« 遠のく国際貢献 | トップページ | 「戦争を止める国へ」 »

2007年6月12日 (火)

ヨ・ナ抜き

[反戦老年委員会復刻版]

 「私もひとこと言ってみる」の nike_mild さまからトラックバックをいただいた。題して、「軍歌とされているが厭戦歌『戦友』・『麦と兵隊』に思う」という。

 その内容は、哀愁に満ちた詩、曲から見て、これらは「厭戦歌」ではないか、また軍隊や一般の宴会などの場で歌われたものだろうか、という疑問を投げかけたものである。

 コメントでお答えしようと思ったが、当ブログの検索によるヒット数は、「海ゆかば」がなぜかダントツであり、「戦中・戦後」というカテゴリにこういった世相・体験などを書いてきたので、今回もエントリーすることにした。

 前述の2題は、戦時統制がそれほど進んでいない時代の作品だが、国民精神総動員運動、新体制運動の頃(1940年前後)から、国の文化・芸術等への関与が強まった。調査不十分のため時期を特定できないが、歌曲は「軍歌」と「戦時歌謡」に分類され、詩、曲ともに検閲の対象になったようである。

 「軍歌」は当然軍隊向け、「戦時歌謡」は銃後・民間用となる。従軍経験はないが、軍隊では公然と「戦時歌謡」を歌うことはないにしても、「禁止する」というほどの厳密な区分ではなかったと思う。大正から昭和初期には、東京音頭とかジャズ、ラプソディーなどといった明るいテンポのものも愛唱されたが、指摘される通り、戦中の「戦時歌謡」はなぜか哀愁を帯びたものが圧倒的に多くなった。

 ジャズなどが敵性音楽で、日本調がいいということになれば、必然的に「ヨ・ナ抜き」全盛になる。「ヨ・ナ抜き」とは、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」が外来だからといって「は・に・ほ・へ・と・い・ろ・は」を使わされ、その前には「ひ・ふ・み・よ・い・む・な・ひ」もあった。

 その音階の(よ)、(な)つまり(ファ)と(シ)を抜いた6音階が邦楽の基調であり、日本人の琴線に触れる「愛国メロディー」にふさわしいということになる。しかしこれはこじつけであって、軍の希望にもかかわらず、実際厭戦気分のただよう曲がより大衆に愛されたのだ。もちろんラジオにも流れ、宴会でも歌われた。歌う大衆の口に蓋はできない。

 「出征兵士を送る歌」という名曲がある。♪わが大君に召されたる……、の歌い出しで右翼街宣車もよく使う。しかしこれも「征きたくないよお~」という歌詞にする方がピッタリくるメロディーだ。nike_mild さんも触れているが、まだ著作権のあるものが多いので、詩や曲をそのまま表現できない。専門家の手でこれらについて分析を進め、戦時大衆の心理を浮き上がらせる研究をしてほしいものだ。

 最後に戦争の先行きが見えなくなり始めた頃の戦時歌謡、もう哀愁どころか愁嘆、慟哭、果ては自棄的にさえ聞こえる歌二つを紹介しておこう。

 その1、西条八十作詞・古賀政男作曲「そうだその意気」

 ・何にも言えず靖国神社の階段の下でひれ伏すと、熱い涙がこみ上げてくる。その後半、曲想が変わって「♪そうだ感謝のその気持ち 揃う揃う気持ちが国護る」となる。詩の前後がばらばらで、とってつけたような気がする。

 その2、作詞作曲者不詳「学徒勤労の歌」

 ・「♪ああ止やみがたき若人の 怒りは燃えて 振る槌に 敵撃滅の響き有り……」。この曲はどう聞いても、すすり泣き→慟哭→すすり泣きにしか聞こえない。しかし人の心をとらえるメロディーではあった。昭和20年、正規の授業は停止され、防空壕掘りのできない雨の日の講堂で、国語の先生がこの歌の歌唱指導をした。

|

« 遠のく国際貢献 | トップページ | 「戦争を止める国へ」 »

戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/51399640

この記事へのトラックバック一覧です: ヨ・ナ抜き:

« 遠のく国際貢献 | トップページ | 「戦争を止める国へ」 »