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2005年8月21日 (日)

ヒトラーの宣伝術

[反戦老年委員会復刻]

 さきに書いた「ヒトラーと歴史教育」に続けて、現在の小泉流宣伝と比較する意味で「ヒトラーの宣伝術」を『わが闘争』から引用する。

 宣伝はすべて大衆的であるべきであり、その知的水準は、宣伝が目ざすべきものの中で最低級のものがわかる程度に調整すべきである。(中略)宣伝の学術的な余計なものが少なければ少ないほど、そしてそれがもっぱら大衆の感情をいっそう考慮すればするほど、効果はますます的確になる。しかしこれが、宣伝の正しいか誤りであるかの最良の証左であり、若干の学者や美学青年を満足させたどうかではない。

 宣伝の技術はまさしく、それが大衆の感情的観念界をつかんで、心理的に正しい形式で大衆の注意をひき、さらにその心の中に入り込むことにある。これを、われわれの知ったかぶりが理解できないというのは、ただかれらの愚鈍さとうぬぼれの証拠である。

 宣伝になにか学術的教授の多様性を与えようとすることは、誤りである。大衆の受容能力は非常に限られており、理解力は小さいが、そのかわりに忘却力は大きい。この事実からすべて効果的な宣伝は、重点をうんと制限して、これをスローガンのように利用し、そのことばによって、目的としたものが最後の一人まで思いうかべることができるように継続的に行わなければならない。人々がこの原則を犠牲にして、あれもこれもとりいれようとするやいなや、効果は散漫になる。

 こういった宣伝術を使ったもう一人の独裁者に、毛沢東がある。いずれも多数の民衆の心をつかむ、という点で民主主義に立脚しているという姿勢がとれる。しかしその宣伝術が多くの犠牲者を生み、ついには破綻に至ったことを、歴史の教訓として心にきざむ必要があると思う。

2005年8月22日

続かない戦後60年

 予想したとおりマスコミは戦後60年の話題から遠ざかっていった。そして選挙を前に族生するミニ新党、刺客・落下傘候補、ホリエモン、ヤッシーなどがとってかわり、小泉劇場の主役も筋書きもはねとばさんばかりの盛況ぶりである。

 60年前にかえってみよう。この年は、まだ考えなくてはならない問題がたくさん残っている。

*8.15 敗戦の詔勅を聞き、二重橋前の玉砂利に正座し、頭をたれる人が終日続く

*8.18 内務省、占領軍向け性的慰安施設設置を指令。

*8.20 3年8か月ぶりに灯火管制解除。

*8.22 ラジオの天気予報復活。尊攘同志会員ら12人、愛宕山で集団自爆。ソ連の潜水艦、樺太からの引揚船3隻を撃沈、死者1708人。

*8.23 陸海軍の復員開始。「進駐軍を迎える国民の心得」諭告、女子は日本婦人としての自覚を持って外国軍に隙をみせてはならぬ等を指示。

*8.26 特殊慰安施設協会(RAA)設立。

*8.27 RAA「小町園」が大森海岸に開業。

   (『20世紀年表』小学館、より)

2005年8月23日

ヒトラーと逃亡兵

 小泉首相は、ヒトラーに学んでいるとは思いたくないが、「ヒトラーと歴史教育」「ヒトラーの宣伝術」に続き、ヒトラーの『わが闘争』から3回目の引用を試みる。

 逃亡兵に、逃亡というものがまさしく自分が逃れようとしているものを、自分といっしょに運んでいるものだということを知らせることなのだ。前線では人は死ぬかも知れない、だが逃亡兵は死なねばならないのだと。

 逃亡しようとするものには、こういう峻厳な脅迫を試みることによってのみ、個人に対してだけでなく、また全体に対しても警告的な影響をねらうことができるのだと。(中略)あぶなっかしくなってきた徴募新兵は禁固や懲役ぐらいの脅迫ではだめで、ただ仮借なく死刑を適用することによってのみ、支えることができたのだ。

 逃亡兵が自民党の造反者なら、公認取り消しは死刑宣告、刺客候補は死刑執行人だ。北朝鮮に逃亡したジェンキンスさんに対するアメリカの対応を厳しすぎる、と感じた人が多いと思うが、実は小泉さんに配慮したおおあまの決定だった。

 軍隊というものはナチスでなくとも大同小異で、裁判も一般の法律が適用されない軍が主催する軍法会議で判決をくだす。自民党の改憲案どおり「自衛軍」ができれば、当然そういった特別立法が必要になるだろう。ただ隊から軍に名前をかえるだけ、と思ってる人はお人好しである。

2005年8月24日

野球選手と暴力

 「○○、一歩前。足を開き、上体を前に。大きく息をすってー、歯をくいしばれ」。レントゲン検診ではない。戦時中の中学でもあった鉄拳制裁前のセレモニーだ。こうすれば、あごに異常をきたすような怪我など絶対にしない。駒大苫小牧の野球部長、次からそうしたら。

 この風習はきっと日本の軍隊から伝染したものだろう。軍隊では各人に支給された物品の員数が足りないと鉄拳制裁を受けた。足りないことに気づくと員数あわせのため、戦友のものを盗んで間に合わせた。兵隊達は自嘲をこめていった「一つ。軍人は要領をもって本分とすべし」と、軍人勅諭の「忠節」を「要領」に読み替えたもので一般にも普及した。

 政治家になりそこねた元プロ野球選手がインタビューに答えていた。「我々の頃はそれがあたりまえでしたよ。今時はちょっとしたことで親が騒ぐから指導者はよほど気をつけないと・・・・」。なにか、ばれないようにやれ、といってるようで、「要領」を本分にしろといわんばかりだ。

 「態度が悪い」とか「反抗的だ」とか、つける理由は昔の中学生とかわらない。幼い野球選手に、ムチで動く牛馬と同じ扱いを続けるようでは近代スポーツとしての資格がなく、野球の退潮もふせぎようがない。最近話題を振りまいた相撲部屋で、棒を振り回して力士を追い回すだけの親方の姿からも同じものを感じた。

2005年8月25日

ガザ撤退と成田闘争

 先月22日にロンドンで起きたブラジル人誤射事件について、その3日後に、「知らぬ男に尾行されているのを、まこうとしただけのことではないか」という憶測を、ここで述べた。ところが最近の外電によると、同国の警察苦情処理独立委員会が、それに似た報告書を今まとめているという。本稿の憶測は全くあてずっぽうだったが、遠くはなれているほうが、案外的を射ているということもありうる。

 パレスチナのガザ地区から、イスラエルの入植者を強制的に退去させる映像がこのところたびたび流された。これは過去の成田闘争そっくりではないか。国からの奨励もあって農地を開拓し、苦労の末(ガザでは命がけで)ようやく自立のめどがついたところへ、こんどは「国の都合だからでていけ」という。

 国は「保証金をつむから」といっても、「なっとくできない」とばかり土地にしがみつく。国は強制収用にふみきり、軍隊まで動員して住民をごぼう抜きする。そこへ他地区からユダヤ人右翼過激組織の若者がかけつけて妨害する。

 パレスチナ和平への第一歩ということで、イスラエルに同情的だったアメリカにまで評価され、入植者は国際的に孤立を余儀なくされているが、和平への第一歩とするには、あまりにも問題が多い。これまでは、いったい何だったのか。双方の紛争の火種は第一次世界大戦当時までさかのぼる。

 詳細はとても書ききれないが、イギリスをはじめ欧米各国のユダヤ対策や不手際が根源にある。これらに対する「謝罪や反省」なしに、「正義」の仮面で今の中東政策を推進する限り、パレスチナの当事者はもとより、アラブ、イスラム社会から理解を得ることは困難であろう。

 成田問題の解決第一歩がいわれてから久しいが、いまだに最終着陸地が見えていない。

2005年8月26日

反反戦

仮想定例委員会(出席者:硬、乙、平 議題:反戦論1)

*平 このブログも来月で開設以来半年になる。そろそろ委員会として運動方針、今流でいえばマニフェストかね、作った方がいいのでは。

*乙 まあ無理だね。管理人が優柔不断だから途中で投げだしそう。

*硬 でも看板が看板だから、避けて通わけにもいかないだろ。やれるとこまでやってみようよ。>

*乙 それもそうだ。ものになるかどうかは別として「反戦論」というカテゴリを作ってそこにぶちこんでおくか。

*平 まず「反戦」に反対する論理の分析をするため三種類に分けてみた。最初が「国際貢献論」、次に「歴史修正主義論」、最後が「北朝鮮・中国脅威論」だ。

*乙 いきなりむつかしいことになったなあ。最初とあとの二つはやや異質のもののような気もするけど。

*平 そうなんだ。ただ「憲法を改正して戦争のできる国にしよう」といっている連中は、それをごっちゃにとりまぜて話すことが多いので、最初から分けておいた方がいいと思ってね。

*硬 まあ、分類のしかたは必要があればあとで変えるとして、そもそも平和憲法が大きくゆらぎだしたのは、1991年の湾岸戦争の頃だね。同じ年にソ連が解体し、日本の景気も長く続きまあまあだった。

*平 当時まだ力を持っていた社会党の平和志向政策が「全方位外交」とか「一国平和主義」などと非難され、経済大国になった日本は国際紛争などに目をふさがず積極的に貢献すべきだ、とする意見が強くなった。

*乙 そこまではいいが、小沢一郎の「普通の国にしたい」論などがあって、それが自衛隊の存在感を高めようという方向に動いていった。そして海外派遣のためその都度特別立法をするなど、違憲に紙一重というところまで拡張解釈が進んでしまった。今、ブッシュおやじの時代まで立ち戻ってもう一度考えなおしてみるのもいいね。長くなるから早くも今日はお開きか。

2005年8月27日

国際貢献論

仮想定例委員会

*平 前回反戦に反対する論点に「国際貢献論」「歴史修正主義論」「北朝鮮・中国脅威論」の三つをあげたが、まず国際貢献論をとりあげてみよう。一口でいうと「よその国で国民が抑圧されたり殺されていたりしていて、これを助けようとする国際世論があるのに、日本だけ憲法で禁じられているので助けにいけません」というのは、他国の理解を得られず、エコノミック・アニマル、エゴイズムといわれ、国際的に孤立するのではないか、ということだ。

*硬 その結論に限り賛成する。ただし前提が大いに問題だ。その問題を解決し軍事衝突を回避するために、日本はどれだけ外交努力をしたのか、なにもやっていないではないか、できないではないか。本来ならば憲法第9条を持つ日本は、いずれからも受け入れやすい仲介者になれるはずだ。ところが日米軍事同盟のもと、自衛隊の装備を肥大させ一体化したシステムで動くようでは、どの国もアメリカの代弁者としか見てくれない。

*乙 その前に「国際貢献」という美名に注意してほしい。このキャッチフレーズひとつで、ほかのことを考えなくなる危険性だ。似たようなことが小泉手法にもある。戦争の理由に「自衛」が使われるのと同様に口実として使われかねない。たとえば日本だけを見ても、朝鮮出兵の理由として次のような例もある。(拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』)

 「危うきを助け、絶えたものを継ぐことは道にかなっている。国が亡び乱れて頼るところも告げるところもない。臥薪嘗胆して遠くから救いをもとめてやってきた。この志を無にするわけにはいかない」(660年、斉明天皇詔勅)。
 「朝鮮は我が隣邦なり、我が国は多少の難関に際会するも隣邦の友誼にたいしこれを扶助するは義侠国たる帝国としてこれを避くべからず」という世論に乗らない手はない(1894年、陸奥外務大臣)。

*硬 国際貢献は、国連を通じておこなうのが筋だと思うが、イラク戦争前からどうもアメリカへの貢献が優先している。安保常任理事国入りにも冷たくされたんだから、遠慮なく平和外交最優先に切り替えてもいいじゃないか。こういう「一国平和主義」なら大賛成だけど。

*平 隣国中国の首脳にも会えない小泉さんでは無理だね。反反戦の話がすくないけど、残る議論は次にまわそう。
                                                                            
2005年8月28日

選挙と憲法

仮想臨時委員会(出席者:硬、乙、平 議題:選挙と憲法)

*平 衆院選の公示を控え、今日は定例委員会を中断して当委員会の支持政党をどうするか考えたい。「反戦」の名称を持つからには、改憲反対を公約に明示する共産党と社民党、ということになるが。

*硬 投票の対象としての支持政党ならば反対だ。なぜならば、両党に投票して本当に護憲にもっていけるとは思えないからだ。あらためて両党の公約、政策を眺めてみたが、土俵の外からヤジをとばしているような感じで、とても同じ土俵で取っ組むという気迫を感じない。「当選すれば、こうして三分の二の護憲勢力を結集します」とか「こういう運動・工作を展開して改憲を阻止します」というのが公約でしょう。それがない。

*乙 改憲促進派の主張を聞き、それを論破するとか、軍事力に頼らない代案を示すとかの準備がない。へたに議論に加わると引きずり込まれてしまう、という態度だからだ。戦略論や軍事知識にもうとい感じがする。本当は両党とも解党的出直しが必要だったのに、「自民党をぶっこわす」の小泉さんに先をこされてしまった。革新政党の看板は返上してほしいね。

*硬 手厳しいね。公明党はどうだろう。方法論として「加憲論」を評価する意見もあったが。

*乙 かつて創価学会の婦人部などか地道な平和をくりひろげていたことがあった。ところが今の公明党は、イラクなどでブッシュのポチの小泉のそのまたポチみたいになっだろ。それで信用失墜。

*平 結局「支持政党なし」。よりましな政党か個人に自主投票が結論ということになり、今日はお開き・・・・。

2005年8月29日

国際貢献論 2 

仮想定例委員会

*硬 「国際貢献」といえば、右派論客の西部邁氏が最近おもしろいことをいっている。改憲派・親米派は、護憲派が憲法前文の「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」を、平和主義者の理想論、現実無視の平和ぼけなどと攻撃しているが、とんでもない勘違いだというんだ。

*平 アメリカが再軍備を禁じて日本を骨抜きにした。それが東西対決で方向転換し、自衛隊ができたというのじゃないの?。

*硬 そもそもアメリカが押しつけた憲法なら、「平和を愛する諸国民」というのは当然アメリカであると解釈し、それを信頼して「いわれるままついてきなさい」という読み方になるというのだ。だから「イラクについてこい」といわれれば「ハイッ」、湾岸戦争で「金だせッ」といわれれば1兆何千億だかの金をだす。そうすると反平和主義者にとっても、現行憲法は「それでいいんじゃないの」になってしまう。 

*平 「国際貢献」もいわば「アメリカ貢献」ってわけだ。

*乙 西部さんも国粋主義的なところがあるから、無定見なアメリカ追随に批判的になる。自衛隊のイラク派兵には反対だそうだ。

*平 彼は、絶対平和主義批判として『戦争論』という本を書いているが、乙さんより二つ三つ下の同世代なのにどうして方向が違うんだろう。

*乙 それは永遠のなぞかも知れないが、その本を見てひとつはっきりしたことがある。二つ三つの歳の違いは、年代の違い、20、30の違いよりまだ大きくなるという例だ。終戦の年に6歳であった彼は、つい昨日まで「撃ちてし止まむ」「鬼畜米英」だった日本の大人達が、突然「アメリカ万歳」になったことがわからなかった。

 そのほか日本人捕虜がアメリカ側に協力的だったとか、東京裁判の判決を歓迎したなどを数頁にわたって書き、精神病棟とか卑俗なエゴイズムとか奴隷根性とかいかがわしく卑しく不甲斐ないとかオポチュニズムなどと、よくもまあここまで自虐史観になれたものだと感心する。

*硬 乙さんの戦中・戦後体験が違っていたということですか。

*乙 これは個人の体験や感情論ではなく、いずれ諸史料にもとずく社会史的結論が定着するだろう。学校の先生が10人が「敵撃滅」を叫んでいても本気でいっているのは、一人か二人でほかは戦争が早く終わればいいと思っていた。

 無茶をいう軍人がいなくなり、憲兵や特高を気にしないでものがいえることで、どんなにホッとしたことか、占領軍が入ってきて、手紙の検閲や鉄道の専用車を作ったが宣伝されていたような「鬼畜米英」ではなく、飢えから日本人を救ってくれた。マッカーサーに感謝の念を持つ一方で、「本土決戦になれば、戦闘の邪魔になるので老人、子供を先に殺す」といった状況にまで追い込んだ東条が死刑になるのはあたりまえのこと、と感ずる日本人の心はごくまっとうで健全なものだ。やはり「日本人はすばらしい」と思うようでありたい。

◎◎◎ 速報 ◎◎◎

 一週間前、「続かない戦後60年」のタイトルで、終戦記念日以降も、マスコミは60年前の日本をえがきつづけてほしいという願望を記事にしました。今日付けの毎日新聞夕刊によると「占領の秋 1945年」と題するドキュメントを今日から連載するとの公告があり、「占領期は現在の日本のまさに原典となった時期」で「戦後60年の節目である今年は秋以降も掲載していく」と述べています。

 まさに「我が意を得たり」の快挙で、他のメディアも負けずに企画してほしいと思います。そうすることにより、上の「戦後社会史」構築が進み、今後の日本の進路に大いに貢献することになると確信しています。

2005年8月30日

情勢に変化なし

 衆院選が公示された日なのに、特別の感慨がわかない。8月8日の記事「隠された争点」で、この選挙の性格と野党の対抗軸について問題提起したが、その後の情勢は予想通りの推移で、依然小泉ペースが独走している。

 民主党は、郵政に特化された争点に埋没しがちで、その他の政策をクローズアップすることに成功していない。刺客さわぎや新党発足などについて「自民党のコップの中の嵐」などと、あえて無視を装っている。

 そこが間違いなので、相手は自民党でなく「小泉」そのものでなくてはならない。強引な小泉手法を疑問視する世論が比較的高いにもかかわらず、これに一矢も報いられないようでは勝ち目がない。

 正論に水をさすようだが、甲乙つけがたい政策論争をいくら繰り返しても、投票者にとってどっちがいいのか判断できるひとはほとんどいない。実質的な選挙戦が始まってもう三分の二が過ぎた。せめて、「反民主主義的手法」を攻撃することで、小泉圧勝にならないようにするしかないのか。 

2005年8月31日

朝日新聞の病弊

 タイトルの「病弊」は、朝日新聞自身が今日付の社説で使っていることばである。社説の題は「虚偽報道 朝日新聞が問われている」で、最近長野総局の記者がかかわった田中康夫知事の動静に関する虚報発覚事件についての反省と誓いをのべている。

 しかし全文を読んで、なにか他人事のような印象を受けるのは私だけだろうか。たとえば「記者をそんな心理にさせたものは何だったのか。取材をチェックする仕組みをどうつくるか。問われているのは、そうしたことを含めた朝日新聞の組織や体質だと思う」というくだり。報道記事では「思う」などのことばは、使えないのではないか。まして自社のことである。

 ここで、JR西日本の事故当時を思い出す。まず、事件の重大さをどこまで認識しているかである。国民にとって、新聞記事が信用できなくなるということは、死者の数や刑事事件云々で比較できない程の損害をもたらしていることである。JR西日本の幹部が他人事のような態度をとったとして、Y紙の記者が暴言を招き非難を集めた。弁明の仕方もまた似ている。運転士が、記者が、組織がではないのである。通り一ぺんの反省や「地道な努力」ではもはや追いつかない。

 社説は論説委員が書く。論説委員は偉い。「下のやつらがとんだへまをやらかしやがって」という、気持ちはないか。社説の一連の反省の中には「傲慢さ」というのがない。「無冠の帝王」などといわれて得意になっているようなところはないか、世間常識から見て不遜なところはないか、を本気で考えてほしい。

 <絶えず朝日を「目の敵」のように批判し、それを売り物にするかのような一部メディアと一線を画してきた>毎日新聞も、今日の社説で「犯罪的行為」とまでいって批判している。よほどのことと思わなければならない。この際これまで批判され続けてきた他の件も含め、記者会見に応じ、一切を公開して「解紙的でなおし」をはかる以外に発展の途はないのではないか。

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いくら学校で時間切れで教わらなかったといっても彼は紅白の桑田圭祐ではない。このモノクロの古い写真の方は彼とは正反対で「どちらかといえば」現代日本の某晋三総理大臣の方が ... [続きを読む]

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