« ユニラテラリズム | トップページ | 前原民主の落日 »

2006年2月17日 (金)

松根油

[反戦老年委員会復刻版]

 空前の原油価格高騰のため、さすがのアメリカも音を上げ、アルコールの一種であるエタノールの増産に乗り出した。ガソリンと混ぜて自動車を走らせるためである。このため原料となる砂糖黍が値上がりし、甘党をおびやかしているという。

これに関連し、毎日新聞・論説室の潮田道夫氏が02/17付同紙コラムで、戦争末期に日本が航空燃料を確保するのに絶望的な努力を払ったことを「松根油」と題して書いている。この記事は「須々万共和国ホームページ」が参照されており、米国戦略爆撃調査団報告にも触れられているが、同報告書のドキュメント部分がないので、以下に紹介する。

 1945年(昭和20)初頭を特徴づけるのは、国内の石油事情を改善するために一連の非常措置が講じられたことである。大豆、ピーナッツ、ココナツ、ヒマの実から採取された油が工業用に加工され、アルコールがさつまいもやその他の植物から製造された。ガソリンに代えて、メタノール、エタノール、アセトンが採用され、ブタノールはイソオクタン源としても、また直接ガソリンとしても使用され、潤滑油はあらゆる種類の植物油ならびに脂肪油から製造された。政府は小売店の棚から酒びんを没収したり、またアルコールに転換するために国民向け砂糖配給を停止したりすることさえ辞さなかった。

 3月には、政府の奨励の下に松根油産業が大幅に拡張された。このプロジェクトは、主として原始的で人手がかかるという点で興味深いものではあったが、5年もたたないうちに日本国内の松の木が1本残らず伐り取られてしまうはずであった。(中略)日本の人口のかなりの部分が松の根を掘り起こす作業にとりかかった。掘り起こされた松の根は乾留され、粗油が集められた。”200本の松の根で、航空機が1時間飛ぶことができる”というスローガンが日本国中に響きわたった。(以下略、奥田英雄・橋本啓子訳編『日本における戦争と石油』)

 松の根掘りに動員された男女は延べ4400万人、10万トンの松の根油とタールが生産された(『日本石油百年史』)。当時、動員された労働者の1人に私がいた。やせた中学2年生だった。3人がかりでも1日に1本の根を掘りきることができなかった。過酷な重労働だったが、シンガポールで接収されたという1台のブルドーザーが、目の前で瞬時に根こそぎ木を倒すのを見た。流された汗は無駄ではなかった。「無謀」ということを知ったからだ。

|

« ユニラテラリズム | トップページ | 前原民主の落日 »

戦中・戦後」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/468248/50746314

この記事へのトラックバック一覧です: 松根油:

« ユニラテラリズム | トップページ | 前原民主の落日 »