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2007年1月

2007年1月25日 (木)

オイ、コラの時代

[反戦老年委員会復刻版]

 戦中、警官は「おまわり」とか「巡査」とよばれる事が多かった。もちろん、特高の「ケージ」という、スパイやアカを取り締まるコワ~い存在もみんな知っている。

 そのおまわりさん。交通整理でも職務質問でも民に呼びかけるときは「おい、こら」といった。「へい、何でございましょうか?」。「非常時にま昼間から活動(写真)の看板など見とって、なにもんじゃお前は、あ~ん?」。

 それが戦後、民主主義になって、お役人は公僕ということになった。「オイ、コラ」はいかん、ということで禁止され改められた。そこで、

 ♪もしもしベンチでささやくお二人さん 早くおかえり陽がくれる~

ということなる。もちろん学校の先生も戦中のようなやりかたでは通用しない。「共に学び、共に遊び、共に考える」先生になった。それですべてがうまくいっていた。

 それがどうもこのところ怪しい雰囲気だ。「おい、こら。そこで何をごそごそそしとる」「いや、ちょっとその、相談事を」「共謀罪実行犯容疑で逮捕する!」となったらどうしよう。

 憲法改正、国民投票法案。共謀罪法案と密告社会。教育制度改革と監視の強化などなど。明日から通常国会の審議が始まる。誰が「オイ、コラ」の時代再現を目指しているのか、しかと目をこらすことにしよう。

2007年1月26日

逃亡兵

 ここに記すテキストは、(映像略) 近刊、清水寛・編『日本帝国陸軍と精神障害兵士』不二出版、によるものである。貴重な研究書であることは言をまたないが、戦争をテレビやアニメを通じて理解しようとする戦後世代にとって、神風特攻隊など美化とは縁のない、裏側にひそむ生への執着や不条理に目を向けさせる好書である。

 明治35(1902)年は日露戦争の前、雪の八甲田山で演習に参加した兵隊が210人中199人凍死した年である。この年「陸軍懲治隊」という特殊部隊ができた。目的は「知的能力の低さもあって、軍令・軍率違反を犯した兵士」を「懲罰と教化」するためである。

 後に「陸軍教化隊」と名を改め(1923)たが、海軍も含めた「軍専用刑務所」とさして変わるところがない存在だった。同隊に編入された兵士の約60%は、はじめての犯罪が入営後に起きており、そのうちの80%近くが逃亡あるいは離隊にともなう犯罪であった。同書はその誘因事例を次のように原資料から引用している。

①「家庭関係」(「父死亡のため家事整理に窮す」「姉が娼妓なることを一般に知らるる」等)
②「妻(内縁の妻を含む)に関するもの」(「妊娠せる妻を処置するため」「妻子生活難のため」等)
③「情婦に関するもの」(「情婦を慕ふ」「情婦の変心を憤る」等)

④「酒色に関するもの」(「上等兵、古参兵其他上官に誘惑せられ遊郭に遊ぶ」等)
⑤「飲酒に関するもの」(「外出先にて飲酒酩酊す」等)
⑥「諸種の原因に依り遅刻し処罰又は古参兵の虐待を恐れ自暴自棄となりたるもの」

⑦「上官より叱責せられ、或は其叱責を恐れ、若は不平を感じたるもの」(「官給品を紛失す」等)
⑧「私的制裁に関するもの」(「古参兵の叱責厳酷」等)
⑨「軍隊生活嫌忌に関するもの」(「学術科劣等にして軍隊に見込なしと感ず」「身体虚弱にして演習其他激務に堪へず成績不良」等)

⑩「前科あるものヽ猜疑心に因るもの」(「前科の記入しある軍隊手帳を恥づ」等)
⑪「不良行為の発覚を恐れたるもの」(「飲食の代に官給品又は他人の時計等を入質す」等)
⑫「悪友の誘惑に因るもの」(「軍隊生活を忌める戦友に勧めらる」等)
⑬「其他」(「特殊部落民たることを苦悶す」等)

2007年Ⅰ月27日

思想要注意兵

 前回エントリーの「逃亡兵」で、逃亡したきっかけを13項目も列記したが、「精神障害」と直接結びつくものはない。しかし精神状態の診断等で精神医学者との連携は緊密に行われていたようである。姫路に設置された陸軍懲治隊における1911年の調査では、50人中44人が「病的異常者(狭義ノ精神病ナラズ)」で残り6人が健常者としている。そして、病型として「痴愚」「魯鈍」「変質者」などに分類し、入隊者の多数が「家庭教育が劣悪」で不就学など「学歴」に問題あり、というとらえ方になっいてる。

 このなかで1人だけ特異のケースが上げられている。以下参考図書より引用する。

 氏名は、「○川○寿」、1888年1月生まれ、原籍は神奈川県、所属は近衛砲兵3聯隊。当時23歳6ヵ月の青年兵士である。懲治隊に収容されるまでの犯罪行為は、「横領及軍用物破壊一[回]」であり、「懲罰」を2度受けている。犯罪の動機については記載なく不明。高等小学校を卒業している。

 その小学校時代の勉学状態については、「勉強心アリテ進歩モヨシ」とあり、「現時ノ智力」の欄には、「頭脳明晰記憶良 文章家ナリ」と記されている。しかし「気質」欄には、「怜悧 尊大ニシテ敬意ヲ欠ク」とある。

 記入者がこの懲治卒に抱いている印象・評価とは別に、厳しい軍紀に屈せず、昂然と自らの信ずるところを貫こうとする一人の青年兵士の姿が彷彿としてこないであろうか。

 当人の「入営前ノ不良行為」に関する記載の全文は次の通りである。「一六歳頃ヨリ雑誌講義録等ヲ講(ママ)読シ社会主義ヲ鼓吹スルニ至ル」、「社会書義者幸徳一派ト気脈ヲ通ジ過激ナル言ヲナス」。

 こういった「思想要注意兵」の年を追っての記録は不明だが、「教化隊」に改名された後も含めて8名あったとされる。この例でもわかるように少年時代からマークされていた者が徴兵され(懲罰的に前線に配属されるなどという噂もあった)、原隊から教化隊へとフダ付きのままたらい回しされたものだろう。

 教化隊では、「容易に改悛の状なく、一般に悪影響を及ぼす虞あるものは、一般教化兵と全く隔離する等、特殊の取り扱いをする」という方針のもと、各室に便所・洗面所を設け、相互の交通・談話ができないようにしたという。非常に好待遇のように見えるが、次の同隊の記録をどう読んだらいいのだろう。

 思想対策、即要注意者の索出、不純思想の感染防止及左傾者の善導、策動防止等は、当隊独特の教育取締及施設で概ね目的を達することが出来る。

2007年1月31日

藤田嗣治と戦争

 「花・髪切と思考の浮遊空間」さんからTBを頂戴しました。お笑い芸人・太田光と画家・藤田嗣治がテーマのページで、戦中・戦後のことがつづられており、感想のコメントを入れはじめました。しかし、長くなりそうなので途中でやめ、こちらに越すことにしました。ごめんなさい(^_^)。

 記事全体には異論がないので、そのつもりで読んでください。ではまず該当部分の引用から。

 戦争画という以上、まずそれが定義されないといけないが、それを仮にここでは戦意高揚のために準備された絵画とする。藤田は、陸軍報道部から要請をうけ描いた。そして、それを描くとき、国のために戦う一兵卒と同じだ、と藤田はいった。

 だから、先にあげた仮の定義にしたがえば藤田は戦争画を描いたことになる。そして、一兵卒として戦うという意識がたとえ純粋であったとしても、それは寸分ではあっても結果的に侵略に結びついているだろう。

 この時代を生きたものとして「戦中・戦後」というカテゴリをブログに設けています。いつも感じるのですが、戦争指導者以外の一般国民に「侵略に荷担」とか、「戦争責任」を問う声があることにどうも違和感があるのです。

 あの時代に、陸軍報道部から要請をうけて拒否できたでしょうか。NOです。軍に批判的だった歌手の淡谷のり子も、漫才のエンタツ・アチャコもその他多くのというより有名な芸能人や文筆家などもすべて軍の要請で慰問などに協力しています。

 藤田は当時すでに相当年輩者だったからあてはまりませんが、仮に太田・田中コンビが当時にいて、軍の要請を受けて断ったとします。軍はすぐ手を回して召集令状を手配するでしょう。そして最も危ない前線に配属します。懲罰とわかっていても兵役義務に抗議はできません。

 軍に協力することが「侵略に荷担」することになるでしょうか。NOです。特に太平洋戦争下では「侵略」もすべったもころんだもありません。生きるか死ぬか、殺すか殺されるか、勝つか負けるかがすべてです。軍に協力するのは、たとえいやでも国民として当たり前のことだったのです。

 「なぜ当時の人は侵略戦争に反対しなかったのか」という疑問もよく聞きます。私は、日本が大陸に侵略的野心を持って行動したのは、1915年(大正4)の「対華21ヵ条要求」を中国に突きつけてから、と分析しています。したがって、当時の壮年が物心ついた頃にはすでに侵略が常態化し、中国に日本兵が駐留していることに違和感がなかったはずです。

 日本に都合の悪い情報や意見は一切知らされず、今の靖国神社史観のように、日本はいつも正義の国という情報操作のもとにありました。それに疑問を持つのは、共産党・赤化思想とされ、弾圧の対象でした。

 それでもなおかつ、一般国民は終戦で戦争がもたらす罪悪に気付き、軍部を追放し、天皇を象徴化し、基本的人権を持ち、平和を求希する新憲法を受け入れたのです。それで、当然の如く東京裁判を肯定し、戦争責任を果たしたはずです。

 ひるがえって現在、アメリカのイラク侵攻に易々として協力した日本の戦争責任を、将来一般国民が問われることになったら、何と答えるのでしょう。すくなくとも一般国民として現憲法を守りきるしかありません。

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2007年1月13日 (土)

事大主義と国防

[反戦老年委員会復刻版]

仮想委員会対談編(対談:平・停両委員)

・平 停さんは「日韓近代史考」のしめくくり討論で、朝鮮の「事大主義(*)」についてレポートされました。事大主義(*)が機能しなかったことに気が付くのが遅すぎたというわけですね。

 (*)朝鮮は長い歴史のなかで、漢民族や北方民族から圧力を受ける位置にあり、最後の李王朝では中国を支配する強国から冊封を受け、臣属する形で領土の保全と民族の自立を維持するのがベターな選択である、という考え方がかなり定着していた。「事大」とは大に事(つか)えるという意味。欧米列強そして開国を果たした日本からの外圧に対処するため、宗主国・清の軍事力を頼りとする李王朝と「事大党」が日清戦争まで続いていた。

・停 欧米が接近してくるまで、世界の中心が中国だったのよね。その周辺や遠方に蕃夷がいて朝貢してくるという華夷秩序は、そもそもが蕃夷出身の清王朝でさえ、なかなか抜けきれなかった。「寄らば大樹のもと」もわかるけど、いつでまでも大樹のままで必ず助けてくれるとは限らないものね。

・平 小泉・安倍ラインのブレーンで、テレビにもよく出る評論家の岡崎久彦さん。「アングロサクソンについていれば100年は大丈夫」といったとかという話を思い出しちゃうんだよね。アメリカのいうことを聞いて核の傘に頼っていれば大丈夫というのは、まさに事大主義そのものじゃないですか。

・停 予想に反して日本が清国に勝っちゃったものだから、事えるべき大国がなくなったのね。留学経験のあるエリートの中には「日本の援助を得て」という一派もあったけど、宮廷改革を迫る日本が嫌いな王家は、ロシアについちゃった。勿論親日派は追放よね。それに軍隊も、民衆運動もバラバラ。ひとつとして強いものがないから、結局どこかを頼ろうとするくせが直らない。

・平 国内がまとまらず混乱をくりかえすから、よその国がチョッカイをだす。中国でもそうですよね。居留民保護とかいって諸外国が軍隊をだす。

・停 その点日本は明治維新でうまくやった。「尊皇攘夷」はあっても「事大主義」はなかったのよね。イギリスやフランスなど狙ってはいたけど商売をうまくやりたいという程度でしょう。

・平 それに函館とか西南戦役があってもすぐにかたずき、国内が一本になって「富国強兵」だ。やはり天皇中心の愛国心ですかね。

・停 チョット違うのじゃない。「尊王攘夷」は、まだ国のかたちができていない時のことでしょ。パトリオティズムというのかなあ、日本列島を守ろうという郷土愛的なものが潜在的にあって、それを幕藩体勢の上においた。

・平 島国という地勢状の優位さはあるけど、アジアで唯一欧米列強から浸蝕されずにすんだのはそういった国防意識も作用しているわけですね。

・停 国が割れていたり、侵略に手を貸そうとする人が中からでてきたりすると「じゃあいいんですね?」といって干渉する。よその国なのに「人権問題」とか「テロリスト逮捕」などといって侵入する手もある。だから国防に無関心だったり隙間だらけじゃあ野心のある国を呼び込んでしまう。あの国に手をだしたら手ひどい目にあう、と思わせる国民の強い意志を見せるものがどうしても必要だわ。

・平 ということは、自衛隊は必要、非武装中立はだめということ?。

・停 そうね。ブッシュ・アメリカや金・北朝鮮のような好戦国家がある限りはね。ただし、自衛隊は厳密に専守防衛。海外で戦うことはどんな口実をもってしても「だめ」に徹するの。だから普通の国の陸、海、空軍とは違った装備や編成にすべきで、それにお金がかかるのならそれも仕方がないわ。

・平 核の話などもあるし、それはまた別にやりましょう。

 参考:「日韓近代史考」シリーズはカテゴリ「東アジア共同体」でバックナンバーをご覧下さい。

2007年1月21日

日中関係史考

 わが委員会では、昨年9月20日以来「日韓近代史考」と題するシリーズを19回にわたって続け、日韓併合を以て終了した。それに次ぐものとして「日中関係史考」を考えたが、これもわが委員会にとっては前シリーズ以上の重荷になりそうだ。

 そこで、前シリーズを韓国の史学者・姜萬吉氏の著書『韓国近代史』を引用して「目のつけどころ」をさぐった前例にならい、『国境を越える歴史認識』(東京大学出版会)のはしがきから劉傑教授の見解を紹介することで始めたい。なお同書の紹介は文末に記載した。

 日本の戦後世代の間に確立した重要な歴史観は「1945年の視点」とでもいえるものであった。すなわち、1945年を境目に日本には根本的な変化が生じたという見方である。終戦からの60年間、日本は民主主義の平和国家を建設し、戦争のない時代を謳歌してきた。1945年以前の日本への逆戻りはもはや考えられない、これが多数の国民に共通した認識であると言ってよい。したがって、侵略行為を行った戦前の日本とを結びつけて語ることは、戦後生まれの人々にとってなじみ難いことのようである。(中略)

 これに対し、「建設」(近代化)と「統一」(統一国家の形成)という辛亥革命以来の二大目標を未だ実現していない中国にとって、現代を見つめるときの視点は「1911年の視点」といってよい。(中略)。しかもこの目標を目指す中国近代のなかで、最大の障害は日本らよる中国侵略であったと認識されている。

 現代社会を理解するにあたって、1945年の太平洋戦争の終戦は日本人にとって決定的な意味を持つが、近代化と統一を目指す中国の視点は近代国家の出発点となった1911年を自然に意識している。このように両国の戦後世代の視点の違いが両国の歴史をめぐる対話を難しくしていることは否定できない。

 上記の日本人の史観について、1945年をまたいで体験を持つわれわれ世代から見ると、やや乱暴な設定かなと思うが、中国のそれは、このブログでも同じような観点から「反日」を論じたことがあり、共鳴できるところがある。同様の発想をすれば、李朝の最後、大韓帝国が日韓併合で消滅した「1910年の視点」をとらないと朝鮮半島の現在を語れないことになる。

【備考】『国境を越える歴史認識・日中対話の試み』東京大学出版会、2006年5月刊。笹川平和財団の支援を得て「日中若手歴史研究者会議」が1001年10月に発足。その研究成果をまとめたもの。
(編者)劉傑・早稲田大学社会科学総合学術院教授
三谷博・東京大学大学院総合文化研究科教授
楊大慶・ジョージワシントン大学准教授
(執筆者)茂木敏夫・東京女子大学現代文化学部教授
川島真・北海道大学公共政策大学院助教授
服部龍二・中央大学総合政策学部助教授
樋口秀実・國學院大學文学部助教授
茨木智志・上越教育大学学校教育学部助教授
浅野豊美・中京大学教養部教授
村井良太・駒澤大学法学部政治学科専任講師
楊志輝・早稲田大学大学院客員講師

2007年1月23日

日中関係史考

 空車 「くうしゃ」でも「からぐるま」でも「あきぐるま」でもない。森鴎外は、古言を「むなぐるま」と読ませて小品にした。この言葉に空想を馳せた鴎外の作品を、一部だけ抜粋するのは適正を欠くが、雰囲気がわかれば、という意味で紹介する。

 車はすでに大きい。そしてそれが空虚であるがゆえに、人をしていっそうその大きさを覚えしむる。この大きい車が大道をせましと行く。これにつないである馬は骨格がたくましく、栄養がいい。それが車につながれたのを忘たように、ゆるやかに行く。馬の口を取っている男は背の直い大男である。それが肥えた馬、大きい車の霊であるように、大股に行く。この男は左顧右眄することをなさない。物にあって一歩をゆるくすることもなさず、一歩を急にすることもなさない。傍若無人という語はこの男のために作られたかと疑われる。(『日本の文学・森鴎外(一)』中央公論社)

 これが「東日」「大毎」の2紙に掲載されたのが大正5年(1916)5月である。日露戦争に勝利して世界の強国に伍した日本、しかし戦争で失った国民の生命・財産は容易に補いきれるものでなく、政治的な不安をかかえたまま明治から大正へと時代が移っていった。

 大正3年(1914)7月23日、欧州で第一次世界大戦が勃発した。日本が日英同盟を口実に対独宣戦布告したのはその翌月23日である。日本軍はすかさず山東半島に上陸を開始、ドイツの租借地のある青島を占領し、海軍は独領であった南洋群島を占領した。

 その翌年1月日本政府は、中国の対日感情悪化を決定的なものにした「対華21ヵ条要求」を提出したのである。第一次大戦参戦は、中国における権益確保のための好機とばかり便乗したものであり、対華21条要求は国際的に見ても「傍若無人」な振る舞いとしか見られないような内容を含んだものだった。中国では日本からつきつけられた最後通牒を受諾した5月9日を国恥記念日としている。

 日清戦争当時の、「隣国に対する義侠心」のような感情はすでに日本人の中から消えていた。日露戦争の勝利により、隣国は列強による帝国主義支配競争の対象地になってしまったのだ。出遅れた地歩をどう築くかが日本の関心事になった。そしてこの年の暮れに東京株式市場が大暴騰し、未曾有の大戦景気が始まった。

 森鴎外の一文がこの世相と関連している証拠はない。しかしこのさきの日本の軍事優先、大陸侵攻そして日米開戦と押しとどめるすべもなく流されていく日本の姿を予見しているように見えてしまうのだ。日本にとっても転機といっていい「対華21ヵ条要求」については、次回にふれることにする。

2007年1月30日

日中関係史考

【中国から見た日本】
 このシリーズは3回目になりまだ本論に至っていない。しかし、長い歴史の中で中国人が日本または日本人をどう見ていたか、両国の関係はどうだったかに思いをいたさず、近現代史の断片的史料だけで結論を得ようとする傾向が依然として強い。

 そこで「中国は嫌い」という人に是非見て欲しい欲しい本がある。このブログで読書評を掲げることはよくあるが、めったにお薦めまでしない。なぜならば自分にとって評価できる内容であっても、必ずしもすべての人に通用するとは限らないからだ。しかし、この本は日本史の理解を深める上でも大いに役に立つ。

 王勇『中国史のなかの日本像』(社)農山漁村文化協会、¥1950 がそれだ。王勇氏は中国における日本学研究の第一人者で、浙江省大学日本文化研究所所長をつとめる。同書の内容は、講義録の集大成だが、史料の写真や図版が多く、時代の流れの中で意識が継続しあるいは変化する様子をわかりやすく説明している。

 内容は、目次がその総てを表しているといっていいので、それを掲げる。

第一章 神仙の郷――幻想的な日本像
 日本の有史以前。徐福が目指した?、君子不死の国、蓬莱の国などのイメージについて。

第二章 宝物の島――実像と虚像の間
 魏志倭人伝から黄金伝説まで。

第三章 器用な民――虚像から実像へ

 飛騨工の伝承や、輸入される日本扇、日本刀など精巧な工芸品への驚嘆、賛辞。

第四章 礼儀の邦――モノからヒトへ
 呉人の後裔という考えや中国ですたれた(柏手による参拝など)遺風が守られているという考え。遣唐使の立ち居振る舞いのすぐれていることなど。

第五章 好学の士――華夷の壁をこえて
 唐代からあと、ことに仏僧を中心に、経典、書道、漢詩、絵画、彫刻などで日本の高いレベルが評価され、言語の障壁を乗り越えた相互の研鑽と交流が続いた。

第六章 白骨の山――日本像の豹変
 元寇で平和な関係が一転し、日本像が変わっていく。しかし、中国は日本への侵攻より敬遠、回避の道を選ぶ。

第七章 海彼の冦――海賊から妖怪へ
 元から明にかけての倭冦被害で、日本人の残虐性と狡獪性がクローズアップされる。狡猾とされるのは、南北朝時代や室町時代の日本政権が約束を守れず、また公式船と見せかけておいて略奪行為をしたことなどがある。また豊臣秀吉は妖怪・悪鬼の扱いをされていた。

第8章 西学の師――近代化の手本
 明治維新は中国近代化への先駆として注目された。

終章 幻想の破滅
 日本軍が中国本土に上陸し「義和団」を鎮圧してから今日まで。

 以上、第一章から第五章まで、非常に長い期間、中国は日本にある敬仰の念をいだいていた。日本との交流が深まるにつれ、すくなくとも蛮夷として見下すような風潮はなかった。紹介された中国文献を見ると「ほめすぎ」で、こそばゆい感じすらする。

 反面、六章以後には、日本人の常識にない暴虐な行為が、手のひらを返すように行われ、日本人の一面を現すような印象を与えてしまった。これを例外的なものとして理解を得るためには、まずどのような史実にも逃げることなく、忠実に対応することら始めなくてはならない。

 日中の本来の関係は、「白か黒か」「敵か味方か」といった硬直した発想で理解するのは間違いである。隣国の長い歴史の積み重ねの中で、双方の文化がはぐくまれ、また深層心理に刷り込まれているものが存在するのである。

 上記の「終章」に当たる昭和の初期、中国共産党のシンパで文人の郭沫若氏が国民党政権の追求をのがれて夫人の祖国である日本に亡命、東京郊外に住んだ。当局の監視はあったが地元住民は郭氏を暖かく迎え守った。郭氏はその好意を漢詩に託して感謝し、革命に挺身するため再び中国に向かった。現在、その旧居と漢詩の碑が記念公園として残されている(千葉県市川市)。

 「共通の価値観」と称し、反共を掲げてことさら中国を疎外しようとする一団の人たちがいる。長い歴史に抗し、流れに逆らおうとする努力は報われることがないだろう。しかし、しばしばこういったことが誤解を生み、両国民を危険にさらすことがある。心しなければならないことだ。

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2007年1月 7日 (日)

賀詞

:[反戦老年委員会復刻版]

謹賀新年(映像省略)

今年はきっといい年になるカモ¨¨¨¨カモメ?。

「カモメに取り囲まれちゃった」
「♪カモメの水兵さん……♪波にチャブチャプ」
エサのところへ……」

盗賊カモメだぁ~」
「みんな来てェ~。集まって行こうよ!」

そう、きっといい年になるカモ。

 元旦 反戦老年委員会

2007年Ⅰ月2日

青い目をした人形

♪青い目をしたお人形は
 アメリカ生まれのセルロイド
 日本の港に着いたとき
 いっぱい涙をうかべてた
 私はことばがわからない
 迷子になったらなんとしょう
 やさしい日本の嬢ちゃんよ
 仲良く遊んでやっとくれ

 ご存知、野口雨情の作詞で1921年(大正10)に発表された。同じ年、次の歌も発表している。

♪赤い靴はいてた女の子
 異人さんにつれられて行っちゃった

 横浜の埠場から船に乗って
 異人さんにつれられて行っちゃった

 今では青い目になっちゃって
 異人さんのお国にいるんだろう

 赤い靴見るたび考える
 異人さんに逢うたび考える

 雨情はなぜこの時期に「青い目」にこだわった童謡を作ったのだろう。本人が意識しかどうかは別として、3年前の1919年に第一次世界大戦が終わり、日本は戦勝国としてパリの講和条約にのぞんだ。その際、領土問題などと一緒に「人種差別撤廃要求」を唐突に提出した。

 その下地がなかったわけではない。07年にアメリカ連邦移民法が成立し、すでにハワイ等に移住していた日本人移民などに対する制限が強化されるなど、東洋人なるが故の差別が始まっていた。加えて軍縮会議で軍艦の数をアメリカの6割とか7割にするという主張が重ね写しになり、対米国民感情にとげとげしいものがあったに違いない。

 「ほんとうの日本国民をつくりまするには、どうしても日本国民の魂、日本の国の土の匂ひに立脚した郷土童謡の力によらねばなりません」(松岡正剛「千夜千冊。これは安倍総理のことばではない。雨情の一貫した信念である。

 しかしその魂は、外国を「理解し」その人を「尊重し」「思いやる心」に尽きる。決して差をあげつらい、「内心」を押しつけるものではない。同じ愛国心でも結論は逆である。なお、これよりあと、アメリカから日本の小学校、幼稚園に12,793体の人形が送られ、日本からも答礼の人形を送ったという史実がある。しかし、これは雨情の詩と直接の関係がなさそうだ。「青い目をした人形」の検索で各地にある多くの事例を見ることができる。

2007年Ⅰ月5日

争点かくし

 7月の参院選に向けて国民の関心事に対する「争点かくし」が急である。政党政治の欠陥ここに極まれりの感を強くする。せめて参議院ぐらいは、公職選挙法をもとに戻してほしいものだ。ここ一両日の報道だけで、ざっとこんな具合だ。(「毎日新聞」による)

●自民、公明両党は、継続審議となっている共謀罪を創設する組織犯罪処罰法改正案について、25日召集の通常国会での成立を見送る方針を固めた。野党が反対姿勢を崩さず、強行すれば7月の参院選に悪影響がでかねないと判断した。

●個人が働く時間を自らの裁量で決められる一方、残業代は一切支払われないという「日本版ホワイトカラー・エグゼンプション」制度の導入を盛り込んだ労働基準法など労働法制改正案について通常国会(25日召集)への提出見送り論が4日、与党内で強まった。「残業代を取り上げ、働き過ぎを助長する」など労働側からの批判が極めて強く、4月の統一地方選や7月の参院選への悪影響は避けられないとの判断からだ。

●民主党の小沢一郎代表は4日、伊勢神宮を参拝後、三重県伊勢市で記者会見し、今夏参院選の争点について「新しい(民主党の)年金制度を示すことで、具体的に何も示されていない政府与党との違いは鮮明になる」と述べ、同党が一元化案をまとめている年金改革問題を中心に据える考えを示した。安倍晋三首相が憲法改正の争点化に言及したことについては、「国民の生活に身近で、わかりやすいものが選挙では断然比重が重い」と述べ、反論した。

 このほか、自民、民主の「消費税アップ」かくしがある。どこまで選挙民を愚弄すれば気がすむのか。最後の小沢発言は、詭弁というより暴言に近い。

2007年Ⅰ月6日

クラスター爆弾

 来月オスロで、クラスター爆弾禁止条約に関する国際条約が開かれ北欧諸国を中心に25カ国が集まる(既述)。日本は招かれていない。

 ドイツは昨年6月、危険性の高いクラスター爆弾の使用を当面中止し、10年以内の全廃を検討する方針を発表した。

 同様に爆弾を生産・保有している日本は、「非人道性を訴えるキャンペーンは理解できるが、現実には軍事的必要性を感じる人がいる限り、その兵器をなくするのは困難だ」(元防衛研究所教官・「毎日新聞」)という。

 どうして、こんなに違うのだろう。ドイツはNATO構成国としてセルビアなどで使った責任がある。子供の被害者もでている。日本ではこれまで一発も使ったことがない。「アメリカがそういうから」といえば、わかりやすいのに。

 安倍総理と麻生外相は、手分けしてヨーロッパを回り、国連常任理事国入りをアピールするんだそうだが、国際平和構築、非人道兵器禁止を目指す国連には向いていない、と思われるのがせいのやまだろうな。

2007年Ⅰ月8日

「共通の価値観」の危険

 誰がいいだしたのか知らないが、「共通の価値観を持つ国」という表現がよく使われる。安倍首相も好んで使う。その旗印は「自由と民主主義」だといい、そこから外れるのが中国とロシア、それにイスラム教を国境とする中東諸国などである。なぜかASEAN諸国や南米、アフリカ諸国なども対象外のようである。下記の毎日新聞記事(1/8)を見ていただきたい。

 日米両政府は、今月下旬にも開く外務・防衛担当閣僚による日米安全保障協議委員会(2プラス2)で、北大西洋条約機構(NATO)などとの関係強化をうたった共同声明を発表する方向で調整に入った。米側の強い求めによるもので、弾道ミサイル防衛(MD)システムの普及を促す狙いとみられるが、軍事同盟とのかかわりを深めることには防衛庁内に懸念も出ている。

 関係者によると、米国側は共同声明の策定にあたり、NATOやオーストラリア、ニュージーランドなどを「共通の価値観を持つ国」と位置付け、関係強化を明記するよう主張。日本側も了承した。声明には在日米軍再編の着実な実施も盛り込まれる見通しだ。

 米国は昨年11月のNATO首脳会議で、非加盟国の日本や韓国、オーストラリアなどとの連携強化を提案。米側には、日米両国が共同開発を進めるなどしているMDシステムについて、欧州や大洋州地域への導入を促進する狙いがあるとみられる。

 変ないいまわしをしなくてもいい。アメリカ主導の「新・反共軍事包囲網」ということだ。それに今度はイランなど中東の国も含まれている。「共通の価値観」というのは仮想敵国につけるための代名詞である。かつてのNATOはたしかにソ連を意識した反共軍事同盟だったが、今は違う。そして、皮肉なことにアメリカとの共通の価値観がないため、構成各国はイラク戦争などにNATOとして参加できず、有志連合になってしまったのだ。日米がいう「共通の価値観」で欧州各国を説得しようとするのは無理がある。

 なぜならば、連携外の対象国民が「自由と民主主義」の価値を認めず欲してもいないようないい回しだからである。一方的なキャッチフレーズ「悪の枢軸」とたいして違わない。日本でも向米一辺倒の外務省に対し防衛庁筋は慎重のようである。安倍内閣の「ネオコン」ぶりに、またひとつ「警戒警報発令」である。

2007年Ⅰ月9日

憲法の感じ方

 妻が『子どもにつたえる日本国憲法』という本を買ってきた。井上ひさしの文でさし絵をいわさきちひろが書いている売れ筋の本だ。小学生の孫のために……かと思ったが、さにあらず、私への「みやげ」だという。本の存在は知っていたが、買ってみる気は起こらなかった。しかしせっかくの好意を無にすると叱られるので、熟読玩味することにした。

 この本は、70ページで¥1000、ハードカバーで絵本スタイルである。中味は「絵本・憲法のこころ」「お話・憲法ってつまりこういうこと」「付録・日本国憲法全文」の三部建てとなっている。井上ひさしといえば、すじを追って毎回見たわけではないが、昔のNHKの番組「ひょっこりひょうたん島」を思い出す。

 それもあってか、最初の「絵本・憲法のこころ」がすばらしく感じた。いわさきちひろのさし絵がきいている。とにかく明るく、力強く、美しい。憲法全文と9条を中心にしたものだが、現憲法に理解を得るには、これでなくてはならないとと思った。

 まず、現行憲法のすばらしさを確認することが第一である。決して冗長でうすぎたない「説明」に惰してはならない。「説明」は発せられた疑問に答える時だけでいい。それも納得が得られるように相手に合わせる配慮が必要だ。

 その意味から第二部の「お話・憲法ってつまりこういうこと」は、「小学生にわかるように」という文章が中心で、「説明」の参考例かも知れないが、やや物足りなさを感じた。迫力を得るためには、やはり改訂案との対比が必要になってくるのかも知れない。

 最後に「日本国憲法」全文の付録がある。今年は改憲に議論のわく年である。中味も知らなければ議論したり賛否を口にすることもできない。このような憲法全文がのっている本が、どの家の書棚にもあるようにしたいものだ。ただし本文に前掲しているからか、「全文」に「前文」をはしょったのは残念であった。

2007年Ⅰ月10日

粗雑な「防衛省」

 お目にかかったことはないが、ブログ文学の師であるtaniさまから、昨日のエントリー「憲法の感じ方」にコメントをいただいた。そのなかで、俳誌「葦」の主幹をされている方の年賀状を紹介していただいたが、いささか感銘を受けたので本文に再録させていただく。

賀正 
 初日待つ葦は濁世に枯れて立つ

 初詣竜神太鼓とどろかす

 「陸海軍その他の戦力は、これを保持しない」と憲法で定める国が「防衛省」を持つという。これは海外での行動を自衛隊の「本来の任務」とすることにつながる。私たちの俳句はこれらの動きに抗する上でどれほど有効なのかが問われている。自然を愛し、平和をねがう作品が人の心をゆり動かす。叙情味あふれる、心を打つ作品の創造が待たれているのである。

 昨日、昇格が実現した「防衛省」の記念式典が挙行され、安倍首相や久間防衛大臣の参加するさまざまな行事がテレビで報道された。わが委員会は、国民の安全にとってそれが必要とあれば、昇格そのものに反対する気はない。

 しかし、巷間ではそんな単純なこととは見ていない。安倍首相は同日午前の記念式典で、省昇格を「戦後レジーム(体制)から脱却し、新たな国造りを行うための第一歩」と挨拶した。憲法改正に言及するとき必ず使う得意技「戦後レジーム」がはしなくも飛び出してしまった。

 「頭かくして尻かくさず」とはまさにこのいいである。国会審議中にはかくしていたタカの爪なのに一夜明ければもう怖いものなしだと思っている。わが委員会がかねてより主張しているように、真の「戦後レジーム」は、日本占領軍が講和条約締結後もそのままいすわり、国力がつき、東西対立が解消してもまだ他国の防衛政策から独立できず、ますます従属の度を深めている、日米安保体制のことではないか。

 小泉内閣の軽薄さが引継がれ、さらに政策に対する不用意、粗雑さが増している安倍内閣には不安を感じざるを得ない。防衛省の看板の揮毫はいいが、「防」の字の筆順を誤ったりしないよう、あらかじめ書家の指導を受けておいた方がよかった。

2007年Ⅰ月11日

9条を選挙に

 安倍内閣を一刻も早く退陣させたい、そのためには、憲法問題を棚上げにして弱者切り捨てなど経済政策に的ををしぼって攻撃したらどうだ、という提案がブログ内にあるそうだ。いわば、参院選に向けた安倍内閣打倒ブログ統一戦線だが、「憲法問題」は「安倍が提唱したもので相手の土俵に乗るものだ」とか、「改憲阻止には安倍を追い落とすしかない」と即断するのは危険であり、邪道である。

 仮に参院選で与党が過半数を割り、安倍首相が退陣しても、衆院を支配している自民党から次の首相が生まれることに変わりはない。それもハト派ではなく、小泉路線を引き継ぐ麻生首相である蓋然性が高いのだ。わが委員会が年初に「争点かくし」という記事を掲げ、小沢党首の憲法問題軽視発言を「暴言」と称したのはまさこのことだ。

 安倍首相は、任期中に改憲へ、といっているが、本人はすでに内心「改憲の人身御供」となることも覚悟しているのではないか。公明党対策や民主党右派の取り込みなどこれから最も困難になる部分を、後任に託せれば岸の孫の任務を果したことになる。とすると、民主党の「争点はずし」は自民にその切符をわたすのと同じ行為にならないか。

 そもそも今回の参院選が、安倍首相のいうように任期(5年)内に改憲案を提出すれば、今回の参院当選議員が投票権を行使することになる。それに対して選挙民に態度を明示しないのは不合理というより、正義に反する。特に民主党と公明党の責任は大きい。

 その一方、護憲一本槍で国政を動かせない社民党、共産党の責任も大きい。改憲に賛成はするが9条の変更は反対という国民を含め、軍国化に反対する勢力が半分近くあるのに、これを力とする努力を怠ってきたといわれても仕方がないだろう。

 これからでも遅くはない。日本国憲法第2章「戦争放棄」第9条(1項、2項)変更に反対、という公約を掲げる議員を1人でも多く当選させることだ。「9条を世界遺産」の前に「選挙に」。わが委員会はその主張をこれからも続けていく。

2007年Ⅰ月12日

5W1H

 (When)どこで(Where)だれが(Who)なにを(What)なぜ(Why)どんなに(How)――ニュースはこの6要素(5W1H)が原則として含まれる。

 この6要素のうちどれが一番重要性をもつかは個々のニュースによって違ってくるし、どんな記事にも6要素が含まれるというわけでもない。最大多数の読者の関心は何か伝えるべき焦点は何かをまず判断することが大切である。

 以上のことは、手元にある共同通信社発行『記者ハンドブック』1981年版、「記事の書き方」という章の冒頭に書いてある。特に最初の4Wは欠くことのできないもので、読者もその要素を通じて記事の性格、信憑性、背景、展開などを理解する手がかりとした。

 たとえば「消息筋によると」という記事があれば、いつ、どこで、なにを、からWhoを想像するとか、外電の情報源によってニュースの信頼度を判断するなど、読者にとっても「記事の読み方」として、また情報を鵜呑みにするのではなく、自分の頭で情報を解析・整理する上で大切な要素だった。

 それが最近では昔ほど厳密でなく、きちんと守られていないという。なぜなんだろう。個人情報の規制がからんでいるのか、一種の流行なのかわからないが、あまりほめた傾向ではない。受け手の方も、レトルト食品のように、どういう材料、てかずの加わったものかを吟味せず、「チン」しておいしくいただけるならそれでいい、というのでは明らかに退歩になるだろう。

 「一億総白痴化」というのは古びたことばだが、活字の退潮が「劇場型政治」や安易なポピュリズムに拍車をかけている原因のひとつになっているようなら、もう一度考え直してもらいたい要素だ。これは科学性を欠いた歴史認識や歴史の評価についてもいえることである。

2007年Ⅰ月14日

アメリカン・ドリーム

 昨日のエントリーで、<よその国なのに「人権問題」とか「テロリスト逮捕」などといって侵入する手もある>といって、<ブッシュ・アメリカや金・北朝鮮のような好戦国家がある限りは、自衛隊の専守防衛能力を高めることも仕方がない>といった表現をした。実は、ちょっと先走った品のない過激発言かな、と気になっていたところ、今朝の新聞(毎日)にこんな記事が載った。

 12日付保守系ウォールストリート・ジャーナル紙は▽米軍が武装勢力を追ってイラクからイラン、シリアに越境する▽イラクの武装勢力に対する支援を理由にイランを攻撃する--などの可能性を示した。ブレジンスキー元国家安全保障担当大統領補佐官は12日付ワシントン・ポスト紙への寄稿で「ブッシュ大統領は恐らくシリア、イランに対する軍事行動に思いをめぐらせているだろう」と指摘した。

 まさかまさか、冗談ではないのだ。ソマリアで首都を実効支配していたイスラム原理主義勢力をエチオピアが越境攻撃で駆逐し、アメリカがひそかにこれを助けるだろう、と年末に指摘したが、ひそかどころか、退路を断つために海軍による臨検(これは戦争行為だ)や同国南部の空爆などバカバカやっている。

 肝心のイラクも撤退の前に議会の反対をおして増派だという。もうこうなったら「好戦国家」という表現でさえ色あせてくる。AP通信などの報道によると、アメリカ人があげる06年の世界の「悪役」ナンバーワンはブッシュで4分の1の票が集まり、その3分の1であるウサマ・ビンラディンを大きく上回った。

 戦後の幼い頃、あこがれたアメリカ、尊敬したアメリカ、輝いたアメリカはどこへいったのだろう。安倍さんは憲法を押しつけられた暗い時代だと思っているが、どういたしまして。いまの方がはるかに危ない、おそろしい国なのだ。どの程度のつきあいをするのか、大きく目を見開いてもらいたいものだ。

2007年Ⅰ月16日

reアメリカン・ドリーム

 昨日の記事の最後ははこうです。

 戦後の幼い頃、あこがれたアメリカ、尊敬したアメリカ、輝いたアメリカはどこへいったのだろう。安倍さんは憲法を押しつけられた暗い時代だと思っているが、どういたしまして。いまの方がはるかに危ない、おそろしい国なのだ。どの程度のつきあいをするのか、大きく目を見開いてもらいたいものだ。

 そこへ今日、別の新聞報道がありました。(毎日新聞)

 地球温暖化に警鐘を鳴らすドキュメンタリー映画「不都合な真実」のキャンペーンのため来日中のアル・ゴア前米副大統領は15日、東京都千代田区の経団連会館で講演した。ゴア氏は「温室効果ガスの排出を削減するのは、政治の問題ではなくモラルの問題。今、かじを切らなければ、人類の生存にかかわる」と呼びかけた。

 ゴア氏は「京都は世界が変化を始めた場所として歴史に残る」と述べ、二酸化炭素などの温室効果ガスの排出規制を定めた京都議定書の意義を強調。いまだに批准していない米国について「米国も変わりつつある。影響力の大きな日本の経済界のリーダーシップに期待している」と述べた。(01/16「毎日新聞」)

 やせても枯れてもアメリカ。まだ捨てたもんじゃあないですね。すがる思いでアメリカを信じようという気になりました。ゴアさんに期待されている日本。期待に応えられるような民主主義の国・日本――。安倍さん、これが「美しい国」ですよ。

 「温室効果ガス」のかわりに「イラク戦争」と入れ替えてみてください。戦争より大きな自然破壊はありません。そのままあてはまるじゃないですか。しかしゴアさん。日本の経済界のリーダーに期待してもダメです。アメリカ金融資本の出張所ですから。

2007年Ⅰ月17日

天皇の心(昭和21年)

 昨年の7月、昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を持っている内容のメモが発見されたことについて大いに議論が起こり、このブログでも取り上げた。その中で、主に靖国首相参拝促進派からは、偽作説や陰謀論まで飛び出したが、私は天皇の「心」として「素人でも容易に想像がついた」と書いている。

 その後各方面の証言や研究者の発言もあって、「にせもの」説は次第に姿を消していった。安倍首相は現憲法成立について、ご本人はまだ生まれてないのにもかかわらず、「当時の日本人の行動や心理は屈折し、狭くなっていた」(『美しい国へ』所載)と、占領期を日本人が暗たんとして過ごしたようにに想像している。しかし、占領政策は戦争を主導した旧支配層をのぞき、むしろ肯定的に受け入れられていたのだ。

 わが委員会では、たびたびこういった修正主義的な言説に反論してきたが、現憲法が発効した当時、昭和21年頃の「天皇の心」を想像させる史料をここに付け加えておく。安倍首相が進めようとしていることは、まさに昭和天皇が心配していた「復活の危険」だといえよう。以下はすべて『昭和天皇独白録・寺崎英成御用掛日記』(文藝春秋刊)によるものである。

十一月廿九日(金)
(前略)アチソンに会ひ、一、日本の民主化の前途 二、鈴木前総理の恩給停止問題(海軍々人としての停止ハ諒解し得るも文官としての停止ハ何とかならぬか)三、神官ハ保守的なれば警戒を要す云々(中略)

<注>これに関連するものとしては、秦郁彦教授が、マッカーサー記念館の「総司令官ファイル」のなかから発掘した文書がある。この文書は天皇に近い高官がGHQの高官に伝えたもの、とされている。寺崎と思われる日本高官の言葉の一部を引用する。

 「神道主義者が極右翼や旧軍人と結んで復活する危険があるが、宗教の自由化指令で規制と監視が困難になっているので注意すべきだ、と天皇は考えている。また、日本人の国民性には美点も多いが欠陥もあるから、占領は長期間つづくほうが望ましい、と陛下は感じている。

 陛下はマッカーサー元帥の人柄とその仕事に、きわめて感銘を受けておられる」(以下略)

2007年Ⅰ月18日

re争点かくし

 「目をそらさずぶつかり合え」というのが、18日付「毎日新聞」社説の題である。自民・民主両党の党大会をふまえたもので、わが委員会がかねて主張していた線に近い。気のせいか、最近の同紙の論調は、道理にかなった説得性のあるものが多くなってきたように思う。

 首相は、年頭会見に引き続き党大会でも「立党の精神に立ち返って憲法改正に取り組む」と述べ、参院選の争点にかかげるとともに、通常国会での国民投票法案成立に強い意欲を示した。

 これに対して同社説は、一昨年秋にまとめた新憲法草案を基に訴えるのかどうか、具体的な主張が不明とし、さらに公明党との調整がすんでいない点を取り上げ、「漠然とした改憲の問いかけでは、争点として成り立たない」としている。また「憲法より生活だ」という小沢氏の方針について、言い分はわかるが、それだけでは国民には分かりにくい、という見方をしている。

 しかし、この社説は「民主党は党内が混乱しようが、首相の投げたボールから逃げるべきではない」というのが本旨である。そして、自民、民主両党を直撃した事務所経費など「政治とカネ」の問題についても、「民主党は野党として自ら血を流す覚悟で追求すべきだ。両党がなれ合うようなことがあったら政治に対する信用は失墜してしまう」としめくくっている。

 社説では直接触れていないが、「目をそらさずぶつかり合え」は福島・社民党にもそのまま捧げたい。国民投票法案から目をそらすのが「護憲」ではない。民主党としっかりスクラムを組んで、自民党改憲案を通すための国民投票法案は通さない、という線で国会審議に全力を尽くすべきではないか。社民党の存在価値が問われる正念場であることに目覚めてほしい。

 ここで一昨年の衆議院選を思い起こしてみよう。小泉首相の流儀で「郵政民営化に賛成か反対か」を唯一の争点に仕立て上げ、野党が掲げる争点はほとんど雲散霧消してしまった。郵政民営化といっても、中味を理解できる選挙民はほとんどいなかった。「憲法改正に賛成か反対か」だけが声高に喧伝され、軍事国家路線をまっしぐら、という悪夢を見るようなことだけには決してしてほしくない。 

2007年Ⅰ月19日

神社もいろいろ

(映像略)

*大家 八さんや、あがっておいで。
*八  たな賃なら暮れに……。
*大家 いやそうじゃない。正月にいただいた菓子があるから茶でもどうかな。

*八  そうかい、酒はあきたからちょうどいいや。ところで大家さん、今年はかかあと初詣としゃれてきた。
*大家 それは結構だ、大山かい?。
*八  そんな遠い所じゃない。いつもいく神田明神さ。江戸三大祭りの御輿はいつも担ぐが、神妙にお参りしたのははじめてだ。

*大家 ところで祭られている神様を八さん知ってるかい。
*八  あいにく神様に知り合いがねえもんで……。
*大家 平の将門といってな、東国で天子にたてつき、おれが天子になるといって戦ったが捕まって首をはねられた。

*八 ああ聞いたことがある。京都がら首が飛んできて大手門の前に落ちたというやつ、ちゃんと祭らないとたたるあれだな。
*大家 神君さま、つまり家康の殿様が関ヶ原の合戦にいく前に願掛けをしたら、見事に勝てた。それでたっぷりご褒美をいただいて江戸の守り神になったな。

*八  そうかい、下町じゃあなんてったって一番はやる人気の神様だ。
*大家 そのすこし奥には湯島天神がある。
*八  ♪ここは どこの細道じゃ、てえやつだろ。女の子に人気のある。

*大家 学問の神様だな。菅原道真公という。京都で大臣の位になったが、天子にそむく気があると悪口した者がいた。それで筑紫太宰府へ流され都にかえれないままなくなった。
*八  また天子にそむいた神様がたたるのかい?。

*大家 そむいたわけじゃないけど、都の人はたたりをおそれて神に祭ったんだな。後の世になると、学問の神で大繁盛。絵馬をもらうのにも並ばなくちゃならないほどだ。それから靖国神社というのがあるな。
*八  なんだい?そりゃ、聞いたことがねえな。
*大家 お上が去年まで毎年お参りししていたが、今年からお参りしたかしないか言わないことにしている。

*八  そりゃあおかしな話だ。四谷怪談じゃあるめえし、情人(いろ)をのろい殺すためにいくのかい?。いってえそれはどこにあるんだい。
*大家 お濠の西、九段坂をあがったところだね。
*八 御用地だけど空き地でさびしい所じゃねえか。そりゃあ大家さん狐か何かに化かされたにちげえねえ。正月早々気味の悪い話だね、

2007年Ⅰ月20日

「隊」と「軍」の違い

 現行憲法では第2章を「戦争の放棄」とし、第9条という1条しかない。その2項で、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」としている。自民党案では、章の名前を「戦争の放棄」から「安全保障」に変え、9条に3項を継ぎ足した。さらに自衛軍を規定した第9条の2、第9条の3という新条項をはり付けた。

 「平和主義」などという、定義の定かでない用語を表題にしているが、こういうのを“換骨奪胎”という。自民党草案はまさにその典型である。中味の大きな違いは、《陸海空軍を保持しない》から《自衛軍を保持する》と逆転させたことである。その結果全体の均整がとれず、醜い法文体系をさらすことになった。

 憲法に規定のない、今の自衛隊は何か。「軍」といっていないから「軍」ではないし、「その他の戦力」でもないというのは、相当苦しいがまあ一つの理屈である。「隊」というのは、消防隊、警察隊と同様、戦争を目的とした「軍」しは違う、という立場をはっきりさせるのであれば、それはそれで立派である。

 外国に脅威を与えない「隊」、外国へ行って交戦したり人を殺傷しない「隊」であれば、現在の自衛隊でも「軍」ではないし、「その他の戦力」ともいえない。もし、自衛隊の任務や存在を憲法上はっきりさせたいのであれば、現行9条に手をつけず別条項を新設して、9条の解釈改憲などがおきないようにする。これがわが委員会の主張である。

 「軍」が「隊」と違うのは、「軍」が国公認の「暴力装置」であるという点である。平時は「隊」と何ら変るところがない。これが戦争という殺し合いになると全く様相を変える。平時における常識や法律は、場合によると邪魔でさえある。だから「軍」は多くの例外規定に守られ、独立した司法権(軍事裁判)を持つことになる。さらに戦時には、命がかかっている現場が優先で、相手に勝つことが最高の道徳律になる傾向がある。

 また、戦争が仕事なのでできるだけ危機的状況を演出し、予算獲得に熱を入れる。武器があれば使ってみたい試してみたいという誘惑にかられるのは、軍人の通弊であるという内部からの証言もある。こういった暴力装置を「文民統制」という心許ない暴発防止装置にまかせることになる。

 昔、職業軍人という言葉があった。職業でない軍人とは何か。それは徴兵制度により召集された一般国民である。自衛隊員という場合、それが職業であることはいうまでもない。国民国家が持つ暴力装置の原形はやはり徴兵制度であった。

 「隊」を「軍」に変えることは、単なる表現の差ではない。防衛「庁」を防衛「省」にするのと全く意味が違うことを肝に銘ずるべきだ。

2007年Ⅰ月22日

選挙前哨戦国会

 わがブログでは、これまで下記のように自民党の改憲案に引導をわたすため、野党の奮起をたびたび促してきた。しかし安倍首相が参院選で改憲を争点とする意向であるのに対して、民主党小沢党首はそれを回避する姿勢を示し、共産党は選挙共闘をこばみ、社民党も土井ドクトリンから抜け出そうとしない。

 民主党は党内の結束を優先させたい事情もあるのだろうが、それを見越した安倍首相の中央突破作戦である。どうしても守勢に立たされざるを得ない。自民党改憲草案に対抗すべき民主党案をこれから作って提示できればいいのだが、それも絶望的だろう。

 安倍首相は、自民改憲の一里塚として国民投票案を通常国会中に早期成立をはかりたいと言っている。これはむしろ絶好のチャンスではないか。なぜそんなに急ぐのか、解釈改憲が限界に達しているからなのか。イラク情勢をはじめ、世界の安全保証問題は激変を遂げつつある。特措法など防衛関係臨時立法を違憲のおそれのないよううち切るのが先ではないか。また、国民に何の目的で何を問いかけるための国民投票法案なのか。

 野党は一致協力して、そういった疑問点、矛盾点を徹底的に追及して欲しい。それは当然大きく報道され世論を動かすはずだ。その結果、審議未了か与党単独採決に持ち込めれば安倍内閣の指導力にかげりが生じ、参院選の行方を左右する。共謀罪等についても同様、野党の真価が問われる国会である。

2007年Ⅰ月28日

至言と暴言

 インターネットの普及で、「新聞はいらない」という人がふえてるそうだ。しかし、同じ事が書いてあっても、新聞のおもしろさをネットで味わうことができない。その例を今朝の毎日新聞に見てみよう。

2面 (主見出し)      (副見出し)―――――――――――――――――――――――
記事A「女性は産む機械」  柳沢厚労相少子化対策で
記事B「米は偉そうに言うな」久間防衛相、普天間めぐり

 この二つの記事はAが3段の囲み、Bが4段抜きで記事としては別扱いである。ところがピタッと隣り合っており、ケイ(罫線)の使い方などから見て、明らかに整理部のある「意図」が感じられるのである。

 かりに「意図」がなかったとしても、読者がそう感じてしまうのだから仕方があるまい。それは「至言」と「暴言」の対比である。久間大臣は、その前にもアメリカのイラク攻撃は誤解によるもので間違いだった、というような発言をして内閣をあわてさせ、アメリカの抗議を受けている。

 しかし、今回の発言は国民誰しもがそう感じていることを言っただけであり、イラク問題も米国を含め世界の常識である。まさに「至言」である。片や柳沢大臣、これは、ひどい。弁解、取り消しに大わらわだというが、柳沢大臣のお母様も機械で、その機械から生まれた機械息子が暴走しただけなのことなのだろう。

 その「対比」ではなく、「共通項」もある。安倍首相が陣頭に立つ国会が始まろうとしている時、閣僚が不用意発言、というより好き勝手発言をして、首相の足を引っ張る行為をしていることである。これは、「政治と金」の問題よりはるかに深刻な、閣僚の資質の問題だと思うのだがどうだろう。

 新聞なら、活字にはないそういったことまで読ませてくれるのである。

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