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2007年6月

2007年6月13日 (水)

「戦争を止める国へ」

「反戦老年委員会復刻版]

 参院選は、公示前からすでに終盤戦の様相を呈している。あとよほどのハプニングが起きない限り、自民党勝利とはならないだろう。しかし、その程度が問題である。改選議員数確保が難しいことは当初からわかっている。与党で過半数になるためには64議席が必要で、公明を現状維持とすれば、改選議員65人のうちギリギリ50議席を獲得しなければならない。

 その程度であれば、幹事長の責任が問われることがあっても、安倍首相の地位はゆるがないだろう。そして、かねて準備の「解釈改憲」路線を推し進め、タカ派を擁する民主党のゆすぶることになるだろう。しかし、そこからさらに10議席議席以上減らすことになれば、「大変な事態に陥る」(飯島・小泉前首相秘書官談)という。現状はすでにそんな域を超えている可能性すらある。

 議会が半身不随になるため、予算以外の法案通過の目途がつかなくなり、内閣は末期的症状を避けることができなくなる。そこで画策されるのが解散総選挙か内閣総辞職ということになるが、安倍首相は、郵政選挙を参考に一点突破、改憲を争点に前者を選ぶ可能性の方が強い。憲法に関してはかえって危険が高まるおそれすらある。

 さて野党の方は、というと、敵失がさいわいしているだけで、憲法については何の工夫も努力も払われている形跡がない。お題目ならば公明党の方がはるかに上手だ。こういった政治的怠慢が、社民党・共産党の長期低迷につながっている。

 ひとつだけ、提案をしておこう。

 「戦争ができる国にしようとしている」の抵抗路線では弱い。安倍流「美しい国へ」の向こうを張ったキャッチフレーズはこれだ。

    「戦争を止める国へ!」

2007年6月14日

古代に遊ぶ

 いささか旧聞に属するが、「きまぐれの日々」などを運営されているkojitakenさんのブログで安倍晋三さんのルーツが話題になったことがある。なんでも、父・晋太郎氏が東北へ遊説した時、平安時代の蝦夷の名将・安倍宗任の末裔、と自称していた、といった話だった。

 話の筋は、宗任が前九年の役で破れ、捕虜となって最後は九州に流された。そこで子孫が海賊・松浦党で活躍し、源平の合戦で平家に味方し、壇ノ浦の海戦で敗れて沿岸の山口県に上陸したというものである。

 私にこれらに関連する著述をしたこともあり、松浦党の行方を追っているので、周辺情報から考えても「それはないのではないですか」といったコメントをした覚えがある。しかし、古記録、古文書その他物証があるというのなら、いつでもこの説は撤回する。

 実は、このところ途絶えがちな「古代に遊ぶ」というシリーズを続行するかどうか考えていたら、奇妙なところに行き着いたのだ。それは古代豪族の阿倍氏(蝦夷の安倍とは関係がない)の先祖は、魏志倭人伝でいう狛奴(くな)国の王族ではないか、と思いついたのである。

 阿倍氏は、第8代孝元天皇の子・大彦を祖とするということで、あまり疑うものはなかった。狛奴国は倭人伝で「此女王境界の尽きる所、其の南に狛奴国狛奴国有り」とされ、邪馬台国九州説では熊本・球磨川、または熊襲と解説されていた。この国は当時強大で邪馬台国と戦争になり、そのさなかに卑弥呼が死んでいる。

 最近優勢になりつつある邪馬台国・大和説では、狛奴国を東海地方とする主張が多くなった。そう決めつけるにはまだ一抹の不安があるが、考古学的には巨大前方後円墳ができる前から前方後方スタイルの弥生時代墳丘遺跡を関東までに普及させ、独特の土器文化の中心をなした勢力があったことは確実のようだ。

 中でも静岡県安倍川下流に勢力を張っていた久努臣の存在に注目する説がある。狛奴と久努、たしかに読みは同じだ。この久努氏は阿倍氏と同族である。また、最古の文章を彫った鉄剣で有名な、埼玉の稲荷山古墳のあたりを支配したといわれる丈部氏、三重県に根拠を持つ伊賀氏なども阿倍の系統に数えられる。他の古代豪族にくらべ、阿倍氏は狛努国・東海説の中に勢力範囲に同族が分布する率が多い。

 邪馬台国と狛努国はやがて統一政権・大和朝廷を実現させるが、これが対等合併だったのか吸収合併だったのか定かでない。大和朝廷の中にしかるべき地位を維持するため、その存在が定かでないとされる孝元天皇の子孫に、狛努国の王族阿倍氏を仕立て上げたとしても別に不思議ではない。

 阿倍氏も平安時代には安倍と文字を変えている。陰明師・安倍晴明もその子孫だとされる。アベソーリの先祖は蝦夷でなく狛奴、この方が神秘性がありロマンチックで雄大ではないですか。

2007年6月15日

年金問題への感想

 自民党内に会期延長論がでているようだ。場合によると選挙日が1週間延びるといったことになりかねない。これが選挙にどう影響するのか判断できないが、現在最大の懸案事である年金問題が、新たな材料がでてこない限り「風化」をたどる、という自民の期待も取り沙汰されている。

 すでに年金の支払期間をとっくに終え、年金で日々の糧を得ている立場から、火事場見物のような発言をしづらいのだが、話題になっている事柄の1、2について、感想をのべてみたい。

 18の歳からほぼ終身雇用のようなサラリーマン生活を終え、社会保険事務所に手続きに行ったら、今から10数年もまえだったが、「途中1年間未払い期間があります」と言われた。今であれば「ヤッパリ」と思うところだが、当時は権威ある役所のいうことだから――と、まともに心配した。

 ちょうど地方へ転勤していた期間だったので、こっちにも自信があるものの、領収書などの持ち合わせは当然ない。「調査をしますから」といって申請書のようなものに判を押させられ、調査結果の通知を待つことになった。

 役所というところは、何か大事な物を寄付しようと思っても「寄付願い」という申請書をださせる。そして何日かたつと「右許可する」というような通知がくる。「お聞き届けに相成ったぞ、喜べ」といわんばかりだ。

 私は、下手なお世辞笑いで対応されるより、正確、公平で市民の立場に立ってくれさえすれば、役人は気位が高く誇りを持って仕事をしてくれた方がいいと思う。その点、安倍政権の行政改革は逆効果で、かえって役人の質を落とす結果を招きはしないか。

 労働組合に対しても偏見をあおるような言動を繰り返している。私は民間会社で、やはり手書き資料から機械化に進むごく最初の頃、似たような仕事をしたことがある。厖大な資料に取り組み、読み合わせ、突き合わせ、入力、確認といった単純、繰り返し作業をまちがいなくこなすには、1時間に一定のレストタイムがどうしても必要である。そうしないと、緊張の連続で間違いの率が確実に多くなるのだ。

 それでも、1万人に1件の間違いは不可避だった。デスプレーやキーボードを使う頃にはすでにその仕事を離れていたが、高年の方はご存知のとおり、今の若い人のように子供の頃からキー慣れしておらず、腱鞘炎や肩こりの原因になったり、単色デスブレーは見づらいもので、目薬が必需品のような時代があった。

 当時、民間会社でも同様な問題をかかえ、労使の間で話題になったように覚えている。使用者側も現場経験がないので、労働組合の問題提起を新たな労働環境整備の一環として考えていた。それだけに、安倍内閣の労働組合性悪説が際だった悪意に満ちたもののように見えて仕方ない。

2007年6月16日

天降り雑感一束

 官僚等の天下りは必ずしも否定しないが、それより地方の優秀な人材を中央の要職に就けるようにしたらどうか、という「天上がり説」を提案した人がいる。昭和2年といえば、今から80年も前、古くて新しい話である。三十四銀行副頭取の一瀬粂吉氏編集した『銀行業務改善隻語』(近代セールス社)の中にある。

 一、従来、わが国銀行の首脳と云えば、多くは官吏、又は日銀より天降るを以て不文律となせるが如し。茲に説あり。就職難の今日、地方においても高等学府の出身者を採用し、而してその人格、技量、成績の優秀なるものは、反対に之を中央の要路に抜擢するの途を開くべしと。これ弁護士より裁判官に登庸すると等しく、人物経済上より見て、洵に幸福の至りなり。敢て実現を至嘱して止まず。

 二、重役の天降り必ずしも不可ならず、然れども銀行の衰運挽回策としては当たらず。即ちその結果の失敗に終わるの実例、余りに多し。

 この間、何の進歩もしていなかった。選挙向けに濫造する一編の法律でかたのつくような問題ではない。要はプラグマチズムに徹すべし、ということだろう。

2007年6月17日

パレスチナは今

 国内ニュースに目を奪われている間も、国際情勢は時々刻々変化をとげている。中でも世界の火薬庫・パレスチナの変化が大きい。イスラエルの背後霊・アメリカのいう「テロとの戦い」がどう変貌するのか、注目の集まるところである。

 実は、日本人はなかなかこの問題に取っつけないのだ。早い話、新聞にでてくる「ハマス」と「ファタハ」。どっちがどうだったか急に区別がつかなくなる。そこで、過激派・イスラム原理主義的勢力を「ハ」。穏健派でかつてカリスマ的存在だったアラファート議長のもとにあった組織を「ファ」で覚えておくことにした。

 穏健派といっても、長いイスラエルとの抗争は「ファ」によって支えられた。組織としては既に50年の歴史を数えている。これに対して「ハ」は20年で、主にパレスチナの外側に活動の舞台を置いてきた。その「ハ」が、ガザ地区から武力で「ファ」を追い出したのである。

 地図でよく見るように、ガザ地区は地中海に細長く面しており、南はエジプトに国境を接しているパレスチナ人自治区で、広さは琵琶湖の半分にも満たない。もう一つの自治区はヨルダン川西岸地区と呼ばれ、琵琶湖の8倍半はあるが、イスラエルに占領されたままのところがある。

 両派の身内同士の武力抗争で、この切り離された二つの地区が「ハ」国と「ファ」国に別れたような様相になってしまった。もうすこし経緯をみると、欧米が期待していた民主的な選挙を昨年1月に実施したところ、アメリカの期待に反し「ハ」が圧勝した。今年になって「ファ」のアッバス自治政府議長が「ハ」のメシャール首相をたてて統一政府を樹立した。

 アメリカは、イスラエルの存在を認めない「ハ」が主導権を握ったことが気に入らない。「ファ」の治安部隊の訓練・強化のため、と称して4000万ドルを援助した。これは、国連などの和平に向けた努力に水をかけ、治安維持の実権をめぐる両者抗争の引き金にもなった。

 イスラエルは、今回の敵の分裂にほくそ笑んでいるだろうか。かといってこれに便乗して攻勢にでると、両者を一致団結させることになり、今は放置してお互いに力を消耗させた方がいいと思っているかも知れない。

 だが、アメリカにとっては心配の種がひとつふえることになる。イラン・シーア派のイラクへの影響が大きくなってきているだけでなく、新たなイスラム原理主義のテロリスト養成根拠地が増える危険を抱えたことである。「ファ」への工作は、まさに逆効果を生んだ結果になった。これは、エジプトやサウジアラビアなども、国内に同様の勢力をかかえているだけに、アメリカと利害関係が共通する。

 アメリカ式民主主義の押し付け、アメリカの意にかなう一派への資金・武力援助、内部抗争の激化、これはイラン、アフガン、イラクその他アフリカ、中南米、アジアでも朝鮮、ベトナムなどで、何度も繰り返されてきたことである。

 そして、援助を受ける側の政府の腐敗、市民の反目、軍の弱体などもなぜか共通しているのである。アメリカのダブルスタンダードはもはや世界の常識と化しつつある。

 そこと「集団的自衛権」とやらで、軍事同盟の強化を図ろうとする国のなんと奇特なことよ、世界は何と見るだろうか。

2007年6月18日

憲法と参院候補者

 「反戦な家づくり」さんのご苦労により、参院選候補者のうち憲法9条1、2項改変に関する、ことに党の姿勢が不明確な民主党を中心にアンケートしていただいた。その結果、一部ではあるが9条擁護派の候補者がわかった。その後、追加回答などの修正もあったが、現時点に於けるわが委員会なりのリストをもう一度掲載しておく。

 その基本的な考えは、次のとおりである。

①擁護派をひとりでも多く国会に送るため、死票が生まれないようにする。
②そのために、地方選挙区では政党にとらわれず、擁護派のうち当選圏に近い候補者を選ぶ。
③全国比例区では、政党の公約がない場合、候補者名を書いても死票となる可能性がある。(政党名を書いた票と候補者名を書いた票を合算し、その数に応じた当選者数が決まる。その中で候補者名の多い順に当選者が決まる)。したがって個人名はリストから省いた。

④アンケート回答は必ずしも選挙公約とはいえないかも知れない。しだがって個々の投票行動は有権者が責任を持って見極めなければならない。あくまでも「戦争をする国」になることを拒否する民意を、より高めることにある。その意味で死票を避けることは必要だが、棄権は死票以上に危険であることも銘記しなければならない。

1.「反戦な家づくり」アンケートより
【9条改変に反対】
民主党・地方区
小川勝也(北海道)
加賀谷健(千葉) 
大河原まさこ(東京)

水戸まさし(神奈川)
牧山ひろえ(神奈川)
米長はるのぶ(山梨)
ひめいゆみこ(岡山)
とくらたかここ(山口)
皆吉いなお(長崎)</p>

2.昨年6月実施の毎日新聞アンケートより
【1項2項ともあらためるべきではない】
民主党・地方区
岡崎トミ子(宮城)
谷 博之(栃木)

無所属・地方区
糸数慶子(沖縄)

3.9条擁護を公言している政党・団体
公明党(8人)
共産党(5人)
社民党(6人)
9条ネット(9人)

新党日本(2人)
()は比例区名簿人数、「週刊朝日」6/22号

2007年6月20日

なぜ9条なのか 1

 民主党議員の憲法に対する姿勢を見る上で、やや古いが(昨年6月)毎日新聞のアンケート・データがある。同党からの回収率は63%、114人であるが、9条をどう考えるかについて、党内の傾向をうかがうことができる。

 114人中
①1項、2項とも改めるべきではない      28人
②戦争放棄を定めた1項だけ改めるべきだ   1
③戦力の不保持を定めた2項だけを改めるべきだ 41
④1項、2項とも改めるべきだ           5 
⑤その他                      29
・NA                        10

 この中で、最多数の③「2項だけを改めるべきだ」の中に、「自衛隊の行動を厳重に制約した上、その存在を認める改正をする」という意見が含まれているはずである。小沢一郎代表の国連協力隊式発想は、ここか⑤の「その他」となるのだろう。

 いずれにしても①は、4人に1人だけで、あとは心許ない回答といわざるを得ない。参院選候補者を含めてアンケートをとりなおしても傾向は余り変わらないと見ている。実は、私もアメリカのイラク侵攻や自衛隊派遣の前であれば、あるいは①以外を選んでいたかも知れない。

 なぜそれがいけないのか。理由は、9.11以降ブッシュ政権の突出した一国覇権主義がまかり通り、その圧力に盲従した日本の保守勢力と、ヒトラーまがいの手法で衆愚政治に走った小泉内閣を見て、日本国民が戦争にかり出される危険が、決して空想ではないとさとったからだ。

 かいつまんでいえば「自衛隊がいるところが非戦闘地域だ」などと、臆面もなく国民を愚弄した国会答弁をする政治家が権力の座にいる限り、現行憲法に手をつけたらどうなるのか。戦前の政治家なら当然心得ていた戦争に対する経験や常識が全くないのだから、その結果が惨憺たるものになることは火を見るより明らかだ。

 9条1項は、第一次世界大戦の教訓で、同2項は第2次大戦の教訓である。これが決して架空の理想論でなく、冷戦を経てようやく先駆的な役割を果たす時期にきている。次回以降はこれらについて述べてみたい。

2007年6月21日

なぜ9条なのか 2

 日本国憲法は、「主権在民」と「世界平和」の太い2本柱で支えられている。それが、「前文」に要約して盛り込まれ宣言されている。続く第一章は、明治憲法と同じ「天皇」である。明治憲法にも「上諭」という前文があるが、「天皇が授ける」という「欽定憲法」の趣旨を説いたもので、天皇の位置づけが全く異なっている。

 続く第2章が明治憲法では「臣民権利義務」で、日本国憲法では「第2章戦争の放棄」をはさんで「国民の権利及び義務」が次の第3章にまわる。したがって、天皇は、前文の「主権在民」と「世界平和」を「象徴」する位置づけであり、その具体化のために「第2章 戦争の放棄」が続く、と解釈されるべきである。

 つまり、前文から第2章まではワンセットで切り離すことができないのだ。自民党案のように第2章を「安全保証」などと変えて自衛軍を規定するということは、直ちに「天皇」条項に影響をもたらし、「象徴」規定を空洞化することにつながりかねない。これは、戦後制定時の天皇制護持と戦争放棄が交換条件になったという経緯にも符合する。いいかえれば、天皇が「平和の象徴」でなくなれば、天皇制の存続価値を失うと言っても過言でない。

 9条第1項の戦争の放棄条項は、表現を変えてはいるが自民党案でも踏襲している。自民党、あるいは民主党の中にさえこれに不満を持つ議員がいる。このブログでも再々取り上げているが、これはすでに1928年(昭和3年)8月27日にアメリカ、フランス、イギリス、ドイツ、フランス、イタリア、日本など15カ国が参加し、その後ソビエトなど63カ国が署名したいわゆる「不戦条約」の内容そのものである。当時の昭和天皇の署名は今なお生きており、もちろんアメリカの押し付けなどではない。

 しかし、これが何の効果をもたらさなかったのは、各国が自衛のためなら例外も認められるとし、戦争を戦争でないなどといいはったためだ。満州事変、支那事変、大東亜戦争、すべてがそうだ。第一次世界大戦の教訓から生まれた不戦条約も、空文化するのに時間はかからなかった。

 第2次大戦を経て戦勝国を中心に国際連合が結成された。戦前の国際連盟や不戦条約が機能しなかったことの反省から、国連憲章ではより厳しい条件を設けた。まず「戦争」という言葉を使わず「事変」であろうが「出兵」であろうが一切を「武力行使」の禁止で統一した。

 当然、自衛を口実とする武力行使も禁止である。ただ、国連自体の警察権を行使するまでの間の緊急避難としての自衛権行使は認めた。この際、アメリカの主張でつけ加えられたのが「集団的自衛権」である。しかしその手続きにそわない戦争がたびたび起きている。国連は無力だったのだろうか。

 国連はアメリカのもの、という発想はつい最近まであった。しかしイラク侵攻が国連憲章の精神から逸脱するものであることを、もはや疑う者はいない。また一方で、冷戦が国連の機能を麻痺させていたという見方もあった。しかし、冷戦が熱戦となることは避けられ、核戦争も起きなかった。また最近は、アメリカも国際世論を味方につけない一国支配体制には、限界のあることを感じ始めている。

 迷走を続ける国連だが、これまで果たしてきた一定の役割は否定できない。また、改革に向けた加盟各国の熱い期待は持続している。日本国憲法の9条2項は、唯一国連憲章の精神を盛り込んだ、そう「戦後レジューム」を体現した誇るべき条項なのである。この条項をフツーの国のレベルにおとし、戦前のレジームにまでバックさせることに何のメリットがあろうか。

 わが国の安全や自衛隊、さらに日米関係などについては、次回以降に触れたい。

2007年6月22日

なぜ9条なのか 3

 前回、現行憲法の前文、第一章天皇、第二章戦争の放棄は、一体のものだと言った。自民党案のように、第二章に「自衛軍」などの条項を持ってくるとどういうことになるか。第三章の主権者・国民の権利および義務という基本的な部分、さらに続く「国会」「内閣」「司法」などより「自衛軍」を前に持ってくることになる。これでは、まるで先軍主義・北朝鮮の憲法と見まがうばかりではないか。

 自民党案が法文として欠陥商品であることは、以前にも触れたことがあるのであえてこれ以上の言及はしない。そこで問題となる9条2項だが、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とした部分である。

 現在の自衛隊が、諸外国から世界有数の予算と装備をそなえた「軍隊」であるとみなされてていることはやむを得ない。このブログで「軍と隊の違い」という投稿をしたところ「英語では区別がない」と指摘された。英語に弱いのでつっこめないが、警察や消防がヘリを飛ばし、海上保安庁が駆逐艦なみの巡視船をもっても、これを「陸海空軍」だという人はいない。

 村山首相も認めた自衛隊の存在、そして専守防衛や国内の災害出動、PKO(国連平和維持活動)への貢献なども憲法に明示し、限界にきた拡張解釈の歯止めにしたいという考え方が民主党の中にある。それならば、修正条項として最後尾、すくなくとも第6章司法以降につけ加えるしかない。公明党の「加憲論」もこれに近いのかと思う。 

 その条文を考える上で、第2条を厳格に解釈することは当然だが、安保条約との関連も考慮しなければならない。その上で安保条約やその運用とのそご、矛盾が生じたら、安保条約の方を改めるべきであって、かりそめにも安保条約にあわせて憲法を変える、などのことがあってはならない。

 また、専守防衛の定義も重要である。これをどう規定するかも現行憲法や国連憲章の精神にのっとって決めなくてはならない。他国に対する武力行使を応援するのが、あたかも国際貢献であるかのような宣伝がこれまで行なわれてきた。国連の目的と精神は、あくまでも武力行使の非合法化と平和構築にある。それに協力するのが真の国際貢献であることを忘れてはならない。

2007年6月23日

なぜ9条なのか 4

仮想定例委員会(出席:硬、乙、平、停)
・平 皆さんお久しぶり。前回の定例委員会が去年の11月24日だった。
・停 半年以上もお休みしちやったのね。管理人さん、どうして?。
・*/+? …………。
・平 参院選も近づいたし、みんなの意見も聞いて置きたいということと違う?。

・硬 「なぜ9条なのか」という運動方針案があるが、加憲などと言いだすと焦点がぼけるんじゃないのかな。

・乙 これまでの新聞アンケートなどを見ると、「改憲賛成」が反対より多く、それを9条にしぼるとこんど「改変反対」の方が多くなる。そこへ安倍総理のムード先行選挙をぶつけられ、野党の連携の悪さから、憲法問題への追求が弱まる。そこで「改憲棚上げ、解釈改憲に急傾斜」というシナリオに転換するかも知れない。それをどこまで選挙でストップさせられるかだね。

・停 最近護憲派に楽観ムードががでてきているのでかえって危険だわ。息の根を止めるほどの打撃を与えておかないと。

・硬 そこでさらにだめ押しをしておく必要がある。まず、9条擁護でアメリカとの友好関係にひびがはいらないかという問題だ。

・平 アメリカの居丈だかな態度に日本の外交は弱いからな。特にアメリカ帰りの外交官僚。同じアングロサクソンで血を分け合う間柄といいながら、イギリスのブレア首相はアメリカべったりではない。ヨーロッパ、EUのパイプ役を果たしているという自信があるからなんだろうね。

・乙 NATOはアメリカも加わる冷戦時代からの「集団的自衛権」「軍事同盟」だ。それがEU独自で動き出す動きもある。フランスもドイツもイラク派兵は断った。ドイツなど一時気まずくなったようだが、この前のサミットでをみても、それを根にもってどうこうということもないよね。

・停 カナダだってそうだわ。MD、ミサイル防衛システムの協力を断ったからといって喧嘩になったわけじゃないし。その程度のきちんとした国のおつきあいをしてほしいのよね。

・硬 「憲法を変えろ」なんてアーミテージとかのネオコンの副官クラスならいいそうだが、アメリカ人が日本再軍備を本当に望んでいるかとなると疑問だ。米軍再編のプログラムなど問題のでるところはあるだろうけど、「今の憲法のままで協力しあえることは大いにやりましょう」でいいじゃないか。

・乙 アメリカが将来恐れていることは、日・中・韓(朝鮮)による東北アジア共同体かも知れない。これができるとEU以上の強力な競争相手になる。イギリスのように日本がパイプ役を果たそうとすれば、現行憲法(9条維持)が欠かせない道具になると思わない?。

・平 北朝鮮は急になにか雲行きが変わっているみたいだけど、「中国の軍事的脅威」だとか「ミサイル防衛」、「領土問題」さらには「核の傘」など、危機意識をあおる人種は相変わらず達者だね。

・乙 それは防衛省筋とか、軍種関係筋とかそれに便乗するナショナリストなど、いつでも何処でも同じさ。場合によればニセ・データでも何でもでっちあげることまでするからね。
・平</strong> そこらはまた次ぎにやるか(笑)。ではここらでお開き。

2007年6月24日

野党党首語録

・小沢民主党代表

 「9条は残す」………弁当のおかずじゃあるまいし。

・志位共産党委員長

 「重点選挙区候補はどうしても当選させる」………その他のところは当選しなくともいいらしい?。

・福島社民党党首

 「自民、民主は保守政党。社民党を残してほしい」、「今回だけは社民党に投票を」…………残らないことも覚悟?。次回はもうないような言い方。

 目先の党利優先で、どこも憲法を守り抜くという決意が伝わってこないのだけど。(NHK番組、毎日新聞より)

 「9条ネット」は諸派、泡沫候補扱いで登場しない。比例区最低110万票以上はとれないと見て無視したか。

 それでも有権者は黙々と投票に行かなくてはならない。

2007年6月26日

なぜ9条なのか 5

【ミサイル防衛】
 北朝鮮などから弾道ミサイル攻撃を受けた場合の防衛態勢について、久間章生防衛相が24日、沖縄県宮古島市のホテルで講演した内容が報道された。下記の最初が25付『毎日新聞』、次ぎが同『読売新聞』で、『朝日新聞』には見あたらなかった。

 「今のミサイル防衛(MD)システムで99%は排除できる」との認識を示した。日本のMDは、海上配備のSM3ミサイル、地上配備のPAC3ミサイルの2段階で迎撃する仕組み。久間氏は「今のSM3で9割以上迎撃でき、外れた1割をPAC3が撃つ確率は9割」と説明した。

 「百発百中と言わないまでも、99%(のミサイル攻撃)は排除できる。北朝鮮は核弾頭を載せてミサイル発射する可能性があり、配備していく必要がある」と述べ、配備の必要性を強調した。

 憲法とか「集団的自衛権」すなわち日米同盟のあり方についての議論が必要な時、たったこれだけの政府サイド発言を報道するだけでいいのだろうか。防衛問題に十分な知識がないまま、いつの間にかアメリカの軍事戦略に取り込まれていくというのが、これまで繰り返されたパターンである。

 北朝鮮の脅威は宣伝するが、MDシステムの問題点、知識を国民に正しく伝えることが今ほど必要な時はない。軍事というととかく機密が重んじられ、アンタッチャブルになりがちである。これを追求する国会議員や専門家の意見が聞こえにくいのは、やはりマスコミに大きな責任があると言わなければならない。

 石破元防衛庁長官が絶賛したという、田岡俊次氏の著書『北朝鮮・中国はどれだけ恐いか』から、このあたりの詳細を紹介して見よう。

 米国の開発の計画では命中率が「SM3」も「PAC3」も50%と見込んでいるから、1つの目標に対しそれぞれ2発ずつ発射すれば、破壊公算はSM3の1発目で50%、2発撃てば計75%、PAC3の1発目で計87.5%、2発目で93.75%という計算に一応はなる。だが、開発の目標値通りの命中率を示す場合は稀だし、しかもこれはあくまで相手がただ1発の弾道ミサイルを撃ってきた場合の話だ。

 北朝鮮で日本をねらえるノドンは200基以上あるとも言われる。本年中にイージス艦「こんごう」に「SM3」の配備を完了し、以後ふやしていくことになる。また「PAC3(パトリオット)」は、沖縄の米軍嘉手納基地や航空自衛隊入間基地に配備されたが、射程距離20キロあるいはそれ以下といわれる。

 北朝鮮がかりに10数発同時にいろいろな場所から発射したり、ダミーの弾頭をばらまいたりすればとても対応できず、パトリオットの配備していないところ(配備してあるところを正確にねらうことの方が困難)に向かえば、逆に100%防御不能である。

 北朝鮮が憲法で外国攻撃を禁止している日本に向けてミサイルを発射するの可能性は、体制崩壊の暴発ぐらいしか考えられない。しかしその暴発が絶無という保証もない。完璧なミサイル防衛のため際限のない天文学的な投資を続けるのか、軍縮に向けた平和攻勢を目指していくのかを、国民は選ばなくてはならないのだ。

 「いたずらな脅威の強調」と「軍事力強化による安全」宣伝は、未熟な国ほど多い。最後に次の田岡氏の結論をつけくわえておこう。

 ミサイル防衛の効果を評価すれば、「まったく役に立たない」とは言えないが「これさえあれば大丈夫」というには程遠い。好意的に言えば「ないよりまし」、辛辣に言えば「気休め程度」だ。

2007年6月27日

鹿政談

 落語愛好家ご存知の演目。

 奈良春日神社の鹿はご神鹿。たとえ過失であっても殺すと死罪になる。たしか猿沢池近くに、罪人を生埋めにしたという「石子詰め」の遺跡を見た記憶がある。落語のあらすじは次のように進む。

 豆腐屋与兵衛は近所でも正直で仕事熱心な評判者。ある朝、犬が店先の桶を倒して「きらず(おから)」を食べている。とっさに薪をつかんで投げると、当たりどころが悪く死んでしまった。ところがよく見ると鹿である。たちまち騒ぎが広がり、与兵衛は奉行所の取調を受けることになった。証拠の鹿の死骸を前にした奉行・根岸肥前守がいう。

奉行「これは犬であろう」
与兵衛「へえ……?」

臨席する役人や証人の町人たちを見渡し、
奉行「どうじゃ、犬に相違ない。皆の者与兵衛が殺したのは犬であろう」
一同「へい、たしかに犬にございます」

 ただ一人、鹿と言い張る役人がいた。鹿の守役塚原某である。

奉行「その方、犬を鹿と言い張るならば、鹿の餌料横流しの噂から先に取調をいたす」
塚原「い、いえ……その。よく見るとこれは犬に相違ありません(汗)」

 現代、「日米安保条約」を「日米同盟」といい続けてみんなをそう思わせてしまった為政者がいる。江戸時代には、「お上をはばからざる罪」があった。奉行の発言には抗議できない雰囲気も、なかったとはいえない。権力をにぎるとそれまで真似をしたがる。

 違うところは、神鹿過保護のお定が天下の悪法であることを、名奉行以下庶民が一致して認めていたのに対し、今の為政者は守るべき憲法を変えてしまおうという下心を持っていることである。悪代官が誰で、名奉行が誰か、こんどの選挙で審判がくだる。

2007年6月28日

初めての選挙

 私が初めて選挙権を行使した選挙は、第25回総選挙1952年(昭和27)10月1日である。その日、軽い緊張感とさわやかな気分で投票を終えたことを覚えている。そのほかの記憶がほとんど残っていないので、あらためて年表を繰ってみた。なんと、今とまったくよく似た状況がそこにあったのである。(『20世紀年表』小学館、による)

・1952.2.28 日米行政協定調印(国会承認の手続きなしに米軍に基地を提供)。日本の主権侵害と問題化。
・同3.6  吉田首相、参院予算委で「自衛のための戦力は合憲」と答弁。<br />・同3.8 GHQ、兵器製造を許可(朝鮮特需に応需)。

・同3.10 野党の批判で上記吉田発言を訂正。
・同4.28 講和条約・日米安保条約発効。GHQ廃止。

・同7.21 破壊活動防止法・公安調査庁設置法公布。
・同8.28 吉田首相、衆議院解散(抜打ち解散)。
・同10.1 投票日

 選挙の結果は、自由240、改進85、右社57、左社54、労農4、無所属・諸派26で共産は全滅した。朝鮮戦争が起きて2年目に入り、北朝鮮軍が釜山近くまで攻め寄った当初の緊張感はうすらいだものの、占領行政が終わりを告げ、日本の平和維持に一抹の不安を禁じ得なかった頃である。

 共産党は前年、暴力革命を定めた新綱領を採択し、火炎びん闘争に走っていたため国民の支持を失っていた。またアメリカの要請で警察予備隊を保安隊に改組、再軍備の礎を整えた。若者は本気で徴兵制復活を心配していたのである。

 しかし吉田首相に憲法改定の意図はなく、また護憲勢力も議会の3分の1を確保し続けたため、これから長期にわたり経済復興の道をあゆみはじめることになる。当時、投票日は日曜日とは決まっていなかった。したがって「仕事の前に投票をすませて」というスタイルだった。そんな人々で投票所は長蛇の列ができる。だから当然会社は遅刻。しかし公民権行使の遅刻は当然の権利なのわけで、なにか楽しくさえあった。

 今度の選挙も世の変わり目の選挙になるかも知れない。さあ、これからの半世紀を視野に入れてさわやかな気持ちで投票にのぞむことにしよう。

2007年6月29日

国を愛する態度

 お玉さん、ごめんなさい。勝手に引用させていただきます。

 愛国心とは、心からわき上がって来るもの。人に強制される事柄ではない。伝統文化がどうのこうのっておっしゃるなら表千家で長い事茶の湯の世界で日本の伝統を学び、浄瑠璃、歌舞伎好きで寺めぐり好きなお玉は、そこいらの伝統文化を学んでない右翼ブロガーさんよりは、かなりな「愛国者」だと思うんですが・・・

 そして、強引に国会を通した教育基本法には、「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」態度を養う、なんてなことが書いてあります。お玉さんのいうとおり、「伝統と文化」と「国や郷土がはぐくんできた」とは、本来つながらない要素なのです。

 日本の伝統と文化は、明治維新と第2次大戦敗戦で大変貌を遂げました。その中で何を捨て何を残すか、国やGHQはいろいろチョッカイをだしましたが、結局民の意思、好みにさからうことはできませんでした。

 「国や郷土」と「愛する態度」は、ゴチャゴチャ議論していたけど、結局は最初から言いたかったのは「愛国心」ですよね。和製ネオコンのねらいも、まさにそこにある。英語でいうと、ナショナリズムとパトリオティズム。日本語ではどちらの訳も「愛国心」だが、分けて考えるのも一方法です。

 ある辞書によると、パトリオット(ミサイルの名にもなっている)の語源は、[pater(父)+-iot=父祖の地の人]だそうです。まあ「郷土」に近いイメージですね。一方、ナショナルはずばり国家です。『メディア・ナショナリズムのゆくえ』大石裕/山中信人編著では、ナショナリズムを次のように定義しています。

 「人々が、地域、宗教、言語などを要因とする『ネーション(民族ないしは国民)』という単位を想定し、それに対する人々の求心力を増大させ、諸利益の拡張を図ろうとする思想と運動」

 パトリオティズムは国がなくてもなりたつ概念、ナショナリズムは国(民族)がないとなりたたない概念。安倍内閣が狙いとしたのは後者にほかなりません。悪者をつくって「求心力」を高めることは中国、韓国、アメリカ、どこでもやっています。しかし、それが民しもじもの「諸利益の拡張」につながった例など聞いたことがありません。

 ナショナリズムと戦争、それを言いだしたら厚い本1冊じゃあとても足りないでしょう。安倍内閣を早く退陣させて、愛国心教育を骨抜きにすることです。

2007年6月30日

ロンドンのテロ

 ロンドンの地下鉄やバスで同時多発テロが発生、多くの死傷者がでてから、早くも2年たつ。首相も当時のブレア氏からブラウン氏に代わったばかりである。

 そこへ昨夜、同じ市内繁華街で2件の同時多発テロ未遂事件が発生した。報道はまだ断片的だが、未遂なので続報はあまり入ってこないかも知れない。

 概略は、2件とも駐車中のメルセデス・ベンツに大量のガソリンと、ガスボンベ、釘などが積み込まれていたのを発見したと言うものである。最初の1件は、白い煙がでているのを不審に思ったといい、次の件は強いガソリンのにおいがしたというのが発見の動機だ。

 警視庁は、すばやく国際組織アルカイダのしわざと見て市民に注意を呼びかけているという。しかし、どうも自爆テロなどで使う爆発物にくらべて気密性がなく、殺傷能力も高いとは思えない。道具もベンツはともかく、だれでも手に入れることのできる品物でお粗末だ。

 この前の放射能暗殺事件といい、とかく謀略の行き交うお国柄だから、なにかやらせっぽく感じてしまうのだが、選挙を控えたわが国のことだったらどうだろう。そんなことをしても得をしそうなところがないのが救いといえる。

 ロンドン空港は、荷物チェックがことのほか厳しく、置き引き被害も多いという。まあ、観光客などにとってイメージダウンになることだけはまちがいない。

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2007年6月12日 (火)

ヨ・ナ抜き

[反戦老年委員会復刻版]

 「私もひとこと言ってみる」の nike_mild さまからトラックバックをいただいた。題して、「軍歌とされているが厭戦歌『戦友』・『麦と兵隊』に思う」という。

 その内容は、哀愁に満ちた詩、曲から見て、これらは「厭戦歌」ではないか、また軍隊や一般の宴会などの場で歌われたものだろうか、という疑問を投げかけたものである。

 コメントでお答えしようと思ったが、当ブログの検索によるヒット数は、「海ゆかば」がなぜかダントツであり、「戦中・戦後」というカテゴリにこういった世相・体験などを書いてきたので、今回もエントリーすることにした。

 前述の2題は、戦時統制がそれほど進んでいない時代の作品だが、国民精神総動員運動、新体制運動の頃(1940年前後)から、国の文化・芸術等への関与が強まった。調査不十分のため時期を特定できないが、歌曲は「軍歌」と「戦時歌謡」に分類され、詩、曲ともに検閲の対象になったようである。

 「軍歌」は当然軍隊向け、「戦時歌謡」は銃後・民間用となる。従軍経験はないが、軍隊では公然と「戦時歌謡」を歌うことはないにしても、「禁止する」というほどの厳密な区分ではなかったと思う。大正から昭和初期には、東京音頭とかジャズ、ラプソディーなどといった明るいテンポのものも愛唱されたが、指摘される通り、戦中の「戦時歌謡」はなぜか哀愁を帯びたものが圧倒的に多くなった。

 ジャズなどが敵性音楽で、日本調がいいということになれば、必然的に「ヨ・ナ抜き」全盛になる。「ヨ・ナ抜き」とは、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ド」が外来だからといって「は・に・ほ・へ・と・い・ろ・は」を使わされ、その前には「ひ・ふ・み・よ・い・む・な・ひ」もあった。

 その音階の(よ)、(な)つまり(ファ)と(シ)を抜いた6音階が邦楽の基調であり、日本人の琴線に触れる「愛国メロディー」にふさわしいということになる。しかしこれはこじつけであって、軍の希望にもかかわらず、実際厭戦気分のただよう曲がより大衆に愛されたのだ。もちろんラジオにも流れ、宴会でも歌われた。歌う大衆の口に蓋はできない。

 「出征兵士を送る歌」という名曲がある。♪わが大君に召されたる……、の歌い出しで右翼街宣車もよく使う。しかしこれも「征きたくないよお~」という歌詞にする方がピッタリくるメロディーだ。nike_mild さんも触れているが、まだ著作権のあるものが多いので、詩や曲をそのまま表現できない。専門家の手でこれらについて分析を進め、戦時大衆の心理を浮き上がらせる研究をしてほしいものだ。

 最後に戦争の先行きが見えなくなり始めた頃の戦時歌謡、もう哀愁どころか愁嘆、慟哭、果ては自棄的にさえ聞こえる歌二つを紹介しておこう。

 その1、西条八十作詞・古賀政男作曲「そうだその意気」

 ・何にも言えず靖国神社の階段の下でひれ伏すと、熱い涙がこみ上げてくる。その後半、曲想が変わって「♪そうだ感謝のその気持ち 揃う揃う気持ちが国護る」となる。詩の前後がばらばらで、とってつけたような気がする。

 その2、作詞作曲者不詳「学徒勤労の歌」

 ・「♪ああ止やみがたき若人の 怒りは燃えて 振る槌に 敵撃滅の響き有り……」。この曲はどう聞いても、すすり泣き→慟哭→すすり泣きにしか聞こえない。しかし人の心をとらえるメロディーではあった。昭和20年、正規の授業は停止され、防空壕掘りのできない雨の日の講堂で、国語の先生がこの歌の歌唱指導をした。

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2007年6月 1日 (金)

遠のく国際貢献

「反戦老年委員会復刻版]

 6日からドイツのハイリゲンダムで主要国首脳会議(サミット)が始まる。未明の強行採決など、低次元の政争で精根尽きた感じの日本の当局は、これに参加して実のある国際貢献ができるのだろうか。北朝鮮への制裁強化の繰り返しだけでは、はなはだ心許ない気がする。

 今回は、スーダンのダルフール紛争が主要議題の一つになる。西部のダルフール地方では03年から黒人系の反政府勢力とアラブ系の政府軍の紛争が続き、政府系民兵が反政府側の住民を襲撃するなどして20万人以上が死亡、避難民は200万人以上に達している。

 政権はスンニ派系のイスラム原理主義者が支配しており、反政府勢力は少数派のキリスト教徒などである。国際間では、政府による組織的戦争犯罪(虐殺=ジェノサイド)の疑いも強まっていて、04年からアフリカ連合(AU)部隊7000人が派遣されているが、拡大の一途をたどっており解決のめどが立っていない。

 これに対して、アメリカ・ブッシュ米大統領は、スーダンに新たな経済制裁の発動を発表し、ブレア英首相もこれに支持を表明した。一方、国連やEU、AUは和平交渉優先の考え方だ。中国も石油利権のからみもあり、制裁強化の圧力路線に反対する。構造的には、イラクやソマリアに似た経緯をたどっている。

 「大量虐殺」はたびたび軍事介入の口実にされる。しかも、「人道上許されない、見逃せない」という正義感が先に立ち、他の選択肢を受け入れない雰囲気をかもしだす。しかし、問題解決のための力の行使がいつも正しいとは限らない。

 カンボジアのポル・ポト派(クメール・ルージュ)による虐殺の裏には、同国を支配するベトナム人エリート階層への不信があった。またユーゴスラビア紛争、特にボスニア内戦時の民族浄化には、過大に伝える情報操作に乗ってしまったなど、現地の実態を無視する失敗があった。

 国連には、ジェノサイド条約(集団殺害罪の防止および処罰に関する条約)というのがある。その第1条には「締結国は、集団殺害が平時に行われるか戦時に行われるかを問わず、国際法上の犯罪であることを確認し、これを防止し、処罰することを約束する」とある。

 日本は、憲法第2章第9条の規定があるので加入していない。これは恥ずべきことではない。「虐殺だ、それ制裁、それ実力行使だ」というのではなく、現地の情勢を把握した上で後顧の憂いのないよう、平和解決をさぐる役割こそ、日本が演じなければならない義務ではないのか。現状では「道遠し」といわざるを得ない。

2007年6月2日

どっちが本当?

 今朝のテレビで瞥見。一歳未満の乳児を預かる保育園ができた。子供を連れてきた母親がマイクに。「ほんとに助かります。子供と二人っきりでいると、うっとうしくて」。

 昭和13年、空前のヒット映画「愛染かつら」に西条八十作詞の「悲しき子守歌」がある。「かわいいお前があればこそ、浮き世のつらさも世間の噂も気にならない、母は楽しく生きるのよ、という愛児に呼びかける歌だった。

 昭和38年、「こんにちは赤ちゃん」が梓みちよの唄で大ヒットした。意表をつく歌詞だが両親の愛情が短いことばの中に凝縮している。そして現今。愚妻もビックリ。「ちょっとの時間でも肩の荷がおりると言えばいいのに、今の子は言葉の使い方を知らないのよね」と……。

 次に、民主党。参院選に向けたマニフェストの原案を発表した。昨年の暮にも「マグナカルタ」などとカタカナで格好をつけた基本方針を見せられたが、憲法に関しては以前同様の頬っかむり。このところ、安倍内閣の敵失に助けられ、憲法をつく攻撃も緩和されると見れば、この先劇的な変化はないだろう。

 しかし、小沢代表は去年11月8日の党首討論、その前の著作『小沢主義』を見ても「いまこそ日本国憲法の精神を」という見出しがあるように、基本的には憲法擁護論者なのだ。党内に自民右派そこのけの異分子がいるので、この問題を避けようとしているというのは、既に定説になっている。

 さて多くの国民が、改憲提案にたずさわるはずの参院議員候補に対し、憲法第2章第9条を守るのかどうかをたしかめてから投票したいと思っている。民主党を勝たせたいと思っていても、安倍流改憲にすり寄るような候補者には絶対投票できない。

 「どっちが本当」かわからない選挙民は、党の方針にかかわらず、候補者自身に態度決定を迫ることになるだろう。

2007年6月3日

脱北、古代ルート復活

 青森県深浦港に北朝鮮から脱北者が4名漂着した。地元の人も珍しいこととして驚いているようだが、古代より海流を利用した日本海横断がたびたび行われていた証拠がある。ただ、漂着地は鳥取から北海道まで一定しておらず、途中海難に遭う命がけのルートであった。

 北海道出身の中野美代子氏は、ロシアの沿海州近辺に住む古代人の活躍ぶりについて次のように語っている。(秘められたルート『古代史を語る』)

 沿岸を流れるリマン寒流に乗ると日本海の中央付近で対馬暖流とぶつかり、そこから反転して暖流で北上すると北海道積丹半島に到着、そこから石狩湾内に入る可能性は十分考えられる。そして余市町のブゴッペ洞窟をはじめ、小樽市周辺で数多く発見される奇妙な「古代文字」は、これらの漂着者の手によるものと想像され、帰路はサハリン、間宮海峡、大陸というルートをたどったものだろう」

 またこういった往来は、断片的な文献や文化の伝播などから、特定の起源にかぎられたものではなく、古代を通じて頻繁にあり得ただろうという。(拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』)

 伝統、伝説の世界では、秋田男鹿半島の「なまはげ」が、異邦人の漂着を物語るのではないかと思われるし、文献では『日本書紀』欽明天皇5年(554)、佐渡に粛愼(みしはせ)といわれた異邦人がやってきて地元民を誘拐したとある。

 いずれも、言語、風習を異にし、その風貌気性から「鬼」と称して近寄らないようにした。佐渡の漂着のあと570年に、今度は高麗の正式使者が金沢近辺に漂着した。この頃は朝鮮の三国時代で、遠交近攻政策をとる上で新羅の陸上や沿岸経由の安全コースをとるわけにはいかなかったのだ。この詳細については、以前記事「不審船1」、「不審船2」にした。

 その後も、高麗滅亡直前の天智天皇7年(668)の遣使や、高麗同様朝鮮陸づたいコースがとれなかった渤海国が日本海横断コースをとっている。渤海国の場合最初のケース(727年)は突然出羽に漂着し、これを怪しんだ地元民が、使節24人のうち16人を殺害するという悲劇をともなった。渤海使来日30回余のうち、19回が越前の若狭から出羽の能代に至る海岸への漂着で一定していない。

 さて、これからであるが、北朝鮮が崩壊または内戦状態になれば、これまでの世界各地のボートピープルの例を見るまでもなく、日本もその対応に迫られることになる。場合によれば地続きの中国や韓国以上にいろいろな困難を抱えることにもなりかねない。日本が抱える脅威は、中国ではなく朝鮮半島の混乱である。低次元のナショナリズムに迎合する制裁一本槍政策や国防計画だけではなく、隣邦としての中長期対策を構築する時期に来ている。

2007年6月5日

なんでも鑑定団

 北陸道の要衝で松平三万石の城下町にある親戚筋から、TV番組「開運なんでも鑑定団」の出張公開録画についてこんな依頼が舞い込んだ。商工会議所の依頼で町おこしのため協力しなければならないという。

 実は、あの番組には書類審査の予選があって、予選申込数が一定に以上達しないと企画倒れになる。それで申込数を水増しするため、なんでもいいからそれらしい物があったら写真をとって送って欲しい、とのこと。</p>

 我が家は父が分家して2代目、それもサラリーマン暮らしで引っ越しを8回もしている。先祖伝来の物などあるわけがないし、骨董趣味もない。まあ、むげにことわるわけにもゆかず、数種類写真に撮ったものを、1、2事前公開してしまおう。もちろん偽物、ガラクタ大笑いのクチである。

殷墟出土の青銅器(上)、乾山描く山水画(下)

(映像・略)

2007年6月6日

海自の越権行動

 沖縄の米軍普天間飛行場移転に関する名護市沖合の現況調査に、海上自衛隊出動し作業に加わった件では、情報流通促進計画byヤメ記者弁護士さんをはじめ、多くのブログがその不当性を追求した。その中でファミリー・メンタル・クリニックさんは、次のように指摘している。

 国の防衛と関連する国家的な規模で起きている沖縄辺野古問題は報道規制が敷かれているのではないかとモーソーするくらいに報道されない。ブログの世界では例によってあちこちマスコミに対して影響力のあるblogでも記事にしている。

 大抵blogで書かれたあと数週間して週刊誌が取り上げる。しかしテレビや大手新聞社はデイリーニュースとして扱わない。実はここが大き仕掛けとヤラセだとしか思えない。

 実は、わがブログでも断片的なニュースだけで、前後の関係や現場の的確な情報がつかめず、記事にするタイミングを逸した。東京新聞や沖縄2紙は大々的に報じたようだが、中央マスメディアは政府に遠慮したのかローカルの問題に落としたのか、どっちにしろファミリー・メンタル・クリニックさんと同じ印象を持たざるを得ない。

 わがブログでは、かつても評価したことのある毎日新聞の「記者の目」であるが、おそまきながら6/6にこの件を総括する論評を掲載した。筆者は那覇支局の三森記者である。沖縄で起きたことは東京で起きたことのように扱ってもらうのが本筋であるが、不問にするのではなく、事後であってもこのようにコンパクトに要領よくまとめてもらうのは、役に立つ。

 写真(略)を入れたのは、わが委員会の切り抜きがわりにしたかったからである。

2007年6月7日

憲兵?

 共産党は6日、防衛相の直轄部隊「情報保全隊」が、自衛隊のイラク派遣に反対する全国の市民団体や野党議員の動向、デモ参加者の写真、記者の取材内容などを組織的に収集していたことを示す内部文書を入手したと発表した。(毎日新聞6/7)

 03年から04年?、もっと昔だったような気がする。日比谷野外ステージに2回、芝公園に1回、地元で1回。イラク派遣反対デモに手づくりの小さな旗を持って、デモに単独参加した。写真を撮っている報道関係者がいやに多いのに、新聞にはさっぱり出てこなない。あれは自衛隊だったのだろうか。

 昨日の記事「海自の越権行動」に続く内容になった。自衛隊が平和を希う国民に監視の目向けるのは、とんでもないことである。それなのに政権当局者は、さも当たり前のようにふる舞う。市民も「まさか自衛隊が……」と思うだろうが、こういった情報がどう一人歩きするかわからない。

 共産党でさえ(失礼)入手できるのだ。ああいった類の情報は、右翼出版社などの手に入ると「金」になる。買いたい先がなくとも、押し売りの材料には使えるのだ。そのようなものはこわくないが、問題は自衛隊の末端への影響である。

 国の指令を受けて命がけで戦場向かう隊員、それに反対する反日・非国民の市民、そういったまなざしで反戦運動の情報を集める自衛隊員。仮にデモ隊に右翼街宣車が突っこんだらどうなる。市民より右翼に有利な証拠を集めようとするだろう。

 公安警察と連動するようになれば、これはもはや戦前そのままである。当時の歴史に反省のない権力者・安倍一派が居座る限り、この小旗は捨てるわけにいかない。

2007年6月8日

憲法問題隠し

 参院選の公示と目される日まで1ヵ月を切った。この選挙の結果は、政界の思惑いかんにかかわらず、わが委員会の最大関心事である憲法の行方にすくなからぬ影響をもたらすはずである。そこで、新たに「選挙」というカテゴリを設け、選挙戦を追ってみたい。

 まず、わが委員会の本拠・千葉選挙区の現状から見ることにしよう。現在までに立候補を予定しているのは次の8人で、新たに名乗りをあげるものがなければ、ここから3人が選ばれる。公明党をのぞく各党がしのぎを削る全国でも珍しい激戦区になりそうだ。(新聞記事等による)

【共産党】
 ・浅野史子(36)*憲法9条を守る、青年の雇用と労働条件の改善*県内全域で準備活動に1年以上。
【社民党】
 ・青木和美(56)*教育基本法、憲法改正反対、生活格差解消*柏市出身、教員生活長い。
【国民新党】
・岩淵美智子(51)*子育て支援、格差社会是正、産業振興*津田沼出身。
【無所属】
 ・本間進(52)*教育改革、年金改革*自民公認が得られないまま出馬、千葉市議・県議を経る。
【自民党(2人)】
・石井準一(49)*県議5期、地盤固く多くの役職を経験している。
・白須賀貴樹(32)*医療、福祉、教育政策*歯科医、幼稚園・保育園理事、若さが売り物。
【民主党(2人)】
・長浜博行(48)*元・衆院議員で知名度はある、松下政経塾第2期、柏市。 
・加賀谷健(63)*働く人、苦しい生活者支援*東電出身、連合が支援、地盤千葉市。

 昔の分類からすると革新系が社共の2人と民主のうち1人の3人、保守系がその他の5人ということになりやや乱立ぎみだ。だからこそ、国民新党や社民党がチャンスありと見て、候補を立てたのだろう。

 問題の憲法だが、社民・共産だけが最初から表面に掲げている。社民の「改憲反対」に対し、共産党が「9条」に限定した表現になるなど、微妙な違いもある。その他の候補は、HPで見る限り憲法を政策に掲げていない。自民党も改憲を掲げる安倍総裁の意向には沿っていない。

 民主党の長浜氏のHPには、たしか「自衛軍創設のため憲法改正」というような表現があったと思ったが、2日ほど前に画面から姿を消した。今回の選挙は、安倍総理が「改憲は自民党案で」といっていたのが、「3年かけて議論していく」というようにトーンを変えている。

 総理の場合は、公明党との正面衝突を回避した点もあるが、国民投票法案通過によるところが大きい。民主党も実はほっとした面があるだろう。山口県の「とくら」さんのような場合をのぞいて、同党内の「改憲かくし」が公然化することになりそうだ。

 千葉の場合、社共が護憲統一戦線を組むことがいいかどうか、直ちに即断はできない。両候補が競うように憲法擁護の議論を高め、結果として改憲派の当選を1に抑えることができれば成功だ。

2007年6月9日

景色が変わった

 わが委員会では昨年末から今年の前半にかけて、世界情勢が微妙に変化しつつあることを、いろいろなテーマの中で述べてきた。それは、イラク戦争やパレスチナ問題の膠着化、アメリカ共和党の敗退とネオコンの退潮から来るアメリカ一極支配の変化、存在感を増したEU、中国・インドの勃興、米州諸国の自己主張などいろいろある。

 そういった変化を、クラスター爆弾禁止会議の動きとか、国の安全保証とEUの発展の歴史などを取り上げ、希望も交えながら、国際情勢の新しい「潮流」とか「風向き」などと表現してきた。クラスター爆弾では、来日中のオーストラリアのダウナー外相が6日の講演で、「国際的な禁止に向け取り組む」と明言したこともその一つだろう。

 オーストラリアは、日本と共にアメリカの意向にそった主張をする最も消極的な国と目され、2月のオスロ会議には不参加、5月のリマ会議に初参加したが、遂に日本の立場を追い越した。なお、クラスター関係記事およびEUの歴史に関しては、カテゴリ「ブログ」に索引を設けたので参考にしてほしい。

 こういった、国際情勢の変化を、目に見えない風や潮などにたとえるのではなく、8日に閉幕したドイツ・ハイリゲンダムのサミット取材をまとめた毎日新聞の小松浩編集委員が、「日本をとりまく世界の景色が大きく変わり始めた」と表現したことに深い感銘を受けた。細部に意見の違いはあるが、主要部を6/9付新聞から引用させていただく。

 27カ国の声を背に、欧州連合(EU)が環境論議の主役となった。米国主導ではない、新たな秩序づくりが動き出した。温暖化対策は軍事力ではなく構想力の勝負だ。中国やインド抜きではG8が地球規模の課題を解決することは、もはや想像できない。日本をとりまく世界の景色が、大きく変わり始めた。

 それは対テロ戦やイラク戦争を巡る欧米の亀裂と和解がテーマだった近年のサミットからの決裂を意味する。「日米関係さえ良好ならすべてうまくいく」しいう小泉純一郎前首相時代の日本外交は・9・11以降の世界の緊急避難的な生存術でしかない。

 新たな秩序づくりは日本にとって困難な挑戦だが、同時にチャンスでもある。今回、温暖化問題で共に米国の軟化を促したように、欧州との連携にひとつのヒントがあるのではないか。

 「自由、民主主義、人権、法の支配」が、日本と欧米の価値観だとされる。だが、建国の理念から、力ずくで「自由」「民主主義」を押し通す米国と、長い歴史を踏まえ法の支配や秩序を重視する欧州。欧州主要国の大使経験者の一人は「温暖化に限らず、アフリカ支援や中東和平など、日本はソフトパワーの欧州と協調できる分野が多い」と語る。

 欧州との連携は、北朝鮮の核・ミサイル問題や中国の軍事的不透明さなど、東アジアに彼らの関心を引きつける効果もある。日米同盟が欠かせない柱であるにせよ、欧州と理念と行動で結びつくことは、日本外交に対米一辺倒ではない厚みと深みを与える。

2007年6月10日

ブログ・アンケート

 「反戦な家づくり」さんが、87のブログを代表して自民・民主の2党参院選候補者に対するアンケートを実施された。質問は「あなたが当選した場合、その任期中に憲法9条を改変することに反対しますか」と「その理由」の一点だけである。

 わが委員会は、憲法第2章第9条の存在が、侵略戦争参加への危険を防ぐ最低の要件とみなし、その改変を過半数で決める国民投票より、議会の3分の1以上の勢力で阻止することの方が、容易で早道であると判断した。そのためには、在任中に改憲提議をする可能性のある今回の参院選当選者に一人でも多くの9条擁護者を確保する必要がある。

 ところが、野党第一党の民主党が憲法の争点化を避け、かつ自民党改憲案に近い改憲指向の候補者を抱えているため、有権者は当選圏に近い候補者の中から、意向を反映させる投票の自由が困難になった。

 候補者の憲法に対する姿勢は、死票を減らすためにどうしても知っておく必要がある。このアンケートのもたらす実効はともかく、問題提起をする意味は大きいはずだ。そのご努力に感謝するとともに、結果を「反戦な家づくり」さんのページから拾わせていただくことについてお許しをいただきたい。

【9条改変に反対の回答】
民主党・地方区      同党・比例区

小川勝也(北海道)    はたともこ
かがや健(千葉)      大島九州男
大河原まさこ(東京)    山崎まや
水戸まさし(神奈川)    
牧山ひろえ(神奈川)
米長はるのぶ(山梨)    
ひめいゆみこ(岡山)
とくらたかこ(山口)
皆吉いなお(鹿児島)

【その他の回答】
高竹和明・民主党比例区
・改変に賛成 三輪のぶあき・民主党比例区
・改変に反対せず
塚田一郎・自民党(新潟)
・回答留保・無効回答1

 この中にわが委員会本拠の千葉選挙区、かがや健氏の反対回答がある。前々回の投稿「憲法問題隠し」を参照していただきたいが、立候補者9名(その後1名ふえた)で3名を選ぶ選挙で、共産、民社に次いで民主党からも9条擁護者がでることになり、計3名の9条擁護者が確認できた。

 ただ、この3人の中で誰が当選圏に近いかを判定するのは、いまのところはなはだ困難である。今回の投票行動が緊急避難的なものであるにしろ、死票を最小限度にするためは慎重な判断が求められよう。かといって、棄権は「戦争」を身近にする第一歩、単なる「死票」ではないこと銘記しておかなければならない。

 また、これらの候補者にくれぐれも要望したいのは、互いに足をひっぱり合うことだけは避けて欲しいということだ。9条の必要性・重要性を有権者に強く訴え、護憲へのムードを高め、欲をいえば3人とも当選する、そんな気概で選挙戦を戦ってほしい。

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