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2005年10月19日 (水)

開戦の日

[反戦老年委員会復刻版]

 昭和16年(1941)12月8日、米英との戦争に突入した日である。このニュースをラジオで知ったのは、父がまだ出勤する前だった。一家4人は一瞬沈黙した後、おそらく父は「遂にやったか」というようなことをいったと思う。私も母も、「勝てるのかしら?」と、同じ疑問を投げかけた。答えは「うーん、半分半分かな」という頼りないものだった記憶がある。

 終戦の放送の時もそうだったが、すぐ町の様子が見たくて家を飛び出した。どこも静まりかえっていたが、会う人の表情は一様に「えらいことになりよったなあ」という沈鬱の表情だった。果たして勝てるのかということと、これから先いつまで戦争がつづくのかという落胆が加わっている。

 最近、若い研究者の間で、知識階級の人は、それまで「弱い中国をいじめているという後ろめたさが消えなかったが、今度は強いアメリカと戦うのだから明るい」と感じていた、という分析が通説化しているようだが、とんでもない誤解である。

 沈鬱の空気が破れたのは数時間たって、真珠湾をはじめ次々と大戦果が報じられるようになってからである。研究者がいう知識階級とはどういう階層か、どの時点のどういう資料をもとにしているかで、結論が違ってくる。雑誌論文や対談などをただたどっただけでは、真相に全く近づけないことを知るべきだ。言論の自由がない時代の史的アプローチの方法を確立せず、目先の変わった論調に飛びつくことだけは、厳につつしんでいただきたい。

 注)当ブログによる戦中・戦後の体験などは、新設したカテゴリ・戦中・戦後にまとめましたので、過去の記事も一括ご覧いただけます。

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