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2006年11月

2006年11月 9日 (木)

馬鹿も休み休みに

[反戦老年委員会復刻版]

 教育基本法の論議が続いている。わが委員会ではあまり取り上げてこなかったが、TBいただいたブログにコメントしているうちに、新聞だったかTVだったか、いつ、だれがもあいまいだが「今の教育基本法が制定された頃には、教育勅語がまだ生きており不十分な点をカバーしていた」という主張を思い出した。

 安倍首相もそうだが、「新憲法はGHQのスタッフによって、10日そこそこという短期間で書き上げられたもの」という、受け売りの短絡思考しかない危険きわまりない論法だ。部分的に正しいとしても、その前後にどれだけ多くの日本人がこれにたずさわり、抵抗し、また国会で議論して受け入れたか、その後はどうだったか、の経緯や先輩国民の努力に対する視点が欠けている。

 そこらが「岸血脈」のワンパターン、ワンウエイ史観の貧困さであり、危険視される所以である。児島襄の『史録日本国憲法』は、いかに押しつけられたかという立場からのドキュメンタリーだが、あの憲法文体が完成するまでどういった経緯があったかなど、一度玩味熟読して欲しい。

 さて、最初の話しにもどる。この題の付け方も乱暴だが、言っている議論の内容はもっと乱暴だ。1947年(昭和22)3月、教育基本法・学校教育法の公布により6・3制や男女共学が採用される。教育勅語が国会決議により撤廃されるのは、たしかに翌年6月である。

 もともと法律でも法令でもない同勅語を、国会手続きで失効させたのは、憲法との矛盾を放置できないという趣旨で、すでに同勅語が死んでいることも議会で認めている。それもGHQの指示だといえばそうであろう。

 しかし、学校では勅語が安置されている奉安殿に礼拝する義務は、終戦により自然消滅したし、勿論儀式で校長が読み上げることもなくなった。それはそうだろう、一旦緩急あれば兵役に応じるような内容のものを持ち出せるわけがない。指示指導より良識が優先する。

 その前に、国家主義、軍国主義はもとより封建色のある教科書記述は一切黒塗りして戦後教育が始まった。「教育勅語と教育基本法が相補って」など、馬鹿も休み休みいってほしい。教育基本法は基本的に教育勅語の否定から始まっているのだ。

占領下、GHQの抑圧のもと涙ながらも堪え忍んだのだろうか。とんでもない。何十年にもわたる戦争の抑圧と死の恐怖から解放され、未来に限りない明るさを感じながら飢えを忍んだのだ。

 ♪古い上着よさようなら さみしい夢よさようなら ----青い山脈
 ♪心うきうきわくわく 世界の歌 楽しい歌 ----東京ブギウギー

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2006年11月 3日 (金)

日韓近代史考

[反戦老年委員会復刻版]

【日清戦争 2】
 この戦争について書かれたものは沢山あるので、ここでは推移を箇条書に要約する。「知っているよ」という方は文末の【日本の真意は?】まで飛ばしていただきたい。

【開戦までの背景】前回までのおさらい。
①日朝修好条規により、朝鮮を独立国と認め鎖国から開国への一歩となる。<br />②朝鮮王の父・大院君と王妃・閔氏の権力闘争が頻発、危機のたびに宗主国清の介入を期待。<br />③日清の干渉が続く中、国内改革も自主性なく不安定。英・ロの勢力衝突の舞台にもなる。

【開戦のきっかけ】
・1994年(明治27)2月 全羅道の農民蜂起を発端とする「東学党の乱」は朝鮮南部一帯に拡大する勢いとなる。<br />・6月1日 朝鮮政府は清国に出兵を依頼。翌日日本政府も派兵決定(双方事前通告、両軍は京城・牙山間で対立)。

【仕掛けたのは】
 日本である。両軍が朝鮮で対峙した頃、東学党の乱は沈静化し派兵の根拠を失った。日本は撤兵を拒み、朝鮮の改革を日清が協同してやることを清に提案した。清はもとよりその必要を認めず、応ずる気はなかった。日本はさらに大軍を派遣し、引退していた大院君をかついで清軍の撤退を迫った。こうして一触即発の状況に持っていった。

【戦争の経緯と結果】
・1994年7月25日 豊島沖の海戦で戦闘開始。
・8月1日 宣戦布告
・9月 陸軍が平壌を占領、海軍は黄海海戦に勝ち制海権握る。
・11月 中朝国境の鴨緑江を渡った陸軍が遼東半島を制圧。翌年にかけて山東半島威海衛攻撃、北洋艦隊全滅させる。

・1995年3月 台湾、澎湖島に進攻。
・3月20日 下関で日清講和会議。
・4月17日 講和条約調印(清国が朝鮮の独立を承認、遼東半島・台湾・澎湖島を日本に割譲、軍費賠償金2億両=約3億円の支払い、開市・開港の増加など)。

・4月23日 露・独・仏、日本の遼東半島領有に反対(5月5日日本政府これを受諾=三国干渉)。

【日本の真意は?】
 歴史を語る上で、例えば「さきの戦争は侵略戦争である」とか、「自衛のための戦争である」として反論を封ずることは、公正な歴史の判断を狂わせる非科学的な態度といわざるを得ない。しかし「後世の学者の判断にまかせる」といった無定見や逃避も、決して許されるべきではない。裁判と同じで、両論併記はしても、あくまでも判決はひとつしかない。

 日清戦争についてはどうか。厖大な史料を渉猟し、結論をだす能力もいとまもないが、結論から先にいうと、「日本の安全をはかる上で、朝鮮の独立と安定が確保され、中立地帯化することが必要。そのためには、まず清国の属邦体制排除が第一」であり、「朝鮮を占領し、領土化する意図」はなかったということになる。ただし、隣国で不当な軍事行動を誘発した日本を正当化することはできない。

 当時、個人的な心情あるいは扇動的な言動として朝鮮の領有、大陸進出への野心をあらわにする者があったことは事実だ。それは吉田松陰以来のことで、帷幕にあった山県有朋など、松下村塾門下生にその気が全くなかった、とはいいきれないだろう。

 そのあたりを、時の外務大臣・陸奥宗光は外交秘録『蹇蹇録』の中で、次の3通りの意見を「個々人々の対話私語に止まる」と切り捨てた。

①朝鮮の改革を名分に日本の版図を拡張、または保護国として権力の下に屈服せしめる。
②朝鮮の改革を進めまがりなりにも独立国の体面をそなえさせ、清・露の緩衝地帯にする。
③ベルギー、スイスのような列国保障の中立国とする。

 そして、社会凡俗の与論は「弱きを扶け強きを抑ゆるの義侠論」であるとし、これを利用し強引な開戦持ち込んだのである。しかし陸奥の真意は、「我が国朝野の議論が如何なる事情、源因に基づきたるが如きはこれを問うに及ばず、とにかくこの一致協同を見たるのすこぶる内外に対して都合好きを認めたり」としている。

 かいつまんでいうと、開戦について「いろいろ議論はあるが、そんなことはどうでもいい。与論が『義侠論』にあるのだからそれでいこう。それが内外に対して一番都合がいい」という、かなり無責任な言い方をしている。あとのことは「国益第一で考えればいいんだ」ということである。

 「内外に対して」というのは、戦端を開く1カ月前に、難航を極めた日英通商航海条約改定の調印にこぎつけ 海外からの非難の緩和が見込めたことと、その前に対外硬派から出されていた衆議院内閣弾劾上奏決議および衆議院解散による政府への攻撃をかわす意味があったのだろう。

 ところが、開戦前に朝鮮の行政改革を清と協同でやろうと提案、清からこれをこばまれたため、日本は単独で改革推進を引き受けるはめになった。「義侠論」に乗ったことと西欧の反応を気にした陸奥は、結果として上記②の方向に進まざるを得なかったのである。

2006年11月8日

日韓近代史考

【主権線と利益線】
 このシリーズを断続的に続け、前回で日清戦争までたどりつきました。その中で日本政府として、朝鮮を領土化しようという意思はなかったものの、朝鮮などへの領土拡張を夢見る日本人が、個人的とはいえいたことを否定できない、という観察をしました。

 日本陸軍の創設者であり、明治政権の富国強兵政策の軍事面を担ってきたのが、長州出身の山県有朋です。彼ががどう考えたていたかが、これからも大きな要点となります。そこで参考図書として、加藤陽子『戦争の日本近代史』講談社現代新書、をとりあげ追ってみたいと思います。

 1890年(明治23)3月、当時首相の地位にあった山県は、「外交攻略論」という意見書をまとめました。その中で、国家の独立を守るためには主権線・利益線という発想が必要である、ということを述べています。この考えは憲法発効後初の第1回帝国議会の施政方針演説に組み込まれ、有名になりました。

 主権線というのは日本の領土そのものであり、利益選というのは主権選の安全に密接な関係を持つ隣接した地域を指します。もしこの地域で他国の干渉により不利をこうむったら、これに「強力を用いて」すなわち武力でこれを排除する意思を持つこと、と説明されています。その上で「我邦利益線の焦点は実に朝鮮に在り」と結論づけました。

 この発想はどこから来たのでしょうか。実は、1889年にウィーン大学教授のローレンツ・ウォン・シュタインから指導されたもの、という史料が意見書の形で残されています。その中には、ロシア、イギリスの勢力争いをふまえた上「朝鮮を占領するのではなく、朝鮮の中立を保つこと」が日本の利益線を維持する手だてである、と明記されています。

 この発想は、日露戦争を経て朝鮮が領土化したことにより、「帝国の生命線」が満・蒙という拡がりを見せ、大東亜戦争では、共栄圏の生命線として南洋、東南アジアから豪州・インドにまで拡大しました。帝国主義的侵略の落とし子のようなものですが、日米同盟の「極東の範囲」とか「周辺有事」などの線引きも、軍事を想定する点では共通します。

 もうひとつ、この本に戦争を語る際に欠かせないことばがでてきます。それは「国民国家」という概念です。いろいろな定義がありますが簡単にいうと、区画された特定の地域に住む人を法の支配のもとで「国民」とし、他国に対応できる独立した存在で、「暴力装置」(常備軍)を持つということでしょうか。

 同書は日清戦争で、朝鮮と清の宗属関係がなくなったので、朝鮮がはじめて国際公法上の「国民国家」になったのだ、としています。19世紀前半の軍人カール・フォン・クラウゼヴィッツは国民国家が生まれた頃有名な『戦争論』を書き、「戦争は、政治目的を達成するための道具である」といった定義をしました。

 今でもこの論法を戦争肯定の論拠にしようとしている人がいますが、こんな古証文では近代戦争を語ることができず、ナンセンスです。東西冷戦が終了し、アメリカの一極支配体制やミサイル万能の世のもとでは、かつての「主権線」や「生命線」などは意味を失いました。

 さらに、いまやアメリカの敵は「国民国家」ではなく、ブッシュのいうように「テロリスト」ではないですか。イラクを攻撃したのも「国民国家」という亡霊にまどわされたのに違いありません。魔女のかわりとして、フセインが死刑の判決を受けたのです。

2006年11月11日

TITLE: 日韓近代史考

【陸奥宗光の心配】
 今回は日清戦争の進展にともない、陸奥が行き過ぎた「愛国心」を警戒するようになり、国の将来に悪影響を及ぼすことなく、諸外国の尊敬が得られるよう責任ある行動が必要、と考えたあたりを、『蹇蹇録』から抜粋する。

 平壌、黄海開戦以前において窃かに結局の勝敗を苦慮したる国民が、今は早将来の勝利に対し一点の疑いだも容れず、余す所は我が旭日軍旗が何時を持って北京城門に進入すべきやとの問題のみ。ここにおいて乎、(略)将来の欲望日々に増長し(略)、唯これ進戦せよという声の外は何人の耳にも入らず。この間もし深慮遠謀の人あり、妥当中庸の説を唱うれば、あたかも卑怯未練、豪も愛国心なき徒と目されたり。

 この頃、鴨緑江を軍馬で渡った第一軍司令官陸軍大将山県有朋は、明治天皇に意見書を書いた。北鮮の地一帯に日本人を移住させて永く支配する。釜山から新義州まで縦断鉄道を敷設し、支那を横断して直ちに印度に達するの道路する。これこそが「覇を東洋に振い永く列国の間に雄視せん」とするわが日本の道だ(色川大吉『日本の歴史』参照)。

 明治政権の中枢にあって陸奥とはここまで差が開いている。さらに陸奥の発言を聞こう。

 その愛国心なるものが如何にも粗豪尨大にしてこれを事実に適用するの注意を欠けば、往々かえって当局者に困難を感じせしめたり。スペンサー(略)そもそも愛国心とは蛮俗の遺風なりといえり。これすこぶる酷評なりといえども、徒に愛国心を存してこれを用いるの道を精思せざるものは、往々国家の大計と相容れざる場合あり。

 朝鮮を清の属邦から開放するという「義侠心」から、予想をこえた勝利に酔っていつしか「愛国心」論議にすりかわったことにより、陸奥の心配は現実のものになった。日本の侵略意図を警戒する諸外国の反発が、遼東半島放棄を迫るいわゆる「三国干渉」としてのしかかるのだ。

 以後、列強の仲間入りが実現するが、同時に領域拡大を目指す帝国主義国の一員の地位も得る。つまり、「領土的野心がない」という口実は、もはや意味をなさなくなったということである。教育基本法に「愛国心」を入れたがる皆さん、今からでも陸奥大臣の心配に思いをはせてほしい。

2006年11月21日

日韓近代史

【閔妃暗殺】
 日清戦争から日露戦争のまでの10年間に、日韓併合に至らしめる決定的な失敗が双方にあった。歴史は複雑で入り組んだ要因と、時として説明のつかない偶然のからみで進展する。だから1、2の事件だけをとりあげるためらいはあるが、象徴的なできごとして、日本側による「閔妃(ミンビ)暗殺」と、朝鮮側の「国王ロシア公使館遷座」をあげてみたい。そこでまず閔妃暗殺を取り上げる。

 以上にあげた2件はいずれも朝鮮王宮にかかわることである。これまでも王父・大院君と王妃・閔氏の権力闘争や、それを陰に陽に干渉しつづけてきた日清両国について書いた。もううんざりするほどだが、まだ続けなければならない。

 日本は日清開戦を前にして、1万の軍隊で京城を占領状態におき、いわゆる志士とか浪人と呼ばれる民間人を使って隠とん中の大院君かつぎだし、閔政権を倒して親日政権を作らせた(1894.7.23)。そして、内政改革の要求と戦争遂行を前提とした「日朝攻守同盟」を結ばせた。

 しかしその後改革に進展がなく、再蜂起した東学党と内通しているという口実で大院君をしりぞけ、国王を表にだして親日政権にてこ入れした。前述したように日本は清に大勝ををはくしたものの、三国干渉で後退を余儀なくされたことから、朝鮮王朝は日本の力をみくびりはじめ、閔妃がロシアに接近して、親日派の追放をし復権を果たした。

 そこで日本は公使館を中心にまたもや大院君に働きかけ、閔妃暗殺事の陰謀を進める。日本政府はこの頃、内外ともに相当追いつめられていたのだ。日清戦争の大義「隣国への義侠心」はものの見事に裏切られ、朝鮮の裏門監視の要衝・遼東半島も返還して、朝鮮の現状は戦争以前よりむしろ悪化していた。

 こうして95年10月8日、閔妃暗殺事件が起きる。時の公使は三浦梧楼で、外相経験のある大物公使・井上馨が脅迫や懐柔、それに札びらまでみせびらかせての工作が失敗したあとを受けて就任した。角田房子の『閔妃暗殺』によると、三浦は陸軍予備中将で、自ら「外交や政治は素人」だといい、陸奥なども反対したが、「剛気果断の人物」ということで任命された。

 犯行の黒幕は、公使自身と公使館員、領事警察に民間人が加わわっている。実行犯は軍人、警官を含む民間人計40人ほどであった。民間人は志士、浪人、壮士、暴徒などで、その狼藉、残虐ぶりから「ごろつき」とも呼ばれた。

 犯人たちは、閔妃の判別が出来ないため宮女をかたっぱしから斬殺し、死体を庭にに運び石油をかけて焼却した。報告書には「誠にこれを筆にするに忍びない」行為まであったとある。まさにごろつき以下の破廉恥ぶりである。この事件は多くの外国人に目撃されており、政府はあわてて公使以下を召還、逮捕の上裁判にかけることになった。

 しかし、処刑されたのは参加していたという3人の朝鮮人だけで、ほかの日本人は全員無罪か免訴とされた。後、伊藤博文がハルピン駅頭で安重根に暗殺されるが、動機は「国母虐殺の恨」をはらすためだったといわれる。

 この事件は、どう言い訳しようが他国の宮廷に乱入し、見るに耐えない狼藉を働いた上、実権を持つ王后を殺戮したということは、他に例を見ない言語道断の行為に違いない。そして、日本人として永久に頭の上がらない道徳的なひけめを残すことになった事件といえよう。京城に義士・安重根の銅像があるが、朝鮮人の心に残した傷を消し去ることも、また同様に不可能なことである。

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2006年11月 1日 (水)

沖縄知事選に注目

[反戦老年委員会復刻版]

:  沖縄知事選が明日2日告示される。現在、立候補が予定されているのは糸数慶子氏、仲井真弘多氏、屋良朝助氏の3氏で、事実上、バスガイド出身で参議院無所属現職の糸数氏と、元副知事で稲嶺知事の後継者を目指す仲井真氏の一騎打ちになると見られる。わが委員会は、この沖縄県知事選をさきの衆院補選以上に重視し、注目している。

 両有力候補は無所属だが、糸数氏は民・共・社が推薦(参院選と同じ野党統一候補=最近「眠り猫」さんに出された共産党の回答書と矛盾)、仲井真氏は自・公がそれぞれ推薦している。これを、安倍自民と小沢民主の激突などという皮相的観測を流す中央のマスコミが多いが、県民には通じない。

 他県と同様に地元経済の問題はあるが「米軍再編と基地にどう対応するか」、最終的には「沖縄に米軍基地は必要か」という問題にまで波及していく可能性があるからである。目先の問題は普天間飛行場移転問題である。稲嶺知事は保守系ながら、日米両政府が合意したキャンプ・シュワブ沿岸部移転に頑強に反対した。

 仲井真候補も同様に反対だが、最近はやや軟化した発言をしている。糸数氏はもとより、県民の意思は県民投票結果から「県内移設に反対」と解すべきで、稲嶺氏もそれを無視できなかったはずである。糸数氏は将来の展望を基地のない沖縄に置いている。それは、現安保体制見直しへの1ステップになる。

 本土には「基地や助成金に依存する経済」をいう人もいる。しかしあれだけの基地を置いて、戦争になれば真っ先に敵の攻撃の的になる、しかも大量破壊兵器であれば一発で全滅する、そういった恐怖感を無視できるだろうか。飛行場が近いと墜落事故があるとか兵士の犯罪があるなども、その恐怖感の延長線上にあるものだ。

 この選挙は、保守・革新、右・左、親米・反米そういった対立軸を超えた、沖縄県民の切実な願いが表現される、そんな選挙になってほしい。同時に、幕末以来本土人に抑圧され、翻弄されそして見捨てられた経験がある沖縄への「歴史認識」を新たにする機会であって欲しい。

 最後に、行動するブログ「平和のために小さな声を集めよう」が無党派有権者に当てたチラシの一部を転載させていただく。

 今、軍事同盟の相手がアメリカしかいない、現状の日本では、これは、即、「アメリカと一緒の軍事行動」を意味します。日米安保条約での「双務性」(双方に義務がある)の条文に従うと、現在、世界のどことも戦争をしていない、平和国家日本が、世界中に戦争の種をばら撒いているアメリカにお付き合いして、アメリカの都合で、異国で日本人が死んでいくという事態を招くことになります。

 ブッシュ政権は、アフガニスタン、イラク戦争で失敗し、アメリカ人の犠牲者が増えていることに神経を尖らせています。大統領の支持率下落の原因だからです。アメリカにとって、世界第5位の軍事力を持つ日本が、アメリカの肩代わりをして、アメリカ人のために、アメリカ人の代わりに死んでくれることが、最高に望ましいことなのです。

2006年11月2日

群発自殺

 教育基本法が国会で論議される中、いじめ、自殺、修得単位のごまかしなどの報道が連日ニュースやブログをにぎわしています。そこで、ファミリー メンタル クリニックさまのブログから書き出しをお借りして感じたことを記事にします。 

 群発地震という言葉は聞いたことがあるでしょう。また群発頭痛という症状もあります。群発自殺と言う言葉はきいたことがない人が多いでしょう。</p></blockquote><p> まさに群発ですよね。「いじめが原因の自殺かどうか調べている……」。朝・昼・晩毎日のようにニュースで取り上げられる。前に見た事件の続きだと思ったら、全然別の新しい報道だったりして。人生長くやっていますが、今までこんな経験はしたことがありません。

 ちょっと異常なので「通常起きていることだが、普段は地方版止まりなのにメディアが悪のりしているのかなー」と思ったがそうでもなさそうです。前述のブログには、「群発自殺はCDC(アメリカの感染症や疫学の研究機関)で研究されている。心理的な感染症で,伝染するというのがその理屈だ」とも書いてあり、やはり社会現象のようです。

 私が子供の頃は、小中学生の自殺なんて聞いた覚えがありませんでした。自殺といえば、生活苦、病苦、逃亡、失恋、情死それに小説家などと大体相場が決まっていました。未成年ということなら明治36年(1903)5月、第一高等学校(現・東大)の生徒藤村操(18)の、日光華厳の滝投身自殺が有名です。以下は近くの大樹を削って、そこに残した遺言「巌頭之感」です。

 悠々たる哉天壌、遼々たる哉古今、五尺の小躯を以て此大をはからんとす。ホレーショの哲学竟(つい)に何等のオーソリチーを価するものぞ。万有の真相は唯一言にして悉(つく)す。曰く『不可解』。我この恨を懐て煩悶終(つい)に死を決するに至る。既に巌頭に立つに及んで胸中何等の不安あるなし。始めて知る大なる悲観は大なる楽観に一致するを。

 終戦のショックも残っていた昭和21年10月、あまり有名になっていませんが同じ一高出の原口統三(19)が『二十歳のエチュード』という書を残して逗子海岸で入水自殺しました。その巻末に残した遺書です。

 ――僕はもう自分を誠実であったとも言うまい。沈黙の国に旅立つ前に、深く謝罪しよう。「僕は最後まで誠実でなかった」と。――

 今はやりの「自分さがし」、それともチョットちがうようですね。こんな話はもう通用しない時代なのかも知れません。「いじめ」は昔からありました。私自身の経験もあります。しかし、同情しひそかに助けてくれる仲間もいました。精神的支柱は、親でも先生でも教育委員会でもありません。

 クラスで一番強いガキ大将には、「弱きを助け強きをくじく」という任侠精神のようなものがありました。いじめる方もそれに一目を置き、陰湿で度をこすようなことはしなかったし、いじめられる方も精一杯抵抗したような気がします。だから、すぐ忘れられることができたのかも知れません。

2006年11月4日

核議論と核の傘

 わが委員会では、すでに何度も取り上げてきたが「核兵器のことをよく知らないで“反核・反戦”を唱えても説得力にとぼしく、効果もあがらない。核アレルギーを脱却して大いに議論し研究すべきだ」という主張をしてきた。

 ここへ来て自民党の中川政調会長が、野党はもとより党内各派からも「核議論必要論」に対する集中攻撃を受け、四面楚歌の状態だ。わが委員会は、同氏について「不倶戴天」は言い過ぎだが、もともと相容れない立場にある。

 しかし、彼が孤立を深めるにつれ逆に別な危険を感じるようになってきた。なにがともあれ「言論の自由」だけは最優先で守らなければならない。日本人特有の付和雷同、なだれ現象がこわくなってきた。その点に関してだけ中川氏を強く支持する。決して後退しないでほしい。

 ヨーロッパで、「ホロコーストは幻想」とする歴史修正主義に対し、そのような主張であっても表現の自由は保護されるべきか?、ということに関し、過去記事にコメントを頂いた方から「ノーム・チョスキーの発言」についてヒントをいただいた。日本でもこういった議論があってしかるべきだ。

 ここで、3日、中川氏が佐賀市で行った講演内容(毎日新聞11/4)を紹介し、さらにわが委員会の投げかけを議論のネタとして提供する。

 (前略)中川氏は「もういいかげんにしろと思っている同僚たちもいっぱいいるかもしれない」と自らの発言への党内からの反発を認めたうえで「『日米安保と国連決議があれば安心』と言っているのは世界の非常識だ。『アメリカさん、お願いします。任せます』で、真剣に米国が同盟(関係)と思ってくれるのか。同盟とは互いにリスクを冒しながら、互いに頑張ることだ」と述べた。

 我が国には、国是として非核三原則がある。「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませない」である。その一方で、「アメリカの核の傘で守られている」という。これをそのまま解釈すると、仮に我が国が核攻撃にさらされ、アメリカが反撃するとすると、領海外の船舶か米領土からということになる。

 対敵する国は、当然日本でなくアメリカが攻撃目標になる。アメリカ人は日本のために核攻撃にさらされる危険をあえて冒すだろうか。「核の傘論」はすでにそれこそ「世界の非常識」になりつつある。しかし核は危険だ。「間違って」や「常軌を逸して」があり得る。やはり「核廃絶」しかないのではないか。

2006年11月6日

民主党にとっても 今こそ旬

 とくらBlogさんの「憲法9条 私にとっても 今こそ旬」で、わが委員会かねての主張に近いものがあり元気づけられた。そこでこれから書こうとしていた案件を急遽没にして、その部分をまず引用させていただく。

 今の読売新聞には、改憲が安倍さんの祖父以来の悲願だと書かれていて、怒りました。来年の参院選を経て、2~3年以内に公明党とすりあわせ、その後、民主党との作業に入ると書かれています。民主党は、たしかに改憲を検討しているかもしれませんが、安倍さんとはまったく逆の意味での改憲論。安倍政権のような危うい政権下での改憲には、ぜったい協力しないはず。民主党は、そこのところを、もっとわかりやすく、鮮明にすべきではないでしょうか?郵政民営化の選挙の時のように、民営化には賛成だけど、法案には反対、そんなのわかんないよー と みのもんたさんにやられますよ!

 来年7月の参院選では、民主党は自ら憲法改正を争点として取り上げ、その是非について、真正面から自民党と対決してほしい。

 小沢さんは、沖縄県知事選応援で宮古島入りし、在沖米軍基地について「冷戦時代の名残。いずれ整理・縮小・撤廃しなければならない」と踏み込んだ発言をした(11/3「毎日新聞」)。ほかに、北朝鮮の船舶検査に周辺事態法や特措法適用を考えていないなど、軍事同盟より憲法を重視している態度は明白である。

 小沢さんには、著書『小沢主義』の中で自衛隊の別組織「国連ご親兵論」を展開している。これは小沢さんが1993年に明らかにした『日本改造計画』(VICVA書評)以来の持論が下敷きにある。しかし、細川内閣、カンボジアでの国連支援活動参加、米ソミサイル削減計画調印といった時代で、今とは違い国連に改革になにか幻想的希望が持てたからではないか。

 それを焼き直したところで、とくらさんではないが「非常にわかりにくく」「奥歯に挟まったような」、見方によれば失礼ながら「滑稽」な感じすらするのである。しかし前原前代表らの軍事優先主義とは明らかに違う。第二章1項、2項は変えません、とはっきりいえるのではないか。

 その上で、別条項で自衛隊の専守防衛、災害救助活動および「暴力装置」ではない国連協力をうたうなど、早急に党内議論をまとめてほしい。国連には失敗した常任理事国入りなどあきらめ、敵国条項の変わりに「軍隊不保持国」の認証と軍事以外の国連協力のありかたなど、憲章改正案を出したらどうだろう。北朝鮮制裁案の音頭を取れるのだからできなくはないだろう。

 9月30日、米軍がアイスランドから全面撤退した。今アイスランドには沿岸警備隊と特殊警察部隊しかない。冷戦が過去のものとなり米軍基地を置く意味がなくなったのだ。NATOには加盟しているので、「集団的自衛権」のもとにあるが、ここにも日本のお仲間がいるのだ。

 小田実さんではないが、9条は今が旬。そして民主党が党の方針を打ち出すのも今が旬。もう参院選が間近にせまっている。

2006年11月7日

教育基本法と歴史

 華氏451度さま、メロディーさま、お玉おばさんさまから立て続けに教育基本法反対に関する主張や呼びかけのTBをいただいた。わが委員会の根幹に触れる重要問題であり、いくつかの問題点の存在も承知しているが、論点を整理し切り込めるだけの用意がなく、もどかしい思いをしている。

 的はずれではあるが、とりあえず歴史渉猟の過程で拾ったことをことをメモしておきたい。 アジアで西欧列強の外圧を受けた中で、唯一明治維新を経て近代化を果たしたのは、日本だけである。戦国時代のあと、幕府による封建制度を経験していることが次の発展に結びついたとする解釈をよく聞く。

 その一方、江戸時代に普及した初等教育の「寺子屋」が国民の知的水準を高め、維新後の変革を支えた、とする意見がある。寺子屋が読み書き算盤であっても、テキストが四書五経であっても次の段階として「蘭学」「兵法」などに進める基礎を養えた。それにも増して大きいのは、立派な社会人に育てようという個々の先生の献身的情熱があったからであろう。また周辺社会、藩主など周辺の理解と協力も見逃せない。

 明治維新と同時に新学制のもと小学校が発足したが、ベースに寺子屋があったため明治10年には全国2万を超える数に達した。そしてわき起こる自由民権の波と、対極にある官僚支配の有司専制の衝突、その中で「教育勅語」を生み出したのは、なんと明治23年の地方自治体・知事会議の要望からだった。

 政府が修身・処世の標準を作るという、教育の自治権放棄はここに始まる。以後戦争を経るたびに天皇絶対、滅私奉公の皇民化教育の強化が進み、昭和の敗戦にまで突き進む。それでも、初等教育の差別化、競争原理導入、先生の身分に関するしめつけなどはなかった。寺子屋の効用をもう一度考え直してみたい。

2006年11月10日

アメリカの行方

 アメリカの中間選挙で共和党が敗北、ブッシュ大統領はラムズフェルド国防長官を更迭した。アメリカはこのあとどこへ行くのだろう。イラクの泥沼化、アメリカの敗北は、かねてより中東問題に関心のあったわが委員会の予測が的中した。不思議なのは、中東にしろイスラムにしろ多くの専門家や研究者をかかえるアメリカが、どうしてこういう過ちをおかしたのかである。

 イラクのヴェトナム化ということは、既に論じられてきたところである。しかし、アメリカはヴェトナム戦からほとんど何も学び取らなかった。アメリカ人は、自由と独立を大義とする偉大な祖国の敗戦を認めたくなかったのだ。反省は、軍事介入の政治的失敗に向けられず、もっぱら軍事的・戦略的な次元で議論された。

 このような時代を背景に勢力を伸ばしたのが、新保守主義者(ネオ・コン)たちである。彼らはユダヤ系リベラルの雑誌、「コメンタリー」に集まった。ヴェトナム戦をどう評価するかの迷いがあった中、急進化した反戦運動への反感から、それまでの冷戦リベラルを一挙に「新保守主義」に振り向けた。

 そして、彼らは敗北の責任を反戦運動やそれを煽ったマスコミに帰した。また、「遠く見知らぬ土地に、自由や正義を伝導するために出ていくのは、アメリカの使命である」という主張をよみがえらせ、ブッシュ政権の中核におどりでることに成功した。

 今回の選挙で、いわゆるネオ・コンの勢力は後退を余儀なくされる。しかし、それに変わるべき政策理念や方策が民主党に備わっているわけではない。また、1820年代の有名なモンロー外交の時代に立ち返るはずもない。ここで世界的に定着しつつあるアメリカへの反感が、しっかりとアメリカ国民に伝わるよう、友好国の働きかけが必要となるだろう。 

○第5代・モンロー大統領時代の国務長官、ジョン・クインジー・アダムズの発言より

 アメリカは怪物を探し、これを滅ぼそうと海外に遠征することはしない。アメリカはあらゆる人々の自由と独立とに好意を寄せるものである。(しかし)アメリカは自分自身のみの戦士であり、擁護者である。……たとえそれが独立の旗とはいえ、ひとたび外国の旗の下にはせ参じてしまえば、自由を装って、自由の旗を奪うような、利益と策略、個人の強欲、ねたみ、野心の戦いに巻きこまれて抜け出すことができなくなることを、アメリカはよく知っている。アメリカの政策の根本原理が自由から強制へと知らぬあいだに変わっていゆくであろう。……アメリカは世界の独裁者となるかもしれない。そうなれば。アメリカはもはや自己自身の精神の支配者ではなくなってしまうだろう。
(以上、西崎文子『アメリカ外交とは何か』岩波新書・参照)

2006年11月13日

戦争屋

仮想幻想委員会
・平 今日はゲストとして「戦争屋」さんをお呼びしてお話を伺うことにしました。
・停 なあに、戦争屋さんって?。
・平 世界で10人ほどおられる戦争仕掛請負業で通常姿は見えない。今日は暇をみてわが委員会のために来ていただいた。戦争屋さん、どうぞ。

・戦争屋 レバノンの方が暇になったので参りました。仲間が沢山いますから世界中どこのことでもお聞き下さい。

・硬 それじゃあ早速。北朝鮮とメリカの関係が中間選挙を機に変わってきたようですが、日本にだけ強硬姿勢を示している理由なんですが?。

・戦争屋 まあ、だれでも気がつくが他の4 カ国との分断工作とか、国連決議を誘導したことに対するあてつけとか、6カ国協議に新しい切り札を1枚用意するという意味かも知れませんね。しかし日本人が気がついていないもっと深刻なことがあるんです。

・乙 というと?。

・戦争屋 日本との戦争が日本の敗戦前からずーと続いているということですよ。
・一同 ???。

・戦争屋 今の将軍さまの父、金日成元帥を神格視したいわゆる「白頭山伝説」があります。朝鮮が日本領だった頃、国境の外ソ連などにいて抗日パルチザンを組織・指揮して、独立戦争をしていたことになっている。今の将軍さまもこの過程でお生まれになった、という筋書きですよね。これは国の起源に関することだからゆるがせにできない。しかもその戦いに勝ったのにまだ和平が結ばれていない、戦争は続いているということです。

・停 それを子供のころから教え込まれ、一糸乱れず国民が信じでいるのだからこわいわ。

・乙 だから、日本の経済制裁などちっともこたえない。国民の結束をますます高めるのだから、体制維持のためにはプラスに作用する。

・硬 拉致問題だって、韓国などの例もあって北から見るとそんなに罪悪感を持っていない。核開発もミサイル発射もそうだけど。

・停 じゃあ、敵国日本にミサイルを打ち込むことってあるのかしら?。

・戦争屋 ありません。彼らの目的「独立」はすでに果たしたのですから。ただ独立の最終目標は南北統一ですから、日本がそれを妨害すれば別ですが。何のメリットもないのにミサイル攻撃にはしる気はないでしょう。独裁者にとって大義名分ほど大事なものはないですから。

・硬 金正日に会ったことのある人は、頭も鋭く無謀なことはしないと見る人が多いようだが、権力の異動があったり、何かの間違いで核攻撃される危険はあるのかしら。

・戦争屋 人のやることですから絶無ということはないでしょう。だけどその危険もまずないですね。核攻撃をする場合、原発とか軍事基地とか限られた目標を狙うには、小型弾頭でもいいがミサイル命中の精度を相当高めなければならない。命中の確度が低ければ被爆範囲の大きい大型弾頭が積めるミサイルを開発しなければならない。そのいずれも開発できてないでしょう。何年か後なら別だけど。

・平 つぎは核抑止力のことを聞きたいが、ここでひとまず休憩にしましょう。

2006年11月14日

TITLE: 戦争屋(2)

仮想幻想委員会

・平 休憩中に非戦さんから「戦争屋」さんって怖くない人?、というコメントがあったので、もうすこし北朝鮮の怖いところも聞きましょうよ。

・戦争屋 占い師じゃないし、戦争屋が戦争をあおると信用にかかわります。だから「仮説の意見」として聞いてください。 日本への核攻撃の可能性は低い、となると韓国はどうだろう。短距離のスカッド・ミサイルなら沢山ある。

・戦争屋 昔、朝鮮戦争の時、アメリカのマッカーサー最高司令官がトルーマン大統領に原爆を使用するよう圧力をかけたことが知られています。それもあってマッカーサーが解任されたといわれてますが、彼がねらった先は、義勇軍を参加させた中国共産党に打撃を与える中国本土や連合軍派遣に反対したソ連領土だったと思います。北朝鮮には山が多いし、戦略目標として効果的なところがないことぐらい彼も承知していたでしょう。広島型の原爆は広い範囲の国民を一瞬に殺傷し、国の戦意を喪失させるところに意味があるといえます。

・硬 今の北も同じことがいえそうですね。ソウルじゃあ近すぎるし、その他の都市でも一度使ったら最後、核施設やミサイル基地はめためたに反撃される。虎の子の核を同胞に使うためらいもあるでしょう。

・停 そうすると、やっぱり持っていても使えないおもちゃの鉄砲ね。

・平 本当に使うつもりなら、平壌市内の目抜き通りに「核保有万歳、将軍様万歳」なんて大横断幕をかかけないよね。イスラエルみたいに黙ってすごみを利かせる。

・戦争屋 北朝鮮が戦争に火をつけ、勝つ見込みがあるとすれば歩兵による地上戦だけです。38度線を突破してソウルになだれ込む電撃作戦の方が核より効果的です。米韓合同軍がそれをどこまで防ぐか、火力、機動力では米韓が上で、今度は中国の応援も得られないけど、韓国兵がどれだけ敵対心を持って戦えるのか、米国はかつての朝鮮戦争で軍人7000人が捕虜となり、30万人の死傷者、行方不明者をだした連合軍の痛手を思い出すでしょう。イラクの2、3000人の犠牲者とは比較になりません。

・乙 だけど北は最後の勝利が望めないのでは。

・戦争屋 そこです。朝鮮戦争で九州に空襲の警報がでたり、海上保安庁が出動して戦死者がでたりしました。まさに安全保障周辺事態の勃発です。アメリカは「今度は日本も血を流す番だ」というでしょう。そして^米軍陸上部隊を大量派遣する気はないでしょう。世論が許しませんから。

・硬 さーてそこだ。今の内閣なら得意の「特措法」をつくり、ひたすら改憲に向けて突っ走るだろう。そうして日本もおおっぴらに北の軍事目標になってもいい、という決意をするわけだ。

・停 ほん気い~。いやだわ~。

・乙</strong> まあそうはならないだろうけどね。護憲も平和もいいけど、そんなシナリオまで考えて行動しないと、好戦分子にやられちゃうよ。

・平 「戦争屋」さんは、やっぱり怖いお人なんだ(笑)。

2006年11月15日

戦争屋(3)

仮想幻想委員会

・平 ご好評にこたえて、というか当ブログでは珍しい3回連続シリーズになりました。では「戦争屋」さん、どうぞ。

・戦争屋 北朝鮮が核兵器を実戦に使うのは無理だ、ということを話しましたが、中・短距離ミサイルは利用できます。これにサリンや炭疽菌のような生物・化学兵器を積むのは簡単です。戦略核のような広範囲に及ばないとしても、無差別大量殺人兵器になります。

・硬 ミサイルは狙いがちょっとはずれただけで、一般住民が犠牲になる。これはイラクやアフガンなどで実証済みですね。化学兵器は、ヴェトナムの「枯葉作戦」みたいにヘリとか飛行機でじゅうたん爆撃すれば、原爆並みの殺傷能力となる。

・戦争屋 1996年の国連人権委員会の決議で大量破壊兵器・無差別殺傷として、このほか劣化ウラン弾、燃料気化爆弾、クラスター爆弾などを指定しました。この中で航空自衛隊は数千発のクラスター爆弾を持っています。

・平 エッ?。あの一発の爆弾から何百かの子爆弾がとび出して一帯が破壊されるだけでなく、不発弾が残って子供なんかがさわると爆発するという例のやつ?。

・停 そんなのどこで使おうていうの。

・硬 ちょっと待って。「クラスター爆弾 廃棄」……と。石破防衛庁長官「敵の着上陸侵攻に際して侵攻部隊の陣地、戦車等車両の集積所を攻撃し、侵攻を阻止するのに有効」だってさ。

・停 あら、どっかの国が大勢の兵隊と武器を積んで日本に敵前上陸するわけ?。それどこの国?。人里はなれた山の中にでも陣地や倉庫を作ったらその爆弾でバンバンとやる。マンガだってそんな筋書きないわ。向こうの方が先にやってから上陸するというのならわかるけど。

・戦争屋 冷戦中、北海道にソ連が攻めてくる、という想定があったし重戦車も配置した。その名残でしょうね。すくなくとも今はその体制を変更しています。

・乙 どう考えてもこの兵器は、国内用ではないね。使う場面が浮かばない。防衛には全然適さないよ。

・平 今日の毎日新聞にこんなことが出ている。<br />「非政府組織(NGO)の主導でクラスター(収束)爆弾の使用を禁止する条約の策定を目指す動きが加速している。大量のクラスター爆弾を製造・保有する米国、ロシア、中国などの反対を押し切る形で、禁止条約の趣旨に賛同する国の政府とNGOによって条約作りに向けての準備協議が来年にも始まりそうだ」って。

・戦争屋 99年に発効した「対人地雷禁止条約」と同じですね。これも米、露、中の3国が入っていない。しかし日本はこの条約に前向きに取り組み、日本が持っていた最後の地雷を小泉さんの号令で爆破しました。もっとも、決めたのは橋本、小渕さんの時代で条約の内容も不備な点が多いんですがね。

・平 へー、小泉さんがねえ。今度はどうだろう。ノルウェーとかスエーデンなどいつものようにヨーロッパの20カ国などが積極的のようだけど。日本は前の人権委員会の指定の時のように棄権する?。

・停 さあ、安倍首相。じーと見ていてあげるわよ。どうするか。

・平 ああ、こわ。 

2006年11月16日

第一セットは負け

 教育基本法の委員会強行採決がおこなわれた。野党が今日から衆参両院の国会審を拒否する、といってもそれで事態を逆転できた例はなく、野党、または野党内部の結束にも危惧がつきまとう。そして、よほどのことがない限り今国会で可決成立するだろう。

 ただ文字通り教育の基本的な方向付けをする重要法案が、現法と違って野党欠席のまま衆議院本会議で単独採決されたもの、となれば将来に禍根を残す法案と言わざるを得ない。もともとこの法案を安倍政権が最重要法案として執念を燃やしていた意図を暴露し、その反動性や矛盾をつかなければならなかったのに、最大野党民主党は、郵政の時と同じように対立点がぼやけた対案路線で国民の目をそらしてしまった。

 この勝負、どう政権与党を非難中傷しようとも、野党はすでに第一セットに負けたのである。野党は負けた原因を追求し、直ちに反撃体制を整えなくてはならない。このところ、新聞論調にしろ世論にしろ野党に追い風が吹き始めている。安倍政権は右傾路線以外に定見がなく、野党にとってむしろ攻めやすくなっているのだ。

 地方選や補欠選挙などで地道に勝ち星をあげ、国会論議で仮借のない論戦をいどみ、追い風を我がものにしていくしか方法はない。そして参院選で与野党逆転を実現させ、教育基本法にもとずく逆コース法案の成立をはばむことだ。

 ただ、政権を奪取しないと国会議論を経ない通達や指導といった方法で、現場への締め付けが行われる可能性がある。やはり安倍政権はなんとしても退陣させなくてはならない。その上で、何時の日か国民の総意に基づく基本法への道筋をつけるという最後の勝利を目指すしかない。野党の奮起をうながす所以である。

2006年11月17日

与謝野晶子の愛国心

 雑誌『明星』に発表された有名な歌「君死たまふことなかれ」である。何度も目にしている有名な歌であるが、キーボードから入力し、あらためて涙した。いまから102年前に思いをいたし、是非音読して欲しい。

 暖簾のかげに伏して泣く
 あえかにわかき新妻を
 君忘るヽや思へるや
 十月も添はでわかれたる
 少女ごヽろを思ひ見よ
 この世ひとりの君ならで
 あヽまた誰をたのむべき
 君死たまふことなかれ

 君死たまふことなかれ
 すめらみことは戦ひに
 なほみづからは出でませね
 かたみに人の血を流し
 獣の道に死ねよとは
 死ぬるを人のほまれとは
 大みこヽろの深ければ
 もとよりいかでおぼされむ

 堺の街のあきびとの
 旧家をほこるあるじにて
 親の名を継ぐ君なれば
 君死たまふことなかれ
 旅順の城は亡ぶとも
 亡びずとて何事か
 君知るべきや商人の
 家のおきてになかりけり

 早速、評論家・大町桂月が雑誌『太陽』でこれに噛みついた。「草莽の一女子、『義勇公に奉すべし』とのたまへる教育勅語、さては宣戦詔勅を非議す。大胆なるわざ也」。たしかに戦場に出ることのない天皇をいうあたり、過激である。

 大町は続けて「家が大事也、妻が大事也、国は亡びてもよし、商人は戦うべき義務なしと言ふは、余りに大胆すぐる言葉なり」と評し、内務省が発禁にしないことを責めている。

 晶子は、そのまた翌月の『明星』で、こう反論した。

 桂月様の御評のりおり候に驚き……勿体なきことに存じ候。さは云へ出征致し候弟、一人の弟の留守見舞に百三十里を帰りて、母をなだめし弟の嫁ちからづけたしとのみに都を離れ候身には、御評一も二もなく服しかね候……あれは歌に候。この国に生れ候私は、私等は、この国を愛で候こと誰にか劣り候べき……。さればとて少女と申す者誰も戦争ぎらひに候。御国のため止むを得ぬ事と承りて、さらばこの戦勝てと祈り、勝ちて早く済めと祈り……私等が及ぶだけのことをこのいくさにどれほど致しをり候か……私が『君死たまふこと勿れ』と歌ひ候こと、桂月様太相危険なる思想と仰せられ候へど、当節のやうに死ねよ死ねよと申し候こと、又なにごとにも忠君愛国などの文字や、畏れおほき教育勅語などを引きて論ずることの流行は、この方却て危険と申すものに候はずや……歌は歌に候。

 (以上の引用部分は、すべて井口和起『日露戦争の時代』吉川弘文館、による)

2006年11月18日

政治家失格

 大江健三郎氏は「人は自らの職業に畏れを持たなければならない。最も必要とされる政治家にそれがない」といった趣旨のことをいっている。大言壮語は誰にでもできる。しかしそれほ支えるのは豊富な経験と知識、そして人を魅了する教養である。

 いま問題となっている「教育基本法」の扱いは、それこそ最大の「畏れ」をもって取り組まなくてはならない問題だ。しかし最重点法案と位置づけた安倍首相が意図するのは、もっぱらそれが「占領中に押しつけられたもの」という自虐的な「偏見」から来ている。

 それ以外は、教育勅語で示されたような徳目を復活させたいということだろうが、現憲法に抵触しない限り基本法以外で教育に取り込めるはずだ。占領被害者的発想で処理を考えているのは、憲法改正についても同様である。

 安倍晋三著『美しい国へ』は実に荒っぽい表現で、短絡した歴史認識が繰り返される。それを裏返していうと、祖父である岸信介首相だけが正しい政治をおこない、終戦直後、日本が再建できるかどうかといった時代に、苦労してその筋道をつけた岸首相の先輩、幣原首相や吉田首相は、間違った選択をし米国に一方的に屈したとでもいうのだろうか。

 憲法についていうと、「詫び証文のような」「へりくだった」「GHQが10日間そこそこという短期間で書き上げた」草案を押しつけられたという書き方だけで、その前に作られた日本案(松本案など)との関連、幣原首相の抵抗と両者間の条文を調整する血のにじむような努力、衆議院で日本側発案による11項目の修正、そして貴族院による「文民条項」などの修正を経て成立したことには触れていない。

 GHQ側は、対外的に日本が自主的に決めたという建前にしており、日本側にとって到底受け入れかねるような内容なら否決すればよかったのだ。勿論日本側はGHQの押しつけがあったことは知っている。しかし、国民主権、象徴天皇、戦争放棄など国民の多くが納得し賛成したものだ。

 小泉首相から防衛大学校校長に任命された五百旗頭氏でさえこういっている。「明治憲法は、伊藤博文はじめ、当時としては錚々たるメンバーを揃え、しかも長時間をかけて作られた。にもかかわらず、さまざまな問題を残した。松本案の内容から考えてみても、9日間で書かれたこの憲法が、その作成期間の短さをもって批判されることがあってはならない」(鈴木昭典『日本憲法を産んだ密室の九日間』創元社)。

 占領が終わり講和条約が結ばれた。もういつ憲法を変えてもいい。しかし、戦前の一部権力者をのぞく国民が喜んで受け入れた憲法を変える気運はなかった。それどころか吉田首相はこの憲法を利用して、米軍の再軍備計画をはねかえし、以後半世紀にわたって他国民を傷つけないですんだ。

 政治家はこの歴史の重みにどれだけの畏れを抱いているだろうか。戦後生まれであるかどうかは問わない。戦後日本の再建・発展を支えてきた多くの諸先輩の労苦をないがしろにしていいのだろうか。安倍氏の前掲書にいう「わたしは、この国に自信をもって生きていきたい。そのためには、先輩達が真剣に生きてきた時代に思いを馳せる必要があるのではないか」がまさに空文化する。

 それとも、戦前・戦中の先輩には思いを馳せるが、戦後を支えた諸先輩は無視するというのだろうか。それならば政治家としてあまりにも軽く、畏れを知らない発想といわざるを得ない。また総理大臣という職は、自民党を代表する地位でなく、教育基本法に反対する国民を含む、全国民を代表するという畏れを持っていたたきたいものである。

2006年11月20日

沖縄知事選に思う

 19日に終わった沖縄知事選は、自・公推薦の仲井真氏が勝利した。この選挙の公示にあたり、わが委員会は、「安倍自民と小沢民主の激突などという皮相的観測を流す中央のマスコミが多いが、県民には通じない」と書いた。

 選挙の結果を受けて、各マスコミは依然として「安倍自民党が国会運営で強気に」とか「民主小沢の指導力にかげり」といった論評を掲げている。そもそも沖縄独特の政治風土とは縁のない話だ。沖縄に住む親族の話しでは、中央の喧噪をよそにこの選挙に住民の半数は関心がなかったという。

 沖縄住民にとっては、基地縮小・撤去の方向性はすでに過去の住民投票で明確になっており、すでに争点ではなくなっている。縮小・撤去実現の仕方についてどの方法をとるか、どの候補によりメリットがあるかの差で、その選択はヤマトンチュウに経験のない長年の苦悩の中から生まれたものだろう。

 したがって、与野党ともにこの結果を政争の具にしすべきではない。それよりも、これを機に沖縄の苦悩を全国民の苦悩として受け止め、安全保障のあり方、地域振興のあり方などについての議論を深め、知事選の争点ではなく中央の問題として議論していくべきである。

2006年11月23日

冬来たりなば

御岳昇仙峡(山梨県(映像略)

2006/11/23 撮影

2006年11月24日

集団的自衛権

仮想定例委員会

・平 このところ何か「集団的自衛権」が怪しくなってきているね。「日本国に個別の自衛権および集団的自衛権はあるが、憲法上集団的自衛権の行使はできない」という解釈が、歴代政府のとってきた態度だったよね。それが最近はなにか「いけない解釈だから改める」という雰囲気づくりが盛んだ。

・停 「検討が必要」という安倍発言でしょ。日本を日本人が守るのはあたりまえだけど、他国と一緒になって他国と自国を一緒に守ることもいいんだよ、というのが国連憲章の中にある。それをそのまんま日米安保条約に持ってきた。だから、日本を守ってもらうならアメリカを守ってあげなくちゃあ、という理屈でしょ。

・平 そんなこと安保条約に書いてあるの?。

・硬 それは第5条ではっきりしている。いい、読んでみるよ。
 「各締結国は、日本国の施政下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続きに従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する」

 「日本の施政下にある領域」、「憲法に従って」など意外にはっきり書いてあるじゃん。

・乙 それが、小渕内閣の頃から「後方支援ならいい」とか、条件をつけてながらなしくずしにしはじめた。それが小泉時代にブッシュを喜ばせたイラク自衛隊派遣で、復興支援はいいとか、戦闘地域でなければいいとか、特別措置法を作ってとうとう大胆に海外派兵してしまった。つまり、解釈改憲だね。

・平 アメリカはそれでも本当は不満なんだ。表にださないだけで「改憲しろ」という日本に対する圧力がますます露骨になってるみたい。

・乙 安倍首相も、内心すでに違憲状態だと思ってるから「自分の任期内に」といっている。しかしどうなんだろう。今度の参院選では、「集団的自衛権解釈の変更」なんていって公明党の警戒心を解く、つまり抵抗の多い改憲案は先送りするんじゅないかなあ。

・硬 そうなんですよ、民主党までが安全保障の基本政策に「集団的自衛権」の解釈を取り込む、といっている。その中味がよく分からないから批判もできないけど。

・平 みんな「まず安保ありき」なんだよね。わが委員会みたいに、真の日米友好のために今何が必要か、という考えは非現実的だと思っている。

・停 その方がアメリカさんも都合がいいんじゃないの。<br /><strong>・乙</strong> 集団的といっても日本とアメリカじゃあ軍事力の開きが大きいから、史実上アメリカ的自衛権だ。NATOもアメリカ軍が牛耳っているが、まだ多くの国の集団の中の一国という位置づけがある。だけど、ボスニアやアフガン今度のレバノン対応など、遠出作戦はどうも疑問が多いようだ。

・平 集団的自衛権も世界的な見直しの時期にきているんですかねえ。庶民にはむつかしくてよくわからんけど。

2006年11月25日

放射能暗殺

 元ロシア連邦保安庁(FSB)中佐アレクサンドル・リトビネンコ氏が、ロンドン市内で大量の放射能物質・ポロニュウム210を飲まされるかどうかして暗殺された。日本で高レベルのものは輸入が困難といわれる物質だけに、それを使った殺人は、国家クラスの機関が関与していると見ていい。

 同氏はホテルで旧ソ連国家保安委員会(KGB)の元将校らロシア人2人と会ったあと、すし店でイタリア人コンサルタントと面会しているという。放射能は、自宅、ホテル、すし店の3カ所で検出されているというから、犯人はイタリア人ではなさそうだ。

 すると疑われるのはKGBの元将校である。ところがその2人はテレビの取材に顔をさらし、「現場での飲み食いは一切なかった」と証言、否定している。事件発覚後英外務省は、ロシア政府に対し関連情報の提供を要求した。

 ロシアのプーチン大統領もテレビの前で「聞いていない、必要があれば調べる」という趣旨のことを言っている。北朝鮮が、拉致被害者の問い合わせにかつて答えていたせりふによく似ている。

 このところ、たびたび報道されるロシアの暗殺多発に関連し、マスコミの心証もロシア犯行説にかたむきがちだ。しかし、あまりにもお膳立てがよすぎる。ロシアの諜報関係者が会うことを知っている第三の男の犯行に違いない。

 目的は、プーチンを窮地に立たせたることだろう。かつての西側陣営とかCIAは、いまさらそんなことをする必要がない。あるとすれば、旧ソ連圏内の国や機関に疑いがかかる。ウクライナ大統領選の時の候補者のボコボコになった顔を思い出す。

 まるで007時代の再現のようだが、どこかの国に、アメリカ式NSC(国家安全保障会議)がかっこいいとばかり、英字3文字の組織をすく真似したがる首相がいるので、注意した方がいい。

2006年11月26日

いじめと石原知事

 石原慎太郎東京都知事が海外出張で、条例で定められた「首相と同程度」とある宿泊費の1.6~3.3倍にあたる高級ホテルに泊まっていたとか、画家である4男の息子を公費でヨーロッパ旅行させたとか、あるいは「いじめ」問題の発言に「子供の心を傷つける」などという抗議が殺到しているそうである。

 石原知事とはほぼ同年輩だが、日頃の右翼ばりの小児病発言は決して許せない。上記の記者会見でも、質問した記者を見下したような無礼な回答に、テレビの前で思わず怒鳴ってしまった。しかし、いじめについて「自分で戦ったらいい。ファイティングスピリットがないと一生どこへ言ってもいじめられるんじゃないの」という部分は、珍しく共感した。

 かつて「第三国人」発言があった際も、終戦直後「進駐してきた米国などの戦勝国人ではなく、在日朝鮮人が急に日本人でなくなってしまったことから流行した言葉で、畏敬の念はあっても差別する意識はなかった」という考えに同意して以来のことである。

 それはともかくいじめの問題だが、「教育現場を知らない」という点は都知事と同じで、ご批判があれば甘んじて受ける。いじめというのは、質や量は別としていつの時代にもあったことだと思う。自分の経験に照らしていうと、終戦前後にも縁故疎開児童に対する地元児童のいじめが、今ほどではないにしても社会問題化した。

 子供がやることは、現在とほぼ同様である。喧嘩などしたことのない子供が、悪口に我慢できず言った相手と取っ組みあいになる。まわりの子たちがはやしたて、いじめっ子が組み伏せられると足をひっぱって逆転させたりする。

 こんな目にあって物陰で泣くことはあっても、相手になったことでいつしかいじめる対象ではなくなってくる。また、成績一番になって見返してやるという子もでてくる。そこから逃げたりいじけたりするのは、最悪である。いじめる方はそれが面白くてやるのだから。

 今、いじめと自殺の犯人さがしかまびすしい。家庭だとか、教員だとか、教育委員会だとか、果ては教育基本法にまで持っていこうという輩までいる。そのどれでもない。私は、長年にわたり放置されている低俗テレビ番組を摘発したい。

 見てもいただきたい。今お笑い系の第一人者といわれる面々。相方をひっぱたいたり、投げ飛ばしたり、身体的な欠点、地方出の人、外国人、それに子供や老人まで、弱者をかり出して笑いを取る。そんなことはしなかったというタレントがいたら示して欲しいほどだ。 勿論タレントの責任であるとは言わない。それを作る方、見て喜ぶ方、視聴率を売る方買う方、すべてに存在する風潮である。つまり今、内政も経済も外交も、いじめ文化の中にどっぷり浸かっているといいたいのだ。

 子供は生まれながらにそんな中で育っている。

2006年11月27日

戦争屋(4)

幻想戦争屋店頭 ひと:戦争屋主人、客・平

・平 やあやあ、開店おめでとう。
・戦争屋 おめでたいことなんかあるものか。兵器屋以外誰も喜ばない。

・平 おや、こっちはミサイル・コーナーかい?。どれどれ、米国宇宙軍(スペース・コマンド)「2020年への展望」パンフレットがあるね。国防総省発行か。

 「世界経済のグローバル化はつづき、『持てる者と持たざる者』の格差は拡大する」ので、危険が増大し反米感情が広がっていくであろう世界において、われわれには「アメリカの国益と投資を保護するために宇宙次元での軍事行動で支配権を握る使命がある」

 なに~ぃ。こんな自分勝手な理屈があるの。軍需産業に2020年まで仕事を補償しますよっ、てんで相当無理してるよ。

・戦争屋 出所は、チャルマーズ・ジョンソン著、屋代通子訳『帝国アメリカと日本武力依存の構造』集英社新書だ。

・平 こっちは、自衛隊だね。発射された敵の弾道ミサイルは、発射直後の上昇加速段階(ブースト・フェーズ)が終了した時点で着弾予想地点を割り出し、日本の領域内か否かが判明した時点で自衛隊法第76条が適用され防衛出動が行われる。

・戦争屋 だから、今は日本の上空を通ってアメリカに向かうミサイルは、打ち落とせない。ま、技術的に不可能だけどね。

・平 こっちは、防衛庁シンクタンク防衛研究所「東アジア戦略概観2004」だよ。北朝鮮による弾道ミサイル攻撃を想定して、わが国に対する発射準備を整えつつあるミサイル基地は「法理論上、武力を行使して相手国のミサイル基地を攻撃することができる」だってよ。

・戦争屋 やつらは、これをしてはいけない、と法律にはっきり書いてなければなんでもできる、と考える。核兵器を持つこと自体は憲法違反でないという論法と同じだ。

・平 憲法をどう読めば、「先制攻撃をしてもいい」という解釈になるの。さすがは、戦争屋さんだ。品揃え豊富でこわくなったよ。

・戦争屋 いやまだまだ、準備中だからこんなものではすまないよ。

2006年11月28日

戦争屋(5)

【未整理のガラクタ箱】ミサイル・コーナー
*ABL(Airbome laser) 空中発射レーザー・ミサイル迎撃機
*AEGIS (先進型艦対空地域防衛)米・独・伊の開発
*BMDO (弾道ミサイル防衛局)
*BMD(Ballistic Missile Defence) 弾道ミサイル防衛システム

*DF25 (中国=中距離弾道ミサイル=射程1800~2500Km)
*ICBM(Intercontinental Ballistic Missile) 大陸間弾道弾
*IRBM(Intermediate Range ) 中距離弾道ミサイル
*MEADS(中距離拡大防空システム) 米・独・伊の開発

*MD(Missile Defence) ミサイル防衛
*NBC兵器 (核・生物・化学兵器)
*NDA(Navy Area Defense) 海軍地域防衛
*NMD(National Missile Defence) 国家ミサイル防衛→ICBMからの防衛

*NTWD(Navy Theatr Wide Defense)海軍戦域広域防衛
*PAC-3(Patoriot Advanced Capability 3) バトリオット
*SM-3(Standerd MMissile-3)→イージス艦搭載
*SLBM(Ser launched Ballistic Missile)潜水艦発射弾道弾

*TBM(戦術・戦域弾道ミサイル)
*TDS(終末段階防衛セグメント)
*THAAD(戦域高高度地域防衛)
*TMD(Theatar Missile Defence) 戦域弾道ミサイル

*イージス艦 (艦隊防空システムを持つ軍艦)
*デコイ (囮弾頭)
*ノドン (北朝鮮=中距離弾道ミサイル=射程約1300Km)150基前後
*テポドン(北朝鮮=中距離弾道ミサイル=射程約2000Km)

2006年11月29日

民主党基本政策案

 28日民主党が、基本政策案(たたき台)を発表した。そのうちわが委員会にとって最大の関心事である「外交・安保政策」を同党HPから拾ったので、取り急ぎ下に転記した。<br /> わが委員会では、◎現憲法の精神尊重と憲法9条保持があるので、自民党改憲案とは対立することを評価。◎国連に対しては、旧小沢方式と同じで過大評価が目立ち、特に国連憲章42条にも積極参加するというだけで、国連改革や装備、指揮権、国内手続きなど具体性に欠け、大いに問題あり。というとりあえずの感想である。

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Ⅲ. 外交・安保政策

=平和を自ら創造する=

1.外交政策の基本姿勢
 外交では、先の戦争に対する反省をふまえて、一つには人間と人間、国家と国家との「共生」、つまり日本及び世界の平和の確保、もう一つは人間と自然との「共生」、つまり地球環境の保全を、日本が率先して進めることを国是とする。<br /> また、世界の国々と相互の信頼に基づく対等な関係を積み上げ、平和で自由で開かれた国際社会の実現を推進する。特に、米国とは対等な真の同盟関係を築き、中国、韓国をはじめアジア諸国との信頼関係を醸成する。

2.真の日米同盟の確立
 日米両国の相互信頼関係を築き、対等な真の同盟関係を確立する。そのために、我が国は我が国自身の外交戦略を構築し、日本の主張を明確にする。また、日本は国際社会において米国と役割を分担しながら、その責任を積極的に果たしていく。さらに、真の日米同盟の確立を促進するために、米国と自由貿易協定(FTA)を早期に締結し、あらゆる分野で自由化を推進する。

3.アジア外交の強化
 アジアの一員として、中国、韓国をはじめアジア諸国との信頼関係の構築に全力を挙げ、国際社会においてアジア諸国との連携を強化する。特に、エネルギー・通商・環境分野において、アジ
ア・太平洋地域の域内強力体制を確立する。

4.核廃絶の先頭に立つ
 唯一の被爆国として、世界の核廃絶に向けて、日本が先頭に立ち、行動する。我が国が主導して、核保有国の理解を求め、非核保有国の理解を求め、非核保有国やNGO等と連携をとりつつ、核軍縮の取組と、実効性ある査察体制の確立を含む核不拡散体制の強化を、積極的に着実に進める。

5.貿易・投資の自由化を主導(省略)

6.政府開発援助(ODA)の抜本見直し
 政府開発援助(ODA)を抜本的に見直し、相手国の自然環境の保全と生活環境の整備に重点的に援助する。それにより、日本が地球環境の保全で世界をリードする地位を築いていく。

7.自衛権の行使は専守防衛に限定
 日本国憲法の理念に基づき、日本及び世界の平和を確保するために積極的な役割を果たす。自衛権は、これまでの個別的・集団的といった概念上の議論の経緯に拘泥せず、専守防衛の原則に基づき、我が国の平和と安全を直接的に脅かす急迫不正の侵害を受けた場合に限って、憲法第9条に則り、行使する。それ以外では行使しない。

8.国連平和活動への積極参加
 国連は二度に亘る大戦の反省に基づき創設された人類の大いなる財産であり、これを中心に世界の平和を築いていかなければならない。
 国連の平和活動は、国際社会における積極的な役割を求める憲法の理念に合致し、また主権国家の自衛権行使とは性格をことにしていることから、国連憲章第41条及び42条に拠るものも含めて、国連の要請に基づいて、我が国の主体的判断と民主的統制の下に、積極的に参加する。

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【国連憲章】(参照:管理人)
第41条〔非軍事的措置〕
 安全保障理事会は、その決定を実施するために、兵力の使用を伴わないいかなる措置を使用すべきかを決定することができ、且つ、この措置を適用するように国際連合加盟国に要請することができる。この措置は、経済関係及び鉄道、航海、航空、郵便、電信、無線通信その他の運輸通信の手段の全部又は一部の中断並びに外交関係の断絶を含むことができる。

第42条〔軍事的措置〕
 安全保障理事会は、第41条に定める措置では不十分であろうと認め、又は不十分なことが判明したと認めるときは、国際の平和及び安全の維持又は回復に必要な空軍、海軍又は陸軍の行動をとることができる。この行動は、国際連合加盟国の空軍、海軍又は陸軍による示威、封鎖その他の行動を含むことができる。

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