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2005年9月10日 (土)

サイトの表札

[反戦老年委員会復刻版]

 「反戦老年委員会」は、明日をもって開設半年となります。試行錯誤を繰り返す中、拙稿を我慢強く見ていただいた諸兄姉に、まずもって感謝の意を表します。パソコン歴は結構長いのですが、相談や質問する人もなくほとんど独学でここまでやってきました。だから、基本的なことについては全く無知で、「へー、こうすればこうなるのお」なんてなことが、ほとんど毎日のようにおきています。

 余談はさておき、このサイトのなまえについて、複数のかたから由来というか質問を受けたことがあるので、この際触れさせてください。まず、ベトナム反戦運動が盛んな頃「反戦青年委員会」という、今でいえば勝手連のような(違うかな)組織と名称が似ていますが、それに関与したことはなく全く無関係です。ただ、反戦とか護憲というのは、現在の政党のようにただ唱えているだけではだめで、積極的に攻撃しなければ獲得できないもの、という気持ちはあります。そこで便宜上、集団による発言をよそおってみたわけです。

 次に動機がからみますが、自衛隊の海外派兵とか戦争責任、靖国、東京裁判、歴史認識その他、最近議論されることがらの中に、あまりにも戦中・戦後のことに無知な議論が多く、わずかでも当時を知るものとしての発言をしておきたいと思ったことです。特に若い人が、非科学的かつ断片的な受け売りの意見を振り回すことに、平和への脅威を感ずることがあります。

 60から70歳台も大きく意見が割れ、アンケートなどでは、右よりの人がやや多いように伝えられていますが、戦中の被害を強く感じるか、戦後に受けた被害を強く受け止めるかの差で、一部の売文家をのぞき埋められない溝ではないように感じています。そんなことも含め、今後もできるだけ長くこの調子で続けていきたいという心境です

2005年9月13日

逆転の発想

 下手な常識にとらわれないで、逆の発想の中から改革を実現させる。いえ、政治や選挙の話ではなく大相撲の話です。それは、ひとり最強を誇るモンゴル人横綱・朝青龍を大関に、負けてばかりいる3人の大関陣をそろって横綱にする、という案です。

 「朝青龍が怒るだろうって?」、いいえそんなことはありません。彼は喜びます。江戸時代の伝統を尊重し、そこへ戻すだけですから。そうすると一番強いのが大関ということになり、横綱の役目である土俵入りなどの儀式はしないですみます。外国のめんどくさい神式セレモニーが義務なんて、いやでしょう。日本の国粋主義者も嫌っています。

 横綱というのは、地鎮祭などに相撲取りが招かれ、しめ縄を腰に巻いてしこを踏む、いわばローラーのような役をしたことからきています。これには免許がいり、熊本の吉田家というのが発行していたんですね。有名な大関、雷電為右衛門なども、免許を申請しなかったから、横綱ではなかった。

 こうすれば、横綱が外国人一人だけで大関が弱い、などの理由で相撲人気が低迷することを緩和するかもしれませんよ。儀式要員ではないのだから、強ければ大関をどんどん増やせばいい。横綱審議会も吉田家へ返上するとか、協会顧問に小泉さんを招くとか、手はいろいろあると思います。

2005年9月16日

衣食足りて

 「衣食足りて礼節を知る」あるいは「栄辱を知る」は、紀元前7世紀の管子のことばとされる。終戦直後、衣食欠乏にあえいだが、礼節はともかく、栄辱を忘れるようなことは日本になかった。それから2、30年、ひたすら衣食住の安定を求め続けてきた。

 そしてそれらのすべてが充足した時、礼節も栄辱もどこかにすっとんでしまったような事件が多くなった。立派な家に住み、立派な職業を持つ人が、すぐばれるような悪事をなんの思慮もなく犯してしまう。その軽い乗りはどこからくるのだろう。

 いかに破廉恥な行為で逮捕されても、釈放されれば衣食住に困ることはない。解雇されても個人情報が守られれば、村八分的な社会的制裁を受けることもなく、再就職も可能である。いや、なにもしないでぶらぶらしていても、だれも不思議に思わない。まさに「衣食住足りて栄辱を知らず」の時代がやってきたのだ。

2005年9月20日

衣食足りて頽廃を知る

 9月16日に「衣食足りて」と題した記事をのせました。これについて、locus75様から次のような問いかけがあり、「教育そのもの」か、「幼年期(あるいは人生の一定期間)の社会環境」か、「現在の社会環境」か。答えはどれか一つというわけではないのでしょうが、いずれにせよ2000年の歴史の中で捉えることは重要なことだと強く賛同いたします。 

 さらに、「だんなの屋根裏部屋」様の「衣食足りて礼節は」で、豊富なな例示で拙稿の不足を補っていただきました。そこでも、どこで、日本古来の「礼」を失ってしまったのでしょうか。これは学校教育の問題なのか、家庭での教育が出来ていないからなのか。それとも欧米から流入した「自由」という観念がもたらした結果なのか。という疑問を投げかけておられます。

 この答えがだせるのか、と4日間考え込んできましたが、教育論にうとい私にはとても無理のようであきらめました。そこで、とりあえず幼少期の体験と若干の感想を述べるにとどめ、お許しをいただきたいと思います。

 お天道さまがいつでもどこでも見ていらっしゃる、ミミズに小便をかけるとおちんちんが腫れる、ご飯粒を踏む(粗末にする)と目がつぶれる、我が身をつねて人の痛みを知れ、そのほかにいろいろあるでしょうが、これらは日本固有の自然崇拝・八百万の神信仰に根ざすもので、信ずる信じないは別として、深層心理に張り付いているように思います。また、「うそをつくと閻魔様に舌を抜かれる」など、仏教系因果応報説話も、これに続くものでしょう。

 次に、忠・孝・仁・義・礼・智などの徳目で、江戸時代までに確立していた儒教中心の教育方針がありました。それに一部キリスト教的な要素まで組み込んだのが明治政権になってできた「教育勅語」の中味です。いま、これを復活させることに熱心な人がいますが、残念ながら「斯ノ道ハ実ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓」などではなく、ほとんどが中国などの外来文化からきたものといえましょう。しかし、国粋主義に毒された皇国史観や尽忠報国の部分をのぞけば、教養として知っておくべきことが多いと思います。

 最後に、やや危険な発言ですが、司法の閉鎖性を排除するとともに、もっと犯罪に対する社会的制裁が強くなってもいいと思います。小は電車の中で不心得者に注意するとか、常習犯を放任しないとか、要はみせしめになるようなことが少なすぎるように思えるのです。

 子供の頃、犯人護送車はありませんでした。犯人を自動車で送り迎え?、そんな贅沢なこと・・・、と思ったでしょう。犯罪者は、深編み笠をかぶされ、後ろ手にしばって単独に、あるいは数珠つなぎで歩かされ、電車に乗せられて連行されました。「こんなこわい、恥ずかしい目には決してあうまい」と思ったものです。

 そうです。恥、恥の文化が厳然として存在しました。それが消え失せたことが頽廃の元凶だと思います。

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