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2007年11月23日 (金)

物部守屋

 今日は「勤労感謝の日」、なにかとってつけたような偽善的な名目がついているが、本来は「新嘗祭」、新穀の恵みを神に感謝する日だ。古きをたずね、パラパラっと本をめくっていたら、突然「物部守屋」が目に飛び込んできた。それで、福田さんをはじめ今日はお休みの日なので、お遊び「守屋占い」でもしようかというわけ。

 時の人、守屋武昌前防衛事務次官と物部守屋の関係?、どこにもありません。ただ重大な共通点があります。両方とも武器の調達、保管、管理の最高責任者で、物部氏は神武以来その任務についていました。物部守屋は6世紀後半、敏達・用明天皇の時代大連(おおむらじ)という要職に就いています。

 同じ時代の有力者に大臣(おおおみ)の蘇我馬子がいます。ここから先、必ず日本史のテストに出てくるところなので、学生さんはしっかり覚えておきましょう。二人の要職者が衝突したのは、朝鮮を通じて伝来する仏教を受け入れるか禁止するかについてです。

 くわしくは教科書で見ていただくとして、「仏像を拝むから伝染病がおさまらない」「いや、そうじゃない」などと、厚生労働省桝添さん所管のようなことまで言い争っています。585年に敏達天皇が亡くなると、この対立は権力抗争として抜き差しならぬものになりました。

 蘇我派は有力豪族、諸皇子などを味方につけ、用明天皇崩御のあと587年7月に物部氏の本拠がある河内、難波の方まで攻め込んで守屋を戦死させ、一家を滅亡させました。多くの歴史書は、蘇我馬子を外国の文化を導入しようとする革新派とし、神道など古来の伝統を重視する物部守屋の保守派を破った、と書いています。

 さて、守屋前次官を証人喚問で責め立てる蘇我馬子役は誰でしょう。野党総大将の民主党小沢代表かも知れません。物部氏を討ち取った蘇我氏は、その後蝦夷、入鹿と代を重ね、天皇の権威を脅かすほどの全盛時代を迎えます。

 民主党は果たして天下を取れるのでしょうか。しかし油断はなりません。皇太子中大兄のテロリズムに始まった乙巳の変(645年)で蘇我本宗家は壊滅します。入鹿は飛鳥を警察国家にしましたが、皇族参加のテロには油断がありました。日本の将来がそんなことにならないよう、今日はそれを祈る日にしましょう。

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コメント

いや~、面白い! ましまさん。

蘇我氏ってその後どうなったんですか、古代史以降では?
表舞台[いわゆる正史]には一切出てこないんですか?
その辺りは、天武天皇以降の、歴史の大編纂と、関係してマスでしょ?

投稿: 三介 | 2007年11月23日 (金) 18時41分

三介 さん
叱られると思ったらほめられました。「わいわい!」。昔、知人がアメリカへ行って言いました。「日本とアメリカは何でも逆ですね。日本ではドーロ、アメリカはロード」。アメリカ人「???」。
 蘇我の傍系に石川麻呂という人がいました。中大兄に味方して入鹿をおびきだす芝居を打ちました。その功績で右大臣、その子赤兄も重用されましたが、壬申の乱で反天武がわにつき流配されました。以後蘇我姓が禁止されたので、生き延びた子孫は、石川姓を名乗ります。政界再編で民主党の名が変わる前兆かも。

投稿: ましま | 2007年11月24日 (土) 09時26分

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