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2007年4月 3日 (火)

EUを知る 4

「反戦老年委員会復刻版]

 このシリーズは、小屋修一氏の著作『欧州連合論』を主な参考文献として使っているが、同書の中でEEC/EC/EUと書かれた部分が各所にある。それぞれ日本人にとってなじみのある略称であるが、その違いや意味ということになるとよく説明できる人は少ないのではないか。

 さらにEECやECではなく、CEEやCEが正しいなどと言われるとますます混乱してくる。その理由は、英語とフランス語の違いで、EECやEC発足当時は、イギリスは未加盟だったからだ、ということらしい。

欧州経済共同体
EEC=European Economic Community(英語)
CEE=Communautѐ conomique europѐenne(仏語)

欧州共同体
EC=European  Community(英語)
CE=Communautѐ europѐenne(仏語)

欧州連合
EU=European Union

 このシリーズの目的は、その中味をくわしく解説することではないので、前回に書いたようにCECA(欧州石炭鉄鋼共同体)が始まりで、その成長にともなってEEC→EC→EUと、あたかも出世魚のように名を代えた、とだけ覚えていただければいい。

 その中で、日の目を見なかった一つの組織がある。それがCED(欧州防衛共同体)である。この話は古く、朝鮮戦争直前のことで、ソ連の軍事的脅威増大と西ドイツの再軍備構想のなかで生まれてきた。シリーズの2で記述したように、米主導の軍事同盟・NATOはこの時すでに存在する。

 これを提起したのはアメリカである。フランスはドイツの復活を警戒しておりアメリカはドイツを含めた統一欧州軍が米軍の指揮下に入ることが望ましい、と考えていた。結局、冷戦進行など情勢の変化とアメリカの覇権を望まないフランスの反対で流産した。

 わざわざこれを取り上げたのは、その後もこの構想が復活する気運が消えていないからである。その説明の前に、同案の一部を前掲書から抜粋しておく。

 a.「欧州防衛軍」は、共通の予算を持つ「超国家的性格」を持つ、史上初の軍隊である。
 
 b.契約国のいずれかの国に対し、または、「欧州防衛軍」に対して行われる攻撃は、全締結国への攻撃とみなされ、全締結国と「欧州防衛軍」は、被攻撃締結国とその軍に対して、軍事的、その他の援助を与える。

 c.「欧州防衛軍」は締結国が提供する兵員によって構成され、共通の制服を着用する。また、その組織、訓練、装備はNATO軍最高司令官の管轄下に置かれる。

 d.締結国が、独自の国防軍を持つことを禁じる。

(以下略)

2007年4月4日

EUを知る 5

 ヨーロッパ各国の抗争、角逐の長い歴史、そして第一次・二次世界大戦の惨禍の中から生まれた欧州統合への期待と願望を書いてきた。そして『欧州連合論』はいう。

 1958年に発足したECC/EC/EUは、まず関税同盟を構築し、その後、農業、漁業、エネルギー、環境、教育、地域など各面にわたって共通政策を逐次実施に移し、1993年10月にはヒト、モノ、カネ、サービスの単一自由市場を形成、1999年1月から単一通貨「ユーロ」と「欧州中央銀行」を軸とする「経済通貨同盟」を発足させるところまで成長を遂げた。

 そういった中で、フランス、オランダの国民投票は、一昨年EU憲法案を否決した。また、加盟国の増加には、労働力移入や移民増大などへの不安感などもあって、EUの限界や「共同体」そのものへの幻想を否定する論調もすくなくない。

 しかし、これまでの経緯で示されているとおり、停滞や危機に見舞われたことははじめてではない。また、そのために後退や瓦解することもなかった。これをあえて「欧州魂」と言おう。そこで前回の最後に触れた「欧州防衛軍」のその後を見ることにする。

 冷戦下、EUとNATOの2組織は、それぞれ経済と防衛の役割を整然と分担していた。その間も、EUの原点にある不戦・平和への願が、「独自軍」の可能性をさぐる動きとして続いていた。異変が起きたのは98年9月にオーストリアで開催された臨時EU首脳会議の席上である。

 イギリスのブレア首相が、欧州防衛構想に積極的な参加をする意思を表明したのである。これによりEUの軍事機能づくりが一気に動き出した。これに対してアメリカは不快感をかくすることができなかった。谷口長世はその間の事情を、著書『NATO』でこう解説する。

 かつてドゴール仏大統領に英国は「米国のトロイの木馬」と呼ばれ、EEC加盟を拒否されたことさえある。それが突如、路線変更した当初は、「また米国と、しめし合わせた芝居ではないか」とEU内部でも半信半疑だった。英国の変心について、EU防衛政策高官は「米国の代弁者としての地位を保つためだった」と分析する。

  「米国にとっては、EUとのパイプは必ずしも英国でなくてもよく、極端にいえばドイツでもいいのだ。英国は積極的に欧州共通安保・防衛へ仲間入りすることで米国のパイプ役として地位を維持したいのだ」。かつて七つの海を支配した大英帝国は六〇年代半ばに「小英帝国」と揶揄された。それが今や小帝国さえ除き「英国」として活路を探し始めたのである。

 同書は、このあと「一枚岩とほど遠いEU」という小見出しを掲げ、EU内の大国同士、大国と中小国、そしてアメリカなどの各国間における国益の衝突、安全保障に対する認識の違いなど、外交摩擦の厳しさを語っている。

 その厳しさがあってこそ、「欧州魂」は磨きがかかり、世界平和への道すじを探求していけるのである。日本は、周辺国と靖国や教科書問題、尖閣そして竹島問題などで無駄な時間を費やしている場合ではない。世界は米一極から米欧の二極化に向かっている。世界第2の経済大国もOECDの政府開発援助では英国に抜かれて3位となり、第3極をになうことすら困難になってきているのが現状なのだ。

2007年4月11日

EUを知る 6

 本題に関係ないが、本日を以てブログ開設3年目に入る。本題はシリーズ6回目で一応の区切りにするつもりだ。こういった史的シリーズには、通常コメントやTBがほとんどない。しかし、本ブログの特徴記事として評価をいただき、バックナンバーまで見ていただいているありがたい読者がいることを知って励みにしている。

 それにしては、カテゴリなど整理・分類が悪く見にくい構造になっている。そこで3周年記念?に時間をかけて、整理しなおすことを考えている。それまでの不自由はお許しいただきたい。さて、本シリーズでは、欧州各国間の長い敵対・抗争関係の反省をバネに、統一欧州の夢を実現させるための知恵をだし、屈折を重ね危機を克服して、統一通貨を持つまでに至った経緯を簡単に書いてきた。

 今年、ローマ条約調印50周年を迎え、EU憲法制定挫折など様々な困難に直面していることは、日々の報道に現れている。しかし、これからいよいよ成熟期を迎え胸突き八丁にさしかかるところで、世界連邦に向けた高い理想を放棄したり、後退を望む人はいないだろう。最終回は、この先100周年に向けたEUをになう若者の教育問題や、歴史認識などについて、「毎日新聞」(3/24)の特集記事を参考に記述してみたい。

 過去、欧州の戦火の多くが独仏間の勢力争い、相互不信に起因していることは知られている。これを氷解するための努力が、エリゼ条約(独仏友好協力条約)40周年にあたる03年の青年会議で始まった。両国共通教科書の作成である。

 昨年その一部が完成し、すでに学校現場で本格的に使われおり「欧州人としての自覚を育てる」として高く評価されている。教科書は写真や絵、ポスターなどが多く使われている。それはあくまでも素材の提供であって、授業の中心は生徒の活発な討論である。

 教科書の執筆者は、共通教科書に不可欠な要素として▽両国間の歴史認識の一致▽過去の過ちへの反省▽さまざまなレベルの交流――の3点を強調しており、記者は次のように例示する。

 仏独間ではかつて、第一次大戦の発端は「ドイツが原因」とされたが、現在は「英仏独の帝国主義など」と修正された。一方、第二次大戦の原因は「ヒトラーの侵攻」で一致する。また、独側はナチ時代を、仏側もビシー政権下の対独協力や仏政府の植民地政策を自己批判している。

 独・ポーランド間でも共通教科書の話はあるが、国家間の利害関係もありまだ進んでいない。しかし、この壁もいずれ若者の力で取り崩される日がくるだろう。それにしても、今日本が進めようとしている教育改革との格差とは比べようがない。

 討論ではなく、日の丸、君が代の強制。国を愛する態度の評価。沖縄の事例など戦争への反省、自己批判の封印。ためいきがでることばかりだが、これからでも遅くはない。アメリカの正か邪かの論理ではなく、EUの融和と協調の態度を追いかけようではないか。

2007年4月12日

政経分離と面従腹背

 昨日、わが委員会が開設3年目に入ったことについて、日頃ご薫陶にあずかっている
tani兄から丁重なコメントをいただいた。その上スタートのエントリーまで見ていただけた。この上ない光栄である。

 実は私自身読み返してなかったのだが、2年前の中国で吹き荒れた「反日デモ」直後の感想を収録したものである。たまたま昨日、温家宝中国首相が来日し、報道もそれを大きく扱っている。

 安倍首相は、自著『美しい国へ』で、中国に対して「政経分離」で、と主張した。政治家としては当然とるべき姿勢で、今回の国交修復措置は率直に評価したい。しかし本来政経分離とは、ささいな政治的対立により経済交流を阻害してはならない、という意味で首相の場合はやや首をかしげざるを得ない。さらに同書では、中国との関係を説く一方こうも言っている。

 わたしは日韓関係については楽観主義である、韓国と日本は、自由と民主主義、基本的人権と法の支配という価値を共有しているからだ。これはまさに日韓関係の基盤ではないだろうか。

 どうも、「共通の価値観」というのは「反共」の言い換えのように聞こえる。過去のウルトラ言動からすると「政経分離」ではなく、「面従腹背」なのではないか。だとすると、いずれ馬脚を現すことになろう。今や、世界中で古典的な反共主義にこり固まっている国は探してもない。将来を誤らないでほしい。

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