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2007年4月 2日 (月)

「終戦」か「敗戦」か

[反戦老年委員会復刻版]

 歴史に関する書を中心に、格調高い書評を読ませていただいている「本に溺れたい」のrenqingさまから、拙稿「娑婆」に対し、次のようなコメントを頂戴しました。お許しを得たので以下に転載します。

 遠い昔、亡父とちょっとしたことで言い争うことがありました。私が「終戦記念日」というのはおかしい、「敗戦記念日」というべきだ、というと、烈火のごとく怒るのです。あの時、父を怒らせたものはなんだったのか。傍らで肉塊となって四散した戦友への慙愧の念なのか、己の青春への冒涜と感じたのか。今ではもう、確かめることが出来ない褪せた写真のような記憶となっています。

 これについて、終戦当時中学生だった私の体験と感想を記録し、言葉の持つ意味がどう変わっていったのかを考えてみたいと思いました。これまでも断片的に、このブログのカテゴリ「戦中・戦後」でふれてきこととの重複はお許し下さい。

 まず私自身ですが「敗戦」と言おうが「終戦」と言おうが抵抗感はまったくありません。体験から申し上げると、終戦の詔勅放送そのものは、すぐ理解できませんでした。しかそれに続く解説的報道では、休戦、終戦といった言葉は使ったにしろ、「敗戦」ととれるような内容の言葉はなかったように思います。

 だからといいますか、8月20日に登校した際、生徒の間で「われわれは負けていないぞ!」と気勢をあげたりしていました。と言うことは、逆にみんな負けたことを意識はしているということです。9月2日の降伏文書調印、当時TVがないのに映像をしっかり覚えているのは、ニュース映画を見たからでしょうか。しかし「敗戦」を受け入れるような気分になったのは、もう少し先のことです。

 9月11日、開戦時の首相・東条大将が戦犯容疑者として逮捕される直前に、ピストルで腹部を撃ち、自殺未遂となりました。我が家にある3種類の年表でこの事実を確認しようと思ったのに、これに直接触れた記述はありません。この一件は、「生きて虜囚の辱めを受けるなかれ」という戦陣訓を発した当人ののしわざにしてはあまりにもお粗末で、すくなくとも私の周りでは軽蔑の失笑を買い、軍人不信に輪をかけました。このことは、戦後の人心の動きの中で、天皇の「人間宣言」におとらない事件だったと思います。

 通っていた学校に駐留軍が武器等のチェックにやってきました。歩兵銃、模擬手榴弾などはあらかじめ処分が終わっていましたが、生徒の私物である剣道用木刀が校庭に集められ、へし折られたりしました。遠巻きに見ていた生徒は「こん畜生」とか「バカヤロウ」などと言いましたが、先生が「やつらは、そんな日本語を知っているぞ」とたしなめられたことを覚えています。そしてやがて、丸腰の彼らを街で見かけるようになり、「鬼畜米英」とはほど遠い、スマートで柔和な存在だと知りました。

 そんなところに新憲法案がでてきます。自由、人権、民主主義、それらはもともと日本人の血の中にあったものです。それが復活できたのは、軍部や国粋主義者から「戦争に負けることで勝ち取った」ものなのです。このころ、「日本は戦争に負けてよかった。もし勝っていたら軍部が威張りちらし、どなん世になってしまってたかわからない」という述懐を大人から何度も聞きました。

 こうして戦後から、高度成長へと平穏な時期が過ごせたわけです。したがって私は「敗戦」でもなんらこだわりません。冒頭のrenqingさまの父上の話ですが、お子さまでもわからないことを私がわかるわけがありません。ただ、――記念日ということになると、特に戦死させた部下を持つような将校であれば、非常に抵抗があると思います。まあ、それだけに戦争責任を強く感じておられたのかも知れません。

 最近、近所の元・海軍下級将校にそれとなく聞いてみました。自慢話が多く、戦争を美化した話も多かったのですが、偶然靖国神社の話がでて、聞きもしないのに「A級戦犯の合祀、あれはいけないよ。まちがっている」という話になりました。

 今日の新聞報道によると、石原慎太郎都知事候補はなかなか優勢のようです。彼は私より1学年下ですが、かつて海軍兵学校の予備校といわれた湘南高校の出身です。エリート指向の戦後転換がうまくいかなかったようで、私とは全く相容れない思想の持ち主ですが、「第三国人」などを差別意識なしに使っていた体験は共通してます。彼は幼児性から抜けきれず、その幼児性を小説や政治の売り物のようにしてきたような男だと思います。

 その点、戦中・戦後から目をそむけ、祖父の遺訓だけにとらわれている幼児性を隠蔽し、力ずくで側近政治を進める安倍総理の方に危うさを感じます。彼なら断固「敗戦」は使いたくないでしょう。「年代は違うけどこの点は納得できる」というものが全くないのです。そして彼にとって「歴史」は、学ぶものでなく「都合のいいところだけを利用」するものに過ぎないのだ、と考えているような気がするのです。

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