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2005年6月 1日 (水)

ヘルマン・ヘッセ

[反戦老年委員会復刻版]

 1931年、満州事変(15年戦争)が起き、上海の排日運動が盛んになる。翌32年、私が生まれた年だが、上海事変で戦火が拡大し、ドイツではヒットラーに国民的な人気が集まる中で、ナチスが第一党となる。

 以下は、同年、ヘルマン・ヘッセがある老婦人の「あの人がやってくれるならもう安心よ。その人の名はヒットラー」ということばを聞いて、危機感をつのらせ、後援者の妻に送った手紙の一部分である。(ヘルマン・ヘッセ研究会編・訳『ヘッセからの手紙』)

  「(前略)これではまるで1914年(注・第一次世界大戦勃発)と同じです。もし私個人の私生活の中で似たようなことが起こっていないのであれば、これを笑ってすませることもできるでしょう。でもとうに解決され克服されたと思われていた状況と問題が繰り返されているのです。確かに人々は少々うんざりして我慢強くなってきてはいますが、やはり多くは学ばなかったのです。どうやら人間には、教訓を学び取るという能力はさほどないようです。人生を文学や思想に捧げてきた人間にとっては、これは惨めな結果です」
 
文学者・石原東京都知事にこれを捧げる。

2005年6月2日

石原慎太郎

 新・旧唐書には、倭人は漢字を覚えてから「倭」が良い意味でないのを嫌うようになり、「日本」と自称した、と書いてある。以来、唐の政権は公文書でも「日本」を使うようになり今に至る。

 石原慎太郎は、中国といわず意識的に「シナ」というようだ。古代日本人は「ワ」という音を嫌った訳ではない。漢字の「和」を使って、大和、和食、和服など今なお「ワ」が生きている。同様に、中国も「シン」から転じたとみられるチャイナ、シナという音をではなく、「支那」と書かれることを嫌っているのだと思う。

 終戦まで日本が使っていた、相手が嫌がる言葉をわざわざ持ち出すことに、どれほどの意味があるというのだろうか。プチ右翼ならいざ知らず、大東京をあずかる資質に欠けているといわざるを得ない。

 都民に訴える。同い年の異端児、「好戦老年」を早くリコールしてほしい。

2005年6月3日

サウジ人と自由

 このかた、サウジアラビアは必ずしもアメリカのいいなりにならなくなった。その頃からアメリカがいう「自由と民主主義のない国」リストにあがることが多くなったようだ。

 これは十数年前、サウジで自由取材ができる回教徒の日本人カメラマン・オマル・○○氏から聞いた話。

①サウジの労働者は、外国からの出稼ぎがほとんど。唯一サウジの男性に人気のある職業は、タクシー運転手。なぜならば、好きな所に移動して自由に仕事ができるから。

②政府がオイル・マネーで、噴水や緑のある立派な公営住宅を作った。砂漠を放浪する遊牧民に無料で提供したが、最初のわずかな期間いただけで、いつの間にかみんなもとの生活に戻った。誇り高きベドウインは、定着して自由を失うことを嫌う。

③議会とか選挙はないが、週一回宮廷が開放され、先着順で誰でも王様に意見や陳情をすることができる。神アッラーのもとでは、すべてが平等だから。

 厳格なコーランの戒律をのぞけば、以外に自由と民主主義なのだなあ・・・、と思った。

2005年6月6日

踊り場が天井に

 設備投資はでこぼこがあるにしても伸びが続いている。失業率もまあまあの線まで回復してきた。企業業績は最高水準を示している。ところが先ゆきさっぱり明るく感じられない。

 「景気は踊り場」の表現がたびたび使われている。景気にダイナミズムがあり、次のステップが見えてこそ「踊り場」といえるのだが、郵政や靖国にかまけているうちに、ここが「天井だった」に化ける可能性が大きいのではないか。

2005年6月11日

TV局の不道徳

 このところ、かつての相撲界の名門花田家と、そのプライバシーを民放のワイドショーが執拗に追いかけまわしている。のぞき見趣味を増長して視聴率稼ぎをするにしても、明らかに度を超えている。

 その中に、元家政婦にとくとくとしゃべらさせる中継があった。昔の女中さんはどんなに教養がなくとも、奉公先の内情は絶対口外しないという矜持があった。

 こんな不道徳を「独占取材」などといって、得意げに報道する局に、果たして公徳心や公共性があるのだろうか。内部告発の流行で善悪の判断基準が麻痺している。不道徳や犯罪を奨励するかのようなとりあげかたは、やめてほしい。

2005年6月13日

新聞休刊日

 スタートした頃は「新聞配達少年に休暇を与えるため」としていた。今は新聞各社、値下げもせずに仲良く一斉に休むのが「あたりまえ」といわんばかり。

 インターネットは年中24時間休みなし。寂しいけど、宅配新聞が消滅する日、いつかはやってくるのだろうなあ。

2005年6月20日

万葉集3578

 武庫の浦の入江の渚鳥羽ぐくもる
        君を離れて恋に死ぬべし

 武庫の浦は、今朝から福知山線通勤電車が走り出したJR尼崎駅の沖合。当時の海岸線はより事故現場に近かかったかも。そこから、新羅(古代朝鮮の国)に船出した使者を送りだした時の別れの歌。

 我が小泉の君はどうしているかなあ。

2005年6月23日

なぜか複眼

 かつて関心を持ち続けていた「邪馬台国論争」だが、ここのところご無沙汰している。奈良県纏向遺跡や「箸墓」周辺の調査により、「邪馬台国は畿内説で決まり」という声が、考古学者を中心に強くなっていた。

 しかし「魏志倭人伝」を見る限り、九州説もなかなか捨てがたい。そこで、拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』では畿内説の肩をもちながら、「卑弥呼が二人いてもいい」という仮説を立ててみた。

 本委員会における「靖国問題」についても、似たようなことがいえる。過去の体験上、首相参拝に反対する立場に変わりはないが、賛成派の認識と共通する部分もいくつか存在する。

 いわば「ショウ・ザ・フラッグ」には、弱いのである。もって生まれた性格か年のせいかはわからないが、若い頃、「まちがいに気づいたら、いつでも捨てる勇気がなくて、思想を持つなどと偉そうなことをいうな」ということを聞いてからかも知れない。

 どんなことでも、より真理・真相に近づくためには、片側通行だけで果たせない。当委員会もあらゆる情報に対して、直感、単眼ではなく「複眼」で通すしかなさそうだ。

2005年6月26日

経費節減

 老人にはこたえる本格的な暑さがやってきました。こんな時は、近くの公民館で涼みながら碁を打つのが、ささやかな楽しみです。

 ところがエアコンが故障。窓を開放しても風は入らず、熱戦はとても無理です。ここのところ、経費節減でなにかとサービスが低下しています。その中でエアコンも保守契約をケチったか更新時期をずらしたのでしょう。これから予算手続きをして、競争入札にかけて、工事日程を組んで・・・・。あぁ~・・・・秋までかかりそう。

 これがスーパーやコンビニだったら、すぐにつぶれてしまうでしょう。大組織で予算削減といえば、まずこんなことを思いつくものですが、かえって高いものにつきます。

 かといって、民営化して高い会費をとられるようなら、行きませんが。

2005年6月27日

サイパンとは

 天皇、皇后が戦没者慰霊のためサイパンへ、と報道されるている。その中で、これら南方の島々が第一次大戦の結果、ドイツから日本に統治権が移った委任統治について触れている解説があまりない。

 れっきとした植民地であり、戦争被害も他におとらない悲惨な状況があったにもかかわらず、日本人犠牲者のことだけで、現地住民からあまりとげとげしい話は、でてきていない。

 「私のラバさん(恋人)酋長の娘」といった流行歌や、漂流して島の王様になった「冒険ダン吉」の漫画を思い出す。アメリカに統治が移った現在、彼等は幸せでいるのだろうか。

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