疑獄
事情が複雑ではっきりしない裁判事件、政府高官がかかわる大型贈収賄事件などを「疑獄」というらしい。守屋武昌前防衛省事務次官の証人喚問が昨日行われたが、これが「疑獄」になるのか、単なる官業癒着、綱紀粛正で終わるのか、昨日の段階では明瞭を欠く。
質問者の切り込みも、予想通り緊迫感のないもので、守屋証人はさぞかしほっとしたことだろう。また、証人はあらかじめこれを見こしていたのか、ときどき余裕ある表情さえ浮かべていた。接待を受けることに何ら罪悪感を感じない、こういう人種はまれにだが存在するものだ。
どちらに転ぶにしろ、この問題を等閑視するわけにはいかない。なぜならば、憲法66条にうたわれているいわゆる「文民統制」が今後厳格に扱われるか、単なるおまじないに過ぎないものになるかの分かれ目になるからだ。この際、明治以降軍部のからんだ疑獄2件を見ておこう。
山城屋事件
廃藩置県が成功し、国家としての兵制が整いつつあった明治5年、陸軍卿(大臣)山縣有朋に早くも不正汚職の疑惑がかかった。かつて長州奇兵隊で山縣の部下であり、その後兵部省御用商人になった山城屋和助という男との関係だ。
男は軍隊創設にあたり多大な利益を上げたが、生糸相場に手を出して失敗した。その穴埋めに兵部省から無担保で65万円を借り出すことに成功、その金でパリへ視察旅行に行った。現地で派手な遊興にふける日本人に不審をいだいた外務省の官吏が調べたところ、金の出所が陸軍であることがわかった。(上図:山城屋の切腹『日本の歴史』中央文庫より)
そこから司直の手が伸び、山城屋は急遽帰国したが、陸軍省内で割腹自殺をして果てた。証人不在で事件はヤミに葬られたが、山縣は一時辞職せざるを得なかった。
シーメンス事件
大正3年1月23日日本の新聞は、ベルリンからの外電でシーメンス・シュッケルト電気会社の東京支店社員が恐喝罪で摘発されたことを伝えた。それは、日本海軍の高官に贈賄したことを示す書類を種にゆすりを働いたという内容である。
これは、政争に明け暮れする国会で早速とりあげられ、大佐と少将の現役軍人が軍法会議にかけられた。またイギリスに発注した軍艦「金剛」をめぐって、三井物産の贈賄も明るみに出た。この関係者も収監検挙されるという連鎖反応に発展した。
当然のことながら海軍出身の山本権兵衛内閣は、野党の激しい攻撃にさらされ、民衆運動もこれに連動して、3月24日には総辞職のやむなきに至った。
以上、山城屋事件の山縣は明治を通じて元勲として政界に顔を利かし続け、シーメンス事件では、予算大削減の憂き目を見た海軍も、山本内閣が崩壊した後3カ月めに第一次世界大戦が起き、日本は日清、日露とは違う犠牲がすくなく、もうかる戦争へとなだれこんでいったのだ。
| 固定リンク
« 善悪二元論 | トップページ | なにが憲法違反か »
「歴史」カテゴリの記事
- 張鼓峰事件(2009.07.11)
- ヒトラーの宣伝と戦争(2009.07.02)
- ヒトラーと逃亡兵(2009.07.01)
- ヒトラーと「B層」(2009.06.30)
- 三角縁神獣鏡(2009.06.28)


コメント