« 「共同体・序章」はるか | トップページ | EUを知る 2 »

2007年9月 2日 (日)

EUを知る 1

 あす25日は、EU(欧州連合)発足のもととなったローマ条約調印50周年に当たる。これに関連して毎日新聞が中1面をさいて平和への貢献を中心にした特集を組み、産経新聞も複数の見出しを立てて扱っていたが、他の全国紙では目立つものがなく、読売、日経からは見いだすことができなかった(それぞれ電子版)。

 わが委員会は、中国・朝鮮との対立軸を解くためには、究極的にEUを手本にした東北アジア共同体を目指すべきだと考えるので、よりくわしいEUに対する知識と情報を日本にもたらすよう、各マスコミに要望したい。

 ここに、かつて知遇をいただいたことのある元・西日本新聞論説委員長・小屋修一氏の著『欧州連合論』(非売品)があるので、それを引用させていただきながら、知識を深めるよすがとしたい。《 》引用部分。

 《欧州連合の理念は、ドニ・ド・ルージュヒンによれば、美王フイリップの顧問法学者ピエール・デュボアが欧州の全ての君主に、トルコ軍に対して団結するよう訴えた、一連の公開書簡を送った1308年に始まるとされる。》

 日本では鎌倉時代、強国・オスマントルコが勃興して間もない頃で、いかにも早すぎる。なぜならば王侯貴族が争い、民族・宗教間の攻防はあっても、主体となる近代国家、国民国家がまだ成立していなかった時代だからだ。しかし現在、トルコ加盟の是非をめぐって独・仏など西欧諸国民の間で、イスラム国に対する違和感がぬぐい去れないという。当時の皮肉な遺伝子を今に残しているからだろうか。

 具体的議論となるのはそれから数世紀先になる。第一次世界大戦後の巨大な人的・物的損害による勝者なき惨禍の中から、「欧州平和維持機構」としてのヴェルサイユ体制が築かれ、1929年の国際連盟総会にフランスのブリアン外相が「欧州統合」を提案した。しかしこれは、折からの世界恐慌勃発や英・独・伊の消極的態度で実現しなかった。

 第二次世界大戦は、またしても欧州を激しい戦火にさらした。そして世界の兵器庫の役割を果たしたアメリカが主導する「バックス・アメリカーナ(米国の軍事力により保たれる平和)」と、東欧と極東で領土を拡大したソ連軍事大国の二極化の時代に入った。

 反面、戦いには勝ってもかつて英・仏をはじめ世界に雄飛した欧州植民帝国の姿はすでになく、《「冷戦」の中で一定の発言権を確保するためには、バラバラの欧州ではなく、『統合された欧州』『政治的・経済的・軍事的一単位としての欧州』が必要であることは、誰の目にも明らかであった。》 

(以下次回)

(07/3/24反戦老年委員会より再録)

|

« 「共同体・序章」はるか | トップページ | EUを知る 2 »

東アジア共同体」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/20509651

この記事へのトラックバック一覧です: EUを知る 1:

« 「共同体・序章」はるか | トップページ | EUを知る 2 »