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2006年4月

2006年4月12日 (水)

1周年

[反戦老年委員会復刻版]

 今日は昨年、はじめてブログの大海に乗り出した記念日です。記録を見ると、ブログの利用開始日は、05年4月10日になってます。ところが最初の記事まで2日のブランクがあります。最初の記事は12日付「中国の反日デモ」で、その書き出しを「初見参させる予定の記事を差し替えた」としていますから、10、11日とメディアを埋め尽くした反日デモを、座視するにしのばなかったのでしょう。しかし、没にした前の記事が何だったかは覚えていません。

 前にも書きましたが「反戦老年委員会」の命名は全くの思いつきです。ベトナム戦争当時存在した反戦青年委員会とは何の関連もなく、当時青年よりややお年を召していた私は、運動とは無縁でした。しかし、このところのイラク派兵にはじまって、改憲気運、近隣国への敵視、戦前復帰など思慮を欠いた右傾化の世相に「黙しがたく」、というのが本旨であることにはちがいありません。

 だから日記ではないが、途中から日記の記録性も意識するようになりました。この一年の政治を中心としたドラスチックな変転は、十分個人記録に残すだけの価値があると思ったからです。さらに、戦後60年だった昨年、戦中の体験もさることながら、一部で戦後の史的検証にシフトしようとしていることに関心もでてきました。これは靖国参拝問題などもあり、今後も続くだろうと考えています。

 あまりこむつかしいことを書くつもりはなかったのですが、ここに一年のデータを記録し、本ブログにご来訪の諸兄姉に深く感謝すると共に、これからも引き続きご叱正ご声援くださるよう切におねがいします。ついでに、ところどころ塗装がはげ、このところめっきり動きの鈍くなったパソ君にも感謝の意を表します。

2006年4月14日

続・無防備地域宣言

 管理人の居住地域で、ジュネーブ協約に基づく「無防備都市宣言」運動が始まった、という報告を1か月ほど前にした。運動の目的は、市区町村にこの宣言を盛り込む条例制定を働きかけることだが、有権者数の50分の1以上の署名を1か月以内に集めなければならない。

 運動を主宰する団体によると、4月7日に法定署名数7530を越え、昨日13日には、1万を突破した。この調子なら17日の締め切りまで法定数の倍は集められるだろう。しかしそのあとが大変だ。04年3月に口火を切った大阪市をはじめ、枚方、荒川区、藤沢、品川区など、のきなみ地方議会が否決している。

 新聞報道に出てこないので詳しい事情はわからないが、反対理由は、中央官庁の意向、国内法の未整備、実効性の問題、その他文言の揚げ足とりや、法的なあらさがしに終始して請求が葬られているようだ。

 そして、実態は共産党と社民系の市民運動出身議員が賛成、自民系は反対、まではわかるが公明と民主が賛成に回らないため実現が阻まれているように見える。おそらく当市も同じ運命をたどるだろう。

 話はちがうが今、注目を浴びている千葉7区の衆議院議員補欠選挙にも、似た事情がある。民主党の若い女性候補の支持を考えていた社民党が、憲法9条等への見解をただしたところ明確な回答を得られなかったため、自由投票とした、というベタ記事があった。

 民社党と公明党のどっちつかずは見苦しいだけでなく、国民を愚弄することにもなる。いずれも、権力の至近距離にいて摩擦をさけたい、取り入りたいという姿勢に見られてもしかたがない。わが国の将来と民主主義にとって、これでいいのか。今後の党勢にも大きく影響してくることだろう。

 そういう私も、持論と異なる点があることを理由に、署名集めには協力していない。しかし街頭で署名に応じて、法定数突破したと聞いて事務局に祝辞を送り激励した。「中共の仲間か」などと妨害を受けながら署名活動を進める諸君の、すこしでも力になれれば、という平和へのメッセージは伝わったはずだ。

2006年4月15日

李白

私本・善隣国宝記

 当委員会が、日頃薫陶を受けているブログに「狸便乱亭」さまがある。題字の下に、李白の漢詩を掲げられている。去年、当委員会に来訪を辱なうしてから、「反戦基地」というカテゴリを設けていただき、独特のタッチで援護射撃をしていただいている。また「怒ブログ」というカテもあり、お目にかかったことはないが、日頃よい酒に親しんでおられるお姿が記事からも目に浮かぶのである。

 戦時下の中学校で漢文は習った(先生が嫌いで、落第点だった)が、教材は孔・孟ばかりで、杜甫・李白などは教わらなかった。李白についての乏しい知識では、豪放磊落、耽美的、さらに鋭い観察眼を持っていたが、酒好きがたたって権力からは遠ざけられていたという程度(「狸便乱亭」さま、違ってたら訂正してください)で、戦時教育には適さなかったのだろう。

 李白には、日本人の知人がいた。安倍仲麻呂である。711年、留学生として遣唐使に同行、玄宗皇帝に認められて35年間帰国できなかった。ようやく機会を得て帰国しようと待機していた時の仲麻呂の和歌が有名である。

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出し月かも

 しかし、この帰国の船は途中で難破し、一時仲麻呂の死亡が伝えられた。李白は追悼の詩を贈っている。なお万死に一生を得た仲麻呂は、帰国叶わず唐で73歳の生涯を閉じた。

 李白は、月を題材にすることが多かったという。仲麻呂がうたった三笠山の月も李白との別れを意識したものかも知れない。しかし日本の三笠山にのぼったおぼろ月ではなく、中国の月は白銀をコンパスで切り取ったような、すみずみまで照らす清冽な月だっただろう。

 中国文化の一端に由来する「文人墨客」という言葉も、永井荷風の頃以降絶えて聞かない。石原慎太郎などその対極にある人物で、教育現場の自由を奪おうとするなど、文人であることさえ疑わしい。「狸便乱亭」さまには、末永く「文人ウエブ客」を続けていただきたいものだ。

2006年4月16日

任那

私本・善隣国宝記
 前回、このシリーズを唐の「李白」の時代にまで飛ばしたので、また卑弥呼の頃まで引き戻すことにした。なお卑弥呼は、過去のでも取り上げており、関心をお持ちの方は参照していただきたい。また、邪馬台国論争など、あふれかえらんばかりの書物があるので、ここではあっさり済ますことにする。

 朝鮮半島は、紀元前108年に漢の武帝が楽浪郡、帯方郡など4郡を置いて支配に乗り出したが、南部までは浸透せず、卑弥呼の没年頃には、北方の新興勢力高句麗などに取って代わられた。したがってこの頃はまだ朝鮮に国らしい国ができていない。ただ楽浪などは、中国から大勢の官吏を迎え入れて文物、風習などすっかり漢化していたものと思われる。

 郡の役割の大きな部分が交易であるとすると、中国人は古くから南下して倭人と接触し、そこに生活基盤を置いたケースも少なくないと思われる。また倭人と混血するとか、海を渡り倭の王宮に官僚として就職するといったケースもあっただろう。そういった言語・事務能力のある人達が使節になって、漢や魏など中国政権と国交を進めていたと考えてもいい。こうして卑弥呼は、日本史上まれに見る中味のある外交を中国政権との間で展開していたのである。

 さて、本題の任那(みまな)に話を移そう。卑弥呼が倭迹迹日百襲姫だとするとその55年後(4世紀初頭か)に、はじめて任那の国から使者が来た、と『書記』に記す。『書記』の上でこれが最初の外交記事だとされるが、このあとに来日する、新羅の日槍(ひほこ)伝説同様、神話的な説話が半分以上である。これに相応する伝説が朝鮮側にもあることから、貴人が往来していて何らかの交流がひらけていたことだけはたしかだろう。

 この頃から朝鮮もようやく国らしいものができてきた。おおざっぱに区分すると北半分が高句麗、その南、西岸に百済、また東岸が新羅、そして最南部と新羅・百済にはさまれた洛東江沿岸が弁韓諸国、といった形ができてきた。前述の使者は「意富加羅の王子」と自称しており、弁韓諸国の1小国で「任那」の国というのは存在しない幻の国だ。

 ところが日本史の上では、6世紀中頃まで「任那」が存在した。はっきりした国境を持つ今でいう「国民国家」ではなく、日本が支配または影響力を行使し得る勢力範囲を指している。また、支配者には日本国内の豪族と同じ姓氏を名乗る者も多かった。しかし、そもそもの出身が、日韓どちらが先なのかはわからない。

2006年4月17日

怒ブログ寄席

 大川にかかる橋にさしかかると・・・・

●なむあみだぶ なむあみだぶ なむあみだぶ>■おい、まて!。なにをしやがる●どうか親方、お見逃しを。なむあみだぶ なむあみだぶ■見ればこの若さ、死に急ぐことはあんめぇ。さあ、わけを聞こうじゃあねぇか●はい、おたなの掛け取りにまわったけど、貧乏な家がふえて一軒も払ってもらえません。このままじゃあ番頭さんやおかみさんにどんなに叱られるか。もうおたなには帰れません。ここで身を投げて死ぬしかございません。どうか手を離しておくんなさい。なむあみだぶ

■こら、待たんか●そんなにおっしゃるならやめます。そういっちゃあ何んだが変わりに、お奉行所へ連れてっておくんなさいまし■何おう、なんで俺がそんなところへ?●へえ、お上からご褒美がいただけるんです■べらぼうめ。人助けをしたからご褒美?。こちとらはそんなお兄いさんとお兄いさんがちがう。見そこなうねぇ。まっぴらご免だね●いえ、親方ではなくあっしが頂戴するんで・・・・■????

(06/4/17・毎日新聞トップ記事)

 政府は昨年12月、関係省庁が連携し、15年度までに自殺者を2万5000人前後に減らすことを目標にした総合対策を発表。厚労省が3月31日、具体的措置の一歩となる都道府県などへの通知を行った。

 新法が想定する内容は▽効果的な予防策のために自殺の実態調査▽個人だけではなく、社会全体を対象にした総合対策▽自殺未遂者や遺族への支援--などで、社会問題が原因の「不本意な自殺」は、適切な社会対策さえ講じれば「避けられる死」と位置づけるとみられる。

2006年4月18日

ミサイル防衛

仮想定例委員会(出席)硬、乙、平、停

*平 やや旧聞に属するが、昨年末に新型迎撃ミサイルの日米共同開発の報道があった。それによると最大3000億円の予算をかけ、ほぼ10年ががりの計画で実施するという覚書を今月にも締結するという話だったが、聞いているかい?。

*停 聞かないわねえ。こういったのって産経がよく報道するけど、ほかではあまり見たことないわ。だいたいわかんないのよ。パトリオットだとか、BMDだとかSM-3だとかって何のことか。

*硬 「反戦」といいながら、軍事知識となるとわれわれの弱点になるんだよね。どこが問題なのかぐらいは研究しておかないとあぶない。大体、国会の方でもたいした議論がなく素通り同様だってさ。

*乙 迎撃ミサイルといえば、湾岸戦争でイスラエルに飛んできたイラクのミサイルにもうまく命中しなかったパトリオットというのが有名だよね。あれはテレビでも中継していたけど自爆テロみたいなもので、直接当たらなくても、飛んできたミサイルを道連れにすればいいという程度のものだ。それを直接命中させる確度を高めたのがSM3で、自衛隊のイージス艦に配備されることがすでに決まっている。

*平 衛星とかも使って軌道を割り出し追っかけるんだ。北朝鮮の「ノドン」なら空中で落とせる、というやつかな。

*乙 平さんがいった共同開発というのは、このまた改良型だ。というのは、いくら迎撃ミサイルの精度を高めても発射する方でおとりのミサイルをまぜたり、発射の速度をあげたりすれば容易にかわすことができるから、それに備えたものを作ろうというわけだ。

*硬 これは守る専門のミサイルだから、必要なら金がかかってもやるべきだ、という意見がある。この委員会でもそんな意見がでたこともあるね。

*乙 うん、ちょっと誤解された向きもあるが、「日本は国土防衛に強い意欲があって他国の侵攻をゆるさない」という態度があって、はじめて憲法9条が本来の効果を発揮するということをいいたかったんだけど。

*停 いま考えられる問題点というのは、何なの?。

*平 カナダが共同開発からおりたんだよね。アメリカと国土を接しており、人的にも経済的にも同盟関係といったら日本と比較にならないほど緊密だったはずなのに。

*停 イラク派兵もおことわりだし、このところブッシュ流アメリカには、はっきり距離をとりはじめたみたい。

*硬 とにかくアメリカは「わが道をゆく」で、冷戦時の軍縮の約束事を破棄する意向も示し始めた。「やばい」という感じもあるだろうね。

*乙 現実的な面もあるんだ。このシステムは際限ない金食い虫だってことね。発射する側と迎撃する側じゃあ最初から勝負がついているということ。発射側はちょっとした工夫で、相手を攪乱できるが、守る方は技術開発に猛烈に時間と金がかかる。しかも、完全というわけにいかないから何発か食らうのは覚悟の上だ。

*停 そんなことアメリカだってわかっているでしょう?。

*乙 そこにアメリカの産・軍癒着の構図と、各国を巻き込んだ資金協力体制で優位を保ち続けようという戦略をかぎとる人もいるわけだ。イラクの謀略戦失敗もあって、世界中から総スカンを食ってる時に、日本だけ小泉流べったりでいいのか、ということだね。

*停 民主の前原さん、暇になったんでしょ。軍事オタクの本領を発揮してよく研究してほしいわ。せめて国会ぐらいにぎやかにならないと。

2006年4月19日

四面楚歌

 四面楚歌、中国の故事からきたこの言葉をアメリカのために捧げたくなった。

★ベネズエラ かつてアメリカの裏庭といわれた親米集団の南米が反米ブーム。アメリカに嫌われたチャベス・ベネズエラ大統領が石油ブームで余裕たっぷり。キューバはもとより、アルゼンチン、ブラジルでも大人気。★ボリビア アメリカ大陸ではじめての先住民大統領・モラレス氏当選。米主導の新自由主義反対。

★韓国 北朝鮮から守ってもらってるはずなのに、最近はなんとなく邪魔みたい。太陽政策にはアメリカが似合わない。★サウジアラビア ビン・ラディンがサウジ人だから?。湾岸戦争の頃の相思相愛がウソのよう。★スペイン マドリードで列車爆破テロ。国民の間でイラク戦争に批判的意見が高まりイラク撤兵。★独・仏 アメリカの圧力をかわし最初からイラク戦争反対を通した。

★カナダ アメリカ大陸の隣国だが、前回の記事のようにイラク派兵や軍事協力に距離を置きはじめた。★イスラエル アメリカが支援するリクード右派を切り捨て、シャロンがガザ地区撤退を強行。独自路線を選ぶか。★パキスタン 国民の反米意識が高く、かつて育てたアルカイダも元気。アフガン攻撃当初のような利用価値がなくなり、カシミールが落ち着けば、お互いの仲もそれまで。

★ロシア ウクライナなどのロシアばなれをアメリカが影で応援?。どうしても好きになれない間柄。冷戦の頃の方がウマがあったよう。★イギリス ううーん。★フィリピン かつての植民地。イラク出稼ぎもままならず。公用語になっている英語の人気が急速に低下中。★イラク 民主的に選挙をしたらシーア派圧勝。アメリカが嫌いなイランと同じ宗派。引くに引けず。

 仕方ないから中国と仲良くするか。ブッシュの人気がなくなれば二大政党の民主党。その有力候補がブッシュ以上にネオコンかぶれのヒラリー・クリントンだって?。もう救いようがない。「日本もそれにならって」?。とんでもない!そんなアホな国にはならないハズダ!。

2006年4月21日

石油はさがる

 今朝のニュースで、アナウンサーが「高騰を続ける原油価格が、WTIで遂に73.5ドルの新高値をつけました」といっていました。ガソリンは税金の部分が多いので、値上がり率で見るとそれほどにも感じませんが、灯油は去年より5割も高くなって、お困りの家庭が多かったと思います。

 ”石油はさがります”--何日か前に、石油連盟の渡文明会長が「高値が続くとしてもこれ以上の暴騰はない」といったコメントを出していました。これは気休めではありません。株と同じで、暴騰したものは必ずある程度戻すのが当然です。

 「エッ、石油は限りある資源だしいずれなくなる。それなのに中国などの消費量が爆発的に増えていくから高くなる一方じゃないの。株の値段とは違うでしょう」

 そのこと自体はまちがいではありませんが、今の高値の原因ではありません。そこでWTIについてすこしご説明しておきましょう。WTIはニューヨークのマーカンタイル取引所で先物取引される、あるテキサス原油の名前です。この原油の産出量はごく僅かですが、これまで世界の原油価格の指標になってきました。それが04年1月の平均34.24ドルからわずか2年で倍以上になったわけです。世界的に原油が不足しているわけではないのになぜでしょう。

 「産油国イラクはまだ戦乱状態だし、次はイランが危ない。ベネズエラには反米政権、ロシアはパイプラインが不安定、アフリカも・・・」

 そういった世界情勢による不安材料の反映もありますが、アメリカ独自のもっと直接的な原因があります。この原油は簡単な精製設備で、ガソリンが多くとれるすぐれものの原油です。アメリカは世界一のガソリン消費国で、値段が高くなってもまだ消費が増え続けています。

 そこへ去年ハリケーンが襲い、ただでさえ不足気味だった製油設備が大被害を受けました。ほかの安い原油を持ってきてガソリンに精製するための設備投資も遅れていて、WTIは一気に人気化しました。世界がそれに振り回されているわけです。

 「例によって反戦老年委員会さんのアメリカ・バッシングみたい」

 いいえ別にそんなことはありません。次回は、あと何年で原油が尽きるか、その年数が増え続けているという話をしましょう。

2006年4月22日

原油枯渇の日

暦年 原油確認埋蔵量   可採年数
1930  25,865(百万バレル)    18.3 (統計とりはじめ)
1973  627,856           31.2 (第1次石油危機)
2005   1,292,550              49  (去年)

 あと何年、原油を掘り続けられるのか、原油が高騰している現在気になることです。毎年当然減っていくものと思ったら、ナナナナナント(←「きっこのブログ」の悪影響)年ごとにぐんぐんふえているのです。(下の可採年数がそれ=石油連盟資料ほか)

 ちょっとここで言葉の定義をしておきましょう。
【確認埋蔵量】油層内に存在する油の総量(原始埋蔵量)のうち、技術的・経済的に生産可能なものを「可採埋蔵量」といい、通常「原始埋蔵量」の20~30%程度といわれている。「可採埋蔵量」のうち、最も信頼性の高いものを「確認埋蔵量」としている。

【可採年数】ある年の年末の確認埋蔵量をその年の生産量で除した数値。確認埋蔵量の増加は、いままで無理だと思われた分も、生産技術の向上で採掘可能になる原油があることと、経済的理由(実はこれが大きい)で掘り出せる量が多くなるということのようです。

  かみくだいていうと、そこに原油がねむっていることがわかっても、開発のコスト、積み出しや輸送のコストなどを計算し、それが原油市場価格との比較で利益が出せないようなら、確認埋蔵量にカウントされないということです。それが今のように原油が高騰すれば、これまで見捨てていた油田でも、採算に合うところがどんどんでてくるということになります。

 油田ではありませんが、東シナ海で問題になっているガス田でも同じことがいえます。中国側の「春暁」に対抗して日本側に鉱区を設定しても、日本企業は今開発しても利益を生まないと判断すれば、どうしても投資に熱心になれません。そこが社会主義の国営企業とは違うところです。

 石油危機のあった頃は、地球上には理論的に2兆バレルほどの原油が存在する、といわれていました。今はそのまた何倍かになっているでしょう。しかし、石油資源が有限であることにはちがいありません。節約や代替エネルギーの開発を促進しなければならないことは、論をまちません。

 先進国の石油消費の伸びは、アメリカのガソリンなどをのぞき着実に減ってきています。中国やインドなどの伸びがいちじるしいものの、産油国の生産が順調に推移すれば、そう悲観的に考える必要はないということです。

2006年4月24日

補欠選挙

 千葉葉7区の補欠選挙が昨日行われ、民主党の前県会議員・太田和美氏(26)が自民党公認で公明党の推薦を受けた前埼玉県副知事・斎藤健氏を、わずか955票の僅差で破って当選した。隣の選挙区に住むものとして多少の関心があったので感じたことを記録しておく。

 民主党大揺れの直後に行われた衆院補選とあって世間の関心が高く、マスコミが大きく扱っていた部分ははぶく。まず、民主党のニセ・メール問題におとらない醜態を地元の民主党が演じていたことである。

 そもそも、この補選は、自民党の松本かずみ氏(松戸市長時代に「すぐやる課」を作って有名になり、後にドラッグストアー網を展開した松本清氏の孫)が選挙違反事件で議員辞職したため設定されたものである。

 前回の総選挙で松本氏に破れた民主党の内山晃氏は、比例区での当選の議員となったが、補選が行われる場合は、小選挙区に戻って立候補する含みになっていた。ところが、200人を越える公募応募者の中から1位に選ばれた自民党の斎藤氏に対し、ニセ・メール事件で信頼を失った民主党に勝ち目がないと見た内山氏は、立候補を辞退した上、民主党の不戦敗さえ公言した。

 仮に別の候補者を立て、万一当選したら自分が小選挙区から立候補する座がなくなるからである。さすがこれには、県連など内部からも猛烈な批判がまきおこり、太田氏の名乗りを認めざるを得なかった。そして内山氏の憂慮は、結果として現実のものになってしまった。身から出たさびというべきだろう。

 内山氏の見込み違いは、小沢新代表出現と思いがけない人気沸騰である。ニセ・メールが党存続の危機を招いただけに、その復元力は誰も予想しないものだった。それにしても、太田氏の圧勝は何によるものなのだろうか。

 私は、あえて「圧勝」という。なぜならば、投票前の週にかねてから右傾化を売り物にしている週刊誌が、そろって広告に太田氏に対し「キャバクラ嬢」とか「客を接待」という最大の活字を踊らせたことである。

 私は中味を読んでないが、法的に選挙妨害にはならないだろう。本人も臆することなく「事実ですから」といってるらしい。ニート出身よりはよほど尊敬されるべき経歴である。しかし、読者(選挙民)に何の心理的影響をもたらさないようなことなら、週刊誌が取り上げるはずがない。

 私は得票差以上の票が、太田氏から毛並みのいいエリート官僚出身の斎藤氏の方に回ったのではないかと思っている。総理まで前面に立てた自民党の応援をはねかえしたほか、この意味でも「圧勝」を得たと評価したい。

 小泉劇場は終わったわけではない。手を振ってワンフレーズで切る見得のポーズが飽きられ、幕が変わって、ぽつりぽつりと、時には迷惑そうにてらいながら語る土臭さ、男らしさの演者に人気が移っただけである。観客の質は明らかに高くなっている・・・・といいきれるかどうかだが。

2006年4月27日

たかりの構図

 アメリカのローレス国防副長官が、米軍再編経費の日本側負担を約260億ドル(約3兆円)との試算を公表した。これは、最近ラムズフェルド・額賀会談で合意した沖縄海兵隊のグアム移転経費の日本側負担の60.9億ドルが含まれているとすると、その他の国内における普天間飛行場の移設、空母艦載機の移転などに約200億ドル(約2兆3千億円)を負担させられることになる。

 これに、毎年米軍駐留経費の一部負担額、いわゆる「おもいやり予算」年600億円が加わり、毎年860億円が米軍のために必要だというようなことを、守屋武昌防衛事務次官がいいはじめた。

 こういった膨大な費用負担を試算したことについて小泉首相は、「米国がこれだけ日本の防衛に責任をもっているのに、日本の負担が軽すぎるしいう米国の世論に配慮しているんでしょうね」(毎日新聞04/27)と述べた。総理はいつから評論家になったのか。例によって無責任で「ひとごとのような」発言である。

 すでに指摘があるように、日本は世界で最高の米軍駐留経費を負担しており、基地は本国に置くより日本に置いたほうが安上がりだとさえいわれている。それに、今回の米軍再編は、明らかにアメリカの世界防衛戦略再構築に基づくもので、沖縄など基地の地元負担軽減の要求があることをよいことに、というよりもっけの幸いとばかり、日米の防衛当局が日本の国家予算を食いものにしようとしている「たかりの構図」ではないか。

 首相のいうような誤解(日本国民の中にもある)が生ずるのは、駐留が占領以来60年も続き、基地存続に根拠を与えた安保条約もすでに45年を越えるなど、現実にマッチしないものになっているからだ。日米友好関係を揺るぎないものにするためには、古式にのっとった変則的な相互防衛条約ではなく、両国の真の利益に合致する条約に改訂する時期にきている。

2006年4月28日

安保改訂の時期

 前回のエントリー「たかりの構図」の結語を次の通りにした。
 
「;日米友好関係を揺るぎないものにするためには、古式にのっとった変則的な相互防衛条約ではなく、両国の真の利益に合致する条約に改訂する時期にきている」。

 当委員会は、先月末に文末にあげた3本のエントリーで、「日本は今こそ安保改訂を起案すべき時期である」という趣旨の宣言をした。そして、民主党の代表交代を機に、自民党に対抗すべき有力な外交政策として採用すべきである、という主張もしている。もちろん民主党でなくてもいいのだが、国家100年の計をわきまえた強力な宰相を持つことが大前提である。

 このような弱小ブログがたいそうなことをいっても、政治が動くわけでなし「ごまめのばぎしり」以下であることは、よく承知している。しかし、ごくわずかな方からであろうと、共感や、激励のコメントを頂戴している。その限りにおいては、このような発言をし続けてゆく意味があると思うし、それがブログというものだ、と割り切りたい。

 以前の繰り返しになるが、まず言おう。「古いのだ!」。

 敗戦で占領軍が上陸してから米軍の駐留は、ずーと続いている。講和があって第1次安保にしたのが1951年、岸首相が改訂した現安保が1960年、今から46年前だ。当時と現在の日米の国力の差、あまり昔なので比較する適当な数字がない。ドルが固定レートで360円、東証ダウ平均がその年に1000円をはじめて突破し、電気冷蔵庫の普及率がようやく10%になった、とだけいっておこう。

 厳しい冷戦が続き、大国が対峙する軍拡競争のもとで、日本はその境界に位置する発展途上の国だった。条文上対等とはいえ、駐留してもらっている、守ってもらっているという潜在意識が、占領以来惰性的に続いていたとしても不思議ではない。アメリカ人にしてもそこから抜け切れていない向きがあるようだ。

 この間何が変わったか。日本は空前の高度成長を遂げ、世界第2位とまでいわれる経済大国になった。冷戦は西側が勝利し、軍事的脅威だったソ連という国はもはや存在しない。中国も共産主義思想の輸出を警戒する時代は過ぎ、経済の発展を競う国になった。

 アメリカがそういった世界の情勢の変化を見て、国の防衛戦略・態勢を大幅に見直すのは当然である。ソ連の敵前上陸に備えて、北海道に旧式戦車を配備したり、自衛隊の地上部隊をはり付けておく必要がなくなり、沖縄に海兵隊を駐屯させる意味がうすくなるなど、日本が反共のとりでである時代は過去のものとなっている。

 ところが日本には、上で述べた占領時代からの惰性や反共意識で、思考を停止した発想がまだ存在する。アメリカ側は十分承知しているのだが、日本には「憲法」という厄介な問題があり、性急に安保の改訂を持ち出すメリットは何もない。

 平和憲法を自民党案のように変えてから、安保を改訂する・・・・。これでは日米安保のために憲法を変えたと同じことになり、自主憲法が泣く。従来の無理な解釈改憲や違憲状態放置は、安保条約そのものに欠陥があったためで、現憲法のもと、新時代に即して日米がどこまでどういった形で協力しあえるか、原点にもどって模索しあうべきであろう。

 それがないと、不条理の上にまた不条理を重ねることになりかねない。さらに、改訂申し入れる時期としてこれから日本は決して不利でない、と思うがこれは長くなるので言及を省略する。

 「ごまめのはぎしり」であっても、見果てぬ夢だけは許していただきたい。

2006年4月30日

ゴールデンウイーク

 「青葉、若葉の季節がはじまった」。楽隠居の身にとっては、それだけである。政治家は海外へ。家族持ちはレジャー。独り身はごろ寝。隠居は混雑するこの時期の旅行を避け、若者に譲る(実は閑散期のほうが安いから)。

 連合は、昨日メーデーを済ませた。名前を変えた方がいい、「エープリルエンド」と。5月1日、メーデーの輝かしい誇らしい伝統が泣いている。会場が宮城前から神宮外苑、この頃までは組合に情熱と勢いがあった。貧乏でも日本はまだ健全だった。

 仕事に追いまくられている頃、「晴耕雨読」というのは夢だった。その夢は実現しているようだが、この時期、耕し終えた畑に何を蒔こうか、天気予報を見ながら発芽温度を考えたり、連作を回避するため場所を選んだり、最近目立つ鳥害、虫害の対処をしたり、無農薬野菜を作るため(実は安上がりにするため)結構気ぜわしいのである。

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2006年4月 9日 (日)

卑弥呼以前

[反戦老年委員会復刻版]

私本・善隣国宝記

 『善隣国宝記』は、1470年に僧・瑞渓周鳳が古来からの朝鮮、中国との外交を概観し、評論を加えた珍しい書物である。その内容とは全く関係なく、書名だけを拝借して肩の凝らないヨタ話としていくつか取り上げてみたい。一応年代順に取り上げるが、編年史ではないのでおまちがいのないよう。

 卑弥呼の時代も、その前もすべて外国文献でしか知ることができない。その最も古い物が『前漢書』である。西暦紀元前後、すなわちキリスト誕生の頃のこととして、「楽浪海中に倭人あり、分たれて百余国となり、歳事を以て来たり献じ見ゆ」とある。

 楽浪は、現在の北朝鮮の首都・平壌(ピョンヤン)のあたりで、漢が郡の役所を置いて一帯を支配していた。この書き方は、百余カ国をまとめた倭国が朝貢した、というニュアンスではなく、楽浪の周辺の現地人同様、倭人のうちの何カ国が年貢をもってやってきた、という感じだ。私は、朝鮮南部に在住した倭人に加え対馬、壱岐、九州北西部の倭人かな、と思っている。

 前にも書いたことがあるが、その頃は、国家も国境もないから操船が得意な倭人は一帯を自由に往来したのであろう。そしてその人達が日本の弥生時代を切り開いた可能性が強い。今でも朝鮮南部には「遠い先祖は倭人」という伝承を持つ韓国人がいるという。

 その次ぎが『後漢書』である。「(西暦57年)倭奴国、貢を奉じて朝貢す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南界なり。光武帝賜うに印綬を以てす」で、これには、福岡の志賀島からずばり物的証拠の金印そのものが江戸時代に発見された。現在国宝になっていることはだれでも知っている。

 奴国(なのくに)は今の福岡市あたりで、今でも那の津があり那か川があり、繁華街の中心も中州である。今度は使人を皇帝にさしむけており「国」の扱いになっている。、小さいながらも「外交」といえないこともない。

 そしてさらにその50年後、同じ『後漢書』にある。「倭国王帥升等、生口百六十人を献じ、願いて見えんことを請う」。この頭の部分を「国王帥升等」と読み、国王が何カ国を代表して生口160人を引率したように解釈する人がいる。しかし私は「倭国の王帥升」さん、つまり中国出身の王さんが使人として行ったのだと思う。同書の「安帝紀」には「倭国遣使奉献」とはっきり書いてあるので、使が行ったことは確実だ。

 さて、女王・卑弥呼が『魏志・倭人伝』に登場するのはさらにここから100年以上先である。

2006年4月23日

竹島騒ぎ

 竹島近辺の海底地形に韓国名をつけて国際機関に報告するという。これに対抗して日本側は、海上保安庁の測量船2隻のを派遣を準備をする、韓国側はこれに反発して拿捕すると息巻く。どう見たってこれは子供のけんかかそれ以下のことでしかない。だから、題名も竹島問題とか抗争とか事件などと名を付けることをはばかり「騒ぎ」にした。

 両国の外交官の間で、解決を先送りして衝突を回避するという、とりあえずの決着を見たようだが、今回の発端は韓国側にあるのに、例によって街頭で旗を焼いたり、大統領が扇動するようなコメントをだしたりした。その点、政界をはじめ日本の方が冷静沈着に振る舞っていたように見える。

 しかし、境港市沖で待機する測量船が荒波にもまれている姿を映して、切迫感をあおるようなTV報道を繰り返したり、ネット掲示板などに使い古されたうす汚い罵声をあふれさせたりする姿は、やはり大国の度量ある態度とはいいかねる。このようなことは、正常な首脳の交流が行われていれば、起こさずにすむような問題だったのではないか。

 両国の国民性の綿密な分析で知られる鄭大均教授は、「日本の古代史は韓国史に始まる」というフレーズをもじっていうなら、「韓国の近代史は日本史に始まる」という表現をその著書(『韓国のナショナリズム』)の中で使っている。

 盧武鉉大統領や小泉首相はこの意味がわかるだろうか。それが知識、教養としてしっかり身に付く程度には、両国の歴史を勉強してほしいものだ。

2006年4月25日

盧武鉉の暴言

 韓国大統領・盧武鉉は25日、突如として日韓の摩擦を激化させる挑発的な特別談話を発表した。その時期といい内容といい全く正常を逸しており、まともに検討するに値しない。2日前に竹島関係の記事を掲げたばかりだが、その結論部分をもう一度採録する。

 両国の国民性の綿密な分析で知られる鄭大均教授は、「日本の古代史は韓国史に始まる」というフレーズをもじっていうなら、「韓国の近代史は日本史に始まる」という表現をその著書(『韓国のナショナリズム』)の中で使っている。

 盧武鉉大統領や小泉首相はこの意味がわかるだろうか。それが知識、教養としてしっかり身に付く程度には、両国の歴史を勉強してほしいものだ。

 談話にいう。 独島(=竹島)は特別な歴史的意味を持つ。日本が朝鮮半島侵略の過程で最初に、日露戦争遂行を目的に編入した。日露戦争は日本が韓国に対する支配権を得るために起こした侵略戦争だ(以下略。毎日新聞による)

 外交折衝で不測の衝突を避ける話し合いが済んだばかりなのに、こういった挑発的談話を出した背景はなにか。統一選挙を控えネットで竹島騒ぎの処理に批判が殺到しているためだという。見え見えのいつもの手だ。そしてその内容の歴史認識たるや、韓国の良識ある歴史学者なら顔を赤らめるような暴論で、それこそ歴史の歪曲以外のなにものでもない。おそらくとりまき御用学者の受け売りだろう。

 日本政府はもとより言論界も、こんな盧武鉉談話をまともに相手にする必要はない。25日夜7時のNHKニュースで小泉首相は、「日韓友好を第一に考え、冷静に対処する」と記者に答えていた。けだし当然のことである。本委員会はめずらしくこれを買う。

 歴史の評価を議論するなら、一定のルールのもとで行う学者にまかせておけばいいのだ。日本はいままでどおり、国際的に通る外交を粛々と進めるべきで、まちがっても盧武鉉なみの次元の低い挑発に乗ってはならない。

2006年4月26日

欲求財寶國

私本・善隣国宝記

 九年の春二月に、足仲彦天皇、筑紫の橿日宮に崩りましぬ。時に皇后、天皇の神の教に従はずして早く崩りたまひしことを傷みたまひて、以為さく、祟る所の神を知りて、財宝の国を求めむと欲す。【日本書紀 巻第九 気長足姫尊 神功皇后=大系本・岩波文庫版】

 日本武尊と神功皇后は実在しない架空の人物、というのが歴史家の判断である。しかし私は「根も葉もないでっちあげ史観」をとらない方なので、4世紀後半ごろカリスマ的女性権力者がいて、その采配のもと大規模な朝鮮半島への軍事行動があった、と信じている。

 神功皇后紀の前半は、いろいろな神話的伝説を単につなぎあわせたおとぎ話で、とうてい史実とするわけにいかないが、後半にいくと信頼性の高い『百済記』(現存しないが「書記」編纂当時はあったらしい)を引用したり、百済から372年頃贈呈された七支刀の実物が現存したり、すこし降るが391年頃の朝鮮事情を1700余字で記録した広開土王碑が発見されたこともあって、倭の朝鮮進出が疑う余地のないもだということがわかる。

 さて、倭が軍事行動を起こした動機であるが、冒頭の伝説的神話にでてくる「欲求財寶國」がそれである。夫の仲哀天皇が、「海のむこうに金銀彩色豊富で、乙女の眉のような美しい国があり、それを与える」という神のお告げを信じなかったので、たたりを受けて死に、かわって皇后が出撃したということになっている。「財宝目当ての侵略」ということは、ごていねいにも「書記」に三度繰り返されており、「自衛のため」などと言ってないところが正直だ。

 朝鮮の史書でこの時代を書いたものに『三国史記』があり現存する。その中で倭の関連記事が多いのが「新羅本記」である。この本は「書記」よりできたのがおそく、最初の方はやはり伝説的なものが多い。

 木下礼仁氏の研究(森浩一編『倭人伝を読む』)によると、初代・赫居世王時代(前50)のこととして「倭人兵をおこし辺を犯さんと欲す。始祖神徳あるを聞きすなわち還る」があり、以後、倭関連記事は数十件にのぼる。

 その大部分が倭人による集団的侵犯である。中には略奪、人身拉致などの被害を挙げていたり、出撃地を対馬としている場合もある。要するに後の世の和冦を思わせるのだが、陸づたいの侵攻もあるなど、倭人の実体がいまひとつはっきりしていない。

 盧武鉉は、まさかここまで謝罪しろ、とはいわないだろうが、倭人の先祖が朝鮮半島から縄文日本に上陸し、武力で制圧、弥生日本を築いたということもありうる。歴史とはまさにそういうものだ。

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2006年4月 1日 (土)

民主党回生策

[反戦老年委員会復刻版]

仮想臨時委員会

*平 ちょうどひと月前、民主党について予測したことが、見事に的中したね。

*停 もうすっかり気が抜けちゃった。「真相はこうだ」という人も出尽くしたし、どの発言も信用できなさそう。あと週刊誌がガセをいくつか流すだけじゃない?。

*硬 ひと夜あければ、マスコミはすっ飛んだ執行部の後釜にだけ関心が向いている。小沢だとか菅だとか、9月までは渡部もあるとか。だれでも想像できそうな顔ぶれで、サプライズがないね。

*乙 だから小泉自民に追いつけないんだ。私ならここは選挙管理内閣で、代表選を6、7月頃に繰り上げる。そして名乗り出た候補者は、徹底的に自民に対抗できる政策論争をする。その場合、「政権交代可能な」などと小泉後追い政策ではだめだ。それならば未熟な民主党である必要は全くない、というのが国民の見た目だ。

*平 政策に必要なのは、自民との対抗軸とサプライズ。憲法は自民党案がでているんだからパスでは通らない。場合によれば党分裂も辞さないくらいの明確さが必要だ。

*硬 小沢さんは、かつて「普通の国」論をいったり、国連中心主義をいったりしているから、どこまでいえるか疑問だね。政権をめぐってチョロチョロ動き回り、政局を動かす腕力はたしかにあった。だから政局ハプニングはあっても政策サプライズはむつかしいかなあ。

*停 その点、前々回のエントリー「安保の限界」のように、憲法には手をつけず、安保改訂を先行させる、なんてのはどう?。菅さんがいうとか。

*乙 よく旧社会党系は頭が固い、などというが、若いのや旧民社党系には、それ以上に古い観念から抜け出せないのがいる。菅さんの度胸と器量次第だが、どれだけ支持者を周辺に集められるかだ。政策論争だから、ほかにも人材はいそうな気がするんだがねえ・・・。

*平 やっぱりだめですかねえ。サプライズは・・・。

2006年4月2日



 桜が満開である。しかしなぜか今年は感興がわかない。待ちこがれた春、ではなく、「もう桜が満開か」というさめた気持ちが先に立つ。忙しいからではなく暇に明け暮れしていてそうなのである。年をとると時間がたつのが早い。一週間はあっという間に過ぎ去ってしまう。

 通勤の途中、偶然電車の窓から「あっ、こんなところで桜が満開」という発見の感動もない。毎年同じ場所で同じ木が同じ花を咲かせる。あたりまえのことじゃあないか。今年だけが特に美しいということはない。テレビを見ると「桜が、桜が」と、むりやり桜に波長をあわせろといわんばかり。

 とかなんとか、偏屈をいっているうちに、あらためて桜の鑑賞のしかたを考える羽目に。ブログ終えたら近所の桜でも見てくるか。平和なうちに。

2006年4月3日

○×記念館

 囲碁同好会で会計監査というのを引き受け、昨日その任を果たした。集まった数名は、ほとんどが70歳以上で、昼にそばとビール1本がでた。話題が弾む中で、最近は旅行をするとあちこちに画家などの「記念館」というのが多くなったという話になった。

 作品の展示はすくなく(あっても複写)、筆、たばこ盆、ステッキみたいな他愛ないものがガラスケースに収まっていたりしていて、大抵は期待はずれ、という大方の印象。村おこしか観光開発の名目による窮余のハコもの作り、だろうという厳しい意見である。

 竹久夢二記念館の話から、急に作者の評価に飛び火した。「彼は雑誌とか楽譜の表紙などをかいていて昔は芸術家扱いされていなかった」で意見が一致し、東郷青児、藤田嗣司、岡本太郎など異端の作者の作品の方が「お宝」として高くなったね、ということになった。

 学問、芸術、文学そういったものの伝統的権威ははげ落ち、商品的価値の方が優先するようになった・・・・、と、話はそこまでいかないうちにお開きになった。

2006年4月6日

身勝手な米国

 毎日新聞夕刊(06/4/3)で、ほぼ1面を費やした特集に「身勝手なアメリカ」というのがあった。たまたま、本委員会のエントリー(安保の限界1~3)の「憲法改正より安保同盟改正の方を優先させるべきだ」という結論を補強する材料になるのでここに採録しておく。

 内容はWBC(野球)運営のしかた、BSE(牛肉)検査の問題、基地のグアム移転費用押しつけの3点セットをあげて、最近の異常なまでの米国の身勝手さを指摘し、2人のコメンテーターの発言で、次のようにしめくくっている。

 姜尚中さん(東京大学大学院教授)

 長い目で日米関係をたいせつにしていくためには、目先の摩擦や対立を避けるべきではない。日本政府はアメリカと日本国民に対して二重の基準で対応する政治のあり方を改め、もう片方の軸足をアジア諸国に移すことだ。アジアとアメリカをつなぐ存在として、アメリカと向き合うことが求められる。

 吉岡忍さん(ノンフィクション作家)

 テロ直後、ニューヨークの移民の多い地域を歩いていて、市民の通報を受けたパトカーがアラブ系、アジア系住民を拘束していく光景を見た。その乱暴さに、白か黒か、敵か味方かと、物事を単純にしか見られない社会の知的劣化を感じないわけにはいかなかった。日米同盟を強調する小泉政権が、そのあとを追いかけている。

2006年4月5日

世論操作

 政治関係ブログで、世論操作とか情報操作などという、いまいましいことばをよく聞くようになった。前からあったことだが、最近は素人目にも疑問をいだかせる疑問だらけの世論調査がすくなくない。

 ひとつの例を挙げてみよう。それは、新聞社のほとんどが実施した「新聞特殊指定・世論調査」なるものである。ことさらあげつらうまでもないが、新聞の特権をもってする「我田引水」以外のなにものでもない。あれほど規制緩和、官業民営化などを言いはやした各社の論調も、我が身のことになると、手のひらをかえさんばかりの変貌ぶりを現す。

 他の業界で辛酸を味わった人からみれば、その身勝手さがよくわかる。権力や識者も新聞社はこわいから、迎合、または沈黙を余儀なくされている。各社の設問を精査したわけではないが、たとえばその内容を、かつての国鉄分割民営化に置き換えてみたらどうなるだろう。

△インターネット(自家用車)など新しいメディア(交通手段)が普及していますが、これからも新聞(国鉄)は必要だと思いますか。

△新聞(国鉄)は同じ新聞(国鉄)なら全国どこでも同じ値段で買える(乗れる)ようになっています。これを「特殊指定制度」(運賃承認制度)と言いますが、公正取引委員会(国鉄再建管理委員会)はこの制度の廃止を検討しています。この制度を維持すべきだと思いますか、廃止するべきだと思いますか。

 こうした設問で、各社とも宅配を望む人8、9割という結論を導き、公取を屈服させようとしている。私も活字人間だから、ブログを書く上でも新聞の宅配がないと、おそらく半身不随の状態になるだろう。だからといって、新聞社の新聞による安易な世論誘導は見過ごせない。また、各社が政財界を中心に、露骨な世論工作を展開していることも、記事のはしはしから容易にうかがえる。

 新聞社にとって不利なことでも公正公平に扱うことで、真の読者の信頼を得ることができるのではないか。せめてそういう競争をしてほしいものだ。もし、アンケートに次のような設問があったら、私は迷わず全部に○をつけるだろう。

△かつて、「新聞少年に休暇を」という口実で各社同じ日を新聞休刊日とする制度を設けましたが、この制度を続けることは不合理だと思いますか。

△洗剤などのインセンティブを持って繰り返し強引な拡販運動をしていますが、購読料割引など別のサービスに切り替えるべきだと思いますか。

△自由競争で特定の社の独占が進み、報道の自由や記事の偏向などに問題が生ずることを恐れますか。

2006年4月6日

暴力装置

 自民党の改憲案では「自衛隊」にかえて「自衛軍」を9条2項に盛り込むことにしている。なにか自衛隊をリニューアルする程度にとらえられているとすると、それは大まちがいだ。「隊」と「軍」では性格が全く違ってくる。その違いをはっきり理解している人が、改憲派、護憲派を問わずどれほどいるだろうか。

 消防隊が火災現場にかけつけ、隊長が「中にいる人を救出しろ」と命令しても、隊員が命の危険を察知すれば断ることができる。軍隊ならさしずめ「中にいる人を殺せ」ということになる。それに従わなかったり危険を感じて逃げたりすれば、隊長から射殺されても文句はいえない。ほかの隊員の士気に影響し、危険にさらされるかも知れないからだ。

 敵前逃亡については、アメリカ人・ジェンキンス氏の例を見ればいい。あとで捕まれば、一般の法律の保護を受けない軍独自の軍法会議にかけられ処罰される。ジェンキンス氏は特例中の特例で、曽我さんに免じた大あまの判決だった。

 相手を殺すか、殺されるかが仕事の軍人だから、待遇をよくしても志願兵制度だけでは要員確保が困難になる。そこで徴兵制度で国民に兵役の義務が課せられることになる。だがこれも、韓国の野球選手が世界大会で成績をあげると免除されるとか、アメリカででも奨学資金目当ての貧困階層出身者が多いとか、有力者の子弟は前線行きから逃れるなど不公平な話が多い。過去の天皇がお召しの日本兵でも、その点は全く同じだった。

 軍に関係のない国民も、影響を受ける。非常事態宣言とか戒厳令、あるいは戦時下となると、すべての基本的人権は大きく制限を受ける。このためには法制化が必要だが、水面下でそんな準備が進んでいるとなると、昔の二の舞にならないようよほど用心しなければならない。非常時には、道路を逆走しようと、一時停止を無視しようと軍ならおかまいなし、ぶつかれば民間車の責任にされてしまうのだ。

 おまけに、先端をいく高度科学兵器、核などの人力を絶する大量破壊兵器を持つ。したがって「軍」とは、国家だけがシステムとして持ち得る「暴力装置」とされている。この暴力装置をコントロールするため、大戦を経るごとに政治家は心をくだき、国内法、国際法を問わずいろいろな工夫がこらされてきた。国連もそのうちのひとつである。

 日本国憲法9条の理念もそういった流れの中で生まれた。しかし冷戦継続による旧来の力の論理の前で、その発展・成長の機会が奪われてきた。さらに、ブッシュや小泉流の見識のなさにより、暴力装置に新たな機会を与える結果を生んでいる。また一方、軍事問題や国際外交に関心が薄く、戦争抗議運動から脱しきれなかった護憲・平和勢力にも問題があったのかも知れない。

2006年4月7日

民主党の行方

仮想委員会番外飲み会

*平 3月1日の「前原民主の落日」で、ニセ・メール問題の処理に失敗した前原代表は、とても9月までもたないだろう、と予言したらその通りになった。そこで4月1日に「民主党回生策」を本委員会で考えてみた。その要旨は、

1.当面は選挙管理内閣とする。2.9月の代表改選を、6月か7月に繰り上げる。3.その間候補者は、党内不統一の問題(憲法など)を中心に活発な政策論争を行う。

4.その際、党が割れることを恐れてはならない。小泉改革への抵抗軸を明確にする。そして、よほどのサプライズがなければ、マスコミは自民党の後継総裁争いの方に目を向けてしまう。などをあげてみた。

*硬 しかし今度は全然あてがはずれたねえ。回生策は「不発」ということになった。

*停 今日、小沢さんが40何票かの差で菅さんを破って、小沢代表になったのよねえ。サプライズはなにも起こらなかったわ。「危機的状況を見て」というから、国のことかと思ったら党なのよねえ。目標は「政権交代」ばかりで、相も変わらず政策不在・国民不在の自己ちゅうばかり。

*平 きっこのブログさんが「渡部さんは頭がお花畑」なんて、ウマいことをいうなあって感心したが、小沢さん頭の中全部筋肉、菅さん頭はお遍路さん。というところですか?。

*乙 政界はめでたしめでたしモードがいっぱい。これで、自民は福田さんにしておけば当分安泰。民主は長期低落ってところかな。民主党のせいで民主主義が機能せず、になったら一体どーするんだ。今日の酒は全然うまくないよ。

2006年4月8日

飛行機づくし

 「隼」、今でも細かい部分までイラストで書ける。知識は雑誌「飛行少年」「航空少年」より。「新司偵」、双発で高性能とかっこよさは「隼」と双璧。ユンカース、ドイツ判「隼」。ただし水冷式。

 「オートジャイロ」、ヘリコプタに似ているが動力は前進プロペラのみ。「川西式飛行艇」、水上離着陸機。4発。テスト飛行でよく落ちた。「零戦・雷電等」、敗戦近くなると、だんだん興味がなくなった。

 「ボーイングB17、B29」、日本爆撃の元凶。「グラマン」、日本各地を機銃掃射したことで悪名高し。

 「ムスタング」、朝鮮戦争で活躍した米戦闘機。近所の田んぼに不時着。「ダグラスDC4」、新婚旅行ではじめて乗った飛行機。「YS11」、 1、2度乗ったが好印象。さすがは国産機(あとが続かず)。

 「ロッキード」、戦中の双胴偵察機。戦後、田中角栄を失脚させた会社。「ジャンボ」、B29のなれの果て。

 孫たちは、物心つくまでに何度も飛行機に乗っている。昔の少年の夢、もはや追い切れなくなった。老いてもやはり夢は持ち続けたい。なにかいいものないかな。

2006年4月10日

小沢で変わる?

 民主党の小沢新代表が決まって4日たった。本委員会は同党にサプライズがなければ、長期低迷が避けられない、と説いてきた。しかし昨日、一昨日のTVインタビューなどの断片的発言を見ると、「アレッ」と思わせる発言が随所ににでてくる。それが、目くらましのワンフレーズしか持たない小泉発言にくらべて「ストンと腑に落ちるような」新鮮さがあり、「あるいは?」と思わせる物があった。

 たとえば、正確を欠くが「官僚の首を切るとか、給料を減らすというからいけないので、それは行政改革ではない。お役人に今国民のためどうすればいいのか、それを真剣に考えてもらうということでしょう。労働組合の中にも、パート化など合理化はある程度やむを得ないなど考えている向きが、あるがそれではいけない。能力主義はキャリアに適用すべきで、それ以外は安心して働ける、暮らせるという、終身雇用にあったようなよさも必要だ」とか、靖国神社は戦犯合祀をやめて天皇でもだれでも堂々といけるようにすべきだ、などあたりまえのことを、歯に衣を着せずズバッといっている。

 防衛政策については、目新しい発言を聞いていないが、2年ほど前のあるシンポジュームでの発言を、民主党議員の政策秘書・石田敏高氏が、驚きをもってホームページに書いているのをコピーさせていただく。対談部分で「日米安保か国連重視か?」と聞かれ、

「私だったら独・仏と一緒になって米の単独行動を止める。そうすれば今のイラクの現状も相当違っていたはずだ。小泉のやり方では誰も日本に耳を傾けない。

日本が日米同盟であろうが国連であろうが一顧だにされていないのが現状だ。独仏のように『一緒になって国連の枠組みの中でやろう。そうすれば軍隊も出す』というのでもなければ、英のようにアメリカと地獄まで一緒というのでもない。

軍隊は出すけど、人形の軍隊・軍隊ごっこ。アメリカは「サンキュー、サンキュー」と言っているが、政治的に言っているだけだ。今度のイラク戦争開戦のときに野党の党首として小泉首相に会った時に開戦の時期について聞いたが「その場の雰囲気で答える」としか、彼は言えなかった。

案の定、開戦して数時間後にアーミテージから電話があっただけ。湾岸戦争当時、自民党の幹事長だったが開戦が朝の8時、前夜の12時に会議をしていて政府は「戦争にならない」と言っていたのだ。

つまりアメリカから一言も無かったと言うことだ。日米同盟なんてそんなものだ。とか答えていて迫力あったな。

 それならば、本委員会の提案「憲法はこのまま棚上げして、まず時代に即した「安保改訂を優先させる」をとりあげてほしい。そうすることにより自民党の改憲案を無視できるし、党内のばらばらな憲法論義も凍結できる。まさに一石三鳥ではないか。

 本委員会は明日開設1年目を迎える。このエントリーで見果てぬ夢を次の年次に夢を託したい。

2006年4月11日

続・小沢発言

 昨日に続き小沢発言を取り上げる。

 民主党の小沢一郎代表は10日、代表就任を受け党本部で毎日新聞のインタビューに応じ、靖国神社へのA級戦犯合祀(ごうし)について「そもそもあそこに祭られるべき筋合いではなかった。間違いだった」と改めて批判した。A級戦犯については「日本人に対し、捕虜になるなら死ねと言ったのに、自分たちは生きて捕虜になった。筋道が通らない。戦死者でもなく、靖国神社に祭られる資格がない」との認識を明らかにした。

 小沢氏はA級戦犯の分祀論については「分祀は合祀を前提にしている言葉だ」と否定的な考えを示した上で、合祀問題の解決策として「事実上(合祀状態を)なくせばいい。(靖国神社に戦没者を記帳した)名札みたいなものがある。それがなくなればいい」と指摘した。(毎日新聞・06/4/11)><p>

 これで靖国神社問題がすべて解決されるわけではないが、いたって直裁的、簡単明瞭である。右翼は「売国奴」など粗暴・貧弱な言辞で総攻撃をかけるだろう。しかし真の保守主義者であれば、ようやく現れた良識のある本格的な保守政治家の出現を喜ぶべきだ。

 小沢氏は、具体的なことは政権を取ってから考える、といっているようだが、戦後の歴史をしっかり検証しなおせばことは簡単である。詳述は避けるが、次の時系列を見て考えれば合祀の根拠は雲散霧消する。

昭和27年6月 「戦犯在所者の釈放等に関する決議」参院

同27年12月  「戦争犯罪にによる受刑者の釈放等に関する決議」衆院

同28年3月  「戦傷病者戦没者等援護法」 改正

同28年8月  「戦争犯罪による受刑者の赦免に関する決議」衆院

同30年7月  「戦争受刑者の即時釈放要請に関する決議」衆院

同31年4月  「厚生省引揚援護局長通知」

同46年     同上通知廃止

同53年     A級戦犯合祀

 これらのうち、靖国参拝賛成派がよく使う「国会決議で、<戦犯>はなくなった」という決議は、4回あるが、うち3回は題名ではっきり<戦犯>といっており、最後の昭和30年のものもそれまでの決議を引き継ぐもので、「戦犯の名誉回復」などにはひとことも触れていない。

 戦犯を靖国に合祀するようになった直接のきっかけは、31年の「厚生省通知」である。その内容は、戦没者の恩給を所管する厚生省が、遺族支援の一環として同省の名簿に基づき靖国合祀等の協力を行うよう都道府県に通知したものである。「通知」というのは法的な権威がなく、「参考までに」といういわば内部文書で、靖国神社が神にするかどうかの根拠にするほど大げさなものではない。

 その後、46年に同通知が廃止されている。その理由について、平成14年7月の参院内閣委員会の国会答弁で当局は「合祀事務とか神名票とか不適切な用語があったため」と答えており、「厚生省と靖国神社の連携自体、政教分離を定めた日本国憲法に違反する疑いが濃い」(高橋哲哉『靖国問題』)という主張を裏付けている。

 靖国がA級戦犯を合祀したのはさらにあとである。

 小沢さん、簡単ですよ。政権をとったら「あの通知はまちがいだった。A級戦犯名簿は撤回」といえば、A級戦犯の神の座も自然消滅するでしょう。首相なら局長通知などよりよほど権威がありますよ。

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