矮小化される「尼崎脱線」
05年4月25日、JR西日本福知山線で通勤電車が脱線、ビルに衝突して106人の死者を出した。このブログの前身「反戦老年委員会」をスタートさせて10日目のことである。報道される現場写真は、過去に見たことのない過激かつ悲惨な様相をあらわにしていた。
今日の各紙は、神戸地裁が事故当時子会社の社長だった現社長が、過去安全対策を担当する同社役員をつとめており、ATS(自動列車停止装置)を現場に付けなかった過失があるとして、過失致死傷罪で在宅起訴したことを伝えている。
この法的措置に、なにか違和感があるのことを各紙が伝えているが私にもそれがある。そこで、当時のエントリーを確認の意味でCDから取り出してみた。今見ると、記事というより1日1題の短い断片感想文ブログで、2日連続してとりあげている(楽だったなあ(^^))。
005-04-27
職人肌
職人肌の電車運転士は、ブレーキのショックを感じさせず停止位置の標識どおりにピタッと止める。また腕の立つ職人は、決して同業仲間の悪口をいわなかった。トラックやハイヤーの運転手の職業意識も高かった。「土日は、素人の運転が多いので事故がこわい」といっていたのが、昨今の事故はプロが運転する大型車両ばかり目立つ。失われた十年で、こういった職人気質も薄れてしまった。技能労働者の自信とプライドを奪い去ろうとする怪物、それは郵政民営化の中にもすんでいそうな気がする。
2005-04-28
労働組合
昨日に続きJR西日本の大事故関連。労組の委員長がテレビで発言した。「運転士の日勤教育、これは刑務所ですよ、拷問ですよ」。同僚に自殺者を出し裁判沙汰にまでなっているのに、よくぬけぬけといったものだ。
どうして「乗客の安全、組合員の人権と命をまもるため、ストをかけてでも戦います」といえないのか。こういうセンスも職人気質同様、最近はとんとお目にかからない。インタビュアーの質問もなかった。電車だけでなく世間のバランス感覚も崩れている。
自分でいうのも気がひけるが、今日の世情からみて的を射た指摘だったと思う。国鉄分割民営化→労組弱体化→小泉改革→競争社会=いわゆる新自由主義が事故原因の背景となっていたことは否めない。しかし、これで国の責任や会社の利益優先労務軽視対策は不問にされる。
主要各紙は、読売をのぞいて社説を掲げているが、会社の体質を糾弾するだけで国の政策がこのような企業体質を産んだ責任まで言及した社説は一社もなかった。ただ、産経だけが「幹部の過失責任だけではなく、なぜあのような大惨事が起きたかについても真相を究明してほしい」ということを結語に持ってきている。
この点、珍しく当ブログと同じである。ただし、おそらく当ブログとは別なことを指しているのであろう。
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