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2007年10月26日 (金)

消灯ラッパ

 朝、覚めきらぬ頭の中で何かのメロディーを繰り返す。覚めるに従って、「エッこれは何の歌だっけ」と考えるがしばらくは思い出せない。そのうちに「あっそーか」となる。

♪鉄砲かついだ兵隊さん 足並み揃えて歩いてる 
とっとことっとこ歩いてる 兵隊さんは きれいだな
兵隊さんは 大好きだ

ついでに

♪肩をならべて兄さんと 今日も学校へ行けるのは
兵隊さんのおかげです お国のために
お国のために戦った 兵隊さんのおかげです

 そして「勝ち抜く僕ら小国民」など、子供の頃から音感教育で戦争を刷り込まれる仕掛けがあった。文部省唱歌だからなんらかの記録には残るだろう。ただ、憲法を改正して復活させるなんてことのないようにしてほしいものだ。

 次は軍隊に入ると日常行動がすべてラッパで律せられることになる。戦争末期には小中学校にまでそれが及んだ。村や部落にラッパ手あがりの退役兵などがそれを吹いたものだ。その節回しを替え歌風にうたったもの。

起床ラッパ
♪起きろよ 起きろよ 皆起きろ
起きないと 隊長さんに 叱られる

進軍ラッパ
♪トッテチンボの毛 ワッシャ 凸凹連隊長
お馬が3匹で おけつを並べて プックプクプー

突撃ラッパ
♪でてくる敵は皆々殺せ でてくる敵は皆々殺せ

消灯ラッパ
♪新兵さんはかわいそうだね 
また寝てなくのかね

 学童疎開で母親から遠く離れた子供が、お寺の冷たい布団で哀愁たっぷりの消灯ラッパの音色を聞くと、最初はどこかでシクシクと押し殺した泣き声、それがだんだんひろがって、みんながワーンワン。「子供っていつでも同じだねえ」。

 ちがうよ。父は戦地で母は都会の工場の空襲で、もう二度と会えないかも知れないんだぞ!。

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戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

畏友S.Y兄の著書「戦中派の中学時代□□物語」の一節をお借りして引用したい。
(我々は中学2~3年の時、近くの海軍軍需工場に動員されたのである。)
>Zの戦場
…構内の電柱には、トランペット型のスピーカーが電柱毎に設置してあって、出勤時間には必ず曲『勝利の日まで』が流されていた。歩調は自然と力強く足どりは軽くなったのである。(略)
各職場に到着するとラッパがなる。一日の始まりである。全員整列し職場長の号令で朝礼がおこなわれる。
(全員唱和)吾ラノ職場ハz旗ノ戦場ト同ナジダ
仕事ノ段取リハ良イカ。
(一行忘却)
今日一日皆ナ元気デ頑張ルノダ
(職場長)回レ右
(スピーカー)宮城遙拝
(  〃  )最敬礼
(  〃  )直レ
(  〃  )作業ニ掛カレ
そして、11時25分になるラッパは、
「手ヲ洗ヘ、手ヲ洗ヘ」
同30分(午前作業休業)
「作業止メ」
を伝えた。正午の「作業始メ」の旋律は
「あきらめて 仕事に掛かれ!」と聞こえたのであった。

※著書には、「作業やめ」、「作業始め」の ラッパの旋律の音符も記されている。

投稿: tani | 2007年10月27日 (土) 08時59分

tani 兄 おはようございます。
中学3年生以上は勤労動員に行っていてわれわれは最上級生でした。
1時間目、2時間目それぞれはじめも終わりもラッパ。昼食前はまた違う音色でおなかがグウと鳴りました。
終戦でラッパを吹いていた小使さん(大使に対するショウシではございません。コズカイさん=用務員さんのことです→若い人へ)は、長い間眠っていたサイレンのスイッチを味気なく押すだけになりました。
 悪ガキは、リレースイッチのあり場所に気づき、竹竿でそれを押して騒ぎにしました。

投稿: ましま | 2007年10月27日 (土) 09時25分

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