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2007年8月28日 (火)

日清戦争と朝鮮

[反戦老年委員会復刻版]

 バックナンバーとして、カテゴリ「東アジア共同体」があり、幕末から日韓併合までをシリーズで書いた。この中で、すくなくとも日清戦争までは、日本国家として朝鮮に領土的野心がなかったと説明した。

 その後の日露戦争の発生、朝鮮の内情、列強の帝国主義的野心などから、朝鮮併合に至った経緯を観察し、現在なお一部で信じられている「明治維新以降、対外侵略を念頭に置き富国強兵政策を国是としていた」という考えを否定した。

 それが、中国侵略へと展開していく経緯については、続くカテゴリ「日中関係史考」を参照してほしいが、冒頭に掲げた説明の補強資料を、以下に掲げておきたい。( )は管理人注

 陸奥外務大臣は(明治27年)八月十七日の閣議において、「朝鮮を」如何にすべきや、今日の外交上の操縦においても軍事上の行動においても頗る困難を感ずるをもって、速やかに廟議(びょうぎ=朝廷の評議)を確定せんことを望む」と、将来の朝鮮の位置より考えて、四つの問題を列挙して提案した。

 甲、政府の闡明(せんめい=明確にする)の如く朝鮮国の自主に放任して干渉せず、自力に一任する。

 乙、朝鮮国を独立国とするも、間接直接に永久若しくは長時間独立を扶養し、他の外侮を防ぐ。

 丙、朝鮮は自力で独立維持ができないならば、日本が直接間接にも保護するは得策でないので、将来朝鮮領土の保全は日清両国において担当するを約する。

 丁、朝鮮が自力で独立し得ず、わが国単独で保護に当ることもできず、日清両国にて朝鮮国領土の保全に担保協力ができないならば、ベルギー、スイスの如く中立国とする。(以上公文書としての存在が考えられるが、本引用は西山昌夫『大鳥圭介とその時代』によった)

 これは、とりあえず乙策の大意でのぞむことだけを決定し、恒久策については問題が大きいため、留保されたままであった。この中に領有の案は入っていない。

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