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2005年4月

2005年4月30日 (土)

視野の狭さ

[反戦老年委員会復刻版]

 憲法記念日が近づくと新聞の憲法論議もにぎやかになる。今朝もM新聞に3人の学者が集団的自衛権をめぐって持論を展開していた。

 気になるのは、いずれもイラクとか最近の北朝鮮の姿勢や中国のデモなど、卑近直近のことを例にあげ、自説を補強する材料にしていることである。

 学者が専門分野にしか目が届かないのはいいとしても、問題は憲法である。ここ1、2年のわずかな出来事だけで決められたのではたまらない。

 中世とまではいわないが、すくなくとも19世紀以降の流れをふまえ、50年100年さきを見越した巨視的な意見を出してほしい。

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2005年4月28日 (木)

労働組合

[反戦老年委員会復刻版]

 昨日に続きJR西日本の大事故関連。

 労組の委員長がテレビで発言した。「運転士の日勤教育、これは刑務所ですよ、拷問ですよ」。同僚に自殺者を出し裁判沙汰にまでなっているのに、よくぬけぬけといったものだ。

 どうして「乗客の安全、組合員の人権と命をまもるため、ストをかけてでも戦います」といえないのか。こういうセンスも職人気質同様、最近はとんとお目にかからない。インタビュアーの質問もなかった。電車だけでなく世間のバランス感覚も崩れている。

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2005年4月25日 (月)

靖国・教科書問題を取り戻せ

[反戦老年委員会復刻版]

 ジャカルタの日中首脳会談は、双方の傷口に触れなかっただけで、具体的な成果はなかった。そもそもこの問題は、伯仲する議論が国内にあり、国論として統一されていたわけではない。にもかかわらず、中国・韓国で一面的に報道され、それを受けた大衆が騒ぎたてた。

 その結果、日本の世論は不当な干渉を受けたととり、外圧に屈することはできないという議論を勢いづける結果を生んだ。両国民の行動が逆効果になっているということを、両国政府はうすうす感じはじめているかも知れない。

 この騒ぎの責任の発端はマスコミにもある。靖国・教科書問題でグレードの高い国内議論を再構築する絶好のチャンスとすべきだ。

2005年4月26日

靖国異聞

 小泉首相の靖国参拝に関して、日本人と神社のかかわりを日本古来の伝統とかアニミズムで説明する向きがある。『日本書記』から「戦争を起こしてはならない」と誓った古人の例を見てほしい。

 (斉明天皇4年条)秋田に遠征した官軍・阿倍比羅夫に対して地元の恩荷がいった(要旨)。>

 「戦争のために弓矢を持つのではありません。ただ、私たちにの食生活には猟が必要で、そのために持つのです。もし、それを官軍に向けるようなことがあれば、秋田浦の神が知るでしょう。偽ることはできません」

 アニミズムを自然崇拝と訳しているが、むしろ精霊崇拝とした方が正確だろう。神をあがめるのはたたりが恐ろしいからだ。誓詞に「違約すると八百万の神がたたる」と書いておくのが日本の習慣になっている。

 A級戦犯がたたるとすれば、死刑判決をくだした連合国側以外にはない。小泉首相は「日中友好のために、どうかたたらないでください」という趣旨で参拝しているのだろう。

2005年4月27日

職人肌

 職人肌の電車運転士は、ブレーキのショックを感じさせず停止位置の標識どおりにピタッと止める。また腕の立つ職人は、決して同業仲間の悪口をいわなかった。トラックやハイヤーの運転手の職業意識も高かった。「土日は、素人の運転が多いので事故がこわい」といっていたのが、昨今の事故はプロが運転する大型車両ばかり目立つ。

 失われた十年で、こういった職人気質も薄れてしまった。技能労働者の自信とプライドを奪い去ろうとする怪物、それは郵政民営化の中にもすんでいそうな気がする。

2005年4月21日

国民学校

 昭和16(1941)年4月1日、全国の小学校が「国民学校」と改称された。その目的は、国民学校令第一条にある。

 「国民学校ハ皇国ノ道ニ則リテ初等普通教育ヲ施シ国民ノ基礎的錬成ヲ成スヲ以テ目的トス」

 基礎的錬成という聞きなれないことばがあるが、埼玉県平和資料館では次のように解説している。

「錬成」を目的に掲げたのはこれがはじめてであり、戦争という異常な状況のもとに登場したものでした。文部省はこれを「錬磨育成」の意であるとし、「児童の全能力を錬磨し、体力・思想・感情・意志等、児童の精神及び身体を全一的国民的に育成すること」と説明しました。したがって、児童本位の教育や自由主義・個人主義の教育は非国民的教育として排除されました。

 最近、近くの国で似たような姿を見る。

2005年4月22日

臣茂
:
 人民、国民と「民」のことばを追ってきて最後は「臣民」になるが、これは「家来(けらい)」ということで多言を要しまい。

 臣の使い方だが、戦後の名宰相といわれた吉田茂は、立太子礼(1952/11)の席上、祝詞のなかで自らを「臣・茂」と称した。英国大使をつとめた彼は自由主義者で、戦前から軍部ににらまれ、一時逮捕されたことさえある。

 しかし、明治以来の政界の名門に生まれ育った血筋やイギリス流の貴族趣味からでたことばとして納得できなくもない。

 もうひとりあげておこう。足利義満である。明の恵帝に何度も働きかけ、応永9年(1402)やっと返事をもらえた。宛先に「爾(なんじ)日本国王」とある。よろこんだ義満は遣明使に「日本国王臣源表す、臣聞く・・・」という国書を持たせた。これで交易が開始された。

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2005年4月16日 (土)

衆院憲法調査会最終報告

[反戦老年委員会復刻版]

 今朝、題記報告書の要旨が各紙に掲載された。論点を整理して賛否両論を紹介する内容になっている。国民が憲法を勉強するには格好の教材になるだろう。今後改正に向けた動きがでそうな条項として、「・・・意見が多く述べられた」と結論づけたところを注意して見ればいい。9条関係など私見はあるが、別の機会に譲り、報告書の中に驚愕すべき暴論がしのばされていること紹介したい。

国民の義務規定を増やすべきとする意見の中に『近代立憲主義を克服し、憲法を、国家と国民の協働を規定するものとして再構築することを志向する』というのがあり、義務として「国防の義務」を掲げている以上、徴兵制も視野に入れているのだろう。

 これは、かつての戦時立法「国民精神総動員法」とどこが違うのだろう。憲法であるだけにもっとタチが悪くこわい話だ。思慮もなく勉強もしてない議員には、とてもまかせいおけない。

2005年4月20日

臣民、国民、人民

 『日本書紀』を見ると、古代「おおみたから」ということばがあった。漢字では、民、百姓、黎民という字を当てる。国家の形がなく、民衆を一律支配する権力がない頃にも使われており、「人民」に近いものだろう。

 旧帝国憲法ではすべて「臣民」のことばで規制され、昭和憲法から「国民」になった。「人民」は、幕末から明治にかけて新聞、書物などに多用され、PeopleやVolkesの訳語にも使われた。

 ところが、それぞれのことばがだんだん特別の意味合いを持たされるようになる(後述)。今は自民党が共産党に至るまで「国民」オンパレードである。

 憲法を考える上で最も基本的なことがらだ。皇族と生まれたての赤ちゃん、そして在日外国人は「国民」ではないのだから、もっと最初にもどって考えてみたらどうか。

2005年4月21日

人民の名において

 昭和3年(1928)の流行語に「人民の名において」というのがあった。この年はスカートの丈が膝上になるとか、労働争議が続発するなど、大正デモクラシーの名残を残す一方、政府は治安維持法の強化をはかり共産党関係者1568人を検挙するなど、左翼の弾圧にも乗り出した。

 同じ年、パリ不戦条約が15カ国間で調印された。これが現行憲法9条1項の根源となっている。その中に「各国の人民の名において厳粛に宣言する」との表現があるが、当時、これは天皇主権をうたう我が国の憲法に違反する、という声が議会の中からでた。

 解釈次第ではどうにでもなることだが、そうはいかなかった。政府は、この部分に限り日本ヘの適用がないものと了解する、と勝手に宣言してその場をしのいだ。

 以後、「人民」は語感としてなんとなく体制と相容れないような位置に追いやられ、今では社会主義国だけが使う特殊用語になってしまった。

2005年4月23日

国連過大視の危険

 「『国連が行動すべきか、大国が行動すべきか』なんて聞くこと自体が間違いだ。それは同じことなのだから」(元アメリカ国連大使ジーン・カークパトリック教授の発言、アルビン・トラーフ『戦争と平和』より)。「国連はアメリカにとって必要な時に利用できる小道具・・・」(アーミテージ国務副長官の発言趣旨)。

 日本は常任理事国入りにひたむきになっているが、アメリカはアナン事務総長の周辺疑惑をあばきたてたり、かつて国連の存在意義を否定した新保守主義者(ネオコン)ボルトン氏を国連大使に送り込もうとしたりで、国連の弱体化=アメリカ志向化工作に余念がない。

 海外派兵について「国連の決議があれば、国連軍であれば」など、国連を錦の御旗にしようとする意見(民主党にも)がある。しかし、国連改革は簡単にできそうにもない。大丈夫なのか。

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2005年4月15日 (金)

国籍

[反戦老年委員会復刻版]

 ここのところ何かと「国籍」がニュースになる。日本国籍がないため、昇進できなかった東京都の在日朝鮮人職員、虚偽の申告で新生児に日本国籍をとらせ、不法入国した親の在留資格を認めさせる中国人の新商売、などなど。

 未婚のフィリピン女性の子が、妊娠中に日本人父親の認知がなかったという理由で国籍取得を断られ、訴訟を起こしていたが、最近その判決が東京地裁からでた。

 判決は「戸籍法の規定は憲法違反」と断じ、原告勝訴になった。同様な事案でかつて最高裁は原告敗訴としたことがあるが、判決に「違憲の疑いが濃い」という補足意見を付している。専門的な知識はないがこれは重大なことのようだ。

 アメリカは生地主義だから、同国で生まれた赤ちゃんはすべて米国籍がとれる。日本は血統主義なので国籍に関する発想がどうしても閉鎖的になりがちだ。人権法案でも検討段階で議論になっているようだが、「日本の伝統」重視の改憲促進派は、より厳密な血統主義をとろうてするのではないか。

2005年4月15日
国籍-その2

 韓国籍の東京都職員が昇進の道を閉ざされたことについて、裁判所は都の処置を認めた。国籍により制限が生ずるのは当然で、いやなら日本国籍を取るか、公務員以外の職業を選ぶべきだという素朴な意見に組みする。

 しかし、古代は違った。有能で権力を裏切らない限り、日、中、韓それぞれの国の高官に登用されることがすくなくなかった。

 6世紀後半、熊本県芦北の豪族出身の日羅は、百済で達率という同国第二位の官位で国王に奉仕した(後に暗殺される)。8世紀には、阿倍仲麻呂が唐の玄宗皇帝に抜擢され、唐でも特別の家柄でなければつけないような重要ポストで活躍していた。(拙著『海と周辺国に向き合う日本人の歴史』)

 一方日本では、聖徳太子のころまで税務、文書、建設関係の役職すべてが、朝鮮・中国出身者で占められていたと思われる。

 国籍が人々をしばるようになったのは近代、アフリカや中近東ではごく最近のことなのである。

2005年4月18日
成熟社会とは

  ブログ開設から明日で1週間。中国の反日デモを最初の記事にしたが、この土日も依然盛り上がっていた。ふりかえって、拙稿がそう的はずれでなかったことにホッとしている。またこの間、日本では中国大使館にペンキをかけたとか、領事館に刃物のようなものを送りつけたという、一見プチ右翼(小林よしのり氏の造語?)かチンピラ暴力団のような仕業が報じられたにすぎなかった。これにもホッとしている。

 デモの起きた原因について、いろいろな解説があるものの、要点がしぼりきれておらず、中国当局も「歴史認識」をいうだけで緊張感に欠ける。下世話な物言いで失礼だが、早い話「日本に対する嫉妬心」の爆発ではなかったかという気がする。

 マスコミ論調も「成熟した社会であることを示そう」的なものが多くなってきた。燃えさかる嫉妬心にはこれしかない。プチ右翼だけではなく、首相をはじめ政治家も心して対応し対策を練ってほしい。

2005年4月19日
デモの被害額

 週明けの東京株式市況は、中国の反日デモの影響を不安材料視し、日経平均で約432円安で引けた。どのニュースでも「暴落」とは書いてないが、最近の相場にしては珍しい落ち込みようだ。

 時価総額にして12兆円余り日本の資産が目減りした。損害は大使館の窓ガラスなどの比ではない。町村大臣は、もっと大声で抗議すべきだ。

 ちょっと、ほりえもん騒動に毒されすぎたかな?。

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2005年4月14日 (木)

もったいない

[反戦老年委員会復刻版] 

 「もったいない」、このすばらしい日本語を世界にひろめよう。来日したケニアの女性環境副大臣・ワンガリ・マータイさんは、早速国連で行動を起こした。ノーベル賞をもらうだけあって感性鋭く、行動も早い。日本にとってはもったいない人だ。

 今朝、日本でこのような会話があった。

 「おーい。(自治体指定の)ゴミ袋が大きすぎてぶかぶかだ。すきまがもったいない。なにか捨てるものないか!」

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2005年4月13日 (水)

ことば

[反戦老年委員会復刻版] 

 山上憶良は、日本(倭=やまと)が美しく霊力あることばを神世から受けついできた国、と定義した。それを破壊しているのは、若者ならぬセンスのないマスメディアである。アナウンサー曰く

○「ともバタラキの夫婦が・・・」。バタラキ・・・イヤなひびきだ。「ともかせぎ」という美しい日本語のどこがいけないのか。

 「したばたらき」なら以前からある。それは仕事に上下の差別を意識させることばにほかならない。

 このような変更がどうして起きたのか、ご存じの方教えてほしい。

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2005年4月12日 (火)

反日デモ

[反戦老年委員会復刻版]

 予定していたブログ初見参の記事を急遽さしかえることにした。lこのブログ開設者として見過ごせないニュースが舞い込んできたからである。05年4月9日から2日続いた中国各地の反日デモをどう考えるか、まだ情報を整理できる段階にはないが、気がついたことだけ書きとめる。

 1.彼らの過激なスローガンや行動とは裏腹に、にこやかな顔で「愛国者」であることを誇示。生活も将来もかかっていない気楽なプロパガンダ祭りのようだ。

 2.深刻なのは日本における嫌中意識の高まり。犯罪増加が社会不安のトップにきているが、目立つのが中国人による不敵な凶悪犯罪。それには頬かぶりして、日本の言論に内政干渉めいたいいがかりをつけたり、過去の歴史を公式に何度わびてもしつこく追求しつづけ、同じ問題をむしかえす。これでは中国の主張を理解しようとする人も、靖国参拝反対の人も口を閉ざしてしまい、改善の糸口まで失われる。

 3.騒ぎがおさまると、楽観論がでてくるがこれが危ない。イラク戦争はテロに対する国民感情とニセ情報に乗って開戦した。ナチズムもファシズムもかつて支持する国民のデモを利用した。日本国憲法9条を変えようとたくらむ勢力の野心は何か。国民感情が許るすようなら戦争への道も閉ざさずにおこう、ということか。

 4.ことここに至った原因と責任はすべて日中両政府にある。「冷静に」というのがおおかたのマスコミ論調だし、中国もそのようだ。ただし、ほとぼりがさめるまでの我慢くらべだけでは本質的な解決にならない。

 アジア百年の計を語り合える大政治家が双方にでてくるまでお預けか。はじめから危ない話ばかりでうんざりする。

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