるいは物語のうえだけで、実際にはありえないといってきました。

 戦争にはいろいろな種類があります。侵略戦争はいけないけど自衛のための戦争はいいという人がいます。そのほか、報復戦争、予防戦争、懲罰戦争、独立戦争、宗教戦争などあげればきりないでしょう。国連憲章では、どんな名目であっても戦争そのものを原則として認めていません。これについては後にふれます。

 侵略戦争とは、他国や他の民族の住むところへ攻め込んで、そこを自国の領土にしたり、植民地にしたり属国にするようなことをいいます。古くはヨーロッパの強国が、アメリカやオーストラリアなどを含む世界各地域を侵略して国をつくりました。

 それは、世界中新たに侵略するところがなくなる19世紀いっぱい(日本では明治時代まで)続きました。その最後は、相手国に鉄道敷設権や治外法権その他貿易上の不平等な権利を押しつけるというような形をとりました。

 日清・日露の両戦争は、形の上では侵略戦争ではありません。むしろ主にロシアの侵略をふせぐ意味がありました。また日本の開国もイギリスが中国を侵したアヘン戦争に脅威をいだいたことが大きく作用しています。富国強兵の明治政権の大目標も欧米の侵略をふせぐためのものでした。

 そのころまでには、列強もルール(国際法)をつくってお互いにけんせいしあうようになっていました。前回のべた北清事変(義和団事件)でも、日本軍は勇敢で規律正しく、他国軍にあったような現地での略奪・暴行事件など一切おこさなかったことで名をあげました。

 第一次世界大戦で戦闘のすがたがすっかり変わり、その悲惨さにショックを受けた参戦各国は、パリで会議(1919年=大正8)を開いて戦後処理と戦争防止について話し合いました。国際連盟創設もこの時、議題となっています。

 日本も、中国山東省に利権を持つドイツと戦って勝ちましたが、別の意味で将来の岐路に立ったといえます。それは楽な戦争をして勝ち、戦争景気で潤った反面、世界の植民地解放闘争に対する理解や労働者の権利擁護といった世界の流れの中で、依然として帝国主義的な領土や利権の拡張にこだわったことです。

 つまり、欧米各国は既得権擁護には熱心でしたが、これまでの帝国主義的侵略はすでに時代遅れだと認識していたのです。後に外務大臣となりA級戦犯となった松岡洋右は、この時は随行員で、記者団に山東半島の利権などについて「ほかにもどろぼうはいるのだから、どろぼうをしてもいい、というのと同じでやぼな話」と他国から受けた印象を語っています。

 困ったことには、いまでも「さきの戦争は植民地解放の戦争だった」とか「帝国主義的侵略は欧米各国でもやっていたことだ」などというやぼなことをいう人がいることです。世界の流れから10年も20年もおくれ、それでもまだ気がつかないようでは「やぼ」ではすまされませんよね。

(追記)「戦争とは」のシリーズは、新たなカテゴリ(左欄)を設けました。関連記事はこちらでご覧ください。

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2007年12月27日 (木)

沖縄戦の教科書検定

 この問題の経緯は、当ブログのカテゴリ「データ・年表」を参考にしていただくことにして、今回教科書会社6社の記述訂正を認めたことについて、大手新聞社の社説がどう反応したかを、見ておきたい。

 朝日新聞は、前回付された意見について、<当時は「戦後レジームからの脱却」を唱える安倍政権だった。時の政権の持つ雰囲気に、専門家らの審議会ものみ込まれたということはなかったか>と政治的配慮が働いていたことをにおわしているが、今回の生煮えのような結論であっても、こういった問題がクローズアップされた効果まであげて、歓迎ムードだ。

 読売は、県民大会の参加者人数水増しをむしかえし、全く別の立場で「政治介入の愚を繰り返してはならない」としている。プチ右翼の主張を一歩もでるものではなく、日本一の発行部数を誇り、大連合を画策する黒幕をトップに置く新聞社としてはなさけない。

 毎日は、やや改善はされているが、検定のありかたを含め、まわりくどいいいまわしに疑問をなげかけている。「個別の自決命令の有無より、まずそうした基本関係への理解が必要だ」という。

 その「基本関係」の例として、本ブログが以前取り上げた資料を、以下に再録する。この資料では、細部については地方長官に一任するという備考もあり、女子・子供まで含めた一般国民が兵士と同じ指揮下に入ることを物語っている。

昭和20年(1945)4月13日の閣議決定
(注)4月1日 沖縄本島に米軍上陸開始。戦闘用艦艇318隻・補助艦艇1139隻・参加兵力約50万人・上陸兵力18万3000人。
6月23日 沖縄の日本軍全滅。軍人軍属の死者約12万人・一般県民の死者約17万人。なお、下記資料にある年齢は「かぞえ歳」で、満年齢なら1~2歳引かなければならない。

資料(『日本現代史15』大月書店)

 情勢急迫セル場合ニ応ズル国民戦闘組織
 ニ関スル件閣議決定

 一億皆兵ニ徹シ其ノ総力ヲ結集シテ敵撃滅ニ邁進スル為情勢急迫セル場合国民義勇隊ハ左ニ準拠シテ之ヲ戦闘組織ニ移転セシム

一、情勢急迫セバ戦争トナルベキ地域ノ国民義勇隊ハ軍ノ指揮下ニ入リ夫々郷土ヲ核心トシ防衛、戦闘等ニ任ズル戦闘隊(仮称)ニ移転スルモノトシ之ガ発動ハ軍管区司令官、鎮守府司令長官、警備府司令長官ノ命令ニ依ル右ノ為兵役法ニ規定スル者以外ノ帝国臣民(概ネ年齢十五歳以上五十五歳以下ノ男子及年齢十七歳以上四十歳以下の女子ト予定シ学齢以下ノ子女ヲ有スル母親等不適格者ヲ除ク)モ新タナル兵役義務ニ依リ「兵」トシテ動員シ統帥権下ニ服役セシメ得ル如ク必要ナル法的措置ヲ構ズ

二、戦闘隊組織ト国民義勇隊組織トハ表裏一体タルモノトス
地方長官ハ軍管区司令官、鎮守府司令長官、警備府司令長官ノ指示スル所ニ基キ義勇隊組織ニ付戦闘隊移転ヘノ準備態勢ヲ整備スルモノトシ右軍事訓練、軍管区司令官、鎮守府司令長官、警備府司令長官ノ担任トス

備考
(一)在郷軍人防衛隊ハ之ヲ発展解消スルモ在郷軍人ハ戦闘隊訓練指導ニ当ラシムルモノトス
(二)国民義勇隊ノ幹部タル在郷軍人ノ一部ハ戦闘隊トナリタル場合ニ於テモ軍ニ於テ個別ニ招集スルコトナク依然戦闘隊幹部トシテ残ス如ク別途措置スルモノトスル
(三)国民義勇隊中戦闘組織ニ編入セラレザル者ノ本場合ニ於ケル組織等ニ付テハ各地方長官ニ於テ別途定ムルモノトスル

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2007年12月26日 (水)

入門編・戦争とは2

 前回に続けます。日本が国民国家になったのは明治維新からです。その前の日本人は、士農工商といってはっきり身分が決まっていました。ところが徴兵制度ができて、農民も兵役の義務が生じました。年貢(税金)をとられてそのうえ兵役では、ふんだりけったりです。

 それまでは武士は、何石何人扶持などという家禄(給料)がもらえ、たとえ本人が戦死しても功績があれば加増して代々子孫にひきつがれたわけです。そういった物がなくなれば、なにか代わりのものでつぐなわなければなりません。

 それが「名誉」です。北朝鮮やロシアのえらい軍人は、軍服にすきまがないほど勲章をぶら下げています(あまりカッコいいとはいえませんが)。日本もかつてはそうでした。そして、お国のために愛する家族のために貴い命をささげると「靖国神社」に祀られ、天皇が参拝してその栄誉をたたえました。

 前回、憲法や法律ができて国民国家や国軍ができると、軍隊を特別扱いするような法律も必要になる、といいました。たとえば、緊急のばあい道路交通法をそのまま守っていたり、他人の土地に無断ではいれなかったりしていては、敵にやられてしまうでしょう。

 また、命令で敵を殺しても殺人罪で逮捕されることはありませんし、財産をこわしても損害賠償をする必要がありません。反対に、敵の前でこわくなって逃げた場合は「敵前逃亡」といって重罪になります。味方に見つけられて撃ち殺されても抗議できません。敵に秘密をもらすかもしれないからです。

 らちされた曽我ひとみさんの夫、ジェンキンスさんは相当大目にみてもらったけど、こういった軍人の裁判は、一般の裁判所でなく軍主催の「軍法会議」が判決を下します。日本も敗戦前までありましたが、新憲法下の現在はありません。ただし、その他の法律(緊急事態基本法など)が、小泉、安倍政権のもとですこしずつ整備されてきました。

 軍法会議は、どこの国でも敵前逃亡などには厳罰を処し、婦女暴行罪や過失致死罪などには「戦意に影響する」という理由で、不問にするとかおおアマな判決にする傾向があります。つまり公正な裁判ではないのです。

 前回、近代の戦争にもルールがある、といいました。無防備の民間人を射殺するのは原則としてルール違反です。しかし全然守られていません。兵士は極度の緊張のもとにあります。すこしでも動くものを見つけるとネズミでもマシンガンを撃ちまくるといいます。

 また、女性や子供、老人でも銃を隠し持っているかも知れず、正規兵が民間の服装で紛れ込んでいる可能性もあります。戦場では正確な報道がされないため、無条件にみなごろしにすることがあります。日中間で議論のある南京事件でも、こういった弁明をする人がいます。

 その前に、無差別に都市を焼き尽くす空爆、原子爆弾、民間人に被害の及ぶクラスター爆弾など、第一次大戦前にはなかった野蛮な兵器や戦闘が今でも通用していることを、どうしてもやめさせなくてはなりません。こういった爆弾の投下は、殺される相手が見えないのでカッコいい戦争をしている、と思われがちです。

 それは、過去の世界大戦後の反省で生まれた国連などの、当初の精神に立ち返れば、簡単にできるはずです。しかし、拒否権を持つ軍事大国(常任理事国=米露英仏中)が動こうとしません。日本はこういった国の立場に立つのではなく、平和を求める大多数の国の側に立ってほしいものです。

(追記)「戦争とは」のシリーズは、カテゴリ(左帯)を新たに設けました。関連記事はそこでご覧ください。

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2007年12月25日 (火)

入門編・戦争とは1

 かっこいい戦争って考えたことがありますか?。1対1のけんかは戦争のおおもとです。ちゃんとルールを決めて戦います。西部劇のピストル早撃ち、侍の刀による果たし合い、決闘の場面はかっこいいですよね。

 王様とか大名とかが自分の領地や地位を争って始まる戦争もたくさんありました。その場合はけらいである騎士とかさむらいをつれて力を競い合います。これにも騎士道とか武士道があってルールを破ることを恥としました。つまり戦いのプロとしてのプライドです。

 プロでない農民とか商人などは、戦争で迷惑することがあっても、ふつうはて戦争に参加することはありませんでした。科学技術が発達し生産が高まり商業が盛んになると、王様個人の国でなく、法律を作り市民が国の中心をになうようにようすが変わってきます。

 いわゆる「国民国家」と「国軍」の誕生です。戦争の勝ち負けは王様や武士の強さでなく、その国の経済力、人口、国民の意思などすべての力が試されるようになりました。そのためには、市民も戦争に参加しなければなりません。徴兵制度もその一環で、軍隊を特別扱いするような法律も必要になってきます。これは後にふれたいと思います。

 国同士の利害が対立したり、勢力争いで衝突して外交で解決しないと戦争になります。西欧ではお互いに軍事力を競い合い、また世界で植民地をうばい合う関係ににりました。しかしルールのようなものは一応存在し、明治政権はこれを必死に勉強したものです。

 さて、またかっこいい話に戻ります。軍艦はかっこいいですね。飛行機もそうですが、宇宙までからむともうゲームそのものだ。それに強力な近代兵器があって強力な敵を爆破しながら前進する。邪悪な敵は正義に必ずうち負かされる。アレッ、どっかで聴いたことがりますね。このことば。

 戦争の姿をすっかり変えさせたのが、第一次世界大戦です。遠くからでもねらい打ちできるライフル銃は、それまでかっこよく戦場をさきがけた騎兵を役に立たなくしました。数はすくなかったものの、飛行機や戦車などの近代兵器や、大量破壊兵器の毒ガスまで登場しました。

 そして、ドイツを中心に1200万人の死者をだし、町も村も草も生えないほど破壊され、生きた家畜もみられないという惨状を呈しました。その戦争被害の大きさや民衆の悲惨さは、勝った方でさえ無視することができませんでした。

 「戦争はもうしないことにしよう」という「不戦条約」や「国際連盟」という機関は、この反省から生まれたものです。つまり戦争は「かっこわるいもの」というのが、欧米を中心に世界の共通認識になったのです。これが、新しいルールなのです。

(追記)「戦争とは」のシリーズは、カテゴリ(左帯)を新たに設けました。関連記事はそこでご覧ください。

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2007年12月24日 (月)

ニートと居候

   居候 三杯目にはそっと出し

 最もポピュラーな川柳である。居候は、別名掛人(かかりうど)ともいう。職につけず他人の家で徒食している人をいう。

   食うも憂し 食わぬも辛し掛人
   掛人 隣へ腹を立てに行き
   居候 角な座敷を丸く掃き

 よくあるのが、親から勘当を受けた若旦那が出入りの親方の家などに転がり込み、食っては寝、寝ては食うの生活。親方から仕事をみつけてもらって、慣れない仕事に出るが失敗の連続、「湯屋番」など落語の題材でおなじみだ。

 居候とニートでは重なる部分もあるが、印象が全くちがう。NEET(Not in Employment, Education or Training)で直訳すると「就業、就学、職業訓練のいずれもしていない人」だという。それならば当管理人もニートの生活だが、次のように年齢制限があってはずされる。

 英国の定義では、16から18歳、日本のような「ひきこもり」とか「働く気のない若者」というイメージではなく、家事従事者やボランティアなども含まれており、言葉としては日本ほど普及してないそうだ。

 日本では、内閣府の研究会が労働政策や税収のからみから15~34歳と定義しており、「就職したいが就職活動していない」または「就職したくない」者をいうことになっている。それがなんとなく「ひきこもり」のマイナスイメージにつながって、「居候」のような余裕や洒落が利かない存在にしている。

 江戸時代のような、おおらかさ、大人の風流、洒脱が日本の社会から消えて久しい。(「居候」は『日本故事物語』河出書房新社、「ニート」は「はてなダイアリー・キーワード」などを参照)

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2007年12月23日 (日)

弁護士先生

 「三尺さがって師の陰を踏まず」。先生はたとえ陰であろうと踏まないよう三尺(約1メートル)間隔をおいて歩いた、という儒教の教えである。戦前の教育を受けたものなら、小さいときから身に付いていた常識である。

 学校の先生をはじめ、お医者先生、弁護士先生、すべて「師」である。その反面、「先生といわれるほど馬鹿でなし」という俗諺もあり、決して先生すべてが尊敬や信頼に値する人だといいきれないのは、今と同じである。

 「先生」と呼ばれる人には敬語を使い、権威を認める。つまり、その人格を無条件に信頼することで最善の給付を期待するという、素朴な社会的規範というか、約束事のようなものがあった。しかし、最近はその仕事ぶりが監視を受けようになり、委任者から訴訟を起こされたり、仕事そっちのけで人気番組のタレントになったり、政党の目玉候補になったりして、すっかり様変わりした。

 それらの先生の中で、もっとも庶民が直接接する機会が少ないのが弁護士先生である。私は仕事上で相談に乗ってもらったことが数回あるが、法曹界ということになると全く知識がない。ここ何年か前から、司法改革だとか弁護士の増員だとか陪審員制度だとか、あるいは法科大学院だとかいわれているがさっぱりわからない。

 アメリカの訴訟社会なんて、いやな社会だなあと思っていたら、日本もアメリカ人弁護士に門戸を開放せよ、なんていう要求があると聞いた覚えがある。また、著名な弁護士がいつの間にか悪徳弁護士になってしまった、などということも聞くようになった。これはどうやら、日本もアメリカ並になれということだったのだろうか。

 ここに『私の体験的日本弁護士論序説=司法改革の王道を歩んで』(日本評論社)という本がある。著者は、今井敬彌弁護士で私の出身高校の同窓生である。その「はしがき」から同書を紹介しておきたいと思う。

      私は、一九九〇年代初頭から始まった
         日本弁護士連合会の「司法改革」路線に、
         初めから危惧を持っていました。二〇〇五
         年秋に、アメリカンセンター・レファレンス資
         料室で、一九九四年以降、アメリカ政府が
    日本政府に送付した年次改革要望書の原
        文に接し、日弁連が九四年一二月からほ
        ぼ毎年開いてきた臨時総会の法曹人口問
        題や、行政改革委員会規制緩和小委員
        会、法曹養成制度等改革協議会意見書あ
        るいは司法制度改革審議会意見書等の人
    口増の数値が奇妙に一致していることに気
        づきました。(中略)

     また、この「司法改革」は、司法にアメリカ
       流の市場原理主義を貫徹させ、弁護士人口
       は市場にまかせよという簿記・会計を専門と
       称する商学者やアメリカ社会学を翻訳してこ
       れをわが国にあてはめようとするしか考えら
       れない法社会学者等によって主導されてき
       た感は否めないと思います。これらの人達
       は、果たして、われわれが営々と積み上げ
       てきた裁判と弁護の実務や、依頼者という
       国民との関係を正しく理解して発言し論述
        しているのでしょうか。(中略)

     わが国の実務家にも、徒らに市場原理主
      義の諸学者に追随するのではなく、わが国
      の裁判・弁護実務を体系的に整理するとと
      もに、わが国にとって裁判先進国の制度の
      何が好ましく、何が好ましからざるかを議論
    し、発言する責務が大いにあるのではない
    かと思います。

 述べていることばはやさしいが、アメリカの要望は別としても、これらがあからさまにされないまま、政府、国会をはじめ、自民党関係者への献金問題が明るみにでた日弁連の幹部や、諸審議会等に参画する国立大学教授等が、政府の考える方向に流されていく様子がえがかれており、事情にうとい国民のひとりとして背筋の寒い思いを禁じえなかった。 

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2007年12月21日 (金)

蘆溝橋と民主党案

 北京の近くに、日中戦争の発火点となった有名な橋、蘆溝橋がある。夜間演習中の日本軍に何者かが銃弾を撃ち込んだのがもとで、天皇の反対にもかかわらず戦線拡大の方向に進んだ。そのことは誰でも知っているが、なぜ日本軍がそんなところにいたのかはあまり知られていない。

 それには37年前、明治33年(1900)の北清事変まで時計の針を戻さなければならない。義和団と称する宗教組織が土民(窮乏した一般民衆)を結集し、「西教排斥・扶清仇教(清を助け邪教をこらす)」というスローガンで暴動をおこした。

 清国に治安維持能力がないため、北京、天津にいる各国の居留民はみな殺しにされるという風説が立った。そのため、日・英・露・独などが連合軍をつくり居留民保護を名目に上陸した。ところが、清国はやがて義和団を応援するようになり苦戦する。援軍の間に合わない各国はあわてた。

 そこで、現場に一番近い日本が各国の了承をとり、1個師団を向けて勇猛果敢にこれを鎮圧した。『小村外交史』にはこうある。「その鎮圧に際して最も強力な先鋒となり、更に最も忠実に列強の方針に随従することによって、日本ははじめて列国と対等の立場を獲得し世界の舞台に登場するに到り、愈々極東の憲兵としての実力を買われたのである」

 このときの清国との講和条件として、北京と海岸線を結ぶ鉄道沿線のいくつかの地点に軍が駐留する権利を得たのだが、その始まりである。しかし兵数の決めもなく、その地点に蘆溝橋は含まれていないのに演習をするなど、かなりわがもの顔でふるまっていたことは覆えない。

 治安維持を目的に、国際的手続きにのっとって有志国の一員として合法的に国際貢献を果たした。それで国際的地位を高めたが、反面、その後の内政干渉や満州国独立で中国の反日感情を決定的にした。外国の土地に軍隊が駐留している、というだけで何が起こるか。

 民主党がテロ対策の対案をだすという。本塾は以前から「対案はいらない」という主張をしてきたし、同党内にも慎重意見があったと聞いていた。今日の各紙によると、ここへ来て急遽(どろ縄式まがいの)法案をだすことになったらしい。多分、小沢代表の指示によるものだろう。

 同法案の中身は不明なので、まだ逐条検討はできない(末尾「追記」参照)。また、要旨も各紙で微妙に違うが、産経紙では「復興支援のために、自衛隊や文民をアフガン本土へ派遣し、武装解除や医療、物資の輸送、配布に従事する。自衛隊部隊に、活動への抵抗を抑止するため武器使用も認める。自衛隊派遣は国連決議を前提とし、派遣の基本計画は国会の事前承認を義務付ける」としている。

 また、これまで発表された同党の政策要項や、小沢氏が雑誌『世界』11月号で発表した「今こそ国際安全保障の原則確率を」などを見る限り、国連憲章や憲法解釈の合理的整合性と現状認識にそぐわない、つまり批判に耐えられないものである可能性が強い。

 もとより、本塾はアフガンであろうがどこであろうが復興支援、人道支援などに、たとえ血を流そうが汗を流そうが、国際的な協力は必要だと思う。問題は、その国の国民から「日本が軍隊を派遣してきた」と認識される点である。

 たとえ目的が何であれ、「暴力的権力」を持つ軍隊には来てほしくないというのが本音だろう。たとえその国の政府から要請があったにしろ、外国軍隊の存在が国内抗争の激化につながったり、民族の尊厳(たとえば異教徒に支配されるなど)にも関わりが生ずる。 

 民主党は、全段に書いた歴史の教訓を反芻してほしい。義和団がアルカイダ、暴動がテロ、日英露独が国連、居留民保護が治安回復などといっているのではない。駐留部隊に佐藤正久隊長のような人がいたり、防衛省次官が政府・議会の目の届かないところでやりたい放題ののことをやっているようでは、蘆溝橋が遠い昔のことといえないといいたいのだ。

追記

民主党公式ホームページで「民主党テロ根絶法案」を閲覧できるようになりました。またこれについて早速、飯大蔵さんが論評されています。是非参考にしてください。なお、このブログの内容を変更する必要はないものと思います。

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2007年12月20日 (木)

小学生の検索1位「戦争」

 アクセス解析を見ていたら、小学生用のトップページ、キッズgooというのを発見しました。子供をネット被害から守ろう、という趣旨もあるようですが、そこから当塾の「戦争とは」というタイトルにヒットしたわけです。

 この中にある情報で、「戦争」がここ2週連続で検索語の第1位になっていることがわかりました。どのような運用方針になってるのかわかりませんが、戦争を美化したりあおったりするページに行かないとも限りません。

 これまで、高校卒なら理解できるような文面を心がけてきましたが、改憲発議が今の小学生が選挙権を得るころになるかも知れません。この「塾」もときどき小学生コースを設けなければという思いを痛感したわけです。

 また、このブログを訪問してくださる皆様にも、なにかいい知恵を考えていただき、協力していただければ効果もあがると思います。

 このページhttp://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/08/post_d53a.html

にヒントがあります。クリックしてください。

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2007年12月19日 (水)

まさか?

 アメリカのB氏と日本のF氏の新年極秘電話会談
 MDシステムの実験成功おめでとう。これからもすべてうまくいに違いない。日本での評判はどうかね。
 ありがとう。Bさんのおかげで、「北朝鮮の脅威」が昔ほど利かなくなってね(例の皮肉っぽい口元の微笑)。こっちは海上給油の法律、がんばってるんだけどなかなか一筋なわではいかないんですよ。その上防衛省の評判が最低なので困ってます。
 内閣支持率も下がっているんだってね。こっちのレームダックは想定の範囲内だけど。
 洋上給油をストップしたのでさぞかしお困りでしょう。
 いや、それほどのことでもないよ。
 では、日本の政治で一番ご心配なことは?。
 ミスター小沢の民主党が政権をとって、日米同盟までがギクシャクすることだね。アメリカも民主党が国防予算削減をいっている上、日本の思いやり予算まで減らされたら米軍再編や長期戦略にひびが入るからね。世界各国で最後まで頼りにしているのが日本なんだから(べんちゃらミエミエ)。
 それじゃあ~(ややいいにくそうに小声で)、給油復活の方、あきらめていただけますか。
 ?
 最後までがんばってやる顔をしますが、奥の手の3分の2決議で通すのは与党の公明党がいい顔をしないし、土壇場で「廃案やむなし」と決断します。それで「年金に全力を尽くす」と頭を下げれば、民主党は問責決議案など出せるわけがない。かえってあっちの方が大混乱するでしょう。
 3分の2決議をやめて、民主党に解散総選挙の主導権を握らせないということ?。
 そうです。そしてわが党、公明党が最もいい条件になった頃を見はからって解散総選挙に打って出る。政権交代は確実に遠のきます。今やそれしかなさそうです。
 そうかわかった。そりゃあ今の政権が続いた方がずっといいものね。
 (にやにや=例の顔で)

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2007年12月18日 (火)

MD迎撃実験成功

 18日早朝、自衛隊が参加するハワイ沖のミサイル防衛システム(MD)実験に成功した。政府・防衛省は、自衛隊の不祥事やテロ新法の不人気から国民の目をそらすため、最大限これを利用するかも知れない。私ならそうする。これで、北朝鮮のミサイル攻撃を打ち落とせる見通しがついた、とか、今後も日米軍事同盟の強化が必要だという雰囲気作りに役に立つ。

 しかし、昨日エントリーした「KY」を参考にしていただきたい。世界の潮流(風向き)が読めていないのだ。その部分について、17日付毎日新聞を引用しておこう。

     給油活動中断日米関係がギクシャクする
    中、日本のMD推進については「強固な同
    盟を示すシンボル」(国防総省当局者)と
    「優等生」扱いされている。ブッシュ政権が
    日本の初実験を高く評価する背景には、
    MDをめぐる「内憂外患」がある。国防予算
    に厳しい目を向ける民主党は、MD予算に
    削減圧力をかけ続けている。(中略)共和
    党でもMD推進を明確な公約に掲げるのは
    ジュリアーニ前ニューヨーク市長ぐらいで、
    計画自体が先細りの可能性もある。

    米国は、イランに対抗するため、11年まで
    に東欧にMD配備を進める。しかし、米政
    府は今月3日、イランが03年秋に核兵器開
         発を停止したとの情報機関の評価を公表。
    これにより東欧配備に強く反発するロシアと
    の調整は一段と難しくなる可能性が高まっ
    ている。

 前から言われていることだが、ただブッ放せばいい攻撃方と、それをさぐって広大な宇宙で打ち落とすのでは費用がまるで違う。それにおとりの弾でも巻き散らしたら命中率はぐんと落ちる。打ち上げる場所と時間があらかじめわかっている実験成功など、喜んでいる場合ではない。

 防衛省は、当面の整備費用として12年度までに8000億から1兆円を見込んでいるが、それにもましてほとんど底なしの開発費用を負担させられる可能性がある。カナダはこの「あほらしい」共同開発からすでにおりた。

 相手を攻撃するのでなく、守るだけだからいいではないか、という考えもあるが、アメリカまで飛んでいくミサイルを日本が途中で打ち落とすとなると話が違ってくる。ロシアがシステムに反対しているのは、米露間でミサイルの本数を制限する協定を結んでも、途中で打ち落とすのなら協定の意味がなくなるではないか、ということである。

 つまり、日本としては、憲法違反の「集団的自衛権」を行使しない限り手出しできないことになる。仮にアメリカ向けの弾道ミサイルを日本が打ち落とすことになれば、その発射国は、むつ市、佐渡市、薩摩川内市、糸満市の4カ所にある探知・追尾地上レーダーを先に攻撃してから発射するだろう。

 実験成功を喜ぶ前に、軍縮の旗を掲げることがどうしてできないのだろう。MD計画推進が米国の軍需産業によるあくなき収奪に協力することになる、という反米・反軍の主張をどうして排除することができようか。

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2007年12月17日 (月)

「KY」

 KY、これを「空気が読めない」と読むのだそうである。若者が仲間内で使う隠語のようなものだが、これがすっかり末期の安倍前首相を言い表す言葉として有名になった。流行語大賞の候補にあがったが、その筋から圧力がかかって候補からはずれた、というがどこまで本当か。
 
 空気は顔や目、行動から伝わってくるが「言葉のはしはし」から察することもできる。本塾にとっての「言葉」は、まわりの人からだけではなく、マスコミの報道からも伝わってくる。マスコミの場合、まちがった空気を伝えることもあるが、一定の時間を経過する中で取材源も多様になり、本当の「空気」が言葉、この場合いろいろな記事のはしはしから読みとれるようになる。

 さて、何が言いたいかというと、一部の政治家が繰り返し発言する「自衛隊の洋上給油をやめると国際的な信頼を失う」とか、「日米関係が回復不能にまで悪化する」などのことは、ウソではないか、ということが、多様な記事のはしはしからうかがえる、ということである。このことはさきに「世界の孤児」でも書いた。

 ところが、TBS系サンデーモーニングで「言葉のはしはし」ではなく、このことを言葉の真正面に据えてしゃべる人がいた。コメンテーターをつとめた寺島実郎氏である。録音を採っていないので不正確な点お許しをいただきたいが、ごくかいつまんで言うと次のようなことである。

     アメリカ人のほとんどは日本の給油活動な
    ど知らない。日本がアメリカの信用を失うな
        どというのは、一部の人の思いこみではない
    か。アメリカには、アーミテージ氏など知日派
    といわれる人がいる。こういった人たちの中
    には日米同盟にかかわることで喰っている
    人が多い。また、日本の官僚ももさまざまな
    情報源をこういった人だけに頼っている。

 したがって、アメリカだけを頼りにする政策がいかに危険か、米軍再編にともなう負担とか山田洋行をめぐる一連の事件などもこの文脈の中で考えるべきだといったことのようだった。寺島氏は従来からグローバリズムに批判的だと聞いている。しかし、ワイドショウなどあまり見ないものの、マスメディアの中での発言としてやや意外だった。

 寺島氏は、三井物産の役員や戦略研究所の所長や財団法人日本総合研究所会長の職にあることから、こういった問題については事情通であり専門家である。アメリカとはこれからも緊密な関係を続けるべきだし、専守防衛を担保するための憲法改正は場合によっては必要とする点など、当塾と似た意見をほかでも見たことがある。

 ただ、司会の関口宏さんが「キョトン」とした顔をして話題を変えたあたり、KYとは言わないが日本のアメリカ事大主義脱却には、まだ相当時間がかかりそうだなとは思った。

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2007年12月15日 (土)

平和への努力

 4日前の記事「バルカンの悲劇」では、「コソボとセルビアの間に国境線を引きコソボを独立させ、コソボ独立後に隣国アルバニア共和国との国境線をなくしてしまおう、という話である。こんなことが、一滴の血も見ないで実現するものだろうか」と書き出した。

 この地域は、古くは民族の大移動や大規模な宗教戦争通過点で多様な民族、宗教が混在する所であったが、西欧の近代国家の概念が確立した頃から各地域間の抗争が激化し、欧州の火薬庫といわれるようになった。第一次世界大戦もここを発火点にしている。

 ここにまた戦争の種が芽生えているが、住民は戦争を欲しているのだろうか。もちろん全く逆で、どこかの国のように「希望は戦争」などとう若者がいることなど考えられない。しかし、もし相手に唯々として屈服、屈従することが、どんな不幸や悲惨さを招くか、経験則上ぬぐいきれないものがあり、「戦火も辞さず」という姿勢が必要なのであろう。

 毎日新聞の報道によると、EUはコソボ安定のため1600人の警察部隊を派遣するという。EUは、アメリカがその中枢にいる軍事組織NATOとは違い、ボスニア空爆などて手がよごれていない。あくまでもヨーロッパの共存共栄を目指した組織である。警察部隊派遣は、コソボ独立にとって有利に働くが、ヨーロッパとしてもバルカンの不安定が全体に影響なしとはいえない地域である。

 ここは、コソボ、セルビア双方が強い自治権限を持ってEUに加盟し、通貨や国境管理などを含め、双方の垣根を解きほぐしていくしかないのではないか。そのためコソボ側も性急な独立宣言を避け、双方融和の方向を目指してほしい。また将来に向けて、EUの手腕が問われることにもなろう。

 上記に全く関係ないが、同紙の同じ面にクラスター爆弾禁止に関するウィーン会議の参加国数についての記事があったので書き留めておく。コソボにしろ、この会議にしろ日本が全く「お呼びでない」席で、傍観を決め込むしかないのは残念だ。

 07/2 オスロ会議 49カ国(オスロ・プロセス)
 07/5 リマ会議 68カ国
 07/11 ウィーン会議 138カ国

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2007年12月14日 (金)

元禄の世相

 今日12月14日は、忠臣蔵義士討ち入りの日である。この時代の世相を見ていると、現代に相通じるものが時々出てきておもしろい。旧暦だから今の東京より相当寒いはずだが、15日から日本橋から京橋にかけて正月用品の市が立つ。

 羽子板など子供の遊び道具は金銀をちりばめたものが売り出され、昨今のクリスマスに向けた電飾の流行に似ている。「宵越しの金はもたねえ」江戸っ子は、大晦日の夜に入るまで年に1度の大盤振る舞い、破魔弓1つ2両の縁起物から正月の食料品、足袋、雪駄のたぐいまで、売る方もこの期間でこの年の商売をかけようとする。その喧噪、にぎわいは「あめ横」以上だろう。

 アメリカのクリスマス商戦というのも景気の一大指標になるようだ。日本では海外旅行の人数になるのだろうか、また家電商品の売れ行きになるのか。いずれにしても娯楽のすくなかった昔、元日にみんながそろって1歳年がふえることを祝うという連帯感はなくなった。

 旗本とは、今でいえば中央官庁の役人である。身分に高低はあるが、その中には無頼、汚職、その他権威をかさに着た悪行で、目に余るものがあった。幡随院長兵衛を殺した水野十郎左衛門とかばくち打ち岩間八兵衛などのほか、名の残らない不良ご家人衆も無数いた。

 将軍が、5代綱吉に変わり、それらを厳しく取り締まるようになった。火附け盗賊改・中山勘解由は、最初ならずものを囲い込み密告させたので、小盗などの検挙に効果をあげたが、それらが権威を着たり直属の家来だと詐称して悪事を働くようになったので解雇した。

 その翌年(貞享2年、1685)、勘解由は大小神祇組(下級御家人の子弟、与力、同心、浪人、町民などが不正目的で作った秘密組織)の200数十名を一斉に検挙、11人を斬罪にしてようやく静謐を得ることができた。さて、綱吉ならぬ福田康夫将軍、果たして不良旗本の首をどれだけ切れるか。旗本ではないが吉良上野介のような大物官僚をどれだけ断罪できるか。来年は選挙の年になる。

 

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2007年12月13日 (木)

「偽」

 東京は新宿・中村屋……といえば創業100年以上の伝統を誇るパン屋でありレストランである。

   ☆戦時の中村屋レストラン献立
   (『昭和経済史上』日経新書より)

 配給品=サメおよび名称なき魚のごときもの
     貝類、代用肉
 カレー=貝柱、配給魚、代用肉などを用い、カレ
             ー粉のみ本物
 代用コーヒー=芋の皮小麦粉等をこがせし品
 主食=米(玄米の場合もあり)、短麺、きし麺、
           豆類を混合す。
 *売り切れと同時に閉店

 これでもほかの店に比べて高級な献立である。肉や魚はその日の配給などで入手できたもの。肉は、馬であるか犬であるか蛙であるか正体はわからない。しかし、産地や中身をウソの表示でごまかしたりはしていない。「ごときもの」とか「代用品」とちゃんとことわってある。
 賞味期限も延長などない。開店前から並んでいる人200人ほどで売り切れるのだから、材料を翌日に回すようなことはあり得ない。

 「偽」。昨日のニュースは、本年を表現する漢字「偽」を清水寺の管長が揮毫する写真でにぎわった。現在おこなわれている国会でも、防衛省の「偽」の追求に急である。しかしこの中村屋のメニューは、「偽」であることを最初から「偽(いつわり)」なく堂々と公表したものである。

 今年の「偽」は、云われなかったら気がつかなかったという点で、やはり幸せな時代に生きていているのだな……、というのが実感である。フリーター評論家・赤木智弘先生は、違う!「希望は戦争」といいたいかも知れないが。

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2007年12月12日 (水)

国境線

 前回の記事「バルカンの悲劇」は、コソボとセルビアの間に国境線を引きコソボを独立させ、コソボ独立後に隣国アルバニア共和国との国境線をなくしてしまおう、という話である。こんなことが、一滴の血も見ないで実現するものだろうか。

 小学校の頃、樺太のまん中にあるソ連との国境線を、国境に沿って林を帯状に切り開き、石碑を立てた写真入りの教科書で習った記憶がある。朝鮮にも国境線があったはずだが、隣が満州国のせいかこの方を習った覚えがない。

 現在は、陸上に日本の国境はない。したがって、島の帰属をのぞいて他国のような深刻な国境や民族紛争をかかえることがない。たとえは悪いが、対馬に40年以上かけて朝鮮人が流入し、人口の90%に達した。そこで対馬が独立宣言をし、それがかなった暁には日韓の国境線を玄界灘に移し変える、などとなったらどうするか。

 実は日本の古代に、それと似た話があるのだ。そもそも、国境線などというものは、いつ誰が何のために決めたのか。それを考えるための参考に次の話を紹介しておきたい。縄文・弥生時代にはまだ国家がない。国家がなければ国境もあり得ない。出入国管理や、貿易管理のようなことが始まったのは古墳時代末期、「日出ずる国の天子」などという国書を出した推古朝からであろう。その少し前、敏達12年(583)にこんな事件があった。

 百済の国に、官位としては第2位にあたる達率の日羅という人がいた。この人は葦北(熊本県)国造の子で日本人である。百済の官僚には中国人もおり、外交政策のバランスを取っていたのかも知れない。いわば国際感覚についての先進国だったのだ。

 天皇は、太古から倭人がいたとされる朝鮮南部の任那(みまな)の運営が行き詰まっていたため、日羅を呼んでその意見を聞くことにした。百済王は訪日派遣を渋ったが、日羅監視の大随行団を伴うことでこれを許した。日羅は、軍事・外交上の諮問に対し、種々有益な意見具申をしたが、最後にこう付け加えた(日本書紀)。

 「百済人から船300艘をもって筑紫への移民の申し出があったら、ひとまず許可を与えてください。百済が新たな国を造るたくらみがあれば、必ず女子と子供を船に乗せます。それが察せられたら、お国はすかさず対馬・壱岐に多くの伏兵を置いて入港を待ち、殺してください。決してだまされてはいけません。日常、要害を固めておくことが肝要です」

 百済にそのような陰謀があったかどうかわからないが、かつては往来自由であった海峡が6世紀には「国家」という高い障壁にはばまれた。それまでは朝鮮に倭人が、日本には韓人(からひと)が渡来し相互に渾然と解け合って生活していた。しかし、日羅は、百済に対する裏切りと見られ、随行団の手で暗殺された。

 コソボ問題に日本が干渉する余地もないしまた、すべきでもない。しかし、日本になにかすべきことがあるのかどうかを考える場合、こういった面からの慎重な考察が必要な事はいうまでもない。これは決してバルカンだけの問題ではないからだ。 

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2007年12月11日 (火)

バルカンの悲劇

 ユーゴスラビア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、サラエボ、セルビアなどの国名・地名、そして民族浄化、虐殺などの嫌疑で国際法廷に立たされ、獄中で死亡したミシェロビッチ元セルビア大統領などの名を聞くたびに、この地域に絶えない宗教・民族間抗争に心を痛める。

 ここで、最後に残された紛争の種がコソボ独立問題である。セルビア南部のコソボ自治州は、人口約190万人の88%がアルバニア系・イスラム教徒で、隣国アルバニアと近縁関係にある。一方、この地域のセルビア人は6%にすぎず、スラブ系キリスト東方正教徒でロシア人に近い。

Map_6  ここが前から独立運動を続けており、ユーゴスラビアの崩壊を受けて、現在では国連が治安・行政に関与している。米欧露がセルビア共和国との間の調停に当たっていたが、ロシアの独立反対で失敗し、ボスニア側は、年明けにでも一方的に独立を宣言する動きになっている。

 ここまでを見ると、ほとんどがアルバニア系住民ならば、民族自決の原則で独立承認が穏当のように思えるが、ことはそう簡単ではない。この地は、そもそもセルビア人がオスマントルコから奪還した民族揺籃の地として記憶されていた。

 ところが40年前はアルバニア人の比率が60%台であったものが、アルバニア本国からの人口流入と多産家族の伝統で州人口が倍増、セルビア人の脱出も相まって現在のようになった。その上、独立派有力者は、コソボ独立の暁にはアルバニア本国と統合する旨公言しているのだから穏やかではない。

 現在国連軍がいるといっても、主体はNATOである。かりにドンパチ始まると、NATOは存在するだけで独立支持の立場に置かれてしまう。またセルビアはロシアに支援をこうことになるだろう。平和維持活動といっても、紛争のあるところへ軍隊がでかければ、常にこのような危険があることを覚悟しておかなければならない。

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2007年12月10日 (月)

アメリカとイラクの国民意識

 前回のエントリー「イランの脅威、宙に浮く」を書いたのが先週土曜日の8日、翌日のTBS「サンデーモーニング」で出席のコメンテーターが、拙記事とほぼ同様な解説をしていたので驚いた。実はアメリカの実体やアメリカ人の考えなど新聞に掲載される外電などで憶測するだけで、内容に自信があるわけではない。それだけに、その考えを共有する人がいるということは、ブログに「共感」のコメントをいただいたのと同様、心ひそかに快哉を叫ぶことになる。

 これだけ日本に長く住み着いていても、「日本人はこうだ」とか「こう考えている」などと断定して物事を判断できない。むしろそうすることは危険ですらある。しかし、行ったこともない外国のことでも、いくつかの伝聞事象をつなぎあわせ、「こういうことかも知れない」という仮説を立てることはできる。

 今日は、そのようなアメリカ人論とイラク人論の栄養となった話を上げておくことにする。まず、アメリカについては、毎日新聞ロサンゼルス支局・国枝すみれ記者の「アイ・ラブ・ミー」というコラム(07/11/26)を紹介する。

 行儀は悪いし、敬語は使えない。物質主義も、自分に甘い風潮。そういった若者へのマナー・バッシングには、自ら過去を顧みて組みするつもりはない、という。しかし……、(以下引用)

     (前略)そんな私でも、米国人には驚かさ
     れる。頑張らなくても、ご褒美を欲しがる。
     「アイ・デザーブ・ベター(私はもっと良
     い生活をする資格がある)」と、人生をリ
     セットする。(中略)

     サンディエゴ大の調査によれば、米国人は
     ナルシシスト化している。「私が世界を支
     配すれば、もっとよくなる」「自分の好き
     なように人生を生きていける」などの質問
     を使い、大学生のナルシシスト度を測った
     ところ、82年から一貫してその度合いが
     上昇しているというのだ。

     人の気持ちを推し量ることができず、自信
     満々に自己主張し、批判されると攻撃的に
     なり、人助けより自分の利益を優先する、
     というナルシシスト。年寄りよりも若者、
     女よりも男に多く、米国人は世界で最もナ
     ルシシスト度が高い。

     米国の保育園や幼稚園では、幼児が「私
     は特別、私を見て。ほら、とても特別な子
     が見えるでしょう。それは私」と歌いなが
     ら、お遊戯する。きらきら星の節に合わせ
     て、「スペシャル・スペシャル・スペシャル・
     ミー」と歌うこともある。(後略)

 日本のナルシシスト度も上がっているようだが、次は、イラクについてである。この方の出典は古い。安全保障問題の専門家・松井茂氏が1990年に書いた『イラク』(中公文庫)からで、その小見出しには「間違いだらけのイラク観を正す」とある。アメリカ侵攻以来、なんとなく「ダメなイラク国民」観が定着している現在、改めてこれをクローズアップしておきたい。

     イラクは先般の武力によるクウェート併合
     で、国際的非難と経済制裁を受けている。
     だが、イラクが中東で最も豊かな可能性を
     持つ国であることは、紛れもない事実であ
     る。その理由を次に列挙しよう。
     
     ① 石油の豊富な埋蔵
     ② 肥沃なメソポタミアの大平原
     ③ 水量の豊富なチグリスとユーフラテス
      の両大河
     ④ 教育水準の高い千七百万の国民
     ⑤ 中東でも最も宗教的因習からの脱皮
      が進んでいる社会
     ⑥ 中東で最も貧富の差が少ない社会
     ⑦ 中東で最も女性が進出している社会

 これは、フセイン大統領の独裁政権の下のことで、⑤⑥⑦については、最近の宗教対立、そしてシーア派とスンニ派のイスラム同士の抗争や、同じシーア派のイランからの影響などが声高に伝えられているので、違和感を持つ人が多いかも知れない。

 しかしイラクのシーア派が、ホメイニ革命の影響が強いイランの支配下にあるように見るのは、明らかな誤解である。フセインの独裁政治からの解放はいいとしても、ほとんどのイラク国民が米軍がくる前の暮らしの方がよかった、と思っていることだけは違いなさそうだ。

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2007年12月 8日 (土)

イランの脅威、宙に浮く

 12/4に「世界やぶにらみ」という記事を書いた。その書き出しを「このところ海外の動きがあわただしい。それがゆるやかな世界の地殻変動なのか、局地的な現象が偶然重なったのか私にはわからない」とした。

 その例として、オーストラリアで労働党のラッド首相率いる新内閣が3日に発足し、日本と肩を並べていたアメリカ追随から距離を置く政策に変わったことや、アメリカとの友好関係でイラン革命政権からの圧力回避をはかった湾岸6カ国会議に、イランの大統領が招かれたことなどを上げた。

 しかし、そこにアメリカ自体のことが抜けているのでつけ加えたい。やはり3日に、マコネル米国家情報長官がイラン核開発に関する機密報告書「国家情報評価(NIE)」の一部を公表した。それによると、イランは核開発計画を進めていたが、03年秋に中断してその後再開されていない、ということが明記されており、これまでのアメリカのイラン政策に問題を投げかけることになった。

 この報道は、ありもしない大量破壊兵器のニセ情報で、ブッシュ政権がイラク侵攻を開始したことと重ね合わせになる。ブッシュ大統領にとっては、残された1年にどう花道を築くかが課題になっている。これまで、テロとの戦いに「悪の枢軸国」を登場させ、正義と自由を旗じるしに世界の盟主となる道を示すことが、アメリカ国民を引きつけていく道具となっていた。

 イランの核開発に神経質になるイスラエルとアメリカは、ピンポイント攻撃までちらつかせ、イラン革命防衛隊をテロ支援組織に指定して、一部で戦端開始は時間の問題とまで言われるような緊張状態を作った。その一方で北朝鮮のテロ支援国家指定取り消しをスケジュール化し、米国内で中東和平会議を開催して平和に向けたポーズを演出するなど、最後の実績づくりに懸命のようだ。

 それにしても感心するのは、日本で言えば情報大臣と言うべき人が、総理が立ち往生してしまいそうな秘密情報をさらっと言ってのけるスピリットである。もちろん隠された情報も操作された情報も山ほどあるのだろうが、日本のような陰湿さを感じさせないのだ。

 ブッシュは、あきらかに困惑している。記者会見で「(報告は)警告信号だ。なぜなら、彼らは計画を再開できるからだ」(12/5「毎日新聞」)と、強気の姿勢を崩していない。しかし、国連をはじめ国際世論がブッシュの考えに味方することはないだろう。

 米国内でも、民主党の大統領候補の中で、唯一イラン革命防衛隊をテロ集団とする上院決議に賛成したヒラリー・クリントンに対し、オバマ氏をはじめ対立候補から集中攻撃を受け、このところ支持率低下を招いているようだ。こうなると、ブッシュもこれまで通りの戦意高揚演説も効き目がなくなり、日本をはじめ各国に対するプレッシャーも力を失うだろう。

 日本も「テロとの戦い」御幣担ぎをそろそろ卒業し、給油新法案の見直しを考えてもいいのではないか。
 

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2007年12月 7日 (金)

自民党勉強会

●「外交政策勉強会
 福田首相私的懇談会(07/12/9発足)
◎五百旗頭真 防衛大学校長
△岡本 行夫 元首相補佐官
 小此木政夫 慶応大教授
△北岡 伸一 東京大教授
 小島 順彦 三菱商事社長
 篠沢 恭助 全国際協力銀行総裁
 白石  隆 政策研究大学院大副学長
△田中 明彦 東京大教授
△谷野作太郎 元駐中国大使
 中西  寛 京都大教授
 渡辺  修 前JETRO理事長
(◎=座長、△小泉・安倍首相当時もブレーン)

2007_12070008 ●「保守再結集勉強会
 総裁選で麻生氏を推した議員中心。中川昭一氏主導
(会長)中川昭一(伊吹派)
(最高顧問)平沼赳夫(党外無所属)
(発起人)
・町村派・中山康秀、西村康稔、萩生田光一、岸信夫、西田昌司
・津島派・山口康明、戸井田徹
・山崎派・古川禎久
・伊吹派・古屋圭司、小島敏男、中野清、松浪健太、中川義雄、秋本司、衛藤晟一
・麻生派・薗浦健太郎、鴻池祥肇、浅野勝人、塚田一郎
・無派閥・島村宜信、水野賢一、武藤容治
(07/12/4総会出席者)
赤間二郎、江藤拓、奥野信亮、鍵田忠兵衛、清水鴻一郎、高鳥修一、永岡桂子、西本勝子、馬渡龍治、松本純、山中燁子、佐藤正久、中曽根弘文
(同代理出席者)
井上信治、宇野治、遠藤宣彦、小川友一、近藤基彦、清水清一朗、塩谷立、鈴木馨祐、武田良太、中森福代、西村明宏、野田聖子、鳩山邦夫、平沢勝栄、二田孝治、牧原秀樹、宮下一郎、村田吉隆、山口俊一、荒井広幸、末松信介
(以上概数で50数名になるが、初会合では桜井よしこ氏の講演があった)

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沖縄・教科書検定メモ

07年3月30日、08年度から使用される高校教科書で「集団自決」について「日本軍に強制された」などの既述7カ所に修正を求める検定意見を公表(代表例■参照)
▼沖縄県議会など自治体の検定意見撤回決議相次ぐ
9月29日、沖縄県宜野湾市で11万人の県民集会(産経新聞など4万人強説、総人口137万人弱)
10月2日、政府、閣議で教科書会社の申請があれば訂正に応じる旨方針決定
10月3日、福田首相の施政方針演説に代表質問者6人中5人がこの問題をとりあげる
10月11日、県民大会実行委員会が「沖縄条項」新設を要請することを決定
12月6日、審議会、教科書会社に「背景は多様」と通知する
12月27日、審議会、検定意見を撤回せず、軍の関与は認める。ただし、軍の命令とか強制は認めず、「強制的」ならいいとする奇怪なもの

渡海紀三朗文化相
●審議会会長杉山武彦一橋大学長
●文部科学省・担当調査官村瀬信一(皇學館大學教員)
↑師弟関係
伊藤隆東大名誉教授(つくる会の歴史教科書監修)
藤岡信勝拓大教授=教科書書き換え運動「沖縄プロジェクト」の主体(自由主義史観研究会、現・つくる会会長)
中西輝正八木秀次=安倍首相のブレーン(つくる会理事)
下村博=官邸のチェックを公言(安倍内閣官房副長官)
稲田朋美自民党議員=「集団自決訴訟」原告側弁護士、「百人切り訴訟」弁護団(一名内閣のチェアリーダー?)

■日本軍は(中略)くばった手榴弾で集団自決と殺し合いをさせ→日本軍のくばった手榴弾で集団自害と殺し合いがあった(実教出版)
■日本軍に「集団自決」を強いられたり→追いつめられて「集団自決」したり(三省堂)
■なかには日本軍に集団自決を強制された人もいた→なかには集団自決に追い込まれた人もいた(清水書院)

(以上安田浩一「誰が教科書既述を修正させたか」『世界』11月号、琉球新報その他より)

08年3月28日 大江健三郎『沖縄ノート』にかかわる大阪地裁の判決
[原告]
座間味島・当時海上挺身隊第1戦隊長、梅沢裕。渡嘉敷島・同第3隊長故赤松嘉次弟、秀一
[被告]大江健三郎、岩波書店

[判決要旨]
■集団自決に日本軍が深くかかわった(手榴弾が交付された、日本軍が駐屯しない島では集団自決が発生していないなど)
■真実と信ずるに足る相当の理由があり、名誉毀損は成立しない
■隊長の自決命令の有無認定は躊躇せざるを得ない

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2007年12月 6日 (木)

補強が必要

2007_12050006_2  駅前総合開発に乗ってツインタワー建設中。そのうち1棟の鉄筋の本数が足りないことがわかって工事ストップ(右側)。左側は続行しているから高さが違ってくる。

 清水建設、日建設計いずれもしにせの中のしにせ、今年ほど名門ブランドの権威が地に落ちた年は聞いたことがない。やはり、名門は名門らしくあってほしい。

 売り出し予定のマンション407戸のうち約1割が解約したという。これを多いと見るか少ないと見るか。完工時期が遅れた場合、市は損害賠償請求をするそうだ。

 そういえば、鉄筋不足で政治問題にもなった元祖・姉歯先生も、この市に事務所を構えていました。こんなことがなければ思い出さなかったのに……。

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2007年12月 5日 (水)

対案はいらない

 毎日新聞が、新テロ法案について「民主党の対案はどこにいった」という社説(12/5)を掲げた。同紙の報道や論評が、やや乱雑な感はあるものの、的を射たものが多くなったように感じていたが、この社説はいただけない。

 まず、「国際社会が協力して取り組んでいる『テロとの戦い』に、日本はどのような形で関与すべきなのか」という問題提起である。このブログでもたびたび取り上げているが、ブッシュ大統領の常套語「テロとの戦い」の「テロ」とは何をさすのかに、与・野党そして新聞も答えていない。

 また「国際社会」とは何か、アメリカの中東政策に批判的な国、またはアメリカ軍に協力する少数の「有志国」以外は国際社会ではないのか。産経新聞ならともかく、同紙のほかの記事を通読しているだけでも、上の前提は、使い古され、賞味期限の切れた殺し文句に過ぎないではないか。

 民主党の外務防衛部門会議が「テロ防止のためのアフガン復興支援特別措置法案」の要項なるものを作った。これを法案化して参院に対案として出さないことを、審議が進まない理由としてこの社説は非難する。

 それは的はずれだ。憲法9条を守るといっている小沢理論で、現状のアフガン情勢で自衛隊を使おうという無理、矛盾がある限り、法案などできっこない。そういう同党の論理の混乱を突くというのならわかる。その法案をださないから審議が進まないというのは、政府与党の責任転嫁に組みするものでしかない。

 国会も新聞も、テロとアメリカと自衛隊の3題話から足を踏み出してほしい。テロとはビンラディンのことか、パキスタンとの国境地帯にまだいるのか。戒厳令状態で自国の選挙ですら合意が得られないムシャラフ政権下では、アメリカが逮捕を期待しても無理だろう。

 それでは、アフガンのタリバン勢力のことか。タリバンを放逐して成立したカルザイ政権ですら、治安回復の為にはタリバンの力を借りざるを得ない、という現状のようだ。アメリカはイラクの治安回復優先のためアフガンが手薄になり、それをNATO軍が埋めて犠牲者をふやしている。

 また、中東各地で起こる自爆テロを指すのか。最近はパレスチナ問題や、イランも含めた湾岸各国の平和への模索が続いている。気のせいか自爆テロも減少の方向に向かっているようにも見える。イラクにしろアフガンにしろ、目的はどうあれ、外国軍隊がいることが治安悪化につながるという、意識が現地にあることはたしかだ。

 「悪の枢軸」を必要とする国なら別だが、テロとの戦いはすでに後処理の方向に進んでいる。自衛隊の給油活動も事後処理の一環として、継続することに反対ではない。しかし、一旦中断したものを数か月あとに復活することに、どれだけの意義と効果があるのだろうか。そのあたりを真剣に討議してもらう方が国民とって理解されやすく、国益にかなうのではないか。

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2007年12月 4日 (火)

世界やぶにらみ

 このところ海外の動きがあわただしい。それがゆるやかな世界の地殻変動なのか、局地的な現象が偶然重なったのか私にはわからない。ただ、防衛次官夫婦のゴルフやカラオケ接待、日米をまたいだ軍事費汚職あるいは洋上給油復活、こんなことに日本の政治がかまけている間に、世界情勢はどんどん変化し進んでいく。

 このところ選挙の報道が相次いでいる。オーストラリアで選挙に勝った、労働党のラッド首相率いる新内閣が3日に発足し、初仕事ととしてアメリカ追随を離れて「京都議定書」を批准した。イラクからの撤退もこれから軌道に乗ることになるだろう。

 ベネズエラでは憲法改正の国民投票が2日におこなわれ、反対51%、賛成49%の僅差で否決された。チャベス大統領は反米、社会主義指向の独裁者のように報じられているが、「結果に敬意を払いたい、受け入れる」と語ったという。いかにも南米らしい明るさだ。

 尊敬する人はキューバのカストロさんだというが、そのキューバは来年1月20日に国会議員選挙がある。なんと、病床にある老革命家・カストロも立候補するという。議員でないと首相にはなれないからだそうだが、不倒独裁政治家はどこまで記録を更新するのだろう。アメリカの執拗な挑発に乗らず、平和を保ち続けた点で、私も彼を尊敬する。

 ロシアも3日、下院議員選挙があった。プーチン大統領を候補の筆頭にあげた「統一ロシア」が、315議席で3分の2を大きく上回り、与党勢力としては9割近くを確保したという。これは、昭和17年の第21回総選挙(翼賛選挙)における翼賛政治体制協議会推薦候補当選者381人(82%)よりまだひどい。

 来年11月までの政治生命でレームダックになったブッシュ大統領より、プーチン・ロシアの方が戦争に近い体制だ。コワイコワイ。アジアでもこれから韓国の大統領選、パキスタンの総選挙、ミャンマーの新憲法国民投票などがあり、タイ、台湾、フィリピンなども目が離せない。

 選挙ではないが、今日、明日のニュースで最も関心を引いたのが、「湾岸協力会議(GCC)」にイラン・アフマディネジャド大統領が招かれてはじめて出席する、というニュースである。GCCは1981年、イランのホメイニ革命でパーレビー王政が倒されたことに脅威を感じた湾岸の王政6カ国(サウジアラビア、UAE、クウェート、カタール、オマーン、バーレーン)が設立した、いわばイラン対策機構である。

 ここでは当然、イラクやパレスチナ問題、そして対米関係も話にでてくるだろう。ここにイラクが加われば、文字通り湾岸広域体制が完成する。また2010年を目標に単一通貨を導入する検討もされているというから、仮にUEのような共同体に発展すれば、膨大なオイルマネーとあいまって、中東の平和に、はかりしれな影響をもたらすだろう。

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2007年12月 3日 (月)

地名あれこれ

 ふうてんの寅さんの発しますところ、葛飾は柴又。その柴又は正倉院の古記録に残る地名である。ただし古代は嶋俣(しままた)であり、江戸川(古くは利根川)の水が両側に分かれる三角州のまたにあたる場所であったらしい。

 その下流に当たるところが、現在の江戸川区小岩。これも同様に古い記録がある。この方は「かわわ」で砂州となった自然堤防で川の流れが輪のように大きくカーブするところである。ここの住民について養老律令による戸籍調べが残っている。

 その対岸に、千葉県市川市真間がある。

  葛飾の真間の入江にうちなびく
     玉藻刈りけむ手児奈し思ほゆ

2007_12020002_2   二人の男性に求愛されて悩み、投身自殺をした女性、いわゆる手児奈伝説がある地で、万葉集にはこのほか数首の歌がある。真間(まま)とはアイヌ語で崖の意味だというが真相はわからない。関東ローム層の台地を川や入江の水が裾を洗ったとみえて、確かに急な崖が多い(写真)。秋田、新潟あたりまではアイヌ語起源といわれる地名がいくつかある。

 そのほか日本各地には、意味のわからない地名はたくさんあるはずだ。それはアイヌ語であるかも知れないし、廃れてしまった日本語であるかも知れない。また、日本神話には地名説話というのが実に多いが、おそらくその半分近くはあてずっぽうのような気がする。

 谷川健一氏の『日本の地名』(岩波新書)によると、島根県には鵠(くぐい=ハクチョウ)にちなむ地名が多くあり、古代出雲の伝承に、沖縄で大正の頃まで使われていた表現に共通するものがあるという。九州には地名でなくとも、琉球や朝鮮と共通する言葉がある。たとえば長崎県にある、村や集落のあとにつく「面」などは南朝鮮と同じである。

 こう見ると日本は古来、北から南からそして西からいろいろの民族が混ざり合う中で、独特の民族、国を作り上げてきたという珍しい例ではないかと思う。

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2007年12月 1日 (土)

「希望は戦争」

 赤木智弘さんという方が論壇誌などをにぎわしている。雑誌は週刊誌を含めて月に1、2冊買う程度なのでその論文に接することもなく、「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。希望は、戦争。」という題名は、どこかで見たな、という程度の知識しかなかった。

 それは、『論座』1月号に掲載されたもので、同誌が識者の反論を含めあとを追っているほか、NHKや『中央公論』、『SPA!』などでもとりあげているようだ。このブログが「反戦塾」なら、「希望は、戦争」ではやはり「ほっとけない!」ということになる。

 とりあえず図書館へ行って、雑誌のバックナンバーをひっくりかえしてみた。本当をいうと、丸山眞男の活躍や批判、そして全共闘や新左翼などというのも、私が就職したあとのことなのでくわしく知らない。日比谷公園のレストランや浅草橋駅を焼き討ちしても権力に打撃をあたえるわけでなし、赤軍派、内ゲハなどは、正気の沙汰じゃあないな、と思っていた。

 赤木さんの論文要旨を、毎日新聞(11/22)の対談記事で本人自身が語っているので引用する。

     「戦争がしたい」って要約すると単なる破
     壊願望だと思われるし、それを否定すれば
     「あれはレトリックであって、赤木の本心
     は別にある」と言われます。そうじゃなく
     て、本心は両方にあるんです。
     自分たちフリーターは、働き続けても、昇
     給はなく安定は望めない。何とか社会階層
     を流動化させたい、変えたい。でも、従来
     の左派が代表したのは正規労働者であっ
     て、つまり我々は左派からも見放されてい
     る。だから、階層が流動化する機会として
     は、戦争だって希望になるのではないか。
     本当は戦争は回避したいのだが、というの
     が骨子です。

 これに対して、同誌の別号で佐高信、福島みずほ、斎藤貴男、森達也など各氏の反論、さらには鶴見俊輔氏の感想などがある。それらを読み比べてみて、一番スンナリと腑に落ちたのは、最初の赤木さんの論文だった。

 反論した各氏の主張は、やはりどうしても陳腐なものに見える。左翼、革新など古い容れ物しか用意されておらず、赤木さんへの答えになっていないのである。かといって、赤木論文を肯定するわけではない。

 フーリターを巡る状況と不当な社会構造の固定化をさらけだして迫るのはいいけど、だから戦争という非日常と右翼の論理に活路を求めるという、森達也氏のいう「安易な書き飛ばし」や矛盾撞着が至る所に見られるのは確かだ。遅れてきて論争に加わる気は全くないが、以下の2つのことだけは指摘しておきたい。

 ひとつは、戦争で人間の尊厳は決して高まらない。むしろ逆である。それは、日中戦争、ベトナム、ボスニア、イラクなどをみれば容易にわかる。新兵をひっぱたいたのは下層階級から出た古参兵で、被害者にあったのがインテリに多いのは事実である。しかし、その上には幹部教育を受けていきなり将校になった特権階級が安逸をむさぼっており、兵の膏血をしぼっていたのだ。公平さが建前だけのことは入隊してすぐにわかる。

 国のために特攻機に乗り、華々しく散っていったのも若い幹部候補生が多い。かっこよく死ねたのは彼らだけだ。初等教育しか受けずこつこつと汗水をながし、その日暮らしをしていた中年の応召兵は、フィリピンなどで一弾も撃つことなく多くが餓死しているのである。靖国礼賛にまやかしがあることは赤木さんも承知しているようだが、EUのようにやがては単なる歴史上のモニュメントと化すだろう。

 2つ目は、世代を切って、上はどうだ下はどうだという区分を設け、白・黒、敵・味方の判断基準にすることである。たとえより特徴ある区分ができたとしても、「今時の若い者は」という愚痴と同類ではないか。終身雇用・フリーター・左派・右派も、単純に区分するのが妥当かどうか、「ジコチュウ」とかナルシシストなどと誤解されないような論理と行動が必要だろう。

 赤木さんは、すでに社会から必要とされない見捨てられた人ではない。フリーター、化してフリーライターになったのだ。初心を大事に精進・発展されることを大いに期待したい。その点で「赤木さん」ではなく「赤木氏」にする。

この記事の続編はこちらをご覧ください。

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