2016年9月30日 (金)

司法権と<大津事件>

 福岡高裁那覇支部は、沖縄県知事が行った辺野古沖の埋め立て承認取り消しについて、それを違法とする国の主張を受け入れた。県は、判決理由が一方的に国の主張そのままをコピーしたもので、県民が何度も確認し合った民意が公益に反するというのは納得できない、と上告する。
 
 もう一つ、菅直人・元首相が、安倍首相が発信したメルマガに「やっと始まった海水注入を止めたのは、なんと菅総理その人だったのです」というニセ情報を流した件で同首相を相手に起こしていた名誉棄損訴訟である。裁判所は、その事実を認めながら訴えを退ける判決を下した。

 菅元首相は、焦点をずらしたおかしな判決だとしてこれも上告して最高裁にいくことになった。塾頭は、残念ながら双方ともこういう結果を予想していた。内閣の指名で天皇が任命する最高裁長官や、その長官の指名する名簿に基づいて内閣が任命するその他の裁判官。お友達中心人事がすっかり根付いた安倍人事のもと、反抗できる役人はいなくなったようだ。

 現行憲法は《司法権の独立》を司法条項のまっさきにかかげている。しかし、政治に任免権をにぎられ、その意に添うような仕事をするようでは、絵に描いた餅にすぎなくなる。明治憲法には任命に関してこまかい規定はないが、「司法権ハ天皇ノ名ニ於テ法律ニヨリ裁判所之ヲ行フ」とある。

 明治憲法でも使っているこの司法権、「天皇の名」から「独立」に変ったが、その伝統は生きているものと思っていた。その伝統というのは「大津事件」である。

 塾頭は、これを取り上げてみようと思った。しかしまてよ、大津事件はだれでも歴史の時間で習っているだろうし、テーマにはならないな、と考えた。

 ところが、戦後の日本史ブームのきっかけを作った中央公論の『日本の歴史』全26巻で、その時代を担当した有名な史家・色川大吉氏の「近代国家の出発」には載っていない。目を皿にして見たが目次にも索引にもない。

 さらに、書棚にあった高校の副読本『資料日本史』だが、これにもない。司法の独立を語る時、必ず語られる史実がなぜか全く抜け落ちているのだ。すると、本塾の教科からは落とせないな、ということになった次第。

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 大津事件(おおつじけん)は、1891年(明治24年)5月11日に日本を訪問中のロシア帝国皇太子・ニコライ(後のニコライ2世)が、滋賀県滋賀郡大津町(現大津市)で警備にあたっていた警察官・津田三蔵に突然斬りつけられ負傷した暗殺未遂事件である。当時の列強の1つであるロシア帝国の艦隊が神戸港にいる中で事件が発生した。

 小国であった日本が大国ロシアの皇太子を負傷させたとして、「事件の報復にロシアが日本に攻めてくる」、と日本国中に大激震が走った。明治天皇は、急遽勅使を派遣、追うように京都の病床に皇太子を見舞うため下向した。

 学校は謹慎の意を表して休校となり、神社や寺院や教会では、皇太子平癒の祈祷が行われた。ニコライの元に届けられた見舞い電報は1万通を超える。

 日本政府は、事件を所轄する裁判官に対し、旧刑法116条に規定する天皇や皇族に対して危害を与えたものに適用すべき大逆罪によって死刑を類推適用するよう働きかけた。伊藤博文は死刑に反対する意見がある場合、戒厳令を発してでも断行すべきであると主張した。

 これに対し、時の大審院院長(現在の最高裁判所長官)の児島惟謙は「法治国家として法は遵守されなければならない」とする立場から、「刑法に外国皇族に関する規定はない」として政府の圧力に反発し、普通謀殺未遂を適用、無期徒刑の判決を下させた。

 日本政府内では外務大臣・青木周蔵と内務大臣・西郷従道が責任を負って辞職し、6月には司法大臣・山田顕義が病気を理由に辞任した。また、一般市民の中で死を以って詫びるとし京都府庁の前で剃刀で喉を突いて自殺したものまででた。

 一方、この事件で津田を取り押さえるという功績を挙げた人力車夫、向畑治三郎と北賀市市太郎の二人は、事件後18日夜にロシア軍艦に招待された。この際、ニコライの要望により、正装ではなく、あえて人力車夫の服装のままで来るように要請された。

 そこでロシア軍水兵からの大歓迎を受けた。そしてニコライから直接聖アンナ勲章を授与され、当時の金額で2500円(現代の貨幣価値換算でおおよそ1000万円前後)の報奨金と1000円の終身年金が与えられた。日本政府からも勲八等白色桐葉章と年金36円が与えられた。
-----(参照・Wikipedia、『日本現代史小辞典』ほか)

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2016年9月29日 (木)

漢字文化

 「漢字文化圏」といえば、長い間中国・朝鮮・日本・ベトナム、それに台湾だった。それが、南北朝鮮のハングル文字優先で漢字を追放したため、国で言えば中国と日本だけになってしまった。韓国と北朝鮮は姓名のもとが「朴槿恵」「金正恩」などと漢字であるが、日本では「ボク」や「キン」でなく「パククネ」とか「キムジョンウン」と朝鮮語読みにする。

 かつてはそうでなかった。放送でも、金大中はキムデジュンでなくキンダイチュウ、李承晩は、イスーマンでなくリショウバンと日本読みした。中国人の場合は、毛沢東・胡錦濤・習金平など、古来一貫して日本語読みであり、マオツートンなど中国での音は使わない。

 その間の事情を、玉井人ひろたさんにお調べいただいた。そこには、

昭和47年(1972)9月、当時の田中角栄首相が中国を訪問し周恩来首相との日中国交回復の会談の際に、日中両国の人名は、互いに、読む人の国の読み方を従来通りに継続することで合意。理由としては、漢字文化を共有する中国と日本では、正しく名前を伝えるために相手の漢字を連想させるのが最も早い方法だとして、読みよりも漢字を優先された結果――、

と記載されている。

 若い人には信じられないだろうが、昭和30年代から40年代にかけて波はあったものの「日中友好ブーム」というべきものが民間・政府を問わず何度かあり、熱狂的に盛り上がったこともあったのだ。周恩来や郭沫若などは日本に留学し、日本人の思考回路に精通していたせいもあっただろう。

 朝鮮人は、日本敗戦まで日本人そのものだった。中国人と違って近すぎたことが、その後の両国民に心理的トゲとして残っている。しかし、それも最近は当時を知らない人々の間で過剰に増幅されている。例えば、皇民化で氏姓変更を強制されたという話。塾頭のクラスには数人の朝鮮姓に人がいて、日本語読みだったが改姓した人は一人もなく聞いたこともなかった。

 周恩来が感じたように、日本では歴史、文化、言語、宗教、国民性など、すべての面で漢字は身に沁みついており生活から切り離すことができない存在なのだ。「日本」という言葉にはじまり、明治・大正といった元号や神武以来の天皇の諡号は、全部中国の「音」を借りたもので、日常言語の中にも溶け込んでいる。

 この面で中国と日本は、世界で漢字文化を両国だけで共有する非常にめずらしい間柄だと言えそうだ。韓国の文化人の間で、漢字復活の意見があるというが、わかるような気がする。これを活かせないということは、世界的に見て奇妙な現象というべきだろう。

 今、国際語といえば「英語」を誰しもが想起する。欧州各国の言語は26文字程度の音標文字・アルファーベットで表記され、類似した言語形態である。しかし漢字のように文字からその意味や含みを読み取ることはできない。

 EU各国は国境や通貨で差別することのない「共同体」である。議会や政府に相当するものもある。お互いの話し合いは、イギリスが脱退したけど英語でするのかな、と思ったら、定められた公用語は加盟国数より多いのだそうだ。1国で複数の国語を持っている国があるからだ。一体感を保つといっても容易なことではないことがわかる。

 国際交流の中で言語が持つ意味は、安倍首相の英会話ですむような簡単なものではなさそうだ。世界でキリスト教に次ぐ第2の宗教人口はイスラム教徒が占める。彼らが唯一の神と共に尊ぶのが神の声・コーランである。そのコーランはアラブ語で唱え、アラブ語で理解するきまりになっている。

 だから、スンニ派・シーア派の激しい対立や解釈の相違はあるが、基本的には他の宗教・民族より容易に一体化する。これが政治の上で実現し、ISのような原理主義的後進性が克服されなければ、多様性をもって成り立つ現行社会にとって脅威となるだろう。

 漢字文化の持つ意味をあらためて考えてみたい。

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2016年9月28日 (水)

物・者・もの・もつ

 日本語はむつかしい――の続き。「もの」という場合、人は「者」、それ以外は「物」と相場が決まっていて、使い分けにそう苦労しない。ところがこれを分析してみるとなぞの山だった。

 「あの人はおおものだ」という場合「大物」と書き、なぜか「大者」とは書かない。「あの人は人物だ」というほめことばでも「物」を使う。そういえば「動物」に対し「人物」という。最初から人は「物」なのだ。「物」の範囲は数えきれないほど多い。

 物体だけにかぎらず、できごと(事象)、きもち(心象)にも使う。たとえばこんな具合だ。分類には自信がないが(笑)。

▼心象
ものにこだわる ものかなし ものたりない もののけ ものさびし もののみごと ものわすれ ものごころ
▼事象
ものかき たまもの ものたし ものごと ものがたり かりもの  
▼現象
はれもの できもの さるもの 
 
 食物と進物と貨物は物を(ブツ)と読まず(モツ)と読む。なぜだろう。食物には、干物、煮物があるが焼物とは陶器のことで、焼き芋や焼き魚・焼肉などを焼き物と言わない。こんな区別、外国人には無理だろうな。着物はすでに英語化しているが、反物や指物など日本独特の物はどう訳すのだろう。

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2016年9月26日 (月)

法制局、官僚の反乱か?

Dscf2890 今日の毎日新聞のトップは、”安保法決裁「5月0日」”という見出しである。これだけでは何のことかわからないが、30年間の保存義務のある重要文書に、最もお堅く優秀であるべき官僚が決済日を”ゼロ日”というふざけた記載をし、受付日は空欄のままだったことが分かった。

 集団的自衛権の解釈変更について公文書が何も残されていないことについては、すでに明らかになっている。各省庁から送られてきた(この場合防衛省等から)法案・政令案を一覧表にした「公文件名簿」という文書で、全く違う目的で情報公開請求をしていた一民間人がこれを発見した。

 写真下の同じ文書だが、毎日新聞が入手した時点で文書はすでに修正されていた。法制局は「担当者のミス」というだけで、新聞社への詳細説明を拒否している。その修正されたものも、法制局が受け付けた日が政府の閣議決定した日と同じとという、およそ信じられない投げやりの記載だ。

 これは、一連の安保関連法制が法制局抜きで進められたということが、素人でもわかる内容だ。いずれほかの証拠や証言もあらわれてくるだろう。すでにこれだけの材料が揃えば、歴史上「史実」として扱われてもおかしくない。

 法案を強行採決したのも、こういったボロが出るのを恐れたからに違いない。日付が空白、というのは記載漏れということもあるだろうが、「ゼロ日」とわざわざしたのは、明らかに故意で、担当者の抗議の意図が感じられる。

 この記事は、今後もたびたび引用されるに違いない。もしそうでないとすれば、官僚の限りない質の低下ということになり、東京都の豊洲問題と同じ構図となる。

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2016年9月23日 (金)

読売と産経、北方領土で逆報道

 いずれも「ヤフーニュース」に取り上げられた、北方領土の対ロ交渉に向けた日本政府の姿勢。これが読売と産経の両紙で全く逆になった。珍しいケースなので、全文を引用する。

 最初に読売のニュースガ出た時、外交交渉をする前にあらかじめ落としどころをマスコミが報道するなど、あってはならないことだし、相手側に足元をさらけ出す愚挙ではないかと思った。

 政府御用紙のような記事が多い読売だが、敢えてそれをするということにまず驚いた。そして、安倍右派政権の有力支持紙と思われる産経の否定記事だ。この両紙の違いが後でどういう結果をもたらすか。興味深く注視していきたい。

読売新聞 9月23日(金)6時12分配信 】
◆北方領土、2島返還が最低限…対露交渉で条件 

 政府は、ロシアとの北方領土問題の交渉で、歯舞群島、色丹島の2島引き渡しを最低条件とする方針を固めた。

 平和条約締結の際、択捉、国後両島を含めた「4島の帰属」問題の解決を前提としない方向で検討している。安倍首相は11月にペルー、12月には地元・山口県でロシアのプーチン大統領と会談する。こうした方針でトップ交渉に臨み、領土問題を含む平和条約締結に道筋をつけたい考えだ。

 複数の政府関係者が明らかにした。択捉、国後については日本に帰属するとの立場を堅持する。その上で、平和条約締結後の継続協議とし、自由訪問や共同経済活動などを行いながら、最終的な返還につなげる案などが浮上している。

産経新聞 9月23日(金)12時38分配信】
◆菅義偉官房長官「そのような事実全くないと断言」 北方領土交渉で4島帰属前提にしないとの報道否定

 菅義偉官房長官は23日午前の記者会見で、ロシアとの平和条約締結交渉で、政府が歯舞群島、色丹島の2島返還を“最低条件”とするとの方針を固め、条約締結の際には国後島、択捉島を含む4島の帰属を北方領土問題解決の前提にしない方向で検討しているとの23日付読売新聞朝刊の報道について「そうした事実は全くない。明確に断言しておく」と否定した。

 菅氏は北方領土問題に対する政府見解について「4島の帰属問題を解決し、平和条約を締結していく。この基本方針のもと、粘り強く交渉を進める方針であることは全く微動だにしていない」と改めて強調した。

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2016年9月22日 (木)

豊洲の本音は地下駐車場

 石原元都知事は「東京都は伏魔殿」といった。たしかにそのようだ。マスコミの市場豊洲移転問題報道は連日盛況であとを絶たない。伏魔殿とかお化け屋敷なら次から次と、あっと驚く新趣向が出て人を驚かす。

 そして、終わりも見えてこないから、よけい関心が持続する。マスコミは、出てきた事実しか報道できず、出てこないお化けに的を当てることはできない。塾頭は、土木・建築については素人だが、ビルの管理はしたことがある。

 当初、石原氏のいう「建物の下にコンクリートの箱」構想を聞いた時、「これは地下駐車場や建物のユーテリティーなど、お金の取れないスペースを地下にもっていきたい」ということだな、とピンときた。

 最初、パイプスペースをとるため、というような説明があったが、いわゆる天井裏か縁の下スペースで高さ1メートルもあれば十分で、地下室にする必要はない。ユーテリティーには、空調設備、エレベータ、ごみ置き場、水槽、自家発電設備、受電設備などのほか、ビル管理に必要な機材置き場、要員の休憩・仮眠設備なども必要であろう。

 これらがなければ建物は機能しない。通常、地下室か屋上に配置されるが建築設計では当然の常識、と言ってもいい。

 しかし、高さを4.5メートルもとったことについて、万一汚染物が発生した場合にそなえて、パワーショベルが入れるようにしたという説明、これは、完全に安全が確保されているということを否定することになる、という指摘を受けた。

 そして、どこから入れる?という疑問に、建物の隣に水平に置かれたコンクリートの蓋を示したようだ。奇妙なことだが、そこへクレーンなどを持ってきて吊り下げるのか?。一旦分解して、という説明もしているようだが、これだけでウソだということが分かる。

 弁解が次の弁解を呼ぶ。子供のいいわけでももっと上手だ。さらに、パワーショベルだけでは仕事にならない。ダンプとか、コンクリートミキサー車などの出入りも必要になってくる。その蓋の位置から傾斜をつけて車が通れるようにするか、車用エレベータをを作ればそれでいい。

 頃合いを見て、実害がないから地下駐車場にすると言ってしまえば当初の予定通りだ。「それが狙いだった」という本音を漏らす人が果たしてこれからでてくるのだろうか。

 今日、高速増殖炉「もんじゅ」の廃炉方針が決まったと報じられている。13日に書いた「築地移転、福島第一そっくりに」ということで、永遠のなぞとしてしまわないことが日本にとって最も肝心だ。

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2016年9月21日 (水)

ヤベー(やばい)

 ヤベー(やばい)、スゲー(凄い)、ヒデー(ひどい)、ウルセー(うるさい)、ウメー(美味い)、オモシレー(面白い)、サイテー(最低)、ヨエー(弱い)……。

 テレビなどを見ていても、よく出てくる若い人の言葉です。男性に多いようですがそうとも限りません。エ列長音と言って、江戸時代から現れた発音だそうです。(山口仲美『日本語の歴史』参考)

 江戸落語の八っあん、熊さんクラスが使い、武士やご隠居などはあまり使いません。デーク(大工)、ナメー(名前)、フテー野郎(太い野郎)、ショウベー(商売)などです。
 
 また関西では使われず、もとは関東周辺の田舎言葉に由来しているのか、上方では軽蔑の対象だったようです。たしかに「イ」をはっきり発音すると言葉がきれいに浮かんで次の言葉とつながり、会話全体に品格が出てきます。

 そういつた「イ」→「エー」の変化をした言葉を考えたら出てくるは出てくるは、きりがありません。生命保険→セーメーホケンなど、若くなくとも1語で2か所も使っていました。「ヤベー……」(笑)。

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2016年9月20日 (火)

また遠のいた米・ロ

 10日前に「北・抜き6か国協議」ということを書いた。それは、北朝鮮のミサイルや核実験に全く打つ手がない現状打破に奇案はないかというつもりで、その中身まで触れなかったが、こんな案だ。

 6か国協議は、米・ロ・日・中・韓、それに北朝鮮が加わって2003年から2007年まで6回にわたって開催された会議で、北の核開発をセーブし、代わるべき援助をしようという目的の会議だった。それが北の開発続行やミサイル実験の強行などで破談となりそのままになっている。

 金日成の時代には、北も東アジアの非核化に消極的でなかったし、息子の正日にもその余地がないわけではなかった。だが、今の金正恩には、国連決議や経済制裁など「蛙のつらに小便」だ。
 
 中国も北の政権崩壊が起きるとまともに影響を受ける。国境を越えた難民の殺到だけでなく、東北地方には朝鮮族の国民が多い。また北が韓国やアメリカの影響下に置かれると、直ちに国の安全にかかわる。

 そこで北朝鮮抜きで、①北から正恩の影響力をなくするには、どんな方法があるか、②正恩を除いた後誰がどういう体制を作るか、また混乱が起きた場合各国がどう対応するか、③統一の機運に至るまで6か国を中心とした国際的環境をどう築くか、などを話し合う。

 もちろん、これは塾頭の冗談半分だ。だから前回は中身まで書かなかった。しかし、本当にこんな会議をされば正恩は焦るだろう。ほかに手がないとすれば、これが最大の圧力で北朝鮮制裁になる。

 ヒントになったのはシリアでの米ロが協議して決めた10日前の1週間停戦合意だった。これがきっかけとなってシリア・イラクの平和を回復、中東の火種となった諸国・諸勢力を糾合した平和志向に弾みがつくのではという一縷の期待だった。

 アメリカの一極支配がなくなった今、世界でもっとも安定している強国はロシアである。この2国の呼吸が合えばなにかできる――と思ったのだ。前回の記事で「確定した話ではないが」とことわりを入れておいたのがよかった。残念ながら、そんなに塾頭の思うようには進まないのが現実だ。

【カイロ秋山信一、モスクワ杉尾直哉】シリア政府軍は19日、米国とロシアが主導し、今月12日に発効した反体制派との一時停戦が「終了した」と発表した。反体制派でも停戦は崩壊したとの見方が強まっている。米露主導の停戦が頓挫するのは今年に入って2回目で、和平調停の難しさが浮き彫りになった。(毎日新聞9/20)

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2016年9月19日 (月)

「区割り」いろいろ

 たまたま見ていた本の参考図に「旧国名地図」というのがあつた。本文はすべて読み下しても、こういった図は必要を感じないと丹念に見ない。バラッと開いたページがたまたまそれだったのでよく見ると、今まで気が付かない新事実に気が付いた(遅いか!笑)。

 まず、東北6県の旧国名は「陸奥」と「出羽」だけ。今は青森県だけが陸奥だが、陸中(岩手)、陸前(宮城)、磐城・岩代(福島)の3県も陸奥だった。そして、出羽を羽前(山形)、羽後を(秋田)と分けたのが、陸奥同様明治2年だったということ。

 東北に区割りされていないが、そのすぐ南が常陸(茨城)の国で「陸」がつく。そこで疑問。陸奥をなぜ音・訓にない「むつ」と読むのか。また常陸が「ひたち」というのもわからない。とにかく日本語はむつ・かしい(笑)。

 明治2年は版籍奉還の始まった年だが、4年に藩をそのまま県としたため、3つの府と302の県ができた。現在の区割りに落ち着いたのは、明治22年でありそんなに古い話ではない。

 ここまで、「東北」という言葉を使ったが、九州・四国・山陽・山陰・関西・中部・関東などという区分は、現代地理教育によるものだろう。日本史で最も古い区割りは「大八州」、即ち、本州・九州・四国・淡路・壱岐・対馬・隠岐・佐渡であり、北海道は入っていない。

 「道」という区分は、前述の「旧国名地図」に載っていた。言葉として今残っているのは、北海道と東海道ぐらいだが、北海道を除いて塾頭の持っていたイメージとだいぶ違う。東海道の起点は、お江戸日本橋ではないのだ。

(北海道)
北見・天塩・石狩・根室・釧路・十勝・根室
(北陸道)
越後・佐渡・越中・能登・加賀・越前・若狭
(東海道)
常陸・下総・上総・安房・武蔵・相模・甲斐・駿河・伊豆・遠江・三河・尾張・伊勢。伊賀・志摩
(東山道)
陸奥・羽前・羽後・陸中・陸前・磐城・岩代・下野・上野・信濃・飛騨・美濃・近江
(畿内)
山城・大和・河内。和泉・摂津
(山陰道)
丹波・丹後・但馬・因幡・伯耆・出雲・石見・隠岐
(山陽道)
播磨・美作・備前・備中・備後・安芸・周防・長門
(南海道)
紀伊・淡路・阿波・讃岐・伊予・土佐
(西街道)
筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後・日向・薩摩・大隅・壱岐・対馬・琉球

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2016年9月16日 (金)

国籍を逆手にとれない蓮舫

 蓮舫民進党新代表は、代表選のさなか、沖縄普天間基地の辺野古移転を「予定通りに実施する」という方針を示したようだ。自民党となんら変わらない。沖縄・公明党よりまだ後ろ向き。

 かつての民主党が鳩山元首相を失脚させ、社民党との連立を捨ててからの方針を再検討、「もう一度見直して辺野古案を凍結するようアメリカに働きかける」ぐらいどうして言えないのか。

 父親が沖縄に最も近い台湾の出身、他人事とは思えないからと、国籍問題を逆手にとって新方針を打ち立てることもできない。全く期待はずれである。

 

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