2009年11月26日 (木)

ハロー・ディア・エネミー

 右帯にある「お勧めバックナンバー」でも紹介しているが、当ブログで年間を通じコンスタントに検索検索を受け、多く閲覧される記事は「子どものための戦争の本」である。あいにく、その方に造詣が深いわけではなく、単に受け売りで紹介しているに過ぎないが、今回も以下の新聞記事を紹介し、上記エントリーに要旨を追記することにする。

---------(毎日新聞2009/11/25)
 平和と寛容をテーマにした国際絵本展「ハロー・ディア・エネミー!80作品展」(日本国際児童図書評議会=JBBY主催)の巡回展が、全国各地で開かれている。戦争や平和、差別や人権などについて親子で考える機会になりそうだ。【木村葉子】

 「ハロー・ディア・エネミー!」は「こんにちは、敵さん」という意味で、「平和な社会を築くためには、他人を理解し認め合う寛容な心が必要」という訴えが込められている。80作品は、ドイツのミュンヘン国際青少年図書館が選書したもので、欧米だけでなくカメルーンやコートジボワールなどの絵本もある。

 日本からは、「絵で読む 広島の原爆」(那須正幹文、西村繁男絵、福音館書店)や「サニーのおねがい 地雷ではなく花をください」(柳瀬房子文、葉祥明絵、自由国民社)、「二度と」(紙芝居、松井エイコ脚本・絵、童心社)など7作品が選ばれた。また「伸ちゃんのさんりんしゃ」(米国)、「かわいそうなぞう」(カナダ)のように日本原作で海外で出版された本や、広島で被爆した少女サダコの物語を伝えるインド、オーストラリアの作品もある。

 展示では80作品を網羅。38作品は国内で出版翻訳されている。会場によっては読み聞かせもしている。作品展実行委員で翻訳家の野坂悦子さんは「同じテーマでも絵や表現などそれぞれのお国柄が出ていて、読み比べると興味深い」と話す。

 巡回展は30日まで岐阜県で開催中。12月以降は長崎、兵庫、熊本、千葉、宮城の各県で開く予定。問い合わせはJBBY事務局(電話03・5228・0051、メールinfo@jbby.org)。
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2009年11月25日 (水)

高齢化現象・元禄版

 元禄時代というと、忠臣蔵、、将軍綱吉、生類憐れみの例など江戸時代でも比較的なじみのある時代である。「昭和元禄」などといって、高度成長の代名詞のように使われたこともあった。『日本史辞典』(角川書店)を見ると次のように書いてある。

元禄時代 江戸幕府5代将軍徳川綱吉施政下の文治政治と呼ばれている時期。幕藩体制の基礎が固まり、農業生産・商品経済の発展・町人の台頭などで、学問・文化に清新な気風がみなぎった。

 1615年大坂夏の陣が終わって綱吉が将軍になった1680年まで65年、来年は日本の敗戦からちょうど65年目である。平和が続く中「高齢化社会」といわれる時代が到来した。だからといって江戸時代と現代の比較を試みる気はないが、当時としては意外に高齢化社会だったのではないかと思われる。

 まず、公務員(武士)の定年制である。これは一律ではないが中央(幕府)、地方(各藩)ともに原則70歳だったようだ。早期依願退職や天下りはなく、介護が必要になるギリギリまで隠居は許されなかった。吉良上野介が松の廊下で斬りつけられたのが60歳、バリバリの現役である。お役ご免、つまり懲戒解雇さえなければ70歳までやれたはずだ。

 これはあとで述べるとして、老人人口について統計とは言えないが、『鸚鵡籠中記』の中に「南部信濃守領分高年の者の覚え」という記録がある。それによると、領内で100歳以上307人、90歳以上751人で最高齢127歳とある。1970年が全国で310人だったのと比べると、話半分にしても相当ハイレベルの高齢化社会だ。
 
 天野長重という旗本がいた。禄高は3000石を越えていたから直参としてはかなり高い身分である。長重は70歳を前にした元禄2年(1689)、突如将軍綱吉の御座間に召された。「汝日ごろの勤、真実にして裏表なき旨高聞に達す、因って役を移し鑓奉行に補す」という栄誉ある辞令の伝達である。

 御前を退いて、推薦したと見られる老中大久保忠朝に謝辞を述べに行ったところ「戦場に功のあったものはお旗本で貴殿一人になった」と長年の精勤ぶりをほめられた。彼は15、6歳の頃島原の乱に参加したことがある。

 幕府開設以来、戦争らしいのはこれだけで武士本来の活躍の場はなかった。長重にしても、城下にいて敵が投げた石に偶然当たったという程度で、武勲というにはあまりにも「片腹いたし」――気恥ずかしい、という述懐をしている。

 長重は『思忠志集』という膨大な記録を残しているがその多くは子弟に向けた教訓である。特に多いのが健康維持で、武士の心がけの第一が「息災なる様にすべき」と説き、武芸は二の次にしている。そして健康法は食事、睡眠、性生活その他日常のすべてにわたっている。

 老年になってからの健康には、散歩や園芸の効用を説いて「草葉の上、樹木などの類にて色々気を点ずる工夫して、身をつかふべし」とか、「養生に小石をひた物(ひたすら)拾い、こヾみ身をつかふ能(よき)由」といい、とにかく最近の健康ブームが顔負けするほどの内容だ。

 長重には悪いが、「遅れず休まず仕事せず」が出世の要諦であるような感じさえする。事実祖父の時代は200石、その後戦功による加増がないなら着実に終身雇用を全うして役職の階段を着実にのぼって栄誉を受け世襲するしかない。イコール「忠」になるのだろう。

 官僚的処世術は今に始まったことではない。なんと、元禄以来続いた日本的伝統だったのである。長重が老年のため職を辞し、隠居を認められたのが1701年81歳、没年がその4年後85歳の時であった。5男2女に恵まれたが、跡目は孫の長吉が継いでいる。(この記事は氏家幹人『江戸藩邸物語』中公新書を参照にしました)

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2009年11月23日 (月)

密約暴露の先にくるもの

 日米安保条約改定や沖縄返還の際の4件の密約について、外務省の調査が進んでいる。もう文書などは見つかっているらしいが、有識者の第三者委員会とやらで検証し、来年1月に結果を公表するのだそうだ。そんなに膨大な量とは思えないがなぜ第三者委員会なのか、なぜ調べるのに1か月以上もかかるのかわからない。

 ワーキング・グループ(WG)大好きの民主党だが、公開されない密室検討会ならやめた方がいい。密約があったことはもう明白な事実なので、その先をどうするのか、WGは結論に対する党内反対論を封じ込めるためのおまじないに過ぎないのだろうか。普天間移転の結論を出すためのWGもその国際版だ。

 問題は、密約の存在を明らかにしたあと、佐藤首相以来引き継がれてきた「非核3原則」をどうするかだ。核兵器を持たず作らず持ち込ませず、の3原則をそのまま堅持するのなら、密約は破棄しなければならない。と同時にだまし続けた日本国民に対して、さらに佐藤栄作にノーベル平和賞を与えた選考委員会に対して、日本政府としての「お詫び」をしなければならない。賞金はどうするのだろう。

 外務省筋などでは、核兵器を積んだ軍艦の日本寄港は認めるが陸揚げは認めないとする2.5原則案、アメリカはすでに軍艦から装備をはずしていることを公にしているので、「情勢に大きな変化がない限り」という条件付き3原則案、核を積んだ軍艦入港の事前協議許可制などを模索しているらしい。いずれも密約より始末の悪い弥縫策で、恥の上塗りをするだけである。

 民主党マニフェストには、「核兵器廃絶の先頭に立ち、テロの脅威を除去する」という項目があり、その冒頭は「北東アジア地域の非核化をめざす」とある。ということは、3原則撤回、自民欺瞞政治の弥縫策は、取り得ない選択になるはずだ。

 オバマ大統領と廃絶に向けての協力も約束した。最善の策は「北東アジア非核兵器地帯宣言」である。北東アジア地域に存在する国は、日本、韓国、北朝鮮、中国、ロシアで、中国、ロシアは国際法上の核保有国である。すると非核宣言の範囲は日本と南北朝鮮3国ということになる。

 その宣言は条約化され、6カ国協議の構成国も直ちに条約に参加、批准することになるだろう。それは核保有国の米・ロ・中国は如何なる場合においてもこの地域への核攻撃をしないという保証を与えることにもなる。

 そういった非核兵器地帯宣言は、トラテロルコ条約(ラテンアメリカ及びカリブ核兵器禁止条約)をはじめ、世界で数カ所にのぼっているが、日本にはなぜかあまり詳しく紹介されていない。その実情は外務省のホームページで知ることができるのでご覧いただきたい。

 さて、この「北東アジア非核兵器地帯宣言」が実現すればどんなメリットがあるだろう。

【日本】①核持ち込み密約を破棄するだけで、どこの国(イスラエル、インドなどは参加しないかもしれないが)からも核攻撃を受ける心配がなくなる。②日米安保はそのままで、国の安全を損なうことにはならない。また日米間が緊密になっても摩擦の原因にはなることは考えられない。③域内加盟国相互の強力で超国家的査察機関が成立すれば、アジア共同体への第一歩にもなりうる。⑤拉致問題解決の糸口になるかも知れない。

【韓国】日本とほぼ同じで核の傘はなくなるが、傘の必要性もなくなる。そのほか南北統一への障害がひとつなくなる。

【中国】①6カ国協議を成功裡に終わらせることができ、議長としてのプライドが保てる。②北東アジアの安定が大いに改善し国内の不安要因がひとつ減る。③米・ロとともにテロ組織への核拡散の心配がなくなる。

【米国】①北朝鮮の核問題が一挙に解決し、アフガン、中東等他地域への対策に専念できる。②オバマ核廃絶政策、外交政策に力を与える。

【北朝鮮】①米国からの核攻撃がなくなることで核開発・管理が不要になる。したがってその費用も他に転用できる。②制裁解除や国交正常化で、経済状態が劇的に改善する。③開国の父・金日成の遺訓でもある朝鮮半島非核化が実現する。

 ロシアのことは書かなかったが、すべていいことづくめのように見える。だがそうはうまくいかない。以前にも書いたことがあるが、北朝鮮の最終目的は韓国との「対等合併」にある。これは金正日の代では実現しそうにないが、後継者にすこしでも高価な遺産をのこしておかなければならない。

 経済では到底太刀打ちできない。そこで「核」という大ダンビラが必要なのである。それは、アメリカと対等に交渉する、つまり韓国にはできないこともやってのけるという道具にも使える。それをむざむざ捨てるようなことはできないのだ。

 日韓を軽視し、6カ国協議参加にもったいをつけるのもその表れである。ということは、まず非核宣言は無理ということになるが、それを発案すれば、これまでの核開発をめぐる北の大義名分が消えてしまうおそれがあるということにもなる。金正日は必死で次の口実を探さなければならない。

 もうひとつ大難関がある。日本と朝鮮半島を一帯として考えることは、北朝鮮だけでなく韓国国民にも「日韓併合」の悪夢をよみがえらせることになる。これは歴史認識の差もあって、感情的な問題だけでは済まされない。日本からの発案には慎重を要する所以であり、日本は金正日以上に知恵を働かさなければならない。 

 以上は素人の憶測というより妄想に近いものである。日本やアメリカには冷戦思考や悪の枢軸思考から抜けきれていない人がいて、「とんでもない」といって反対する人がすくなくないと思う。是非そういった人たちのご高説も聞きたいものだ。

 

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2009年11月21日 (土)

ヘボン来日150年

♪ヘボンさまでも草津の湯でも ドッコイショ 
恋の病はこりゃ治りゃせぬよ チョイナチョイナ
 
 ジェームズ・カーティス・ヘプバーン、日本人の耳に聞こえたのは<ヘボン>だ。ヘプバーンは意に介さず「平文」という日本語表記も発案した。医師、宣教師、日本語研究者、日本語辞書・日本語聖書作成者、教育者、ことにヘボン式ローマ字の名は知らないものがない。

 彼は1859年(安政6)4月にニューヨークを出帆、大西洋、インド洋、上海経由で10月18日神奈川に到着した。成仏寺を住居と定め早速一般日本人との接触を深めようとする。しかし、ペリーの浦賀来航から6年、その年には安政の大獄が起き、翌年は桜田門の変で井伊大老が暗殺されている。

 ヘボンの妻が背後から棒でなぐられ、生涯頭痛に悩まされるようになるなど、厳しい禁教政策と相まって日本人との接触もままならなかった。しかし、彼の人柄は次第に理解されるようになった。一貧民に施した目薬で不治の眼病をなおした。しかも礼金をとらないということから評判になり、やがて門前市をなす盛況になった。

 冒頭の替え歌は、それから明治にかけてのものであろう。少し前に緒方洪庵と種痘の事を書いたが、江戸時代の医者は偉い。ヘボンは布教という動機があったにしろ、それだけで市民にこのように受け入れられるとは限らない。やはり、万国共通の誠意がものをいったのだろう。

 平成の国境なき医師団、最貧国で、紛争国でヘボンに相通じるご苦労があると思う。どうか地元民にその誠意が通じ国際平和につなげてほしい。ヘボンはのちに青山学院の総理として迎えられたが、帰国後の晩年はさびしい生涯を送り96歳で没した。

  日本人になりきろうとしたこのアメリカ人の来日150年を記念する行事は、明治学院などでささやかに行われている。

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2009年11月20日 (金)

外交を動かす世論

 政権交代から3か月を過ぎようとしている。その変化を国民に印象づける試みは、ほぼ成功したと見ていいだろう。しかしさまざまな変化が、この先国民に迎えられるようなものになるかどうかは、はなはだ不透明というほかない。

 さまざまな変化が混乱を招き、閣内不一致や首相の指導力不足が露呈し、不景気が二番底に向かうようなことがあれば、内閣支持率は一挙に下降線をたどるだろう。問題は、自民党路線から抜け出した外交・安保政策でどれだけの成果が得られるかだ。

 日常の事務局レベルで行われる外交折衝ではなく、オバマ宣言にみられるような国家の体質に変化をもたらすような事案には、強い国内そして国際世論の支持が必要だ。またそれを定着させるためには、忍耐強い反対者への説得が必要で時間もかかる。

 アメリカの外交史家アーネスト・R・メイは、世論が外交政策に関心を持ち、それがどのように変化するかについて次のように述べている。『歴史の教訓』(進藤栄一・訳、岩波現代文庫)

 調査資料によれば、次のような常識的仮説の正しさが――すなわち、人々がある問題に関する意見を出す場合、自分独自の分析によることはほとんどないという仮説の正しさが――確認されている。実際彼らの意見は、自分たちが信頼を寄せている人々の判断から借用して作られている。

 国際問題に関する意見を指導していく人々は、通常少数者中の少数者で、それは、官僚や政治家、実業家、それにこれまで政府の仕事をした経験があり、要人と交際があり、数多くの出入国スタンプを押したパスポートを携行し、『ニューヨーク・タイムズ』とか『エコノミスト』のような定期刊行物を購読する週刊のある専門職業人(プロフェッショナル)たちである。

 ――つまり支配階層に属する人々――から成っている。

 わが塾頭は、飛行機はおろか最寄りの駅から電車に乗ることも月に一度あるかどうかの身分である。とても支配階層の仲間には入れない。支配者・被支配者という分類はあまり好きではないが、アメリカではそれがより顕著に見られるのであろう。  
    
 ルイによれば、画一的な外交政策を変化させる要因は、支配層の意見の分裂から始まるとする。それは、海外の暴動、革命、戦争などのショッキングな事件の影響や、支配層の一角を占める取材記者などがもたらす意見や情報によるだろう。

 さらに、世論が政治に寄生する実業家などと利害をともにする議員や、現状維持に固執する官僚を動かせるかどうかを見通すことにより、大統領の大きな指導力が発揮できるようになる。ルイの著作の最大の失敗は、ベトナムからの撤退をうながす世論の背景が「歴史の教訓」とはならず、予測がはずれたことにあった。

 それはともあれ、現在、日米ともに支配層の意見が割れている状態には違いない。ブッシュの過ちを繰りかえさせないようにするには、とかく戦争指向に傾きがちな政治勢力に対抗できる世論形成が必要だ。そのためには「被支配階層」としての最低限の海外情報、国際問題の知識、さらにはシビリアン・アウェアネス=文民の軍事知識がどうしても必要になってくる。

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2009年11月19日 (木)

安保条約事前協議

 これまで何度か安保条約について書いて来ましたが、今回は60年安保の事前協議に関する交換公文(条約の付属文書)を確認しておくことにします。日本からの確認を求める書簡とその内容を確認するアメリカ側の文書双方があるわけですが、下記はアメリカ側の文書で、日本が確認を求めた内容をそのまま了解する形をとっています。

 色づけした部分が日本からの文書の内容で、そのうち茶色の部分が実質的内容です。

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 書簡をもつて啓上いたします。本長官は、本日付けの閣下の次の書簡を受領したことを確認する光栄を有します。

 書簡をもつて啓上いたします。本大臣は、本日署名された日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に言及し、次のことが同条約第六条の実施に関する日本国政府の了解であることを閣下に通報する光栄を有します。

  合衆国軍隊の日本国への配置における重要な変更、同軍隊の装備における重要な変更並びに日本国から行なわれる戦闘作戦行動(前記の条約第五条の規定に基づいて行なわれるものを除く。)のための基地としての日本国内の施設及び区域の使用は、日本国政府との事前の協議の主題とする。

 本大臣は、閣下が、前記のことがアメリカ合衆国の了解でもあることを貴国政府に代わつて確認されれば幸いであります。
 本大臣は、以上を申し進めるに際し、ここに重ねて閣下に向かつて敬意を表します。

 本長官は、前記のことがアメリカ合衆国政府の了解であることを本国政府に代わつて確認する光栄を有します。
 本長官は、以上を申し進めるに際し、ここに重ねて閣下に向かつて敬意を表します。

   千九百六十年一月十九日
    アメリカ合衆国国務長官
     クリスチャン・A・ハーター

  日本国総理大臣 岸信介閣下
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 安保条約第六条で、米軍が日本に基地をおくことを許される(「許される」ですよ!)条件としてふたつあげられています。それは、日本国の安全と、極東における国際の平和と安全の維持に寄与するということです。

 ところがその前、第五条に「日本国の施政下にある領域」内における攻撃に対し、「自国の憲法上の規定及び手続きに従って」共同して対処することが定められています。そこで上の付属文書で第五条以外、つまりそれが極東の範囲内であろうとも、日本の基地を使って第三国に戦闘作戦行動を起こす際は、事前に協議の対象とするということになっています。

 もうすこしかみ砕いていうと、日本の領土、領海、領空で日本またはアメリカの基地、艦船が武力攻撃を受けたら共同して対処する、しかしそれ以外の目的でアメリカが基地を使って(例えば中国に)戦闘作戦行動を起こす場合は、事前協議が必要だということです。

 ところが、これまで事前協議は一度もされたことがありませんでした。核兵器を持ち込むとか持ち込まないとか、基地にミサイルを配置するとかの装備の変更、沖縄から海兵隊をイラクに向かわせるなどがあっても、条約や公文は抽象的で勝手に解釈され、また軍事機密優先で公にされません。

 そのほか、政権交代で暴かれようとしている「秘約」があります。核兵器もそうですが、上の協議事項には「朝鮮有事」は含まない、といったようなこともあるようです。つまり、言葉は悪いがほとんどアメリカのいうなりになってきたということです。

 条約があるから、交換公文があるからといって安心できません。どの戦争を見ても、いろいろなところに相談して、あるいは国連や国際間の手続きをすませてからなどという悠長なことはしていません。ことにブッシュ流の戦争への暴走は、世界に不信の種をまきました。

 現在、普天間基地移転問題が騒がれています。海兵隊の飛行場を普天間から名護市の沿岸に移そうということです。そもそも海兵隊とは外国に敵前上陸するなど「殴り込み部隊」といわれる機動部隊です。冷戦時、ソ連、中国、ベトナムなどに囲まれた日本は「極東の防波堤」とか「浮沈空母」などといって、アメリカとしての存在価値は高かったと思います。

 しかし、今となれば日本にいる海兵隊をどう使おうというのでしょうか。もちろん海兵隊の出動は上の協議事項に入ります。国内でも沖縄基地の縮小は日本の安全に脅威だとか、アメリカの機嫌を損ねるなどの意見がありますが、海兵隊の基地をどこに置くなど、もはやアメリカにとっては小さな問題です。

 また、日本にとっても海兵隊がいたからといって安全に寄与するという証明はありません。アメリカが計画通りの早期決着を主張するのは、保守的な議会への対策や予定変更に対する事務的な抵抗が強いというだけです。外交というのは一筋縄ではいきません。しかし紆余曲折があっても、自民外交に風穴をあけるには、今しかないと思います。

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2009年11月18日 (水)

灯油ひと缶1360円

 タイトルと写真は何の関連もない。連想が連想を産んだまでである。

2009_1118hako  「虹色オリハルコン」さんの頁をのぞいたら、「冬になると我が家では、必ずミカンが箱買いされて、毎日よく食べましたっけ」という一文があった。どんな箱とは書いてはないが、ボクの脳みその中では「ミカン箱」といえば木箱である。

 今はほとんどが段ボールで「ミカン箱」を見ることがなくなった。ちなみに「ミカン箱」は「石油箱」同じ寸法(だと思う)で、石油箱ならブリキ製の18㍑缶(23.8㎝×23.8×34.9)が2個並べて入る大きさである。そのブリキ製石油缶も一般家庭ではとんと見かけなくなった。

 だから、それだけの大きさに入るミカンを腐らせずに消化するには、5人家族ぐらいが毎日相当セッセといただかなければならない。残った木箱は、犬小屋を作ったり、棚になったり、フロの薪になったりいろいろ。リサイクルには万全だった。

 そんなところへ「トーユ、ひと缶1360円」という灯油曳き売りの声がした。缶といえば金属製なのに「ポリ缶をご用意ください」という。そうか、今「缶」は18㍑という暗黙の了解のもとの取引単位なのだ。戦前まで石油の出荷単位は「箱」だった。

 それならば、なぜ中途半端な18㍑なのだ。石油缶は伝来もので、5ガロン入った。2個なら10ガロンである。また、日本の尺貫法では1缶が約1斗にあたる。だからガロン缶とか斗缶と称された。それがメートル法に直して1缶18㍑に当たるというわけだ。 

 灯油1斗いくら――といえば違法になるが「缶」ならばOK。「坪いくら」は、相当淘汰されてきたが自動炊飯器の目盛りは依然として「合」のまま。政権交代しても、生活に根付いてしまったことは、そう簡単にチェンジできないものである。ああ、また無粋なことをいってしまった。

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2009年11月17日 (火)

鳩山イニシャティブ

 鳩山首相は15日、シンガポールで太平洋経済協力(APEC)首脳会議が開かれた際演説をおこなった。オバマ演説は核廃絶、イスラムとの融和などで世界に大きな波紋を投げかけているが、鳩山演説もこれまでの日本の首相にはなかった大きな意味合いを持つ。

 鳩山イニシャティブというと、国連演説の温暖化ガス25%削減を言うようだが、シンガポール演説のほとんどを占める「東アジア共同体」もそれに劣らぬイニシャティブを示したものだといえよう。ところがオバマ演説もそのようだが、国内では必ずしも共感をもって迎えられているとは言いがたい。

 シンガポール演説についてもマスコミの扱いは小さく、依然として「具体性がない、抽象的である」あるいは「アメリカの反発を買う」とか、「中国との主導権争いだ」などという過小評価が多い。また「対象国に体制の違う国がある」とか、「言語宗教が多様である」など、ネット右翼の発想かと思ったら、自民党内閣御用達で自衛隊出身の森本敏拓大教授までが、そのようなことをNHKの番組で言っていた。

 そういった半端なことでなく、首相の真意をそのまま表明したのは、私の知る限りこれが初めてである。以下該当部分を外務省仮約で引用する。

(前略) 私の東アジア共同体構想の思想的源流をたどれば、私自身が大切にしている「友愛(yu-ai)」思想に行き着きます。「友愛」は「博愛(fraternity)」と訳されることもありますが、自分の自由と自分の人格の尊厳を尊重すると同時に、他人の自由と他人の人格の尊厳をも尊重する考え方のことです。「自立と共生」の思想と言ってもよいでしょう。

 私は政治家になって以来、「日本と他のアジア諸国、より広くはアジア・太平洋諸国相互の間に、友愛の絆をつくりあげることはできないものか」と考えてきました。と言うのも、この地域では、ほかならぬ日本が、多くの国々、とりわけこの地域では、ほかならぬ日本が、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えた後、60年以上がたった今もなお、真の和解が達成されたとは必ずしも考えられていないからです。

 目を欧州に転じれば、悲惨な二度の大戦を経て、それまで憎みあっていた独仏両国は、石炭や鉄鋼の共同管理をはじめとした協力を積み重ねました。さらに国民相互間の交流を深めた結果、事実上の不戦共同体が成立したのです。独仏を中心にした動きは紆余曲折を経ながらその後も続き、今日のEUへと連なりました。この欧州での和解と協力の経験こそが、私の構想の原型になっています。(後略)

 そして最後をこのように締めくくっている。

 いかがでしょうか、皆さん? 本日、私の説明を聞いてなお、「鳩山構想の中では、誰が共同体のメンバーになるのか」と質問されますか?

 私の答は--、理想と夢を共にする人々--です。

 当塾では過去ずっーとEC/EEC/EUの生い立ちを含め、カテゴリ「東アジア共同体」を設けて取り上げてきた。それは、「反戦」がスタートであり、究極の目標であるからである。上述のような無関心や反対論はEUのたどった過去と努力に関する無知、無関心から来ていると言えるだろう。

 例えば、過去の侵略に対する反省も「村山談話」を確認しただけととらえられ、欧州統合を経済目的のブロック統合としか見ていないということに尽きる。EUの60年にわたる発展過程をつぶさに見れば、将来あるべき姿や参加国の範囲などを、当初から想定しないことが成功の鍵であることをさとるはずだ。

 そして軸となったのは、有史以来犬猿の仲だったドイツとフランスである。東アジアの場合は2千年前後の歴史の中で、日中が争ったのは、元寇などの一時期をのぞき、わずかここ100年に満たない。朝鮮を含め相互の関係は極めて緊密で高いものかある。ここを軸として動かなければ、永遠の平和も相互の経済発展も望めないだろう。

 当ブログの願いは、ヨーロッパを正しく認識するためマスコミ・言論界・教育研究機関が連動して動き、鳩山イニシャティブを後押しする国民世論を高めることだ。そして、NGOなど多くの組織がこれに加わり、個人の資格で動ける有力な鳩山サポーターを出現させなればならない。

 鳩山イニシャティブに対し、平和が党是となっているはずの公明党・社民党・共産党の動きがにぶいというか具体策がさっぱり見えてこないのはどうしたことか。それにくらべれば首相の方がよほど現実的である。ヨーロッパでは、首脳というより、NGOや政府高官などが共同体誕生に大きく貢献したことを知るべきであろう。

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2009年11月16日 (月)

相撲・おでん・ミカン

 昨日から大相撲九州場所が始まった。幕内最年長の魁皇のファンだが、今回はご当地場所で応援がものすごい。JR博多から出身地の直方行きの特急に「かいおう」という愛称がついているとは驚いた。最近は懸賞ののぼりの数がいやに増えたが、土俵を回る時は、NHKのカメラがずーっと引いて字が読めないようにする。

 公共放送はコマーシャル無関係ということらしい。だが呼び出しさんなどが着ているはっぴ、背に「紀文」と書いてあるのが大きく写ってしまうのはやむを得ないらしい。伝統から来る特権であろうか。「紀文」といえばおでんのたね。どうして相撲とおでん……?。うんそう。ちゃんことねり物はつきも、相性がいいかも知れない。

 江戸時代の「紀文」は、粋人・紀伊国屋文左衛門である。

 沖の暗いに白帆が見える
 あれは紀伊国蜜柑船

紀伊の国屋文左衛門は、材木問屋を家業として、世にも聞こえたる富豪なり、活気の者にて、常に、花街、劇場に遊び、任侠を事とし、千金を抛ちて心よしとす、故に、時の人の紀文大尽と称して、其名一時に高し、寛永の比(ころ)までは、本八丁堀三丁目総て一町、紀文居宅なり。(上山勘太郎『実伝紀伊国屋文左衛門』)

 吉原大門を両手で〆、など大尽の風流話、真偽のほどはさだかでない。隠居後、俳人「千山」として名をなしたともいう。「おでん」の方は、初代が山形県出身だそうで、紀伊ではない。命名の由来は調べていないのでわからない。こういうとりとめのないことを書くのを無粋のきわみという。さりながら相撲は納めの場所。おでんもみかんも、これからが味わい時である。

 

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2009年11月14日 (土)

読売社説の暴言

 11月14日付読売新聞社説である。あえてその片言節句をとらえて非難する。

一市長選の結果が、国全体の安全保障に重大な影響を与える事態は避ける必要がある。

 オバマ大統領来日を受けて、沖縄普天間基地移転先について現行計画のまま年内早期決着を迫る文意の中にある。その口調を受けてあえて言おう。

一海兵隊の移転先にかかわる事務的問題だけで、沖縄県民の65年にわたる犠牲を無視する必要がある。

 仮に読売のその他の部分の主張が正しいとしよう。それならば日本国民として沖縄の負担軽減のため県外移転を真剣に考えなければならない。そういった配慮の片鱗すらない。それほど大きな基地が必要というわけではない。作ったばかりなのに廃港寸前の空港がいくらでもあるではないか。

 もちろん本土内では、候補にされた地元の反対があるだろう。しかし、沖縄の痛み苦悩とは比べられるだろうか。日本を代表する大新聞が犠牲を沖縄だけに押しつけ、恬(てん)として恥じない態度はどうだ。名護市長、沖縄県民は大いに怒って読売不買運動でも展開してほしい。そして、日本の安全を本当に考えているのは住民か、巨大マスコミか、財界か大いに議論を盛り上げるべきだ。 

 鳩山首相は、自民党が続けてきたみっともない駅伝首相とは違う。国家100年の計を立てている(…と思いたい)。基地移転を1年先延ばしし、そのため目先の外交でつまずいて齟齬を生じても次の前進に全力をあげていただく方がいい。なお、この意見の前提となる前エントリー「オバマを救う鳩山外交」をあわせてご覧いただけると幸せです。

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