2009年11月10日 (火)

核を手放せない北朝鮮

 このブログでは、選挙を前にした8月17日に民主党の外交・安保政策について「鳩山代表の本気度」という記事を書き、新政権発足後の9月から10月にかけて北東アジア核非武装宣言構想などを中心に「オバマに提案して下さい」、「オバマの背中を押せ」、「新外交にギヤかかかった」というエントリー掲げてきました。

 まもなくオバマが来日します。マスコミや議会が騒いでいる沖縄基地問題は、小さな問題とはいいませんが、冷戦体制下で生まれ、半世紀も続いた日米安保体制のレビューをする中で考え、決着を先送りするという方向に向かいそうです。

 また、外交諸懸案もすぐ結論を出すというより両国が目指す方向を確認しあうという、セレモニー的なものになるでしょう。なぜならば、議論する時間がなく煮詰まった話などもありません。北東アジア核非武装宣言構想も「せいてはことをし損ずる」ことにもなりかねないので、そのあたりをすこし――。

 北東アジアで非核武装国といえば、核の傘は別として日本と韓国しかありません。その中で北朝鮮は自前の核兵器を持ち、核保有国を宣言しています。これを阻止し、また核を放棄させようとしたのが6カ国協議です。

 しかし、このところ北朝鮮は6カ国協議をボイコットしアメリカを対話に引き出すことに重点を置きました。最近は6カ国協議復帰も匂わせていますが、本当は韓国、日本には入ってもらいたくないのです。それはなぜでしょう。

 金正日の健康は相当回復したようです。そこで後継者にどうしても引き継がさなければならないことに力を入れ始めたのです。それは、朝鮮統一のあり方ではないでしょうか。ベルリンの壁崩壊から20年、東ドイツの二の舞だけはどうしても避けなければならないとの思いです。

 つまり、吸収合併には断じてさせない、対等かできれば上位で望みたい、それには国の「格」ならぬ「核」が必要なのです。世界一のアメリカと堂々とわたりあい、譲歩をひきだすのも「格」を高める仕掛けです。韓国からの1万トンの穀物支援をけっ飛ばすのも「武士は食わねど高楊枝」の心意気でしょう。

 それが「主体性理論」なのか、朝鮮人の国民性なのかはわかりません。朝鮮半島の非核化は北・韓国、日朝の共同宣言にもあり、6カ国協議でも1度はうたっています。すべてうまくいけば核を放棄してもいいと思っているはずです。

 その点、北・韓国・日本を区域とする非核武装地帯宣言をし、核保有国のアメリカ、ロシア、中国がこの地域に核を使わないという条約に調印すれば、6カ国の枠組みの中で安全を保証されるだけでなく、各国の交流や援助も盛んになり、東アジアの安定が一挙に進展するわけです。

 一見、北にとってもよさそうですが、朝鮮の統一にはプラスにはなりません。日本主導では昔の「大日本帝国」の区域を思い出すでしょうし、韓国との経済格差だけでなく日韓の連携があればますます孤立しかねません。つまりは、対等合併の切り札をなくしてしまうことになるのです。

 以上は独特な見方ですが、テレビのコメンテーターがいうような「ごね得外交」「専制孤立主義」だけの国で、経済制裁を強化すればいずれ参るだろうという考えとは、ちょっと違う見方をしてみたかったということです。

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2009年11月 9日 (月)

鉄と核と人類

 佐賀県玄海原子力発電所で日本最初のプルサーマルによる発電計画が今月5日から始まった。順調にいけば今日あたりから発電が開始される。政権交代で核兵器に対する政府のスタンスは、表面的には大きく転換したように見える。

 しかし原子力発電については、前政権とどう違うのかよく見えてこない。鳩山首相の言葉を借りれば「工科出身閣僚が4人もいる」政権であり、温暖化防止・25%の排出ガス削減のためには、原発推進により比重を置くことが不可避という感触も見え隠れする。

 科学立国を目指さなければならない日本だが、この際、日本ではじめてノーベル賞を受けた故・湯川秀樹博士の言葉をかみしめておく必要がないか。これは豊田利幸著『核戦略批判』に寄せられた巻頭文の一部で、書かれたのが40年以上前の1965年、しかし根源はなんと紀元1世紀から人類に科せられた課題だと説く。

 人類の長い歴史の中で現代はどういう時代であろうか。あるいは、どういう時代となりうるであろうか。一九六五年という時点ににおいて、この設問に対するどういう解答を私たちは持ちうるであろうか。

 過去のいくつかの時点において、何人かの人が、同様な設問――ただし、それは地球全体ではなく、限られた地域に住む人たちの歴史についてではあったが――に解答をあたえている。例えば紀元一世紀のローマ人プリニウスは『博物誌』の中で 

「鉄は生活における最善にして最悪の道具である。鉄で土地を耕し、樹を切り、石を切り、家を建てる。しかしまた、鉄を戦争、殺人、強盗にも用い、直接殺しあうだけでなく、投げ道具にし、あるいは羽根をつけて飛ばせる。死がいっそう早く人間に達するように、死に翼をつけたのである。

 しかし、自然には責任がない。ポルセンナの市民は国王を放逐し、ローマ市民と講和を結んだが、その条件は鉄を農業以外には使用しないということであった。」
と言っている。(中沢護人著『綱の時代』[岩波新書]による)

 この解答が、二千年近くの年月をへだてた現在の時点において、私たちの考えていることと、あまりにもよく似ているのに驚かされるのである。彼のほかにも、古代人の中には、火と鉄とについて、今日私たちが原子力、核兵器、その運搬手段などについて持っているのと同じような考えを持っていた人が何人かあったであろう。

 しかし幸いにして鉄は、それだけでは人類の歴史を中断させうるほど巨大な力をもっていなかった。(以下略) 

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2009年11月 7日 (土)

米に撤兵の勇気があるか

 アメリカのオバマ大統領は、テキサス州の陸軍基地で起きた銃の乱射事件の追悼式に出席するため、日本訪問を13日に変更したいと日本側に伝えているようだ。米兵の犠牲者が出るたびに大統領が追悼式に出席すると、外遊などしている暇がなくなる。

 しかし今回の事件が、オバマにとってよほど深刻な事態であることを物語っている。アフガンに増派をするのか取りやめるのか、日々伝えられる現地情勢に好転の兆しはなく、このままではベトナム以上の泥沼化が避けられなくなる。

 増派中止、さらに撤兵ということになると国内の右派から猛反発を受け、政権に回復不能の打撃になることもあり得る。また、犯人がイスラム教徒であったことなどを考え合わせ、この際どんな障害があっても犠牲者に最大限の弔意を払うこと以外に彼の選択肢がない。

 この事件はもう一つの大きな問題をアメリカ社会に投げかけている。それは、毎日新聞(11/6)が伝える次のような事実である。

 イラクやアフガンでの戦争では、PTSD(心的外傷後ストレス障害)や、爆弾攻撃により脳細胞が破壊される外傷性脳損傷(TBI)を患う兵士が急増した。オバマ政権は今春、対テロ戦争を「象徴する負傷」と位置づけ、最終的にいずれかを発症する兵士が30万人前後にのぼると推計し、治療体制を拡充すると表明した。

 しかし、現場では、軍での経歴に障害となったり、除隊を迫られることを恐れて、精神的な治療を敬遠するケースが目立つ。米精神医学会が昨春、約350人の帰還兵らを対象に行った調査によると、約半数が不眠やうつ症状を訴えたが、治療を受けた人は約1割だけ。治療を受けなかった人の多くは、目に見えない症状のため治療を求めても適切な診断が得られにくく「(兵士としての)経歴に悪影響を及ぼす恐れがあるから」と答えた。

 こうした状況を受けて、米陸軍副参謀長のピーター・シラリー大将は今月5日、陸軍の年次総会で「従軍を逃げようとする弱い兵士の訴えではない」と指摘。偏見をなくし、迅速な対応をするよう求めた。

 犯人は、同基地の精神科医を務める少佐で、帰還兵患者のカウンセリングなどの任務を持っていた。その彼自身がアフガンなどに配属される予定があったとか露骨な差別発言に悩んでいたとかで、神経症に罹患していた可能性があるという。

 上記のように米軍で治療を受ける患者はわずか1割に過ぎない。他の負傷と違って表に出したくないという心理が働くからだ。日本でもさきの戦争で多くの戦争神経症患者が出たはずだが、「皇軍兵士にはそのような弱兵はない」という建前があったため、重症者は監禁に近い状態で精神病棟に入れられていたようだ。

 戦後60年たって、引取先のない「戦傷病者特別援護法」等による入院精神障害者は全国で84人(平均年齢80代半ば)も残っている。つまり、負傷といっても癒えることのない悲惨な状況におかれる患者が、今後アメリカで激増する可能性を否定できない。

 太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争をそれぞれ比較すると、米軍の死者は劇的に減っている。しかし、死者と傷者の割合では傷者が増え続け、発見の遅れている潜在患者まで入れると、最近の状況はまさに破滅的といってもいいのではないか。(以上については、下記の関連記事を参照して下さい)

 アメリカは「テロとの戦い」を大転換するべき時期にさしかかっている。オバマは果たしてその勇気ある決断をする勇気(同時にアメリカ人の勇気でもある)があるのか。鳩山首相は、近く会う大統領に「同盟国としてアメリカの方針を支持します」とオウム返しでいうだけでは、せっかくの政権交代の意味がなくなる。

 首相はオウムではなくハトである。「米軍撤退のために必要な協力は惜しみません、そのためにはかけはしにもなりましょう」と増派撤回を進言することだ。それが真の同盟国への友愛精神だと思うのだが……。オバマも鳩山も正念場である。

参考エントリー
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_eda8.html
帰還兵の殺人
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-190f.html
アメリカの兵士3
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-a4fb.html
アメリカの兵士2
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-0bd4.html
アメリカの兵士1

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2009年11月 6日 (金)

「撃壌歌」(古代中国)

日出(い)でて作(な)し
日入りていこう
井をうがちて飲み
田を耕して食らう
帝力、なにか我にあらんや

日が昇れば起きて働き
日が沈めば帰って憩う
水は井戸を掘って飲み
田を耕して食を充たす
政治、自分にとって何のかかわりがあろうか。

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2009年11月 5日 (木)

書評『ヨーロッパ統合』

 国会論戦が続いているが、防衛・安保、天下り人事、政治資金などに焦点がしぼられ、鳩山外交の目玉であった東アジア共同体についての議論はあまり聞かれない。その理由として、①鳩山首相から「友愛」という理念のほかは、その中味や展望について具体的に語られていない、②ASEANにおける中国との主導権争いのようなことなら、自公政権の時代から唱えられていた事柄で争点にならない、③「共同体」の定義がされておらず、モデルとされるEUについての知識が不十分、といったことが考えられる。

 ①については、当ブログでもEUの前身を創設する頃にあった「あらかじめ最終的な姿を想定して議論すべきでない」というタブーを紹介したことがある。また、激しい外交交渉を経ながら前進させるというテクニックが必要なので、交渉に不利をもたらすような手の内をさらすべきではない、ということもある。

 しかし②と③は、その本質を探る上でどうしても語ってもらわなければならない部分なのにそれが明らかにされていない。もっとも、今国会は仮免運転中のような所があるのでこれからの能動的な活躍に期待するとして、今回はEU発展の過程をカラフルな画像を駆使してまとめた好著を紹介したい。

ヨーロッパ統合――歴史的大実験の展望
バンジャマン・アンジェル/ジャック・ラフィト著
田中俊郎監修/遠藤ゆかり訳/創元社発行/¥1575

 私がこれまで見た類書は、学術研究書であったり、専門的立場から観察した解説書などで、たびたび告白するように、極めて難解・複雑そして問題が多岐にわたるためつかみきれない、というのが正直なところである。

 本書は、142頁にすぎないが、頁の少なくとも1/3以上をカラー写真・図版等に充てており、見出しと視覚だけでも役に立とうという編集方針であるように見受けられる。だから読みやすいか、というとそうはいかない。やはり、その歴史、組織、仕組みなどは複雑多岐で容易に理解するというわけにはいかない。

 ただ、同組織にたずさわってきた欧州人が書いているだけに、遠くヨーロッパの語源から書き起こし、長い抗争の歴史、戦争回避・平和希求に多くの頁を費やしていることと、組織発足からこれまでを発展の歴史というより、合意破綻、離脱、意見不一致、失敗など苦難の歴史という印象が強い。

 しかし、変化の要点は注釈などをふくめ網羅されているので最初の入門書としてはいいのではないかと思う。EUがECC(欧州経済共同体)からの発展であることはいうまでもないが、日米同盟がある日本としては、アメリカが加わるNATOとの関連が気になるところである。

 本書ではこのあたりも要領よく記述されている。その中で印象深かったのは、当初、ヨーロッパに恒久的な平和をもたらすにはどうすればよいかという課題に、どう答えたかについてである。その最初の答えとして取り上げられたのは、軍事同盟という「かなり古典的」な方法だったという。

 当時は第2次大戦の余燼もさめやらぬ時期で、チェコなど共産主義革命のクーデターなどもあり、不可侵条約、共同防衛条約などだけで防ぎきれないという不安があったようだ。そういった新たな冷戦の脅威からNATOが誕生した。同書は次のようにいう。

 軍事同盟とは、永続性のある平和を実現するための必要条件ではあるが、十分条件ではない。2度の世界大戦は、たとえ同盟を結んでいたとしても、各国が真の意味で融和してなければ、結局は紛争を広げてしまうことを証明した。そのため、より独創的な方法が求められたのである。

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2009年11月 4日 (水)

満州国指導要綱(案)

 1931年(昭和6)9月18日、関東軍の板垣征四郎・石原莞爾らが満州の武力占領計画実行のため奉天近郊柳条湖附近の満鉄路線を爆破した。関東軍司令官の本庄繁は中国側の行為だとして総攻撃を命令、中国侵略の第一歩となった。

 11月10日には、特務機関を使って天津に蟄居していた清朝の廃帝・溥儀を満州国皇帝とするため大連に拉致連行、翌年3月1日に満州国独立宣言を行った。その過程を調査した国際連盟のリットン報告書の採択に日本が反対し、8年3月27日に国際連盟を脱退した経緯はよく知られている。

 関東軍創設以来、現地での謀略、独断専行、下克上という関東軍の体質は変わらず、これを制御できなかった政治や天皇制の欠陥がそのまま、太平洋戦争突入・敗戦という国民の不幸につながった。そういった経緯の研究は進んでおり、歴史修正主義が入り込む余地はすくない。

 満州国が日本の傀儡政権であることは常識になっているが、日本というより、関東軍の傀儡政権として考えられていたことが下記資料でうかがえる。現在、似たようなことが世界で行われていないか、気になるところである。

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関東軍参謀長橋本虎之助「満州国指導要領(案)(1932年6月)

 満州国は旧軍閥の覆滅に伴ひ独立国家として現出せるも其の将来帝国との相互関係に就いては人々見る所を異にし、為に対策往々齟齬を生ずることなしとせず依って茲に根本方針を確立竝施設の円滑を期せむとす

  方 針

 満州国は我国策に順応すべき独立国家として支持発展せしむ

  要 領

 一、満州国に対する帝国国策の遂行は特に文治機関を設けて之を行はしむることなく専ら関東軍をして之に任ぜしめ其の実行は新国家が独立国たるの対面保持上努めて満州国の名に於てし日系官吏特に総務長官を通じて之が実現を期す

 之が為満州国承認前に在りては我在満政治機関協力の下に軍中心を以て満州国に指導交渉に任じ承認後に在りては在来の我行政官庁を改廃し駐満政治指導機関は軍司令部内に設け以て軍司令官をして満州国政府の指導に任ぜしめ別に外交手続に関しては軍司令官をして駐満全権を兼ねしめ其許に領事等を付属し渉外事務を管掌せしむ

 満州国日系高級人事の決定権は依然軍司令官に於て之を保留す

 二、満州国には帝国軍隊を常置し将来我方との防禦同盟に依り合法的に国防の大部を担任す其の時期迄は治安維持援助の形式に於て実質上帝国自ら国防を掌る

 満州国軍隊は国内の治安維持に任ずるを本則とし漸を逐うて必要の最小限に裁兵す
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以下略。(関東軍参謀長橋本虎之助「満州国指導要領(案)」小林龍夫・島田俊彦・稲葉政夫編『現代資料11 続・満州事変』みすず書房。劉傑・三谷博・楊大慶編『国境を越える歴史認識』東京大学出版会、所載)

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2009年11月 3日 (火)

アジアの東

……といっても当塾のオハコ「東アジア共同体」のことではない。(^^)
♪アジアの東 日いずるところ 聖の君の現れまして
旧明治節で歌った歌詞である。

2009_11030024  明治節11月3日は「必ず晴れる」という伝説?があった。事実、太平洋岸は西高東低の快晴、その代わり校庭の土は冷たく(休みではない式典があった)、終わると足踏みをして体を温めたものだ。その明治節は新憲法公布を祝す「文化の日」になった。(写真クリックで富士山が!)

 右翼ブログではそれを国辱的ととらえ、明治節復活を唱えて上記の歌詞を入れているものが多い。ところが、「神」とあるべきところを「紙」とした変換ミスを、そのままコピペしたのではないか、と思えるものがいくつかある。くれぐれもご注意を。

 そしてさらに、今日は「望月」陰暦の十五夜の月。もちづき。そこで朝早く沈む寸前の残月を写真にとった。しかしこれは十四夜かな?。2009_11030001

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2009年11月 2日 (月)

国会がおもしろい!

 私は国会の予算委員会の中継で与党質問など聞いたことがなかった。まさに茶番で時間の無駄だったからだ。今日、政権交代後はじめての委員会が与党質問から始まった。単に好奇心からだったがこれが予想外に面白い。

 民主党の山口壮代議士のアフガンに関する質問は、考えが当塾と同じだった。すなわち、経過はソ連の侵攻と全く同じ経過をたどり、国際的にも「負け戦」であると認識されるようになった、いまや出口戦略を考える段階だ、日本は日本にしかできない国際貢献をするべきだ、という主張だ。

 そして遂にでた。「私なら体を張ってでもタリバンとの接触を試み武力ではない国際協力に当たる」という発言。言いも言ったり、わが塾の主張と同じである。山口氏は外務省出身で、米、中、パキスタン、英の各大使館勤務を経験した人で素人ではない。

関連エントリー
アフガンは振出しにもどせ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-2991.html
アフガンの出口を作れ
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-1de4.html
アフガンの動き、急
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-6c3c.html
ガンダム
http://hansenjuku.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_e87f.html?no_prefetch=1

 このほか、国民新党下地幹郎議員の普天間県外移設発言に対する、「候補になった自治体の意見を考えろ」というヤジに「沖縄だけに基地を押しつけるという心構えだから解決しない。基地は国民全体で負担を分担する考えがどうしてできないか」と反論したのも圧巻だった。(以上議員発言は正確ではありません)

 午後からは野党質問も始まる。やはり「民主党がんばれ」だ。

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2009年10月31日 (土)

星の数ほど“共同体”

 当塾のカテゴリに「東アジア共同体」を設けたのが福田内閣の頃、“反戦”の立場から欧州連合などを取り上げたのはその2年前、靖国で中・韓との関係が最悪におちいっていた年である。鳩山政権の誕生でこのところようやく“共同体”が広く論じられるようになった。

 しかし、どうも当塾が夢に描いていた共同体と、評論家先生などを含む世間のイメージが異なる。反対論の最右翼にあるのが「価値観を異にする国(中国)とは協同できない」というもので、ネットでは、言語体系が違うとか、宗教が違うとか、なかには「同じ通貨を使うなど身震いがする」などと嫌悪感をあらわにするものもある。

 マスコミに現れる好意的論調でも、ASEAN(東南アジア諸国連合)プラスをより促進させるという点で評価するものが多い。福田内閣発足後の07年11月にASEANと経済連携協定(EPA)を締結し、自由貿易協定(FAT)で先行していた韓国・中国にようやく追いついた。

 そこで日本が構想したのはASEAN+3とか豪州・インドなどを加えた「東アジア共同体」である。ASEANを足がかりにしたり、豪州などを加えるというのは、やはり中国へく敵対意識が抜けきれないからであろう。

 当塾では、ヨーロッパで不倶戴天の敵同士のドイツとフランスが手を握ってEUまで成長させたことなどを書き続け、直近では「共同体7つの誤解」とか「わかっていない共同体」という題で思いの丈をエントリーした。

 しかし、もうあきらめた。共同体に関する議論はこれからも盛んになるだろう。百花斉放、それでいいのだ。共同体は星の数ほどあり定義などない。卑弥呼にはじまる日本古代の「豪族連合」、アメリカ合衆国、国連、すべて「共同体」の一種だ。EUも最初の頃は石炭・鉄鋼カルテルであり市場統一であった。そして、アメリカ、ソ連の2強に対抗するためでもあった。

EU最初の共同体を成功させたフランスのジャン・モネによる「モネ方式」という原則がある。しかしEUの発展、時代の変遷にしたがってそれ自体も変化を遂げ、モネの想像を超えてしまった。しかし、最終形態を示さない、限定的な領域での国家主権の委譲、加盟国のアイデンティティーと合意の尊重、法による支配、そして最初のきっかけが欧州平和の確立であったことなど、今後も忘れられることはないだろう。

 東アジア共同体には「魂」を入れなくてはならない。それはかつて一番厳しく対立した日・中、あるいは日中韓が相互の行きがかりを捨てて協調し、軸となることだ。その過程で、当然厳しい議論があり蹉跌もあってしかるべきだ。

 そして、何がいいか何をすべきかを決めてオープンな共同体に持っていくことは可能だ。経済に限ることはない。安全、文化、教育なんでも大いに話し合うこと、つまり友愛の精神から発展していく。それを抜きにした単なる仲良しクラブなら意味がなく、共同体としては失敗するだろう。EUはその意味でいいお手本を示してくれるはずだ。

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2009年10月30日 (金)

ムダ使い、SM3

 28日、海上自衛隊のイージス艦「みょうこう」から海上配備型迎撃ミサイル(SM3)をハワイ沖で発射し、弾道ミサイルの迎撃実験に成功したと発表した。07年12月は成功したが、昨年11月は失敗していたものである。

 費用は約63億円(毎日新聞)。何の財政チェックも受けずに一瞬で海にポシャン。無駄遣いの最たるものである。当ブログで再々指摘してきたことだが、ブッシュの方針で進められてきたこのMD(ミサイル防衛)計画が、金持ちの道楽よりまだ始末におえない無駄遣いであることは世界の常識だ。

 北朝鮮のテポドン騒ぎの時、撃墜命令とやらで話題にされた。宇宙空間で超音速のミサイルを電波などで追跡し打ち落とそうというものである。テポドンがそのまま飛べばハワイ方面に行くが米本土には行かない。

 日本にどうすれば落ちてくるのか説明がつかない。このシステムには膨大なお金がかかるが、打ち上げる方はチョットの工夫だけでこれをかわせる。ダミー弾頭を同時にばらまけばいいのだ。現に中国にはそれがあるという。その上をいくものを開発しようというのだから、コストの勝負は最初からついている。

 9月半ばには、アメリカがかねて強行しようとしていたポーランドとチェコでのMD施設建設計画を棚上げにする方針を決めたと伝えられている。これはイランから米本土・欧州をねらうミサイルをここで打ち落とすという説明になっていた。

 イランにそんな意図や能力がないにもかかわらずである。一方、ロシアが計画に強く反対していた。それは、核弾頭軍縮で、仮にアメリカ100発・ロシア100発と決めても、MDシステムでアメリカだけがその半分を打ち落とせば50対100となり、協定が無意味になるからだ。

 棚上げ方針は、オバマ大統領の指示で早期見直しの対象になっていたようだ。それよりも、中短距離ミサイル対策に重点を置くということになれば、日本にとってはノドン・テポドン対策となる。太平洋・大西洋を隔てたアメリカは別としても、この方が日本にとってはより現実的だろう。 

 今回の実験は、自民党が決めたものだとしても、まさか第4回実験を民主党内閣が予算に組み込むということはないでしょうね。(>_<)

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