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2006年3月 7日 (火)

敗戦の足音

[反戦老年委員会復刻版]

 高見順『敗戦日記』より抜粋(当用漢字、かなづかいとする)

・昭和20年2月27日 (前略)家に帰ると(東京から北鎌倉へ)新聞が来ている。東京の悲劇(25日の大空襲で都心から下町にかけて壊滅的被害を受けた)に関して沈黙を守っている新聞に対して、言いようのない憤りを覚えた。何のための新聞か。そして、その沈黙は、そのことに関してのみではない。

 防諜関係や何かで、発表できないのであろうことはわかるが、--国民を欺かなくてもよろしい。国民を信用しないで、いいのだろうか。あの、焼跡で涙ひとつ見せず雄々しくけなげに立ち働いている国民を。(後略)

・同年3月6日 (前略)敵の本土上陸の予想が新聞記事に公に出たのは、ついこの間のことであったが、今日の新聞あたりはどれも大きく、敵は必ず上陸すると書き立てている。朝日新聞は「をみなわれら断じて戦ふ。皇土を護り抜くのみ、驚かじ敵の侵入上陸」という三段抜きの見出しで、侵入上陸に対する女性の覚悟を羽仁説子、松平俊子、氏家寿子の三女性に尋ねて、それを大きく記事にしている。侵入上陸があった際、国民が狼狽しないようにとあらかじめその時の覚悟を固めさせておこうというのだろうが、こういう記事ばかり読まされては、一体日本はどうなるのだろうとかえって浮足立ちはせぬかと会(文学報国会)の人々は言っていた。「必勝の信念」をぐらつかせるというのだ。だが、そういう人たちは口には出さないが、「必勝の信念」をすでに失っているのではないか。

 昭和天皇は、このころやっと「必勝の信念」を失ったようだ。つまり、一般国民が敗戦を意識し出した頃になって、ようやく自覚し始めたのだ。しかし、ここで天皇が自覚しなければ、アメリカとソ連による上陸作戦にまで進んでいた可能性は極めて大きい。今の平和憲法がなくなった場合、日本には戦争を終結させるシステムがない。

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