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2007年8月31日 (金)

EUとアジア

 「読売の社説はどうなの・・・2」というkouhei様主管のブログで、14日からマレーシアで開かれる東アジア首脳会議に関する4日付読売・社説を取り上げられた。この中にある「東アジア共同体」構想への同紙の姿勢について『「共同体」の形成は非現実的だ。』などと水を差す必要はどこにもないのではないか。

とコメントされている。これについて、最近膨張や憲法制定でブレーキがかかったように見える欧州共同体(EC/EU)ではあるが、通貨統合までなしとげたEC成立に至る歴史を、かつて西日本新聞欧州総局長を経験された小屋修一氏の著書『欧州連合論』~新パラダイム構築への挑戦~をお借りして報告する。(緑字は「ましま」註)

 欧州統合の理念は、ドニ・ド・ルージュヒンによれば、美王フィリップの顧問法学者ピーエル・デュボアが、欧州の全ての君主に、トルコ軍に対して団結するように訴えた、一連の公開書簡を送った1308年に始まるとされる。トルコ問題はいつの時代も欧州にとって難関のようですね。

 19世紀に入ってから、当時、欧州最強の陸軍を持っていたナポレオン・フランスに対抗するための国際組織結成の動きもあったが、国家主権が”不可侵”の権力だと考えられていたその当時は”超国家的”国際組織の結成などは思いもよらず、主権への脅威が無くなれば、そのような意欲は、たちまち雲散霧消した。

 だが、20世紀になると、欧州の統合を促す大きな変革が訪れる。それは、欧州を主舞台とする二つの世界大戦であった。(中略:第一次大戦後、その巨大な人的・物的の損害の故に「欧州平和確立のため」の方法論として統合が模索されたが、各国の意見不一致や経済恐慌到来で挫折した。また、第二次大戦では再び悲惨な戦場となり、その被害は天文学的数字に達した)。

 とくに、第二次大戦は、『国民国家が、本来その任務とする安全保障、経済的繁栄、社会的安定を提供することができなくなった』ことを証明し、いわゆる「国民国家」の”神話”をうち砕いたのである。(中略:その間、アメリカは連合国の兵器庫となり、空前の経済的繁栄を実現、またソ連は東欧その他で領土を大幅に拡大するに至った。)

 米ソ二大国の地球的規模での対決・抗争のなかにあって、戦後欧州の再建を果たし、「冷戦」のなかで一定の発言権を確保するためには、バラバラの欧州ではなく、『統合された欧州』『政治的・経済的・軍事的一単位としての欧州』が必要であることは、誰の目にも明らかであった。(中略:こうして英国の政権から離れたチャーチル卿の呼びかけなどもあって、欧州連合に向けた組織がぞくぞと生まれるようになった。そのなかで、限定的ながら”超国家的”な組織体が誕生した。)

 この新しい組織体は、「超国家性」を持つ初めてのものとして、人類の歴史上、画期的な意義を有する。その組織体とは、CECA(欧州石炭鉄鋼共同体)である。この組織体こそ現在のEUの萌芽とといっていい。仏、西ドイツなど6カ国などで条約が締結されたのは、1951年4月18日のことである。

 欧州統合の運動に大きな影響を与えた、オーストリアの元貴族R.N.ド・クーデンホーフ・カレルギー伯は、『6カ国の欧州の記録』発刊にあたって、次のように指摘した。

自由な欧州諸国民を打って一丸とした「欧州連合」のみが、われわれの大陸を米国、ソ連と新生中国に対し、平等かつ友好的な世界各国家に変容させるだろう。それのみが、世界を脅かしている最悪の破局---核戦争---から世界を救うことのできる「世界連邦」の創設を可能とするものだと考える。

 以上にみられるように、(1)非常に長い挫折の歴史があり、それを乗り越え、段階を経ながら今日に至った。(2)時の政権というより、自由人的立場にいる人が推進に貢献してきた(上記のほか、古くは哲学者カントの弟子、メッテルニヒ、文豪ヴィクトル・ユゴーなどの提唱もある)。(3)高い理想と崇高な理念に支えられながら、段階的に経済的なメリットを追求するなど、現実的にことが進められた。ことなどを考え合わせる必要がある。

 日本が、読売社説のように狭量で近視眼的発想に閉ざされている限り、世界の孤児となることを免れ得ないのではなかろうか。(05/12/7「反戦老年委員会」より再録) 

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