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2007年11月30日 (金)

追憶

 前回のエントリー「千里山で昆虫採集」に対し三介さん、仲@ukiukiさんからご丁寧なコメントをいただきました。これについてあれこれ考えていると、やはり本文でご返事するのが妥当なような気がしたので続けることにしました。

 <もしかしたら、その頃の光景が浮かばれて、つらい気持ちをぶり返されたかもって心配もしてます。……と、両兄から気を使っていただきました。相当つらいこと、悲しいことでも、後になると「甘い想い出」に昇華してしまうのが人のつねです。

 ところが、思い出しても自分がズタズタになるようなことだけは、遠ざけるのが自己保存本能だと思います。はやりの言葉でいえばトラウマ(心的外傷)とでもいいますか。戦争では今米軍帰還兵が多くこの疾患(PTSD)で社会復帰できないといいます。

 私は幸い戦地に行かなかったので、そういう思いはありません。しかし、三介さんが言われるように「戦争知らない世代は、景気の好い戦争話にコロッと行かれやすい」ということも、東国原知事の徴兵制度発言などを聞くにつれ深く感じるようになりました。そこで三介さんのコメントにひかれてもうすこし続けます。

     青森へ旅立つ時の名残惜しさとか、これっ
     て今もある寝台特急「日本海」でしょうか
     ?。あれ「北斗七星」だったかな?
     フィリピン戦へ行かれたおじさんは、遺骨
     とかは帰られたのでしょうか?

 父が死んでから母は泣きとおしでした。武庫川駅や梅田駅にはおおぜいの方が見送りに来ました。中学に入学したばかりの私は、戦闘帽に半ズボンといういでたちでした。
 「ぼんぼんはえらい。ちっとも泣きよらせん。長男やさかいしっかりしてや。お母はんを支えんなあかんで。病気させんようにな」
 秋田出身の人は秋田弁で、新潟出身の人は新潟弁でいうことは同じでした。

 青森行きは、現在の特急とほとんど同じコースです。しかし特急というのは東海道線が主で、愛称のない単なる「急行」だったと思います。途中米原あたりまでは起きています。そのさき目が覚めるのは車輪の音がとぎれて長い時間停車しているときです。

 糸魚川か直江津か柏崎、車外で駅員がわびしそうな肉声で連呼した駅名は、そのどこかでした。これ以上の静寂さはないという感じです。「ああ、新潟県まできたんだなあ」と思いながら、電灯のまわりを飛び交う蛾を見ていると、「ボワーッ」というD51特有の汽笛。さすがに「シュン」でした。

 叔母の家に着いてからしばらくして、叔父が入営先から1夜の外泊許可を得て帰ってきました。いよいよ海外の戦地に向かうためです。叔父は変電所の技師で3人の子がいるという、徴兵から一番遠くにいた人です。叔母も母も口にはださないが今生の別れになる覚悟もあったと思います。

 この田舎の駅から叔父が離れていく様子は、ご想像にまかせます。その年の大晦日は積雪が屋根に達するほど積もりました。私は、叔母と二人で地元の八幡様に武運長久を祈りに行きました。なにしろ、関西を出るとき言われた責任が2所帯6人になったので、「男の子」にかかるプレッシャー過多はいうまでもありません。

 終戦の日の茫然自失、無限の開放感はものの本に書かれたとおりです。海外からの復員が始まった秋口から叔母は毎日夫の帰りを待ちました。全く連絡なしにひょっこり門口に……なんていう話が実際にあったのですから。あきらめかきれずにいたある日、戦死の公報が入りました。もちろん遺骨も遺品もなく、フィリピンのどこで死んだのかもわかりません。

 叔母がただ一度だけ靖国に連れて行ってくれ、といったことがあります。その頃は墓もなく仏壇もなく、祀るものもなく、夫に会えるのはどこだろう、と思ったようです。私の反戦原点はそこにあります。戦争体験としては最も軽い方だと思うんですが。

 「戦中も戦争直後も防衛利権というか軍人の闇の特権のようなものがあった」という仲@ukiukiさんのコメントに関連して付け加えさせてください。昭和18年3月に「戦時行政特例法」というのができて、造船業は海軍大臣の所管、自動車製造業は陸軍大臣所管というように、陸海軍の予算の取り合いから、直接重要産業そのものの分捕り合戦のようになりました。

 もう、「闇の特権」どころか国家秩序のあくなき破壊がはじまったのです。父の勤めていた工場のトップの経営権もこうして軍に移ったかのようです。このエントリーの前に「戦争とは」というテーマをあげました。戦争とは、破壊にはじまって、心の「すさみ」と「浅ましさ」だけを残すだけの不毛の愚行である、これはイラクなどでも十分に証明されているのではないでしょうか。

 これからも特別措置法だとか、特例法、臨時○○法などというのは、“特に”要注意の法だと心得ておきましょう。

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コメント

今晩は、ましまさん。
ROLLING BEANさんへのコメントでも書きましたが、
>工場のトップの経営権もこうして軍に移った
いま着々と推し進められている『有事体制』すなわち、自衛隊はいうに及ばず、むしろ自治体と企業への戦争協力の強制、此処をシッカリ訴えていかなあかんということがわずかですが、わかりました。

以前ココロさんとこのコメントに書いた、「神奈川の米軍基地」
http://www.jcpkanagawa.jp/seisaku/images/050530.pdf
とか、
「02年10月25日 有事法制はいらない 現場からの報告 パートⅠ 自由法曹団 」
http://www.jlaf.jp/iken/2002/iken_20021025.html
とか、
もう少し読み直さなあかんなあと、やや焦ってます。
ふぅ~。

投稿: 三介 | 2007年12月 1日 (土) 02時23分

おはようございます。

軍の特権、上層部だけでなく、それにたまたま何かのきっかけで「あずかる」ことのできた庶民の人生にさえ、なんとも不条理な何かを生んでしまうもののように思います。今は特権のおこぼれに預かれたと喜んでいても、そんなのは大方の庶民にとっては今だけの偶然に過ぎないのであって、また、自慢できるような話でもない。心の中にはどう整理していいのかわからないややこしいものが残ってもしまう。特権にあずかる機会もなく苦しめられた庶民がまわりにいるほど、その心中は、仮面の奥に隠されていくというか。

心の「すさみ」と「あさましさ」だけが残ったという現在日本の状況、先の大戦の頃からずっと地続きだったのかも、なんてことも思います。それを今回の特措法なんかが、一気に加速させてしまった、と。

投稿: 仲@ukiuki | 2007年12月 1日 (土) 09時31分

三介さま、うきさま、……、というとあとに、「月が」(忠臣蔵)と続けたくなります。(^^)
コメントありがとうございました。これに続けるような「希望は、戦争」を投稿したので見てください。

投稿: ましま | 2007年12月 1日 (土) 16時26分

あ、古いログの方は、以前「委員会」の時にTB送ってましたね。
左翼リベラルの迷走。
毎日新聞の『安保 迷走する革新』っていう本が中曽根時代に文庫化されてました。
要するに中国共産党に『梯子を外されて』≒未組織浮遊層をどんな思想で取り込んでいけるか、に関して左派は実質、空中分解したという風にぼくは読みました。ベルリンの壁やら、ソ連崩壊よりもこっちの衝撃の方が、思想史的には決定的やとも思っています。ま、ソ連の場合はイスラム諸国の分離という点で、これが後の中央アジアを巡る「上海6」等に向かうので世界史的インパクトありますけど。当時の日本人には『疎遠』話で、むしろペルシャ湾岸と東アジア程度・・。
でも中国等を巡る東アジアに関する言説は、皮相・不毛でしたね。それに気付いたのが『はるかより闇来る』(90年)っていう新島氏&加々美氏の対談本。
中国賛美でもなく、罵倒でもない真摯な自問がそこには、ありました。
よく読めば、他の中国関連の本にも、それはあったンだということに気付かせてくれる深みがあります。
で、「阿Q」論を深めるべく「68年メモ」という形で、資料集めと簡単なスケッチ中です。
まあ、日本のは軽症ですね、まだ。世界はもっと重症阿Q「患者(国?)」に満ち満ちています。っていうのが今の僕の感想です。

投稿: 三介 | 2007年12月 1日 (土) 17時12分

TB返しをいただきましたこと ありがとうございます。

このような適切なエントリーをお書きになられていたことに気づかず、お恥ずかしい限りです。

投稿: とみんぐ | 2007年12月12日 (水) 22時25分

 どうぞお気軽に(^-^)。今後ともよろしく。

投稿: ましま | 2007年12月13日 (木) 12時58分

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