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2005年9月 1日 (木)

庭鳥塚古墳発見

[反戦老年委員会復刻版]

 大阪府羽曳野市でおもしろい古墳が発見された。全長50m程の前方後方墳で三角縁神獣鏡、鉄剣、矢じり、それに朝鮮半島南部との関係が深い筒形銅器が埋蔵されていた。応神天皇や仁徳天皇がまつられているとする古墳群より南に位置し、造築時期もそれらにわずか先行するという。

 墓は小ぶりだが、被葬者は河内王朝成立に功績のあった武人、といった想定ができる。三角縁神獣鏡が発見されたことで大和朝廷に近いように思える反面、大和王朝公認型の前方後円墳ではなく、四角をつなぎあわせたような方墳だということは、何を意味するのか。

 最大の関心事は、古墳が作られた頃の時代背景である。まさに日本が国家になろうとしているこの時期、『日本書記』や『古事記』では、日本武尊や神功皇后などのおとぎ話のような記述しかなく、「なぞの四世紀」といわれてきた。だから、解明の手がかりになりそうなものがあれば、なんでも飛びつきたくなるのだ。

手がかりといえば、「広開土王碑」が有名だ。北朝鮮の鴨緑江の北岸で発見された高さ7mもある巨石に、1700余字が刻んである。その中に、391年に高句麗王が渡海してきた倭人を撃退した、というようなことが書いてあり、解釈にもいろいろの説がある。

 ただし現物は現在中国が保管しており、発見地の帰属など北朝鮮と中国の意見にくい違いもあって、日本を含めた三国の共同研究はあまり進んでいなかった。6カ国協議が成功すれば拉致問題はもとより、こんなことも進めてもらいたいものだ。

2005年9月2日

文民統制

仮想定例委員会(出席:硬、乙、平 議題:文民統制)

*平 文民統制を話題にしよう。「日本国憲法第66条 内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でなければならない」。

*硬 第一次小泉内閣の中谷防衛庁長官は、元自衛官の経歴がある。

*平 エエッ!。それって、違反じゃないの?。国会で問題になったなんて聞いたことがないけど。

*乙 軍国主義者ではありません、という答弁で野党もあまり深追いしなかったようだ。憲法9条で日本には軍隊がない、といわれれば反論できないと思ったのかね。それならば旧軍人を対象にした66条はいらなくなるわけだ。

*平 しかし法の精神からみて、甘い解釈じゃないのかなあ。

*硬 甘い甘い。そもそも昭和40年に、「三矢研究」という現職自衛官による憲法違反になるような実戦プランが国会で暴露されて、その時は大問題になった。しかしその後は、今の有事法制にまで考えが発展しており、最近では自民党の新憲法法案に現職自衛官を参加させるなど、どうかなと思うことを平気でやるようになった。

*平 軍人に兵器を持たせると、どうしても使ってみたくなるし、軍事秘密のかくれみのと戦争の危機をあおることで、膨大な予算を手にしようとする。そんなところが文民統制、シビリアンコントロールの利点だろ。戦前はどうなっていたのだろう。

*乙 軍人勅諭の第一番目、忠節の項で軍人の政治への拘わりを禁止している。ところが大元帥の天皇はともかく、陸軍中将(後に大将)東条英機など閣僚には現役がごろごろいる。勅諭は「ただし朕と将官以上の軍人はのぞく」としておけばよかったかな(笑)。

*硬 上が上なら下も下。二・二六、五・一五など政治家の暗殺など平気でやるようになった。文民はちいさくなって口を閉ざすしかない。そうならないためには、そうならないために「投票にいこう」だけでは弱いのかなあ(嘆)。

2005年9月18日

悪夢のはじまり

 1931年(昭和6)辛未、9月18日(今日です)関東軍の板垣征四郎・石原莞爾ら、満州の武力占領計画実行のため、奉天郊外柳条湖の満鉄線路を爆破。関東軍司令官本条繁、中国側の行為とし、総攻撃を命令(満州事変)。事変の第一報、初の臨時ニュースで放送。株式・商品相場暴落。(小学館『20世紀年表』)

 要するにテロに見せかけておいて侵略の口実にした。それから15年間、泥沼の中国戦争を経て太平洋戦争に突入。60年前に、多くの人命と領土を失って敗戦にいたる。

2005年9月23日

歴史修正主義論

仮想定例委員会(出席者:硬、乙、平)

*平 定例委員会のテーマ(カテゴリ)「反戦論」が断続的になったので、おさらいをしておこう。まず、反戦平和の主張に対する反対論を、「国際貢献論」「歴史修正主義論」「北朝鮮・中国脅威論」の三つに分けてみた。最初の「国際貢献論」について、湾岸戦争の頃盛んになった「国際貢献」のための自衛隊派遣は、イラク戦争で国際=アメリカに変質し、世界の趨勢や国連のありかたが議論される中で、国際貢献=多国籍軍参加や日米軍事同盟の拡張強化を考えるのではなく、ノルウェーのように衝突回避を仲介するような貢献のあり方も検討すべきだとした。

*硬 ここらで次の「歴史修正主義論」に移ろう。そもそも歴史修正主義って何だい?。

*乙 文字通りに解釈すればいいよ。歴史の定説とか通説というものがあって、それに異論をさしはさみ変えていこうとする試みだな。定説は大勢の人による長年の批判や検討を経てきているから、わずかな資料や思い入れだけで歴史が書き換えられるということはまずない。

*硬 こわいのは、これを政治目的に使おうとする下心だ。社会主義国の歴史は1つだけで「説」がないのはもっとこわい。もっとも戦前の「皇国史観」もこれに近いね。

*平 さっそく具体的な検討に入ろう。「先の戦争は自衛戦争で、謝罪を繰り返すいわれはない」という意見だ。

*硬 この意見は、さきの戦争とか、大東亜戦争といって満州事変やシナ事変と区別する点に特徴がある。満州事変のきっかけが関東軍による鉄道爆破の謀略からはじまったことや、当初の不拡大方針に反して軍部先行による中国侵略のどろ沼にはまったこと、あれは別だというんだ。

*乙 こうなると何が何だかわからなくなるねえ。石原慎太郎なんかも、大東亜戦争は中国での覇権を争った帝国主義同士の争いだから謝罪の必要なし、などといっているが、米英に中国侵略や経済支配の野望があったなど、第一次大戦前ならばいざ知らず、当時ではあり得ないし証拠もない。第一、米英は繰り返し「謝れ」などといっていないじゃないか。

*硬 桜井よしこは、強硬なハル・ノートにより自衛上戦争が避けられなくなった、といっている。

*乙 そんなことはすこしかじった人なら誰でも知っているよ。それより近衛首相が必死で交渉による戦争回避をはかろうとしたことや、軍部がハル・ノートを「めでたしめでたし」といって歓迎したことなど、全貌を語らずワンフレーズで断定的に結論づけてしまう語り口の方が問題だ。

*平 テレビには桜井さんのような人ばかりが呼ばれ、ピシャッと反論できる先生が出演しないのは、なぜなのだろう。いつも不思議に思っている。

*乙 最近のマスコミの偏向はたしかに気になるね。それに反論すべき先生の方も歴史を討論するルールや史料評価の基礎知識がない人とは、話しづらいんじゃないかと思うよ。

2005年9月25日

歴史はさておき

仮想定例委員会

*平 前回、歴史修正主義を取り上げ、これを続けていくつもりだったが、小泉体制の異様な非日常性に目が離せなくなっている。そこで歴史関係を一時中断して、投稿が自由にできるようにしておきたい。

*硬 東京裁判関係は、前の記事「歌は世につれ」「天皇と戦争」などでふれているが、戦前の朝鮮併合とか中国との関係については手つかずだったね。

*乙 はじめるとどうしても長くなるね。明治以降の一般的な現代史のほかに是非見ておいてほしいものに、1 江戸時代まで先生にしてきた中国・朝鮮を悪友ときめつけた福沢諭吉の脱亜論」、2 朝鮮に政治介入し、狡猾手段を用いても日清戦争に持ち込もうとした陸奥宗光の外交記録『蹇蹇録』(岩波文庫)、3 「日本は西欧覇道の忠犬になるのか、東方を守る王道を行くのか」と問い詰めた、中国近代化の父・孫文の神戸演説

*硬 「日韓併合は合法的手続きでおこなわれた」という史実のまえに、軍隊を派遣して相手国民の喜ばないおせっかいを繰り返していた、ということだね。中国でもずっと同じようなことをやってきた。向こうへ軍隊が出かけていってやったことだから、いいわけするにしても分が悪いよ。

*平 さて、次の定例委員会は、憲法にも関連する「中国・北朝鮮脅威論」を取り上げることにしておこう。

 

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